バッドヘッド × ヘッドバット ⑥
「わりい、ミスった……。パンピーに真剣なんか使えなかったわ……」
緑が丘が悔しそうに言った。折れた木刀が地面に投げ捨てられている。
「巻き込んでごめんな、ビリちゃん。あと、蝶野。探したぞ」
「…………」
蝶野は黙ったまま口を開かなかった。ヘルメットは、足元に転がっており、無抵抗ながら、無鉄砲な生徒たちを前に、彼女も手をだせなかったのだろう。こいつにも、そのくらいの常識はあるのだ。
委員長は、ふふ、と笑った。
「ランキング、見ましたよ。よく二位の正体を見破れましたね」
「灯台下暗しってことだな。やられたよ」
「蝶野さんのポイントはまだいただけていません。これから彼女に催眠術を施して、穏やかに譲渡していただこうと思ったのですが、せっかくだから尾上くんも招待しようと思いましてね。
彼女が屈服する瞬間を、おみせしようと……」
「ウソだな」
俺は遮った。委員長は、俺の動揺を誘おうとしている。精神の揺さぶりは、催眠術の前段階だろう。隙をみせれば、かけられる。
「蝶野は、自分から委員長に捕まった。そうだろう?」
うなだれていた蝶野が、ぴくん、と反応する。自分勝手な秘密主義者のくせに、こういうところがわかりやすい。まったくかわいいやつだ。
「蝶野、お前は記憶を忘れようとしている。手っ取り早く、委員長に催眠術で、記憶を封じてもらおうとしているんだろ」
「…………」
蝶野は、無言を貫く。仕方ない、頑固者には強硬手段で突破だ。俺は蝶野に向かって歩き始める。
その行動に、委員長は目を丸くする。多勢相手に無鉄砲すぎると思ったのだろう。
「ちょ、ちょっと尾上くん止まってください。たとえそうだとしても、状況の有利は変わりませんよ。むしろ、あなたは仲間に裏切られたとわかっただけで……っ!」
俺は、着ていた上着を脱ぎ捨てた。上着のしたのからだをみて、おののく委員長。ムリもない。
「近づけば爆発させる。外野は黙ってろ」
俺は、からだ中にダイナマイトを仕込んでいたのだ。ドラマの見様見真似で、筒状の火薬を、胸
や腹に巻き付けた。ライターはポケットのなかだ。やろうと思えばすぐに自爆できる。
「なんでそんなものを……」
緑が丘がぽかんとして尋ねる。俺はウインクをして回答を控えた。入手方法は、秘密と約束したのだ。
ここへ向かう途中、遠藤さんから連絡がきた。緑が丘が捕まったことは、「娘」につけたGPSにより把握していたらしく、力になるから、緑が丘家に寄ってくれ、と言われ、行ってみるとこれを渡された。
彼は娘を危険に合わせた連中に激高し、これを託したのだった。
『パンダを目指すなら、爆竹くらい扱えなきゃだめですよい。よろしく頼みます』
不動産業なので、土地を更地にすることがあるらしい。らしい。信じる。
クラスメイトたちは、手を出してこなかった。人垣が割れ、容易に蝶野のまえにたどり着く。
「…………」
「…………」
蝶野は野獣のように鋭い目で俺を睨んだ。お節介を焼くなとでも言いたげである。
俺は、両手を広げ……。
蝶野を抱きしめた。
「っ!」
さきほどまでの無抵抗が嘘のように、暴れだす蝶野。だが、俺は離さない。耳元で、彼女だけに聞こえるように話す。
「幸せになることは、悪いことじゃない」
「…………。知ったようなことを言うな。口を出すな。踏み込んでくるな!」
叫ぶ蝶野。だが、耳は貸さない。こんな時くらい、こっちが優位に立ってもいいだろう。俺は、ぎゅううと彼女を抱きしめた。
「あったかいだろ?ひとってこんなにあったかいんだよ。どうしても、落ち着いてしまうだろ?幸せってそんなもんなんだよ、たぶん。不幸はいつやってくるかわからないっていうけど、そんなの幸せも同じだ。自分の意思とは関係なくやってきて、勝手に幸せにしてきやがる」
俺は、半年間のことを思い浮かべた。すべては、仕組まれたことだった。でも、流されるままに行動していたら、蝶野と会った。蝶野とともに目標にむかっているあいだは、大変だったこともあるが、とても幸せだった。
「あきらめろ。お前がどうしたところで、幸せは勝手にやってくる。思い出を消したところで、無駄だ」
「でも、私は……」
彼女はくちびるを噛む。両親のことを抱えたまま、幸せになるなんて、できないと考えているのだろう。でも、そんなもの、俺の知ったことではない。
「抱えたままでいい。俺が、勝手にお前を幸せにしてやる。それでお前が苦しもうが関係ない。無理やりにでも幸せにする。満足させる。だから、もう、諦めて、幸せになれ」
