人気者になろう! ①
地獄編。
昼休み、友達のいない俺はひとり机でスマホを眺めていた。無線イヤホンをつけ、周囲に音が漏れないようにして、動画を再生している。
動画サイトにおいて、動画投稿者は、各々チャンネルを持っている。視聴者は、チャンネルを登録することで、新作の投稿動画がアップされた際、通知を受け取り、すぐに観にいくことができるのだ。つまり、チャンネル登録者数とは、その投稿者を追っているファンの数ということであり、人気の指標にもなる。
俺が登録をしているチャンネルはひとつもない。特に追っている投稿者がいないのだ。動画サイトは、本当に暇つぶしとしてしか利用しておらず、なんとなく料理動画をみたり、なんとなく音楽を聴いたりしているだけである。
適当に観た動画がきっかけで、記憶喪失前の自分の好みがわかったりしないかと思っているのだが、そんな偶然は起こらないまま、今日にいたる。
おすすめとしてトップ画面に表示された動画を言われるままに再生する。いたずら動画だった。知らないひとが知らないひとをドッキリにかける。俺は無表情で五分間それを眺める。
「…………」
人生においてここまで不毛な時間をもってよいのだろうか。急に将来が不安になる。
そのとき、ポンポン、と肩を叩かれる。振り向くと、にこにこと笑う委員長が立っていた。
「どうしました?」
イヤホンを外して尋ねると、彼女はぷくうと、頬を膨らました。
「なにかなければ話しかけては悪かったですか?いつもお昼を一緒にしてくれるお友達に用事があって、手持無沙汰なんです。構ってください」
委員長は、俺の前の席にすとんと腰を下ろす。
「それに、クラスに独りぼっちを作らないのも、委員長としての役割だと思うんです」
「……正直っすね」
ひとりでいるひとに、話しかける行為。俺は嬉しいのだが、余計なおせっかいに感じるひとも多いはずだ。しかしもしかしたら、委員長は、そういう見極めも込みで俺に話しかけてきたのかもしれない。そう考えると、少し恥ずかしい。
「なにを観ていたのですか?」
身を乗り出す委員長に、俺はスマホをみせる。そこには、先ほどのいたずら動画の関連として表示された、フライドチキンの大食い動画が再生されていた。
委員長は苦笑いする。
「中高生っぽい動画見るんだね」
「いや、おすすめ動画に出てきたから見てみただけ」
心外である。フライドチキンの大食い動画を常習的に見ている人間だと、委員長に思われたくない。
「そういえば、尾上くん。ぱんっちって動画サイト知ってます?最近流行ってるんですけど」
「ぱんっち?」
聞きなれないサイト名に首を傾げると、委員長は自分のスマホを操作して、画面を見せてきた。
そこには、顔に加工に加工を重ねて、ようやくそれなりの容姿になった、二十代中盤あたりの女性が、コンビニの新商品を食べている動画が再生されていた。
『おいしー。あ、コメントありがとー!えーとなになに?もー駄目だよ!パンツは見せないって!えっちなんだからー。でもほんとぱんっちはいいよね。リスナーさんは優しいしいー、アンチはいないしいー、ノープロブレムって感じいー』
動画はライブ放送のようだった。平日昼間に、畳のひとり部屋で放送。多様な働き方を推奨するこの社会において、言うべきことではないのかもしれないが、この配信者、一般的なレールからは若干はみ出している方とお見受けした。
「どうです?」
委員長が聞いてきた。期待したまなざしを向けられたので、目を背ける。
「いい人は、いいんじゃない?」
お茶を濁す絶妙な逃げ口。視聴者がいるなら、それでよいではないか。感想を求めないでほしい。
そのとき、ちょうど、昼休み終了を告げるチャイムが鳴った。委員長は、まだ見せたい動画があったのか、名残り惜しそうに自分の席に戻っていった。
先生が入ってきて、黒板に図をかき始めるのを眺めながら、さきほどの映像を思い浮かべる。
あれが流行っている、か。思わずうすら笑いしてしまう。
俺の知らない世界を知ることのできた有意義な休み時間であった。
帰宅後、寝る前にベッドのうえで寝転がりながらスマホをいじっていたとき、ふと昼間のぱんっちのことを思いだした。
「…………」
アプリがあったので、ダウンロードする。
動画一覧をサーと眺めると、昼間の女が特別だったわけではなく、ほとんどの人が同じようなスタイルの投稿をしていることがわかった。
つまり、このサイトは、主に日常の雑談を配信し、リスナーたちがそれを崇め奉る文化を持つらしい。
なかには、本職(この表現が正しいのかわからないが)の、地下アイドルなどもいた。
「まあハマるわけないけど、いつでも誰か配信してるってなら、暇つぶしにはちょうどいいな
……」
独り言で、言い訳をする。そうだ。委員長にお勧めされたから、という軽薄な理由でアプリをダウンロードしたわけではないのだ。
そして、目についた動画を、再生する。
数日後。
俺は蝶野の家に呼ばれた。
「最近、プロレスラーの動画見てるんだけどね」
蝶野蘭は相変わらず家のなかなのに、制服姿で、ベッドでスマホをいじっていた。
「これがけっこうおもしろいのよ。関節技のやり方とか、ちゃんこ鍋の作り方とかの動画でね。
見てると滾るっていうか」
「…………」
蝶野は、なにかを言っているようだったが、俺はクッションに座り、イヤホンをして自分のスマホを注視していたので、よく聞こえなかった。
「聞いてる?」
「…………」
立ち上がる気配がした。スマホの画面がわずかに暗くなる。
「よいしょ」
「ぐわあああああ!?」
急な激痛が響く。首を回すと、蝶野が、俺の腕の関節を固めていた。押さえているだけなのに、腕が千切れるかのような幻覚が浮かぶ。
「私の話を聞いていれば防げたのよ。尾上くんには防犯意識が足りない」
無茶苦茶な理論である。降参して床をタップすると、技を外してくれた。
「いったあ……指動くかな、これ……」
「それで?尾上くんは、大切なパートナーの話を聞かずになにを観てたの?」
大切なパートナーの腕を破壊しようとした蝶野は、床に落ちていた俺のスマホを拾い、イヤホンを解除する。
『えーとねえ、バイト先の話なんですけどお。これ笑えるよ?あのね、同僚の女の子がね、あ薬局なのねバイト先。くっはっはっ!0.01ミリのね!』
蝶野からスマホを取り上げ、停止ボタンを押す。
「0.01ミリ?」
「カメラの話じゃないか?」
俺はスマホをポケットにしまい、咳払いをする。
「それで、なんの話だったっけ?」
委員長にぱんっちを紹介されて以来、俺は貪欲に動画を漁っていた。そして、三十を超える投稿者のチャンネル登録をして、朝起きて、昼休み、夜寝る前すべての空き時間で、動画配信をみていた。
なぜ自分がハマったのかを分析してみると、なんというか、配信者の素人感がたまらなかったのだ。友達のいない俺は、リスナーに話しかけるような喋り方をする彼らに親しみを覚えたらしい。最近ではコメントを送り、それに気づいてもらうことが生きがいとなってきている。
蝶野は、不思議そうに首を傾げた。
「べつに隠さなくてもいいのに。まあいいわ。さっきのぱんっちでしょ。話が早いわ」
「え?」
おもちゃ箱を漁る蝶野。
ルービックキューブ、指人形に続き、彼女が取り出したのは、コールセンターのひとがつけているようなマイクだった。
蝶野はいつものヘルメットを被ったうえに、マイクを装着して、自撮りした。
「今回は、チャンネル登録者数勝負よ」




