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バッドヘッド × ヘッドバット ②

「な、なに……これ」


絞り出すように出た言葉は中身のない疑問符であった。



 異様な景色をまえに恐怖に染まった俺は、即座に走り出そうとした。しかし、からだが、正確には委員長とつないだ手が、まったく動かない。手のひらが、まるで瞬間接着材でくっつけたかのように張り付いていたのだ。



無論、実際に瞬間接着剤をつけられたはずはない。しかし、うんともすんとも動かない。委員長はあがく俺を笑った。



「あはは、無理ですよ。私が解かなきゃ、絶対にほどけません」


「解く……?」



「そうです。尾上君には、催眠術をかけました。逃げられないように、私の手をぎゅっと握りしめ続ける催眠術を、です」



『催眠術』。



 委員長の口から出た、創作世界で多用される言葉に俺は呆けてしまった。しかし、委員長はいたって真面目に語りだした。



「催眠術は魔法ではありません。ですが、時間をかけて少しずつ仕掛けていけば、魔法のような状況を生み出すことも不可能ではないのですよ。こんな風に」



委員長は整列する生徒たちを空いた手で示した。彼らは、工場で生産された新商品のように、黙って紹介をうける。意思がないように、ただ並ぶだけ。風でも吹けば倒れてしまいそうだった。



「委員長が、みんなをこんな風にしたのか?」



俺は、まだ現実が受け入れられなかった。催眠術を百歩譲って認めたところで、どうして、委員長がクラスメイトたちに催眠術をかける必要があったのだ。動機が全く読めない。



俺が知っている委員長は、どこにいったのだ? 委員長は、俺の顔を深く覗き込んだ。



「不思議そうですね。大丈夫です。尾上君には、全部説明してあげますよ……」


そして、そのまま渦の中に引きこまむように、彼女は俺を胸の中に抱きしめた。




始まりは十年前、私が七歳のときでした。



人口減少に歯止めがかからないこの地方都市は、年々活気がなくなり、街には静けさが広がっていました。市は、街が活性化する打開策をいくつも打ち立てましたが、そのすべては失敗、あるいは期待通りの効果を上げることはありませんでした。地域を持ち上げようと奮闘していた活動家たちも、みんないつのまにか将来に絶望し、気力を失っていきました。



そんなとき、私の父は市長に当選しました。衰退は免れないこの現状を、父は受け止め、そのなかでどう暮らしを豊かにしていくかを模索しました。そうして構想されたのが、コンパクトシティ計画です。



コンパクトシティとは、市の中心部に機能を集積させた都市計画のことです。一か所に集まることで、効率化が図られるのですが、一方で郊外は切り捨てられることとなります。



好景気のときにつくった箱もの施設、児童数の少ない小学校……。父は、赤字続きのあらゆるものを無駄をすべてまっさらになくそうとしたのです。



 やっていることは正しいです。きれいごとだけでは市政は改善できませんから。


 でも、合理的な父は、ついに私たち家族との思い出の場所も、取り壊そうとしたのです。



父は町はずれにある柏天動物園の閉業を計画しました。でも、動物園は、どうしてもやめてほしかったのです。そこには、母との思い出がたくさんありましたから……。ええ、母は、私が幼いころ、病気で……。



しかし、幼い私の声が、父に届くことはありませんでした。当たり前ですよね、厳しい現実をまえに、娘の甘い考えに耳を貸すわけはありません。父だって、本気で仕事をしているのです。



だからといって、私には、諦められませんでした。私は頭を使いました。そして、思いつきました。



言ってきいてもらえないなら、言って聞いてもらえる父にすればいいのです。



「そこで、私は、催眠術を学び始めました」



「…………!」



俺は息を飲んだ。さすが委員長である。俺には決してできない発想だ。末恐ろしい。上に立つ人間とは、こういうものなのだろうか。



「習得には時間がかかりましたが、ようやく三年前、父を完全洗脳することに成功しました。私は、父を操ることで、動物園の再生計画を練るように、市の政策を誘導したのです。しかし、財政を投じたところで、いままでと同じ経営では、動物園は持ちません。そこで、目玉となる動物を飼育することで、お客さんを呼び込もうと考えました」



目玉となる動物……?


 はっとして、俺は委員長の顔をみた。


「まさか……」



「察しがいいですね。そうです、私はみんなの人気者、パンダを動物園の目玉とする方針を固めました。しかし、本物のパンダを輸入するには多くの手続きが必要です。そこで、私はパンダを、人間から作ってしまえばよいのだと考えました。そうして、パンダになってもよいという希望者を募って、選抜を始めたのです」



「それが、パンダロワイヤル……」



驚愕の事実であった。半年前から俺が参加していたものは、すべて委員長が仕込んだものだったのだ。黒幕は、委員長……俺は頭が真っ白になった。あんなに優しくしてくれた彼女が、裏で糸を引いていたなんて。



委員長は語り続ける。



「そうして始めたパンダロワイヤルですが、実のところ、募集者のなかから、パンダを選ぶつもりはありませんでした。話題作りとして、動物園に注目が集まればよいと思っただけで、最初からパンダになるべき人物は決めていたのです」



