人気者になろう! ⑤
放課後、蝶野の家に行くと、彼女はげっそりとしていた。徹夜で演出を考えていたという。しかし、緑が丘に断られたことと、いま刀の動画はまずいということを告げると、彼女はふらりと床に倒れた。ビタン、とめんこを叩きつけたような音がした。
「…………」
「大丈夫か……?」
「最終手段よ……。炎上させましょう。飲食系バイトに潜入しましょう」
「絶対やめろよ」
それで何人の人生が消えていったことか。しかも、こいつは中川さんか、俺を向かわせるつもりで言っている。とんでもないことだ。
「じゃあどうするのよお。喧嘩で解決させてよお」
嘆く蝶野。だが、本当に困っているのは、俺のほうである。今日も西木恋姫は動画をあげていたが、視聴数は一万回を超えていた。このままでは彼女に俺の柏天ポイントを献上することとなってしまう。
西木恋姫のファン二号として、彼女を幸せにしたいとは思うが、同時に俺はパンダになりたいのだ。申し訳ないが、負けるわけにはいかない。
と、ここで今更ながら最初の疑問に立ち返る。
大手のアイドル事務所でもない。地下アイドルとしても注目されていない。ライブに来てくれるファンは俺と進藤だけで、マネージャーもいないセルフプロデュースの活動。
そんな彼女の動画が、どうしてここまで伸びているのだ?
その夜、俺は緑が丘に電話して、遠藤さんを出してもらった。遠藤さんはもともとネット詐欺の常習犯である。ネット界隈の情報には精通しているので、疑問への手がかりが得られるかもしれないと考えたのだ。
遠藤さんは事情をきいて、見解を述べた。
「ふうむ。あまりに実際の人気とかけはなれるというのなら、複数アカウントを使ってる可能性がありやすねえ」
「複数アカウント?」
聞きなれない言葉だった。遠藤さん曰く、ひとりが複数のアカウントを用いて動画を再生することで、再生数を水増しするという手法だという。周りからは、たくさんのファンに支えられているように見えるが、実は自作自演ということ。なるほど、そんな不正の仕方があるのか。
「もしよろしければ、その西木さんって方のチャンネルを調べて差し上げやしょうか。その手のことを調べるのは前もやったことがありますし」
「え、いいんですか」
「ええ。あ、お礼にポイントなどはいらねえですよ。もうあっしにはパンダになる理由がなく
なっちまったんで」
「はあ、ライバルが減るのはうれしいんですけど、それはまたどうしてです?」
遠藤さんには、命の保証を得るために、パンダになるというのっぴきならない事情があったはずである。俺たちとの勝負で柏天ポイントをすべて失ったからといって、素直に退くとは思えなかった。
「尾上君とオセロをした数日後の話なんですが、襲撃犯たちがなぜか急に自首したんですよ。もう数十年は塀の外に出てきやせん。おかげでしがらみから解き離れて、奥さんとも再婚できて、もう順風満帆の日々ですわ。ああ、結婚のことはビリちゃんからお聞きになってますかね」
「ああ、はい……幸せそうでなによりです」
襲撃犯が自首とは不思議な話である。殺人の刑の重さを考えると、自らお縄につこうと考えるものだろうか。
そういえば、緑が丘が職質を受けたといっていたのも、そのころにあたる。
まさか、あいつお礼参りなんかしたんじゃ……いや、考えすぎか。
「それにしても、アイドルってのも大変ですよ。不正をせざる得なくなるのもわかりやす」
遠藤さんは、同情のこもった声が電話から聞き取れた。
「昔アイドルビジネスをやっている男と会ったことがありやしたが、人気のない子は、もっと稼げる業界に出向されてやした。あっちは撮影されるほうでしたが」
「あんまり聞きたくない話ですね……」
「でしょう?だからその話を聞いて以来、あっしも、年端もいかない少女にだけは手を出さねえって決めてるんですよ。若いうちは、もっと純粋でキラキラしててほしいんすわ」
