表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界大泥棒の冒険譚  作者: 暇和梨
8/11

七章 フラスコーの町と豚髭男爵7

「《豚髭男爵》はどこだ!?」

「いないわ!」

「あの豚野郎っ。……娘もいねぇぞ!」

「マジでどこ行きやがった?」

「メイド共……あのアバズレ共が何かしたんじゃねーか?」

「どっかに隠れてるはずだ! めんどくせぇからもう全部燃やせ!」

「そうだ、燃やせ!」



「「「「「「燃やせ!!!」」」」」」



 罵声と怒号、何かを破壊する音が響き続ける。


 騒乱は終わらない。

 誰も、ピリオドを打てない。

 幹部達をもってしても、レジスタンスの暴動、うねりは変えられない。

 合図もまだだというのに、館や倉庫、塔に火がつけられた。

 守っていた傭兵達は、とうの昔に消え失せている。死んだか、逃げたのか。……そんなこと、この場にいる者達には興味がなかった。


 パチパチと木材が爆ぜ、壁が燃え始める。

 レジスタンス達が見守っている中。フラスコーの町で重税を課していた、《豚髭男爵》の館がゆっくりと燃え続け、やがて灰になった。


 沸き上がる大歓声。

 反乱は、大成功に終わった。



 リーダーと呼ばれレジスタンスを主導していた女性は、今、新たな領主となった。

「終わったな」

「まさか。……ようやく、これからだよ」

 隣に立つ「右腕」と呼ばれる幹部と小声で会話しながら、新しい領主は部下達に、周囲を調べてくるように言いつけた。


「……ここまでレジスタンスが暴走するとは思わなかったな。途中、町で新しく仲間を集めたのが裏目に出たね。命令が中々浸透しない」

「急だからな。だが別にいいんじゃないか? 流石に《豚髭男爵》も死んだろ。死体も必ず見つかるぜ」

 楽観的なことを言う右腕に、新たな領主は首を振った。

「本当にそう思っているのか?」

 領主がそう言うと、右腕は真顔になって首を振った。


「全然。……正直、少々マズいことになったぜ」

「予想外に兵が増えすぎた。おかげで懸念していた傭兵共を軽くあしらうことができたが……《豚髭男爵》を匿う裏切り者が混じっていても、不思議じゃない」

「銀狼も混じっているだろうな。……ったく、当分気は抜けそうにないぜ」

 二人は揃ってため息を吐いた後、忘れていた人物の存在を思い出した。


「「そういえば、《豚髭男爵》の娘はどこにいったんだ?」」






 《豚髭男爵》は、自身が治めるフラスコーの町の住民から恨まれていることを、ある程度理解していた。

 だから、《豚髭男爵》は前の領主からこの町を受け継いだとき、ある人々を難癖をつけて町から追い出した。

 ……それは前の領主が秘密裏に造った、館からの脱出路について知る人々だった。

 調理場の戸棚をどかした先に、地下水路に繫がる穴が隠されている。

 恐怖によってとうの《豚髭男爵》はすっかり忘れていたが……予めそのことを教えてもらっていた娘は違った。

 ドーズに秘密通路の存在を尋ねられた娘は、すぐにその穴のことを教えた。


 これにより、どうにか二人は逃げ延びることに成功していた。

 だが……余計な男が一人、ついてきてしまっていた。


 大泥棒銀狼。最後の至宝――儚くも美しき麗しの乙女を追って、彼が来ていた。





 苔むしたコンクリートの丸い壁。太股の高さまで水が流れた一本道。

 薄汚れた地下水路にいる人間は、たった三人。今のところ、追っ手の気配はない。


 一人は二十歳はたち手前の、黒に少し銀が混ざった髪が特徴的な黒目の男だ。男にしては妙なことに、長い髪を尾のように後ろでまとめている。


 二人目は十代後半……おそらく十八歳くらいの少年で、中肉中背で眼光は鋭く、腰には剣を下げ、革の鎧を着ていた。


 そして三人目は……銀髪と赤い瞳が特徴的な少女だ。


