表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界大泥棒の冒険譚  作者: 暇和梨
7/11

六章 フラスコーの町と豚髭男爵6


 ……援軍の騎士団は到着が遅れていて、大泥棒銀狼の予告した日に間に合いそうにない。

 その知らせは、瞬く間にフラスコーの町中を駆け巡った。


 騎士団が襲撃に遭ったとも、どこかから賄賂を受け取った関所の役人が、時間稼ぎをしているとも言われているが、定かではない。

 分かっていることはただ一つ。


 ――それは、間違いなく大泥棒銀狼の仕業ということだった。


 レジスタンスはこれを好機とみて、大規模かつ大胆なパフォーマンスを行った。

 武器を担ぎ、《豚髭男爵》の顔に赤い×印を書いた旗を振りながら町を行進する。

 住民達も事ここに至っては、これから起こる戦いの趨勢を悟った。

 ある者は武器を持って隊列に加わり、ある者はレジスタンスに資金を提供した。



 ――――暁に、痩せたケモノの群れが集う。

 もはや、臆病な兎たちは獅子へと変じた。

 火が、上がる。


 反乱の炎が、今まさに燃え上がった。

 まさに大泥棒銀狼が、機械仕掛けの黄金林檎『ゴールデン・アップル』を奪うと予告したその日、レジスタンスは徒党をなして《豚髭男爵》の館に向かった。




「いよいよ、これまでですか……」

 近づいてくる喧噪を聞きながら、ぽつりとリドーが呟いた。

 既に、勝敗は決していた。

 質はともかく、数が余りに違いすぎる。こちらが百にすら遠く満たないのに対し、相手は軽く数倍はいる上に、まだ増え続けている。

 傭兵共の士気も低い。……そして、自分が兵士を鼓舞する能力に欠けていることを、リドーは知っていた。

 仲間の士気を上げるのはいつも兄のドブーの役目だったが、今ここに兄はいない。《豚髭男爵》にクビを宣言されたドブーは、既にフラスコーの町を離れていた。


「はぁ……」

 思わず、ため息が出る。

 士気が低いだけでも問題なのに、自分と傭兵達にできることは限られていた。騎士団が来るという話だったから、《豚髭男爵》に様々なことを制限されていたのだ。自分が得意とする謀略もその一つ。ここ最近、何一つさせてもらっていない。


 最初から自分が好きに動けていれば、できることはもっとあった。兵力にここまで差があろうと、相手は素人だ。援軍を期待し籠城するのなら、幾つか策があった。罠も張れた。

 ……しかしそれも、今さら不可能だ。



 自分も他の傭兵達も、もはや逃げることすら叶わない。

 ついに、間近で大きな雄叫びが聞こえた。

 塀に備えられた門が破壊されたのだ。

 怒濤の波の如く、市民とも兵士とも判断のつかない無数の輩が、館に入ってくる。

 士気など最早ない傭兵達は、既にムチャクチャだ。

 ある者はリドーと共に倉庫と守ろうとし、ある者は逃げ、ある者はやけくそ気味に敵兵に突っ込んでいった。

 ……これから、自分は木の家を守る子豚のように、あの狼の群れに吹き飛ばされるのだろう。


「せめてドーズ。……お前だけは逃げろよ」

 最後にそう呟き。リドーは武器を抜きながら眼前に迫る敵に向けて、最初の一歩を踏み出した。




「終わりだ……もう、お終いだ……!!」

 館の深奥、主人の寝室で、《豚髭男爵》……ピッグル男爵は布団を被り震えていた。

 周囲にいつも侍らせていたメイド達はいない。皆、ピッグル男爵の金と権力のために我慢して、彼に付き合っていたに過ぎない。二つを失いつつある以上、もう余興は終わるしかない。メイド達は事態の趨勢を見極め、既にピッグル男爵を見限りレジスタンスに与していた。


