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人気者になろう! ④

「とてもいい思い出になった。楽しかった」


感想をそのまま伝えたら、蝶野は激昂した。


「ファンになってどうするのよ!バカなの!?」


「でもいい子だったぞ。可愛いかったし」


「……かー男ってこんな単純なんだ。中川の言う通りだわ」


男と一くくりにされるのは居心地が悪かったが、割と俺は洗脳されやすいタイプなのかもしれない。ぱんっちにも勧められてすぐにはまったし、人の影響を受けやすいらしい。



それにしても、蝶野の口ぶりはこれまでの人生、あまり男と関わってきて来なかったかのようだった。いわゆる箱入り娘のお嬢様として育ってきたのだろうか。


 しかし、この家にはもう何度も来ているが、ご両親とは会ったことがない。家政婦として中川さんを雇っているということは、大切に育てたいが、仕事が忙しいなど、事情があるのだろう。



プレイべートなことは向こうから話してくれなければ探るものではない。他人が土足で家庭のことに踏み込むものではないな、と頭を振るう。



蝶野は椅子に座りながらこめかみを指でぐるぐる回していた。唸りながら、動画視聴数低迷の打開策を模索していた彼女だが、オーバーヒートしたようで、途中でポーンとベッドに飛び込んだ。



「なんなのよーなにが悪いのよー」


天蓋のカーテンの向こうに姿を消す蝶野。じたばた転がる少女の影絵がカーテンに上映される。タイトルは「産みの苦悩」といったところか。



蝶野をよそに、俺はぱんっちの新着動画を再生しはじめた。人気が急上昇している動画からインスピレーションを得ようと思ったのだ。しかし、人気の動画は、もとから人気の配信者、チャンネルの動画で、素人が同じようにやっても劣化版にしかならなそうだった。いま必要としているのは、素人の俺たちでも再生数を稼げる、画期的なアイデアの種なのだった。



そのとき、ひとつの動画が目に留まる。動画タイトル名は、『抜刀サラリーマン』。サムネイルには、スーツの男性が刀を小脇において正座する画像がのっていた。



吸引力がある見出しである。興味深い。再生ボタンを押した。



動画は和風のBGMから始まった。静観な道場を全体的にとったあとに、サムネイルのスーツの男が登場する。男の目の前には、藁の束が置いてあるが、男は瞼をつぶり、微動だにしない。



なにが起きるのか、と期待させたところで、BGMが止まる。



「はっ!」


男が叫ぶ。脇に置いた刀を抜き、藁を切断!ファサ、とバラバラになる繊維。



抜刀術には明るくないが、どうやらすごいらしい。神業とのコメントが多く寄せられていた。一方で、このコメント欄には、外国語でのコメントも散見された。セリフ無しの動画ゆえ、言語の壁を飛び越え、海外のひとも楽しめたのだろう。