 全ての発端である『大泥棒銀狼』。

 《豚髭男爵》の一番の部下、ジャント三兄弟【三匹の子豚】の末弟ドーズ。

 大泥棒銀狼が盗むことを予告した三つの至宝の最後の一つ、《豚髭男爵》の養子、儚くも美しき麗しの乙女。


 地下水路にいるのは、この三人だ。

 今、少女を背にドーズは刀の柄を握り、銀狼と対峙している。


「……ドーズと言ったか? 感動の再会なんだ、邪魔しないでもらいたいな」

「黙れ。指図するな。ドブー兄さんを怪我させた報いを、今こそ受けてもらうからな」

 ボクと銀狼は互いに殺気を放ちながら睨み合った。だが、その間に少女が割って入る。

「……待って。剣を抜かないで、ドーズ」

 少女はそう言って、銀狼を見つめた。


「私……あなたのことを知っている気がするの。本当に、知り合いよね?」

 その時、ボクは少女がここまで長く、感情的に言葉を発しているところを、初めて見た。

 いつも無気力そうな顔で、ぼんやりしているだけだったのに。


 銀狼は笑顔で両手を広げた。

「ああ。久しぶりだな、ベルナ」

 それを聞いて、おずおずと、少女――ベルナが銀狼に近づく。


 ……イヤな予感がする。

 ボクは止めようとしたが、その前に、ベルナはある程度近づいてからそれ以上銀狼に近づくのを止めた。


「……私には、記憶がありません。私の知り合いだというのなら、私のことを教えてください」

 思ったよりも、ベルナは冷静だった。 

 銀狼はそんなベルナを見て軽く笑う。

「ああ、いいよ。何が聞きたい?」

 そして、そう言った後――――すぐさま突進し、斬りかかった。


「……ッ。早いな……!」

 ギャリ、と音を立てて、ボクの剣と銀狼のナイフがぶつかり合う。

 間一髪。危ないところだった。

 一度、距離を取った方がいいだろう。

 フェイントを仕掛けつつ滑らかな動きでベルナの首元を掴み、ボクは銀狼から距離を取った。


「ど、どうして。知り合い、なのに?」

 咳き込みながら、ベルナが問いかけた。声が震えている。かなりショックを受けているらしい。

「……知り合いだからさ」


 先程の薄っぺらい笑顔は消え、苦々しい顔で銀狼はそう言った。

「詳しく言うつもりはないと?」

「タダでやる情報はない。お前もそこをどけ。どのみち雇い主からは、報酬はもらえねぇぞ」

「構わない。ドブー兄さんの分はやり返したいし、ベルナのことは気に入っているから」

「…………フン。そんな張りぼての女が好きなのか? 妙な趣味だな」

「違う。友達として好きなんだ」

「そうか。なら実力でどかす」

「させない。……下がって」

 ベルナを下がらせ、ボクは銀狼を睨んだ。


 ボクが剣を構え、銀狼はライフルを構える。

「とっとと死ね」

 銃口がボクを捉えた。背後には、ベルナがいる。避けることはできない。

 彼我の距離は道路一本分。水のせいで動きづらい上に、扱う武器にはリーチの差がある。

 多少、不利ではあるが……まぁ、致命的なほどではない。


 銀狼が銃を撃つより早く。ボクは勢いよく剣を振り上げた。

 剣先にまとった水がまっすぐ飛び、銀狼の顔に向かう。銀狼が舌打ちと共に顔を庇い、そのままの姿勢で銃を撃った。


 ベルナの頭を抑えながら、ボクもしゃがみ銃弾をかわす。

 剣や刀、斧のような近距離武器にとって、銃や弓のような遠距離武器は脅威だ。

 ――だからこそ、対策はしっかりと練ってある。


 水の下にある床を蹴りながら、すばやく接近する。そして今度は逆に、水に向かって勢いよく剣を振り下ろした。


 派手な水飛沫が起こる。

「!? クソ、どこだ……!」


 弾丸。弾丸。弾丸。


 銀狼が闇雲に乱射し続けるが、当たらない。こちらも水飛沫が邪魔で目は使えないけど、気配で位置は完全に捉えている。


 大きく踏み込んで懐に飛び込み、剣を振り上げる。