 本館に残っている人間は今やたった一人。ピッグル男爵だけだ。


「ヒッ!」


 遠くの方で、また大きな歓声が上がった。きっと、リドー達が倒されたのだろう。


「クソ、どうしてこんなことに……。俺は、何も悪いこと何てしてないのに……! ただ俺より劣る庶民共から、絞れるだけ絞っていただけなのに……!」

 ピッグル男爵の嘆きは、誰にも聞かれることなく宙に消えていった。 

 ……いや、一人だけ、聞いている者がいる。


「まだそんなことを言っているのか。やはり救いがたいな」


 扉が開き、一人の男が寝室に入ってきた。

 二十歳手前の、黒に少し銀が混ざった髪をした、黒目の男性。男にしては妙なことに、長い髪を尾のように後ろでまとめていた。

「誰だ!?」

 叫びながら、ピッグル男爵は震える手でナイフを握りしめた。男は肩をすくめ、ポケットからソレを取り出した。


 大泥棒銀狼が予告していた、三つの至宝の一つ。

 機械仕掛けの黄金林檎『ゴールデン・アップル』だ。


「予告通り、頂戴したぞ?」

 至宝を宙に投げながらニヤリと笑う男に対し、ピッグル男爵はあんぐりと口を開けた。

「お、お前が、お前が大泥棒、銀狼!!!」

「いかにも」

 パシッと音を立てて、銀狼は至宝を掴み、ポケットに戻した。


「良くも俺の前に顔を見せたものだな……。殺してやる!」

 布団から飛び出したピッグル男爵が、闇雲にナイフを突き出す。……あっさりとその手が掴まれ、ナイフは奪われた。

「どうやってだ? ……落ち着け。俺はお前を助けに来たんだ」

「助けにだと?」

「そうさ」

 コンコン、と銀狼は窓を叩いた。

「外はもうこんな状態だろう? 皆これまでの仕返しをしたくて……お前を殺したくて必死だ。俺のせいで人が死ぬのは、少々寝覚めが悪くてね」

 また、外で歓声が上がった。ブルリと背筋を振るわせた後、ピッグル男爵はそれを隠すようにキッと銀狼を睨んだ。

「誰がお前なんぞ信じるか。お前のせいで陥った窮地なんだぞ」

「そうか。……なら仕方ない、邪魔したな。おとなしく殺されてくれ」

「なっ――」

 ニヤリと、銀狼は意地の悪そうな笑みを浮かべた。

「駆け引きをするような時間はないぞ? ……レジスタンスの連中、結構な量のガソリンを持ってやがった。一度だけ見たことがあるが、生きたまま焼かれるってのは、かなり辛いぞ」

 その言葉に、ピッグル男爵は今度こそ震え上がった。

「……どうすればいい?」

 うな垂れたピッグル男爵に、銀狼は端的に教えてやった。

 ここにいたメイド達は、何も全員がレジスタンスに鞍替えしたわけじゃない。この騒動を利用して、どこかに逃げようとしていた者もいたのだ。

 銀狼は、そんな彼女たちを買収した。


 レジスタンスに紛れて、ピッグル男爵への怒りに震えたフリをしている元メイド数名が、既に逃走の準備を進めている。

「アンタが金貨を詰めていたタルを一つ空にしてある。そこに詰められて町の外まで行け。物音は立てるなよ? ……後はアンタ次第だ」

 銀狼はそれだけ言うと、振り返らずに部屋を出ていった。




 まもなく、ここにも火が上がるだろう。財宝は手にれたし、この混沌を利用して町から逃げ出すのが最も賢い選択と言える。


 だが、銀狼はまだ町を出るわけには行かなかった。

 最後にして……もっとも重要な至宝がまだ残っている。彼女を放って逃げるなど、ハナから銀狼の選択肢にはない。

 なぜなら、彼女は銀狼にとって……。


「ようやくだ。待ってろよ、ベルナ」

 最後の至宝――儚くも美しき麗しの乙女を追うべく、銀狼は急いだ。

読んでくれてありがとう。よければ評価・感想お願いします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