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異世界大泥棒の冒険譚  作者: 暇和梨
9/11

八章 フラスコーの町と豚髭男爵8


 まずったな……。


 独りごちながら、俺は徒手空拳のドーズを迎え撃った。

 大泥棒銀狼として活躍し始めて以来、ここまでのピンチに陥った事はない。


 後退しながら、必死にライフルを何度も撃つ。

 銃口から弾き出された無数の弾丸。それらの尽くを、紙一重でドーズは躱していった。


「化けものめ……。いったいどんな動体視力をしてやがるんだ!?」

「別にたいしたことじゃない。身体が勝手に動くというか……不穏な気配、イヤな予感、危険な空気っていうものを、生まれつき感じ取りやすいんだ。どう動けばいいのかが分かるんだよ」

「化けものっていうんだよ、そういう奴らをな!」

 転生する前の世界でも、歴史上ありえないほどの生還率をほこる戦士は存在したらしい。……ネットじゃ、異能生存体だとか呼ばれていたっけ。


 正直、このままじゃ勝てない。

 俺の得意分野はどちらかと射撃戦だ。近距離戦じゃあない。

 銃弾を剣で弾き飛ばすような化け物と接近戦をするなんて、狂気の沙汰だ。

 おまけに相手はノってきている。ああいう天才肌は勢いに乗り始めると、本当に手がつけられない。


「チィ!!」

 弾が切れた。銃を投げ捨て、俺はナイフを構えた。

 突き出したナイフが空を切り、視界が高速で逆さまになる。……投げ飛ばされたと気付いたのは、頭から水に落ちた後だった。


 鼻から水を吸ってしまい、息が苦しい。いつの間にかナイフを落としてしまったらしく、こちらも徒手空拳になってしまった。


 ……いよいよもって、敗色濃厚になってきた。

 もう、勝てないんじゃないか、これ。そんな弱気が、一瞬だけ脳裏をよぎった。



『今まで、ありがとよ』



 そんな時。ふと、懐かしくも苦々しい記憶がフラッシュバックした。

 あの時。全てが流転し、真っ逆さまに落ち始めた最悪の日の記憶だ。

 仲間の一人は『運命の大波に呑まれ、俺達の船は転覆したのさ』とかわけの分からないことを言っていたな。

「目と鼻の先にいるってのに、届かないもんだな……」

 またしても。俺はベルナに手が届かないのか。


 ――いや。どれほど劣勢であっても、まだ諦めるべきじゃない。

 何のために、こんな所まで来たと思っているんだ。《豚髭男爵》から彼女を取り戻すために、どれだけの時間を使った?


