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バッドヘッド × ヘッドバット ①

いまや蝶野蘭は、レッサーパンダのなかで、トップランカーだった。総ポイント数、15ポイント。ひとり1ポイントからスタートして、よくここまで来たものだ。



肉球端末で見られる全体のランキング順位でいえば2位。しかし、一位との差はダブルスコアでつけられている。最終成績が決定するのは、あと一週間なので、どうにかひっくり返す方法を考えなければならない。



一番いいのは、上位ランカーと接触し、所持ポイントすべてをかけた勝負をすることなのだが、会うまでこぎつけるのが難しい。かといって、下位ランカーを狩るのも手間がかかりすぎる。



ですかばりちゃんねるのパンダ板では、1ポイントあたり10万円で取引されているが、遠藤さん曰く、詐欺も横行しているそうなので、利用はやめておいたほうがよいという話になった。



「なんかいい方法はないのか?」


「考え中よ。最初のころみたいに、ストリートファイトを仕掛けてくる連中はいなくなったかれね……暴力で解決できればいいんだけど」



蝶野は、様々なレッサーパンダのコミュニティを漁っているが、有用な情報は見つかっていない。一位のレッサーパンダはこのまま誰との勝負も受けず、隠れるつもりのようだ。



一発逆転を狙う俺たちは困った状況である。


「尾上くんにも、考える脳があればいいんだけどねー」


コンプレックスが刺激され、むっときた俺は言い返す。


「お前だってそこそこ脳筋だろ」


あちらこちらにヘッドバットをかましていれば、脳細胞は破壊されつくしているに違いない。



そういえば、普段あまり気にしたことがなかったが、蝶野の着ている制服の学校は、お嬢様学校である。市内ではトップクラスの学力を持っているはずだが、あまり彼女から勉強についてのことは聞かない。



蝶野は、宙を見て、呟いた。



「頭の中に余計なもの詰まってても、仕方ないからね。私からみたら、たまに尾上君がうらやましいよ」





帰り際、見送りに来てくれた中川さんに蝶野について聞いてみた。


「あいつって、学校ではどんな様子なんですか」



保護者のような質問である。普段の傍若無人な振る舞いをみていると、彼女の学校生活はまったく想像がつかなかった。



すると、中川さんは、不思議そうな顔をした。



「学校、ですか?……お嬢様から聞いてらっしゃらないのですか?」


「え?……どういうことですか?」


俺が聞き返すと、中川さんは言いにくそうに、明かした。



「とっくにお聞きになってるかと……お嬢様は入学以来、不登校ですよ」



そのとき、ぽつり、と道路に雨粒が落ちる音がした。 空は、真っ黒だったが、俺は傘を持っていなかった。





本人に聞いていないならこれ以上私からは話せません、と中川さんは話を打ち切った。


なぜ彼女が不登校になったのか、理由は聞かせてもらえなかった。



パンダに募集してから半年。蝶野蘭と出会ってから五か月。



互いに気を使わない会話をする仲になったと思っていた。しかし、そんなことも俺は教えってもらっていなかった。



いま考えれば、蝶野が家の中でも制服姿だったのは、あれが部屋着でも問題なかったからである。さらに、外出したときも、制服姿というだけで、学生という身分が証明される。真昼間や真夜中に出歩かない限り、警察に補導されることもなくなるはずだ。



なぜ、彼女は学校に行っていないのだろう。


俺はベッドの上で考える。



不登校になる理由で考えられること。例えば人間関係。これは千差万別で、一口にも言えない。深いところまでは想像が及ばない。



あとは、学業に嫌気が差した。これもなさそうだ。彼女は、俺のことを頭が悪いと馬鹿にする。自分のコンプレックスでもあるなら、そんなことはいわないだろう。



「…………。わっかんねー」



もしかしたら、彼女との思い出のなかに、ヒントがあったのかもしれない。しかし、俺ごときの頭脳ではそれらを洗い出し、正解を導くことはできない。性能的に、無理なのだ。



どうして俺は頭がわるいのだろう。



自己嫌悪に襲われる。振り返ってみれば、足を引っ張ってばかりだった。頭がよかったら、もっと蝶野の役に立てただろう。もっと仲良くなって、彼女の想いを聞くことができただろう。