 ――――そして、その剣は空を切った。



 水飛沫の向こう側からナイフを握った手が、カウンターの要領でこちらの首に向かって伸びてくる。

 ギリギリで首を動かし、ナイフに頬を切り裂かれるだけで済んだ。


 宙に浮かび上がった水が落ち、視界が回復する。


 剣は、銀狼の脇の間をすり抜けていた。

 先程の慌てた様子は、演技だったのだ。

 意表を突いたつもりが、逆にこちらが意表を突かれている。見事と言うほかない。

「死ねよ」

 銀狼のもう片方の手に握られた銃が、こちらを向く。

 一度下がるか……いや。


 ボクは更に踏みこみ、頭突きを放った。

 苦悶の表情を浮かべながら、銀狼は銃を持った手の甲でこちらの頭突きをしのぐ。

 即座に下がり、再び剣を構える。

 ナイフでも、銃でもない。


 この絶妙な『間合い』こそが、剣の間合いだ。


「はぁぁぁぁ!!!」


 咆哮を上げながら、連続で剣を振るう。

 休む暇を、決して与えない。どうにかここで決めたいところだ。

 銀狼がナイフで応戦してくるものの、何とかこのまま押し切りたい。

「……」

 ボクはそっと、魔術を行使した。

 剣に文字が浮かび上がり、青白く輝き始める。


「チッ。魔術か」

「こんな田舎の剣士が使うとは思わなかったの? 多少は使うよ」


 剣を振るうと同時に、文字と光が消える……というより、剥がれる。

 剥がれた光と文字は複数の刃となり、同時に銀狼に襲いかかった。


 刃が直撃する直前に、今度は銀狼のライフルが輝き始める。

 しかし間に合いそうにない。……無数の刃は、確実に銀狼を切り刻んだ。


「勝った……か?」

 直撃したし、重傷は与えられた。

 なかなか強敵だったが、これで終わったはず。そう思ったが、直後、背筋を悪寒が走った。

 まだ油断すべきではない。本能的に、そう悟った。


 斬撃によって生まれた水飛沫が落ち、視界がクリアになる。

 銀狼は、青白く輝く銃口をこちらに向けていた。

 全身の至る所に切り傷があったが、致命傷とはほど遠い。


「……そうか、避けたのか」

 魔術であっても斬撃である以上、ある程度避けることは可能だ。だが、ここまで最小の被害で抑えられる人間を、ボクは自分以外に知らない。 

「隙も作らずに撃った乱雑な一撃だったからな。当然だろ?」

 当たり前のように、銀狼はそう言った。


 ……どうやら思った以上に、この戦い楽しめそうだ。

「ここまでの実力者と戦うのは久しぶりだ。気が高ぶるよ」

 笑いながら剣を構え直したボクに、銀狼は呆れた顔でため息を吐いた。


「戦闘狂が……。躱すなよ? 避ければ、後ろのベルナに当たるぞ」

 もしかして、ここまで誘導されたのだろうか? ……だとしたら、相当ハイレベルな戦術だ。こういった事が得意なリドー兄さんでも、ここまでできるだろうか?

 勝利を確信したのか、銀狼は笑いながら魔弾を撃った。


 あれを食らえば、ボクは死ぬ。そして、避けることは許されない。

 これを絶体絶命と言うのだろうか? ……いや違うか。


 ピンチに陥ったとき、しばしば自問自答する問いに、ボクは今日も否定の言葉を紡ぐ。

 まだピンチじゃない。……まだ。

 こんな魔弾、避けなくていい。避ける必要がない。


「はぁぁぁぁぁ!!!」


 鋭い金属音がなる。膨大な魔力を内包し、大きなエネルギーの塊と化していた魔弾を、ボクが剣で弾き飛ばしたのだ。

 あんぐりと、銀狼が初めて驚いた顔になった。


「意表を突くのは、あなたの専売特許じゃあないんだよ」

 剣が折れた。だが構わない。

 折れた剣を投げつけ、徒手空拳で走る。

「さぁ――――戦いはこれからだ。楽しもうよ?」

読んでくれてありがとう。よければ評価・感想お願いします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