 ――――全ては、彼女をもう一度殺すために。


 俺は大きく息を吸い、覚悟を決めた。

 迫るドーズの拳を避け、もう後ろに下がらずに前に進む。


 殆ど抱きつくような姿勢でドーズを掴み、勢いを利用して倒れ込む。

 再び水飛沫が起こり、二人して水中の中に寝転がる。

 ドーズの鋭い拳が腹に当たり、口から多少空気が漏れるが……関係ない。


 俺は馬乗りになって、ドーズの首を絞めた。

 力業だ。ドーズが必死に抵抗するせいで全身を殴られて痛いが、これしか勝ち筋が見当たらない。

 息が苦しい。酸欠で視界がおかしくなってきた。そんなタイミングで、俺は違和感に気付いた。

『? なんだ、コイツ……』

 革鎧に隠されていたが、ドーズには、喉仏がなかった。


 ドーズは、女だったのだ。



「……ぷはっ」

 水中から飛び出し、俺はドーズも引っ張り上げた。気を失っているが、死んではいないようだ。

 息を整えてから、俺は無言でドーズから革鎧を脱がせた。

「何度か銃弾がカスったはずなのにかすり傷の一つも負っていないのは、これが理由か」


 革鎧の裏側には、びっしりと魔術をかけた跡……魔法陣や、書き記された呪文があった。

 その中には、男装に役立ちそうなものもあった。

 実際、声に違和感を感じることもなかったし、胸部にある細やかな膨らみも、鎧を着ている間は分からなかった。


 革鎧の下はぴっちりとした黒いタイツだ。抱きかかえている今こうして改めて見ると、手足や腰の細さ、繊細そうな顔立ちは女性のものにしか見えない。

 見事としか言いようがなかった。よほど強力な魔術らしい。

 ドーズ本人にこれほど強力な魔術を扱えるとは思えないし、おそらく兄のどちらかが、大金を積んで用意したものだろう。


 傭兵家業は、舐められたらお終いだ。仕事は来ないし、仲間からの信用も失う。少年兵や女兵士が軽んじられるこの業界で、少女を生き残らせるべく考えた苦肉の策だろう。


 水中を転がっていたナイフを拾い、少女の首筋に押し当てる。

「……」

 しばし黙考した後、俺は首を振った。


「女子供を殺すのは寝覚めが悪いな」

 そろそろ流石に、レジスタンスの連中もこの隠し通路の存在に気付くだろう。

 革鎧を着せる時間はない。ドーズを背負い、革鎧を手に持った。……それから、離れたところで戦闘を見ていたベルナに向き直った。


 ……いよいよだ。いよいよ役目を果たすのだ。


 きっと、これが最後の恩返しになる。

「戦いは終わった。……何か言い残すことはあるか?」

 これ見よがしにナイフを見せる。ベルナは後ずさり、まるで祈るように、両手を首の下で合わせた。

「死にたくはないわ。それに、まだ私のことを教えてもらっていないし」

「言わないね。言ったって意味がない」

 俺はナイフをくるくると回して弄びながら拒絶する。

 ベルナは、そっと俺の手を取った。

「お願い! 私、あなたと……」

「!」

 その手を振り払った。自分でも驚くほど、力強く振り払っていた。ベルナも驚いているのか、目を点にしている。

「……その顔で! そんなことをするな!!!」

 ベルナの縋るような態度が、猛烈に癪に障った。許せなかった。そして同時に、悲しくなる。


 やはり、彼女はもう死んだのだ。もう、戻ってこないのだ。どんな禁忌を犯したとしても。

 今の彼女にこんな怒りをぶつけること自体、筋違いに感じる。

「もういいから。……とっとと、死ね」


 自分でも驚くほど冷たい言葉が出た。だがその一方で、手は指一つとして満足に動かせない。

 ナイフを持つ手が、カタカタと震える。


 ……動け。動けよ、おい。今なんだよ、今動かないと、駄目なんだ。今動かないと……。

 感情はいつも不可逆的だ。一度躊躇したせいで、俺の殺意はどこまでもどこまでも萎えていった。

 時間にして、三十秒ほどだろうか。しかしそれは俺にとって、人の一生ほどに感じられるほど永い時間だった。

 もう一度ベルナを殺そうと思い、願っても、無意味だった。顔を見れば顔を見るほど、殺意が消え失せていく。

 ぽちゃんと音を立てて、ナイフが手を滑り足下の水に落ちた。

「どうして、泣いてるの」

 ベルナが怯えながらもそう尋ねてきたが、俺は答えることができなかった。

「……あなた、どこまでも女に甘いね。きっといつか、絶対に後悔するよ」

 いつの間にか起きていたドーズが、背負われたままそう言った。

「やかましい。ほっといてくれ」


 背負ったまま、俺はドーズと睨み合った。

 不思議な沈黙が俺達を包み込む。つい先程まで殺し合った人間が、ここまで至近距離にいるのだ。妙な空気にもなるか。


 だがそんな不思議な時間は、唐突に終わりを告げる。後方で、怒号が聞こえたのだ。

「あー……。レジスタンスの奴ら、この地下通路の存在に気付いたな」

「みたいだね」

 もぞもぞとドーズが俺の背中で動く。互いに牽制するように睨み合っていると、呆れたようにベルナがため息を吐いた。

「止めてよ。今は逃げなきゃ」

 俺は何か言い返そうとしたが……止めておいた。少し怯えた顔はともかく、不思議な力のある瞳は、懐かしいものだったからかもしれない。

「……そうだね。ちょっとボクの革鎧かしてくれる?」

 俺が革鎧を渡すと、ドーズは手を当てながらぼそぼそと何か呟いた。

「投げて!」

 人を背負いながらだから遠くまでは飛ばなかったが、俺は投げた。

 着水するのとほぼ同時に革鎧が爆発し、不気味なほど大量の煙があふれ出た。そしてその煙は、決してこちら側には来ない。

「あれ幻覚作用があるから。今のうちだよ」

「……至れり尽くせりの便利品だな。俺も一着欲しいところだ」

「逃げ切ったら、兄さんに聞いてあげるよ」


 ドーズはまだ身体に力が入らないようなので、俺はドーズを背負ったまま走ろうとした。だがその前に、ベルナが俺の服の裾を掴んだ。


「約束して。ここを逃げたら、後で私のことをちゃんと教えてくれるって」

「……後悔するぞ」

「かまわない」

 俺はため息を吐いた。これはまさに、恐れていた最悪の事態そのものだ。だが……思いの外、悪くない気分だった。

「分かった。後でな」

 俺の短く無愛想な返事に満足したのか、ベルナは頷いた。


 今度こそ、俺達は走り出す。


 ――――フラスコーの町での冒険は、こうして終わった。

書きためが切れたので、書けたら(&推敲できたら)明日あげます。無理なら多少ズレます。ごめんなさい。


読んでくれてありがとう。よければ評価・感想お願いします。

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