俺は、蝶野に提案した。武術系の動画でも出してみたらどうだろうと。すると、蝶野は珍しく大いに賛成した。



「いいじゃん、それ。中川呼んで組手しよう」


ベッドから飛び出た蝶野は、意気揚々と手を叩いた。


 数秒後、中川さんが扉を開いて登場した。


「お呼びでしょうかお嬢様」


「この家の呼び鈴システム、人の力に頼りすぎではないですか」


蝶野は、ヘルメットを深くかぶると、中川さんを引き連れ、中庭に出ていった。今回は俺がカメラ係ということになった。蝶野は楽しそうにストレッチをする。



「いやあ、やっぱりこの蝶野蘭ちゃんが、演者として出れば、一発で人気爆発よ」



なんだかんだ言いつつ、蝶野も目立ちたい欲があるようだった。楽しそうな蝶野と対照的に、中川さんは気乗りしていないようすで、そわさわしていた。



「なにか気になることでもあるんですか?」


中川さんに聞くと、彼女は困った顔をした。


「水を差すようで悪いのですが、実は止り木流柔術は、一応門外不出の武術となっているので、父親に一度許可をいただいてよいでしょうか」



聞いたことのない流派だと思っていたら、秘伝の武術だったらしい。中川さんは実家に電話をかけ始めた。



「あ、もしもしお父さん?あのね……え?あ、そうなの」


電話中、中川さんは顔を曇らせた。問題があったのだろうか。電話を切った中川さんは、力なく許可が取れたことを報告した。



「は、はあ、それはよかったんですけど。どうしてそんなに暗い顔をしてるんです?」


「私のSNS、三人のフォロワーのうちひとりがお父さんだと判明しました……コスプレ、親にばれていたようです」



「…………」


かける言葉もなかった。蝶野は、大笑いしていたので、なだめる。


中川さんのテンションがた落ちのまま始まった撮影だったが、間近でみると、迫力のある組手であった。関節技を決める蝶野に対し、技を外し、極め返す中川さん。メイドとライダーが戦う絵面は、見ごたえがあった。



腕を固める蝶野に対し、中川さんは賛辞を贈る。


「上達しましたね、お嬢様。だけどまだまだ抜けれますよ」


「んん……!あーまた抜けられた!」



悔しそうに言う蝶野。しかしヘルメットの向こうの笑顔は伝わってきた。蝶野は武術を暴力の手段として使っているので、俺から見てあまりいい印象を持てなかったが、本人は純粋にスポーツ的に楽しんでいるらしい。



中川さん曰く、止り木流柔術は、相手を一本の木に見立てて戦うという発想のもと作られているらしい。腕は枝、指は葉、からだは幹、足は根と対応している。実践では、例えば相手が腕を伸ばして来たら、即座に脳内で枝に変換。枝にぶら下がるように絡みつき、関節技を決める。鍛錬も組手相手がいない場合は、その辺に生えている樹木で代替えできるとのことだ。



習得者の練度による部分もあるが、極めれば最強になれる可能性を秘めている。



解説を聞いたうえだと、興味深い技術体系であった。しかし、あえて動画の編集の際には、解説字幕を乗せないことにした。海外の視聴者を取り込むため、言語の壁を設置しないこととしたのだ。





そして、動画をアップして一日、再生回数はというと……。



「予想外ね。古武術かっこいいと思っているのは私たちだけだったらしいわ」



再生回数十五回。うち俺が再生したのが二回、蝶野が再生したのが四回、中川さんの父親が再生したのは六回という内訳だった。


「身内で収まってるな……」


海外層に気を遣うなど、まだ俺たちには早すぎた。


「ううん、大衆と感性合わないなあ」


蝶野は、大御所の芸術家のような悩みを吐き出した。


「俺は面白かったけどな」


「んん、ありがとう」


「それはやったかいがあります」


中川さんと蝶野は満足しているようだが、評価は数なのが創作の悲しい世界である。自信をもって、時間を使って作ったものが、消費者に受け入れられないことなんていくらでもある。



結果を出しているプロのクリエイターはやはりすごいのだ。 毎日毎日、動画を投稿して生計を立てているトップ層たちは神の域だと思う。同じ土俵に上がり、底辺層になるとよくわかる。



 あそこまで上り詰めるまで、どれだけ試行錯誤を繰り返し、努力を積み重ねてきたのだろう。世間的には軽く見られがちだが、彼らは尊敬すべき存在である。



「次の動画どうします?いっそのこと、中川さんのコスプレショーを全面に押し出しましょうか。アニメのコスプレでもすればひと集まるんじゃないですか?」


 中川さんは首を振るった。



「私はアニメキャラのコスプレはしないことにしているのです。オタクの方々は、原作との差異をひどく気にされるので、厄介なのですよ」



「ああ、なんとなくわかります……」


批判されるのがわかっていたら、中川さんもやりたくはないだろう。


結局新鮮なアイデアが浮かばなかったので、ここは反省点を洗い出して、立ち返ることにした。付け焼刃を繰り返していても仕方がない、ここは幹を太くしなければならない。



「武術は、一定層見るひとがいる分野だ。それに、メイドが戦っているというキャッチ―なサムネイル。素材自体はいいはずなんだけどな」



蝶野は頷く。


「そうよね。クールジャパンな感じでウケる勝算はあったのよ。サラリーマンが刀を使う動画は伸びていたけど、私たちのとどこが違うのかしら」


もしかしたら、と中川さんは分析する。



「刀のほうは、詳しくないひとでも、藁を切ったという結果をみせられるので、評価をしやすいのだと思います。止り木流は、関節技主体なので、傍からみたらくんずほぐれつしているだけでわかりにくいのではないでしょうか」