赤の他人が両親のことを忘れろなんてことは、絶対に言えない。彼女の記憶には、計り知れない愛が詰まっているからだ。だから、俺にできることは、諦めてもらうことだけ。幸せに苦しむことを、諦めてもらう。
変わるのは、蝶野自身だ。俺にできるのは、後押しだけ。
あとは、蝶野の決断に託した。
「…………」
息を飲む静寂ののち、蝶野が顔をあげる。
その表情は、破顔の極みというほど、にやけていた。
「自分勝手なことを言って、誰に似たんだか。はっずかしいセリフだね」
それにつられ、俺もにやけた。
「勝手はお前だばーか」
蝶野蘭は馬鹿野郎だ。
いうなれば、バッドヘッドガールだ。
勿論、それに付き合う俺も掛け値なしの馬鹿である。足元に落ちたヘルメットを蝶野にかぶせる。
「さ、最後に一仕事たのむ。俺のことを忘れない程度に、大暴れしてくれ」
「……おーけー!」
蝶野は勢いよく後ろに向かって頭突きを放った。彼女を羽交い絞めにしていた男子二人を吹き飛ばす。状況の変化を感じ取った委員長は、それを制止させようと叫ぶ。
「無駄だよ!尾上君!蝶野さんにはすでに催眠術のくさびを打った!暴れだしたところで、私がゆびをはじけば彼女は動けなくなる!」
「ウソだ!」
俺は委員長の声をかき消し、彼女に指を指す。
「もう種は割れているんだよ。委員長の催眠術の弱点、それは、頭部に衝撃を与えることで、催眠が解けるということだ!蝶野の戦闘スタイルは頭突き!いくら催眠をかけたところで、すべては無に帰す!」
自信満々に、解説する。俺は、電柱に頭突きをすることで、委員長の催眠が解けた。昔の頭脳明晰さが、戻ってきたのだ。
いまの俺は、頭突きによって覚醒した真の姿、いうなればヘッドバッドボーイモードなのだ。
すると、委員長は困惑した表情を浮かべる。
「いや、解く手順はちゃんとあって、そんなに毎回頭ぶつけても必ずとけるものではないんで
すけど……?」
「……!?……でも、俺は解けた!蝶野、俺を信じろ!」
蝶野は、親指を立てる。
「信じるよ、パートナーだもん」
ヘルメットの少女が地面を蹴った。
月をバックに空を舞う少女。彼女は、一人の男子生徒の肩に乗ると、しゃがみ込んで、彼の頭部に頭突きを見舞った。
周りのクラスメイトが、男子生徒に群がるが、蝶野はすぐさま再び空を舞い、別の生徒の肩に乗る。
そして、ヘッドバッド。
跳び、飛び、頭突く。地面の住人たちは、狙われたら最後、足場となって、殴られる。なすすべなんてあるはずもない。
軽快なもぐらたたきは、止まらないノンストップ。ゴツン、ゴツンと音を奏でる打楽器の独奏ソナタ。鈍い音色が芸術を描く。飛び散る鮮血は、暴力の線譜。
「そこまでだ、蝶野!」
五分も続いた演奏会は、委員長の肩のうえに、蝶野が乗ったところで、指揮棒がしまわれる。 三十八名もいたクラスメイトは、全員地に伏していた。子守歌を直接脳に叩き込まれたのだ。
快眠間違いなしだろう。
身軽に宙返りをして、地面に着地する蝶野。ヘルメットを外し、息を吸い込んだ。
「ふう、すっきり」
蝶野の晴れやかな表情と対照的に、委員長は苦虫をかみつぶしたような顔をしていた。
「どうしてこんなことに……!この街には、パンダが必要なのです!唯一の名所が動物園なのに住民はいかず、経営が傾いている!私はこの町を愛しています。だからパンダになるのです!」
荒ぶる委員長を、冷静に眺める。
彼女のやった方法は決して褒められたものではないが、狂気的なまでの信念は、見事というほかない。
「だけど、委員長がパンダになってしまえばもう市政は身動きが取れない。システムを変えることができるのは委員長だけなんだ」
委員長の父親には、申し訳のない話ではあるが、それはさすがに俺の手の届く範囲ではない。
「すまないな。パンダになるのは、俺だ」
「尾上くんがパンダになりたいなんてのは、催眠の残滓で思い込んでいるだけ!私が作った幻
想なのよ……!」
俺は、委員長に近づき、彼女の涙をハンカチでぬぐった。
「そんなのどうだっていい。泣いている女の子を、励ませる奇跡の存在がパンダだ」
「………!」
「パンダになれば、ちやほやされるが、人間としてはもう生きられない。闇も、光も。白も黒も全部俺に任せておけ。委員長は、人間の女の子として生きろ。いままで通り、優しい委員長でいてくれ……」
その言葉に、委員長は崩れ落ちた。
彼女は、ポイントを譲渡してくれた。
十二時を迎え、日が変わるとき、ついに俺はパンダとなる権利を得た。




