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人気者になろう! ③

 ライブは町中の寂れたライブハウスで、深夜から始まる。眠い目をこすりながら、入口の係員のおじいさんにスマホに表示されたチケット番号をみせると、欠伸をしながら通された。



地下アイドルといっても、本当に地下施設でやるわけではないらしい。だが、わずかな照明で照らされた薄暗い空間はアンダーグラウンドな雰囲気がたっぷりだった。



俺のほかにいた観客は、ステージ前に陣取る大男ひとりであった。男は、無地の黒いTシャツを着ており、服装に気を使わないタイプの人間のようだった。



男の横に並び立って応援するべきなのかと考えていたら、彼は俺に気づき、話しかけてきた。


「初めてか?ほかに誰もいないんだ。恥ずかしがらずに前でビューイングしようぜ」


「あ、あはい」


どうやら、男はライブの常連らしい。西木恋姫のファンなのだろうか。それにしても気のいいひとである。


男の横に立つと、彼の身長に驚いた。頭の位置がはるかに高く、2メートルを超える背丈であることが窺えた。


「ペンライトは持っているか?ないなら貸してやろう。恋姫たんのライブではライトのことを「燈火」と呼び、ファンは歌の節々で天空にささげるのが習わしなのだ」



渋い声で解説をしてくる男。ずいぶん西木の世界観にのめりこんでいるようだ。



それにしても、この男、どこか既視感がある。いつかあっただろうか。


 じい、と彼を見上げると、記憶のかけらが反応した。その欠片は、記憶喪失が原因で失っていたものではなく、自らがごみ箱フォルダに置いたものだと気が付いた。



「あー……」


少しずつ後ずさりをする。男のほうは、まだ俺に気づいていないようなので、このまま帰ろうかと悩む。しかし、行動が不審だったからか、男は注視した。



「ん……お前、どこかで」


「いえ、人違いです」


「ああ、尾上信弘か。後で殺す」


逃亡は失敗したようだった。気軽に殺害予告を受ける。だが、言葉通り、男には、いますぐ戦う気はないようだった。



「まだ、レッサーパンダやってたんですね」


男は腕を組んでふん、と鼻を鳴らした。



男の名前は、進藤たかし。以前、ストリートファイトで戦ったレッサーパンダである。体格通り、圧倒的膂力を持つ彼だが、以前蝶野蘭と戦った際には敗北を期した。しかし俺から見たらふたりとも同じような化け物である。敵わない相手であるのは違いない。



進藤は、じろりと俺を見下す。


「そういうお前もまだ脱落していなかったのか。そんなに蝶野蘭の隣は居心地がいいか?」


「おかげさまで馴染んできましたよ。それにしても、進藤さんってこういうところ来るんですね」


「俺の勝手だろう。……地下格闘技者は、地下繋がりで地下アイドルにたどり着くものなのだ」



そういうものだろうか。明らかに異業種だと思うのだが。だが、取り繕っているようなので、突っ込まないことにした。彼に軽くどつかれただけで、俺にはかなりのダメージになるので、余計なことは言わないに限る。



「お前こそ、どうしてここへ来た?まさか俺の次に西木恋姫の魅力に気付くのがお前だったとは意外だったぞ。レッサーパンダ界のアイドルとして、目をつけたといったところか?」


「アイドルっていうか、普通に勝負の相手として偵察にきたんですよ」


「なに……?」


その瞬間、進藤の全身から熱のようなものが立ち上がる。


「貴様、どういうつもりだ。受け答えによっては、ぺしゃんこにするぞ……」


しまった。口を滑らせたか。一瞬で後悔した。進藤の放つ殺気が、辺りに充満し、息が苦しくなる。巨体の出せるプレッシャーは常人の数倍以上なのだ。 きつく鋭い目は、ここから下手に出ても手遅れだということをものがたっている。まさか、進藤がこんなにも西木恋姫に入れ込んでいたとは予想外だった。



険悪な雰囲気になったそのとき、ステージを闊歩するブーツの音が響いた。目を向けると、そこには、黒ゴシックの衣装を来た女の子が、立っていた。


動画やSNSでみたのと同じ容姿。彼女が西木恋姫だった。


西木は、俺と進藤さんを交互にみて言った。


「どうした?喧嘩か?む?君は尾上信弘くんだったか?蝶野蘭から送られてきた画像でみたぞ」


「や、あのまあ」



言葉が詰まる。進藤はともかく、西木は、もともと敵なのだ。この状況は俺にとって針のむしろである。さらに追い打ちをかけるように、進藤がぼそっと呟く。



「貴様、初めてきた分際で、恋姫たんに認知されているのか」


憎しみのこもった声だった。俺の精神はもう限界である。


しかし、西木は、とくに気にする様子もなく、その場で一度、ターンをした。



「くるりんぱ、と。さて信者ども。我のまえで争そうでない。いまは我をあがめる時間であるぞ。ここに来たからには、我に奉仕することだけを考えよ」



ぽかんと口を開けてしまう。敵意を向けられるとばかり思っていたので、西木の対応は予想外であった。偵察に来た俺を、ライブ参加者としてみようというのか? 一方進藤は、俺というウイルスを排除するため、食い下がる。



「……だが、恋姫たん、こいつは」



「我の笑顔に免じて、な?」



進藤の言葉を遮って、俺たちふたりに小悪魔的な笑みを投げかける西木。その瞬間。眼球に西木がこびりつく。そして視覚情報は脳神経によって伝達され、脳内でぱああと輝く。



なんだ、いまの。



 超絶可愛い……。



頭の中があっというまに華やかになった。気が付けば、俺は自然に、かくんと頷いていた。西木は満足そうにマイクを握ると、流れる曲に合わせて、ステップを踏み始めた。



「ではさっそくだがいくぞ。我のオリジナル曲、モノクロテディベア!聞き惚れるがいい!」


 進藤は、俺にペンライトを差し出してくる。彼の眼には、もはや俺への憎しみはなかった。あの笑顔に、彼もほだされたのだろう。小さくうなずき、俺はライトを……いや、燈火を受け取った。



西木が笑顔で歌い始める。



「F〇〇KING!」



「……………!」



 思ったより過激な歌詞だった。



そして、ライブ後は、西木と一緒にチェキを撮った。神対応というやつで、いろんなポーズの写真を撮ってくれた。そしてサインもしてくれた。さらに握手までもしてくれ、至れりつくせりだった。




「また来るがよいぞ、信者二号よ」


帰り際、西木に笑いかけられた俺の心臓は跳ね上がった。


「はい!また来ます!」


 大きな声量で返した。進藤たかしとも、またライブで会おうぜとにこやかに別れた。


総じて、とてもいい思い出になった。楽しかった。



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