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異世界大泥棒の冒険譚  作者: 暇和梨
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四章 フラスコーの町と豚髭男爵4

 日が落ち、空を黒く深い闇が広がっていった。

 今日は新月。闇は、いつもよりも濃かった。

「……後四時間か」

 それで、今日が終わる。大泥棒銀狼が予告していた日が過ぎる。

 そろそろ寒くなってきた。上着を着て、寒さを誤魔化すために酒を軽く口に含んだ。

「お。ドブーさん、俺達にもくださいよ」

「ばーか。仕事しろ」

 懐いている若い傭兵共と軽口を叩きつつ、俺は何度か夜空を見上げた。

 新月の空では、手元にある角灯ランタンの明かりが眩しすぎて、空はよく見えない。


 ――が、今は違う。昼の間に、塔の頂上にも照明を付けておいた。

 これでもし銀鳥が来ても、すぐに分かる筈だ。

 ピッゲル男爵のメイド達に頼み込んで、朝聞いた銀鳥について調べてもらっている。

 銀鳥は十代前半の少年少女くらいの背丈で、翼を広げると成人男性二人分くらいの大きさになる、獰猛な猛禽類らしい。六十匹に一匹程度の割合で、美しい銀色の羽を持つ個体が生まれることから、銀鳥と呼ばれるそうだ。

 通常の個体の羽は赤色。南国の鳥らしく派手な色合いだ。

 赤い怪鳥が空を飛び回るのは不気味だが、できれば赤色の方がいい。銀色の羽は、闇夜に紛れやすくて発見しづらい。

 若い傭兵の言っていたとおり、銀鳥は軍に使用されたことがあるそうだ。大泥棒銀狼が使っていたとしても、おかしくはない。


「貴様ら、真面目にやらんかっ!」


 ピッグル男爵が唾を飛ばしながら怒鳴った。

「旦那……」

 俺は、ピッグル男爵の隣を見た。ピッグル男爵の両隣には薄着のメイドが二人、男爵に抱きついている。

 夜風が吹いていて、今日は少し肌寒い。見ると、メイド二人は少し震えていた。おまけに顔が赤い。まさかあんな薄着で、俺達の前まで来ることになるとは思っていなかったんだろう。

 思わず哀れみのこもった目で、メイド達を見る。キッ、と二人は睨み返してきた。

「……すみませんね、旦那」

 感情を殺して、俺は謝った。

「しっかりしてくれよ。金は払ってるんだからな」

 なら、表に出てこないでくれ。頼むから。

 アンタがそんな格好のメイド達を連れてきたら、傭兵共も集中できないだろうが。

「頼むぞ、ホントに。……愚図共が、失敗したら承知せんぞ」

 そう言い残して、ピッグル男爵は去って行った。その背が見えなくなった頃、俺はこっそりため息を吐いた。


「……なんなんだよ、あの男爵は」

「《豚髭男爵》の噂に恥じねぇな」

 傭兵共も、口々にそう言った。

「気にするな。お前達は、仕事に集中しろ」

 傭兵は、依頼主を選べない。そもそも、どんな依頼主も拒まない。

 重要なのは、金払いの良さだけだ。どうせ長い付き合いにはならないのだ、それ以外の情報は余分なものだ。

「……でも腹立つッスね。あんな可愛い子両隣に連れて」

 そう呟いたのは、銀鳥のことを教えてくれた浅黒い顔付きの若者だった。

「だよな。これ見よがしに見せつけやがって」

「俺達だってよぉ」

「もう何日、この屋敷の中に閉じ込められてるか分からんぜ。いい加減、酒場にでも行きたいんだがな」

 浅黒い顔付きの若者を中心に、若い傭兵共が集まってぐちぐち言い始めた。

 ……良くない傾向だ。夜が深まるこれからが正念場だというのに、このままでは全員のやる気が削がれてしまう。

 ……全く、《豚髭男爵》め。厄介なことをしてくれた。


「お前達、落ち着け。とにかく仕事に集中しろ。でないと」

 咳払いし、仕事への集中力が乱れた場を戻そうとしたが。


 一息、遅かった。


「なんだ!?」

 ガシャン、と何かガラスが割れる音が聞こえた。

 頭上から、小さなガラスの欠片が降ってくる。危険を承知で、塔から距離を取りつつ、目元を覆いながら上を見た。

 塔の最上階。まさにエデンが飾られている部屋の窓が割れていた。

 割れ方からして、そこまで大きな穴ではなさそうだ。

 そこまで見たとき、またガシャンと音が鳴り、ふいに視界が暗くなった。照明も、壊されてしまったのだ。


 銀鳥はどこだ?

 いったい、何を部屋に入れた?