「くんずほぐれつ、ですか。だったらいっそ百合営業でも、ああごめんなさい調子にのりました」



二人に蔑まれる視線を受け、口を閉ざす。しばらく黙っておこう。



「うーんん……だったら、刀相手に組手するとどうかな」



蝶野は提案する。確かに、それならより見栄えがする。徒手空拳で刀を制する映像というのは、達人らしさが伝わりやすいだろう。



「そういえば刀使う知り合いが一人いたわね。あいつに協力してもらうのはどうかな」



俺をみる蝶野。刀を使う知り合い……?思い当たる人物を探す。ああ、まさか。



「緑が丘ビリジアンのことか」


「そんな名前だっけ。たぶんそれ。最近もの忘れがひどくてさ」


あきれたことに蝶野は、殺し合いをした相手の名前を忘れていたらしい。


 

 特徴的な名前なのに忘れるとは、頭突きのしすぎで脳細胞がだめになっているのではないだろうか。


彼女とは、追試が終わって以来話していない。別のクラスということもあり、会う機会がなかった。久しぶりに顔をみせるのもいい。



「わかった。断られるかもしれないけど頼んでみるよ」






翌日の昼休み、俺は廊下を歩いていた緑が丘を引き留めた。



「久しぶり。元気してた?」


フランクな挨拶を投げかける。すると、緑が丘は不良らしくメンチをきってきた。


「あん?なに気軽に話しかけてきてんだボケ」


怯みそうになりながらも、俺は切り出した。


「いや実は大切な話があってさ」


「……はあ?なんだよ、いきなり」


ちろりと周囲を見渡す緑が丘。廊下の人目が気になっているらしい。俺も他人に聞かれたら面倒なことになるので、ふたりで校舎裏に移動することにした。



校舎裏に金髪ヤンキーを置くと、もれなくカツアゲイベントが発生するのが常だが、彼女はどこかそわそわとして、しおらしかった。



「それで、なんだよ話って」


ぶっきらぼうに聞く緑が丘。視線はどこかに飛んでおり、俺を見てもくれない。しばらく会わないうちに信頼度が減ってしまったか。



「いや大した話じゃないんだけど、ちょっと付き合ってほしくてさ」


緑が丘は、顔を赤らめ唇を尖らせた。


「……失恋後だからって、そんな簡単に転がると思うなよ」


「え?ああ、そういう意味じゃない。動画撮影に協力してほしくてさ。空いてる日ある?」



「…………」


無言で蹴りを入れられた。





事情を説明すると、緑が丘は呆れたようにいった。


「はあ!?警察に捕まるわ!あれ非合法で持ってるんだからな!」



まっとうなようで、ブラックな理由で断られた。薄々そうではないかと感じていたが、やはり非合法だったらしい。蝶野曰く、緑が丘は拳銃も持っているとのことだったので、銃刀法違反が字面を余すことなく適応される。



「ったく、常識知らずな……外に持ってくときは、こっちだってドキドキしながらカバンにかくしてんだぞ。二週間前なんて職質受けてマジでビビったぜ。ひとアバレした帰りだったもんで見つかったらやばかった。すぐにダッシュで逃げたから、なんとかなったものの……」



常識とは、と質問したくなったが、ヤンキーの神経をこれ以上逆撫でしたくなかったので、やめておくことにした。そして、代わりに、やんわりと尋ねてみた。



「ところで、緑が丘のうちって不動産だよね」


「ああ、普通の不動産屋だ」


普通の不動産屋は、銃刀法違反を犯している可能性が高いのだなあ。やはり、あまり触れないでおくのが得策だ。



「っていうか、ニュースみてねえのかよ。最近抜刀動画あげてたサラリーマンが銃刀法違反で逮捕されてて、世の中敏感なんだよ」



「あっちも非合法だったのかよ」



あの動画の視聴数が異常に多かったのは、逮捕で話題になったかららしかった。ここにきて、先日の反省会が無に帰してしまった。

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