「……そうっすねえ」
緑が丘こと、ビリちゃんが不憫になった。彼女の勝ち目はいったいどこにあったのだ。
可哀そうだから、アフターケアをしてあげよう。初恋はレモンの味などいうらしいから、レモン味の飴でもあげておけばよいか。あいつは飴が好きなようだったから。
『今宵は、新曲を作詞する風景を雑談を交えつつ生配信するぞ』
西木恋姫の動画は相変わらずだった。対して面白みのない素人の動画。再生数はうなぎのぼりだが、どこかで話題になっている様子はない。複アカウントによる不正をしている線は、かなり濃厚になった。
「……頑張ってるのにな」
ひとを楽しませるような話題をぎこちなく話す西木の配信を聞きながら、俺は物思いにふけった。
実際にライブに行ってから、俺は彼女に感情移入しはじめていた。ひとりで曲を作り、練習し、ライブで歌って踊り、SNSで宣伝し、動画を作る。それでも、ファンは俺を含めてふたりだけ。
努力の量がそのまま結果に結びつくとは限らない。報われるとは限らない。
彼女はそんな世界でずっと生きてきたのだ。
『我はパンダになることで、アイドルとしてステップアップするのだ。人間を捨てるのは若干恐怖心があるが、みなの信仰が集められるのなら、迷う余地などない。ふふふ、見ているがいい、いずれ我は、この国中を魅了してやるぞ!』
スマホに着信が入り、動画を一時中断する。遠藤さんからだった。
「……そうですか。わかりました。ありがとうございます」
遠藤さんの調査によると、結果的に、西木恋姫は不正を行っていた。
動画チャンネルの「登録者数」や、動画の「再生数」を販売する会社が、インドにあるという。その会社は、指定された動画を自動ツールで何度も再生させ、再生数を稼いで利益を得る。
動画は実際に見ている人数はほんの少しでも、人気動画の再生数となるのだ。登録者数も、遠藤さんの睨んだ通り、複数のアカウントを同じく自動ツールで登録させることで水増しさせているらしい。
西木のチャンネルへのアクセス者の位置情報は、大部分がインドのこの会社だった。
彼女は、すべての動画で、この会社のサービスを利用していたのだ。
「…………」
再びぱんっちのアプリを開くと、西木の配信は終わっていた。彼女の笑顔は、『放送は終了しています』の文字の向こうに消えている。
迷いながらも、俺は蝶野にこのことを報告した。
数日後、俺は西木恋姫のライブに来ていた。進藤さんは、配達の仕事が急遽入ったせいで、始まる数分前に名残惜しそうにしながら会場を去っていった。
「俺がいない間に、恋姫たんになにかしたら、わかっているな」
普段の数倍恐い顔で威圧され、俺は頷くしかなかった。 ステージに上がった西木恋姫は、俺に向かって悪魔的魅力の笑みを送った。
「よく来たな、我が眷属よ。今宵はおぬしひとりか。ふふ、喜べ。我を独り占めできるのだぞ」
彼女の瞳のなかには、その言葉とは裏腹に悲しさが混じっていた。ようやく、ファンが二人になったのに、またひとりに逆戻り。ひとりの熱心な応援が大事なんて、きれいごとだ。評価の数こそが、承認欲求を満たす。
彼女の持ち曲はふたつしかない。『モノクロテディベア』と、『ふわふわそんぐ』。どちらも四分弱の歌で、十分もしないうちに、ステージは終わってしまう。
だが、たった二曲とたった十分のなかにこもった裏側にある物語は、誰も読めなくても、たしかにそこにあるのだ。 作詞作曲ダンスの振り付け。長い時間をかけて仕上げたに違いない。
歌い終えた西木は、マイボトルのなかの飲み物を流し込んだ。口の端からこぼれる液体は透明で、中身がただの水だということがわかる。
「ぷはっ。はあ、ふう。聞いてくれたこと、感謝するぞ、尾上信弘」