「侵入者か? ――見てきます!」

 俺がどうするべきか判断を迷っていた一瞬の間。浅黒い顔付きの若者は、コンマ一秒も考えていないであろう即決の行動で、塔の中へ入っていった。


「俺達も行くぞ!」

「「「おう!」」」


 周囲の傭兵共も、次々とその後を追った。皆、手柄が欲しいのだ。

「馬鹿野郎! 待て!」

 俺は慌ててその後を追った。戻れ、と呼びかけるが、その呼び声を聞き入れる奴は皆無だ。

 マズい。今襲撃されると、非常にマズい。

「ドブーさん! どうかしたんですか!?」

 その声を聞いて、俺はホッと息を吐いた。深夜の当番に当たっていなかった傭兵共が、駆けつけてくれたのだ。

「ここで見張りをしていてくれ。俺は、塔の中に入る」

 端的にそれだけ指示を出し、俺は急いで中に入った傭兵共の後を追った。

 ……なんだか、嫌な予感がした。


 三段飛ばしで階段を駆け上がる。

 ガッチャガッチャと酒瓶と武器の留め金が音を立てた。

 ……おかしい。あれだけ大勢が塔の中に入ったのに、妙に静かだ。

 何かが変だ。

 最上階に辿り着いても、やはり誰もいない。完全に無人だ。


「おい、誰かいないのか!?」


 大声で怒鳴ったが、当然返事は返ってこない。

「……だが、絵はまだ無事だな」

 エデンは飾られたままだ。誰かが触った痕跡もない。

「どうなってる?」

 そう呟いたとき、俺は地面に片膝をついた。

 一瞬、どうしてそうしているのか自分でも分からなかった。


 地面が、揺れていた。


 そんな馬鹿な! ここは塔の上だぞ……!

 魔術の類か!?

 ぼたりと、泥のようなものが背後で落ちる音がした。

 振り向くと、エデンがぼやけ始めていた。絵が滲み、泥のように一部が床に落ちた。

「ありえねぇ……」


 おかしなことばかりだ。そして呆然としているうちに、揺れが酷くなった。


 俺は窓の外を見た。

 そこにいたのは、巨人だった。

 銀色の毛を生やした、狼の頭をした巨人。タキシードを着込み、手には黒いステッキを持っている。頭にはシルクハットを被っていた。

 パチン、と巨人が指を鳴らす。

 突如、突風が吹き荒れた。


 嵐が起こる。


 塔が、藁葺き屋根の小屋の如く吹き飛ばされ――。



 ――俺は、手持ちのナイフで脇腹を切った。



 激しい痛みが俺を襲う。それと共に、風景が歪んでいく。幻覚が消え去り、本当の風景が現れた。

 霧の中にいるかのように、空気が白い。

 傭兵共が床の上を転がっている。先程までの俺と同じように、幻覚を見ているらしい。

 俺はシャツの裾を引きちぎり、口元に押し当てた。たいした意味はないが、やらないよりはいいだろう。

 歩を進めると、次第に倒れている傭兵の数が増えていった。起こしている暇はないので、無視して進む。

 三階の割れた窓ガラスの近くには、布で包まれた手の平サイズの球体があった。そこから、白い霧が漏れ出している。おそらくこの霧が、幻覚を見せているのだろう。


 そして飾られたエデンの前に、一人の男が立っていた。


「お前か……確かに、妙な男だとは思っていたが」

 エデンの前で不敵に笑っているのは、雰囲気こそ違うが間違いなく傭兵の一人、浅黒い顔付きの若者――否。予告状を出した件の男。大泥棒銀狼その人だった。

 銀狼も同じく毒ガスの中にいるというのに、まるで何もないかのようだ。全く効いている様子がない。

 おそらく長く厳しい鍛錬によって、毒に対する耐性を身につけているのだろう。あるいは、毒に対する耐性魔術を使っているか。……魔術はどんなに初歩的なものであれ、体得するために血の滲むような修練を必要とする。どちらだとしても、簡単なことではない。

 どちらにせよ、大泥棒銀狼は有象無象のコソドロではない。それだけは確かだった。


「……やはりこの程度の策だけでは終幕といかないか。流石は音に聞こえしジャント三兄弟、とでも言っておこうか」

 銀狼の声はゆったりとしていたが、落ち着いていて、力強さに溢れていた。

 おそらく変装しているに違いない。顔も年齢も偽りだろう。だが少なくとも年は、外見と同様に若い。……そんな印象を受けた。

「その名で呼ぶことを感謝する。周りの奴らは、《三匹の子豚》とかいう、巫山戯た名で呼ぶからな」

 俺はそう答えながら、背負っていた戦斧バトルアックスを投げ捨てた。


 そもそも、俺は銀狼と室内戦を繰り広げることなど想定していなかった。

 警備するべき塔は然程大きなものではない。故に、守り易い。

 銀鳥を使った空からの攪乱をこそ警戒していたが、あくまで主戦場は塔の外であり、周囲に展開した傭兵達を伴って戦うものだと考えていた。

 故に、装備は障害物のない野外で十全に発揮できるものが大半であり、集団戦で有用なものが中心となっている。今使えそうな手持ちの武器は、脇腹を切ったナイフが一本。それだけだ。