枕に顔をうずめる。



枕カバーの色は真っ白で、いつのまにか意識を消し去った。






次の日、学校に行くと、職員室でインフルエンザが蔓延したらしく、休校だった。



誰もいない教室に佇み、黒板に貼られたプリントを眺める。廊下で誰ともすれ違わなかったところで、妙だとは思ったのだ。しかし、校門が開錠していたため、なんの足止めもなくここまで来てしまった。うちの学校の警備体制に疑問を抱く。



スマホを確認するが、特にその連絡は入っていない。ほかの誰からも連絡がこなくても、あの優しい委員長あたりなら教えてくれそうなものだが、なにもない。



蝶野のこともあり、俺は気が沈んでいた。委員長との関係も、まやかしだったのだろうか。人のやさしさに依存しておいて、勝手に裏切られる俺。なんてしょうもない人間なのだろう。



カバンを背負いなおし、気持ちを切り替えて帰ろうとしたとき、教室の扉が開く。


がらっ。静かな教室には、聞きなれた音が、妙に残存した。


「あ、尾上くん!ちゃんと来てましたね!」


そこにいたのは、委員長だった。いつも通りのにこやかな笑顔に、胸を撫でおろす。


「委員長……おはよう」



委員長は、教室の真ん中にたつ俺に近づいてくる。彼女はいつでも優しい。疑心暗鬼になりすぎていたのかもしれない。すべてのひととの関係が嘘なんてことはないのだ。



 と、そのとき、俺はさきほどの彼女の言葉の違和感に気が付く。


『ちゃんと来ていたね』?



学校は、休みのはずだろう?彼女はいったいなにを言っているのだ。



委員長は、優美な動作で、俺の手を取った。



「行きましょう?みんな、体育館で待ってますよ」



見慣れた笑顔が、ひどく歪んで見えた。







「体育館って、どうして?みんないるってどういうこと?」


委員長に引っ張られるまま廊下を歩かせられる俺。しかし、彼女は一切俺の質問に答えてくれることはなく、無言で突き進んでいく。



静かな一本道の廊下。響く足音は俺たち二人だけ。得体のしれない恐怖が襲ってくる。


体育館の扉のまえに到着する。重い扉の向こうに、なにがあるのか。好奇心と、逃げ出したい気持ちが混合する。委員長は、複雑な心境を読み取ったのか、大丈夫ですよと手を強く握った。



「驚いたとしても、一瞬ですから」



委員長はゆっくりと扉を押し……。



目の前に広がる光景に、俺は息を飲んだ。




ここ半年の間、俺はパンダロワイヤルに参戦したことで、いくつもの貴重な体験をした。



 だが、それらが人生のなかで小石を蹴ったくらいの衝撃だったのではないかと錯覚するほど、この光景はすべてを塗り替えた。



笹野原学園の体育館は、ごく普通の高校の校舎に併設されている一般的な体育館を想像してもらえればよい。板張りの床に、両側のバスケットゴール、正面にはステージ。まったくもって特別なものはない。



体育の時間や放課後の部活動に有効に活用される空間。多くの人は体育館をそう認識しているだろう。



 あとは、式典や朝礼などの際にはひとを多く収容できる空間としてもまた、重宝されている。



 後者としての利用は、特別な機会にしかおとずれない。だが、このとき体育館は後者の利用法をされていたのである。



体育館のちょうど中心部に、うちのクラスの生徒たちは整列していた。



無表情で、無言で、無気力に、無反応に、しかし整然と。



俺と委員長を除いた、クラスメイト三十九名全員が、制服姿で並んでいたのである。


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