「……なんだって?」



委員長は、自分の胸をポンと叩いた。


「私自身がパンダになるのです」


「……っ!?」


満面の笑みで、委員長は楽しそうに語った。


「動物園は私の思い出の場所です。いつまでも、大切にしたい、できるならずっとそこにいたいくらいの場所なのです。閉園の危機に陥った窮地を救ったあとは、私自身がそこに永住し、余生を送ることを考えています」



「…………。そんな、勝手なことを」



「そうですか?でも、この状況をセッティングしたのは、すべて私ですよ。その権利はあるのではないですか?」



 一理はあった。方法自体は褒められたことではないが、動物園の再生計画をここまで運んできた彼女の努力は認めざるをえない。



 だが、俺は納得できなかった。今まで、出会ったパンダロワイヤルに参加していた人々のなかには、本気でパンダになろうとしていた人間もいた。



 そう、例えば蝶野蘭のように、手段を選ばずにパンダになろうとしていたものもいた。彼女がパンダになろうとする理由はいまだ教えてもらっていないが、彼女はとくに、そう誰よりも本気であった。



 ときには、不平等なパートナー契約を結んで奴隷を作ったり、ときには、盲目のオセロ打ちの家を荒らしまわったり、またあるときには、アイドルに喧嘩を売って、最終的にはインドまで飛んだり。



蝶野は、そこまでするほど、パンダになりたがっているのだ。


俺は、彼女の気持ちを踏み滲むような行為を許せなかった。


だが、委員長は、怒りの表情を浮かべる俺をうすら笑った。


「ふふ、尾上君も余程パンダに想い入れがあるようですね。ですが、どういったところで、無意味ですよ。私の策はすでに張り終わっているのです」



ここで、委員長は再び、人形のように並ぶクラスメイトたちを手で示した。


「彼らには、長い時間をかけて催眠術をかけ続けてきました。ひとりひとりを定期的に呼び出して、少しずつ催眠を強化していき、ついにはすべて私の意のままの人形を完成させたのです。私は彼らにパンダ募集の広告に申し込ませ、レッサーパンダになってもらいました。彼らは、今日この日に、私にそれぞれの所持ポイントを譲渡する契約を結んでいます。パンダになるには、たくさんのポイントを集めなければいけません。ただし、目立てばほかのレッサーパンダにターゲットにされます。だから、ポイントを分散しておき、半年後にポイントを引き落とすように、本日は休校ながらクラスメイトの皆さんには集合してもらいました」



委員長がとった方法は、蝶野が俺に対して結ばせた契約に似通っている。奴隷のような契約ではあるが、自分の意思で勝負を受けることができないので、競合相手から横取りされることがない。



ところで、委員長の話を聞いて、俺は疑問に思った。クラスメイト全員に、催眠術をかけていたというのに、どうして俺には催眠がかかっていないのだ。



 尋ねると委員長は残念そうに答えた。



「尾上君も最初はかかっていたのですよ。ですが、ある日、催眠強化のために放課後呼び出したはずなのに、尾上君は来なかったのです。これは推測ですが、来るまでの途中、事故で頭でもぶつけたのでしょうね。催眠状態が不完全な状態で、頭部に強い衝撃を受け、意識が覚醒してしまったのです」



「……そうだったのか」



ようやく疑問が解ける。なぜ俺の過去の記憶が思いだせないのか。それには、そんな背景があったのだ。



「記憶の混濁があるようですが、それは催眠が中途半端にとけてしまったからです。あのあと、頻繁に話しかけたり、催眠効果を含んだ動画を薦めたりしたのに、ことごとく失敗してしまいました。でも、安心してください。今日は尾上君のために、完全なる催眠をかけてあげようと思うんです」



委員長は、すうと手のひらを俺の顔のまえにかざした。



 まずい。どのような順序で催眠をかけるのか、素人の俺にはわからないが、このままでは、まずい。蝶野との契約があるため、ポイントを取られはしないにしても、確実にパンダロワイヤルからはリタイヤさせられるだろう。



俺は意を決して、委員長に掴まれた左手を、空いた右手で思いっきり殴った。かぽんと音がして、手首が外れる。半年前、蝶野に手首を外されて以来、俺は脱臼癖がついてしまっていたのだ。



俺の手の筋肉は弛緩し、驚いた委員長も手を離したことで、拘束が解けた。俺は、体育館にクラスメイトたちを残して、逃げ出した。




委員長は追ってこなかったが、背後で意地悪く笑っているような気がした。





今日の天気も、昨日に引き続き曇りのち雨であった。目的地にたどり着く途中にいつ雨粒が背中を打つかを恐怖しながら、走り続けた。いまからだが冷えてしまえば、気持ちが落ち込み、道の真ん中であろうと座り込んでしまうと思っていたからだ。





そうして、十数分後、運よく雨に打たれないまま、蝶野の家に到着した。俺はチャイムを鳴らす。ピンポンとなってから、ドアが開くまでがとても長く感じた。



中川さんは、肩で息をする俺を不思議そうにみた。



「どうしましたか?そんなに急いで……」



俺は遮るように叫んだ。



「蝶野に、会わせてください!」

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