名前を呼ばれたとき、俺は心臓を掴まれた感覚に陥った。かぎづめは指に食い込んで、離れない。俺は、離してほしくなかった。
でも、西木はゆっくりと爪を離す。
「我のチャンネルは先日、アカウントが凍結した。最終登録者数はゼロだ」
「…………」
心臓に空いた穴から血が溢れでて、胸が熱くなる。
「我の負けだ。ポイントはすべて渡そう。納得しているよ。自業自得だ。君が通報したのだろう?」
ぱんっちの運営は、複アカウントなどで不正にチャンネル登録者数を水増ししている可能性のあるアカウントがあると利用者に報告されると、調査をする。黒だと確定すると、強制的にチャンネルを閉鎖させる。
ぱんっちは、アンチのいないという触れ込みで人気を博しているが、リスナーを取り締まるだけでなく、不適切な動画を投稿する配信者のほうも、厳しく処罰することで平和を保っているのである。
だが、俺は首を振るう。蝶野と情報を共有したあと話し合いの末取った行動は、もっと短絡的であったのだ。
「では、いったいなぜ我のチャンネルは閉鎖されたのだ?」
「西木さんのチャンネルから、登録者が短時間のうちに大量に外されたからです。それを不自然に感じた運営があなたのチャンネルを凍結させたんですよ」
「……?どういうことだ?」
「俺たちは、インドまで行って登録者数売買をしていた会社を潰したんですよ」
物理的に、と心のなかで付け足す。
遠藤さんは、俺に会社の所在地を教えてくれた。蝶野はそれを知ると、満面の笑みで決断したのである。
『じゃあ、会社に乗り込もうよ!その会社を潰せば、解決でしょ!』
そして休日を利用し、俺と蝶野はインドへ向かい、会社に乗り込み……大暴れした。
詳しくは、刑法に問われては困るので、ここでは伏せておく。
蝶野は、暴れまわることで、鬱憤を晴らした。パソコンに頭突きをかます彼女の姿は、水を得た魚のようで、生き生きしていた。飛び散る電子機器のパーツは、西木恋姫の血潮と同義であり、結局いつも通り、相手に暴力を振るうことでの解決になった。
俺はステージのうえの西木にスマホをみせた。海外ニュースサイトの記事である。そこには、インドでとある会社が壊滅したと報じられていた。
西木は、俺にスマホを返した。
「なるほどな。してやられたよ。……だが、同時に礼を言わねばならんな。運営からメールによると、今回の凍結は、不正の発覚によるものではなかったから、そのうち解除されるそうだ。我のアイドルとしての経歴には傷がつかずにすんだ」
「……結果的にそうなっただけですよ。俺はそこまで頭が回りませんでした。蝶野は、どうか知りませんけどね」
「そうか。では蝶野蘭にこう伝えておけ」
西木は笑顔で中指を立てた。
「F〇〇K、とな」
「……そのまま伝えておきます。あ、あとこれお土産……貢物です」
インドの空港で俺はインド象のぬいぐるみを買った。お世辞にもいい出来といはいえないぬいぐるみだったが、愛嬌の良さが気に入ったのだ。
西木恋姫は、ぬいぐるみをまじまじと見ると、俺に尋ねた。
「これがなんのぬいぐるみか知っているのか?」
「え?ああはい」
彼女はなにを言っているのだろう。ゾウ以外のなんだというのだ。俺はわけもわからず頷いた。 西木恋姫は、ふっと笑った。
「ガネーシャだ。夢をかなえるゾウ。ふふっ再スタートしろとでもいいたいのか。では尾上よ、これからもこの西木恋姫を追い続けてくれるか?」
その答えは決まっていた。俺は、西木のファンなのだから。
「もちろんです!」
西木恋姫はこの日、新曲を披露してくれた。お世辞にも出来がいいとはいえない練習中のものだったが、彼女の笑顔はいままでのライブで一番のものだった。
余談だが、インドにはパンダさんという名前のひとがいる。偶然にも、俺が空港でぬいぐるみを買った店員さんの名前は、パンダさんだった。
だからといって、オチにもならない話だが