 続けて、手榴弾や催涙弾を入れていた携帯袋をそっと、床に置く。……これで、かなり身軽になった。


 無論、銀狼もそれを黙って見ていたわけじゃない。その間銀狼は、飾られていたエデンを壁から外していた。

 塔に飾られていた七つの絵画は全て、今は銀狼の手元に置かれていた。

「そんな大量の絵画、運ぶのも一苦労だろう? どうするつもりだ。ついでに言っておくが、今塔の下には傭兵共が待機している。安全に降りられると思うなよ」

「それは困ったな」

 全く困っていない様子で、銀狼は言った。そっとエデンが入った額縁を撫でながら、俺を見た。

 その手には、ナイフが握られている。

 互いに得物の差はない。

 球体は、もう白いガスを噴き出していない。少しずつ視界は良好になってきている。一度脇腹を切ったことで覚醒したのか、意識はしゃんとしていた。俺は、口元を覆っていた布きれを捨てた。

 おそらくそこまで強い毒ではない。

 時間が経てば、傭兵共も目覚めるはずだ。


 脇腹の怪我のぶん、単純に考えれば戦闘はこちらが不利だ。しかし、こちらは仲間達が目を覚ますまで時間稼ぎをするだけでいいのに対し、相手は俺を倒し、速やかに逃亡しなければならない。


 ……予定外の事態だが、総合的に考えれば、まだこちらの方が有利なはずだ。


「この塔に異変が起こったとき、お前がいの一番に飛び込んだのは、盗むためだったのか。勇猛果敢だと、感心したんだがな」

「心にもないことを、言う必要はない」

 答えながら、ジリジリと銀狼が距離を詰めてきた。

「それは悪かったな」

 言葉を返した直後。

 銀狼の姿がブレた。


「――フッ」

 吸い込んだ空気が身体を巡り。

 バネのように、身体が弾ける。


 銀狼と同じタイミングで、俺は走った。互いのナイフが交差し、火花が散る。

 突き出されたナイフを弾き、返す刀でこちらもナイフを突き出す。

 得物も何もかも同じだが、膂力には差があった。俺の方が二回りは身体が大きいのだから、それも当然か。

 力を籠めて、ナイフを振るった。脇腹が痛み、顔をしかめる。しかし、俺の腕力に銀狼は押され、たたらを踏んだ。


 ――この勝機をつかみ取るべく、俺は素早くナイフを突き出した。

 紙一重で、銀狼はそれをかわした。そのまま突き出された俺の腕を掴み、するりと音もなくこちらの懐に飛び込んできた。

 俺の脇腹に狙いを定め、ナイフが振るわれる。――これは、避けようがない。


 鮮血が飛び散る。


 俺は、銀狼の持つナイフの刃を右手で掴んでいた。

 銀狼の動きが止まる。頭突きをしようと頭を振ったが、銀狼は軽やかに避けて後ろに下がった。ナイフは手放している。

 もはや敵は武器一つとして持っていない。片腕が使えないとはいえ、武器の有無は大きなアドバンテージの差になる。

 まだ、勝機はある。そう考えて俺が笑うと、不思議なことに、銀狼もまた微笑んだ。

「どうした、怖じ気ついたのか」

 俺が挑発してやると、銀狼は首を振り、ポケットから時計を一つ取り出した。

 銀の懐中時計だ。


「いや。……ただ、そろそろ時間だと思っただけだ」

 直後。ヒュン、と風を切る音が耳に届いた。

 白いガスを放出していた球体が入ってきた窓に、再び何かが飛んできた。

 ――それは、ワイヤーがくっついた大きな針だった。

 銀狼は素早く針を窓辺に固定し、絵画を手に取った。

 いつの間にか、絵画の入った額縁の上部には奇妙なフックが付けられており――ピンと張ったワイヤーに乗せると、絵画は勝手に動いていった。

「まずは一点」

 そう言って、銀狼は小さく笑った。

「貴様……!」


 悠長にしている場合じゃない。

 俺が駆け出すと銀狼は不敵に笑い、その場で手を前にして構えた。

 再び、俺達はぶつかり合った。だが先程とは違い、武器を持つのは俺だけだ。

 俺が負ける道理はない……俺から、攻撃を仕掛けなければ。


 状況が変わり、時間は決して俺だけの味方ではなくなった。今は、こちらから攻める必要があった。


 対人戦において攻撃は、防御よりも遙かに難しい。


 ナイフの一閃は、案の定空を切った。伸びきったナイフを持つ腕が掴まれる。

 投げ飛ばされて宙を舞いながら――俺は、己の敗北を悟った。






 大泥棒銀狼の予告状通り、塔に保管されていた絵画は全て奪われた。

 塔から塀まで伸びた一本のワイヤーに乗って。大泥棒銀狼も、絵画も全て消えてしまった。

 それを聞いた《豚髭男爵》は、泡を吹いて倒れた。そのまま二晩ほど寝込んでいる間に、次の予告状が届けられた。

 ――――それを読み、《豚髭男爵》はまたひっくり返ったという。

読んでくれてありがとう。よければ評価・感想お願いします。


書きためが無くなったので、続きはちょっとかかります。

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