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異世界大泥棒の冒険譚  作者: 暇和梨
3/11

二章 フラスコーの町と豚髭男爵2


「号外、号外~~!!!」


 フラスコーの町の大通りを、紙束を持ち自転車に乗った青年が通り過ぎる。

 青年は片手で器用に運転しながら、かごに入れた紙束を次々と宙に放った。

 紙束に書かれていたのは、昨日起こった事件に関するものだ。


『涙の雨が降り続けるフラスコーの町の王、《豚髭男爵》へ。

 ごきげんうるわしゅう。

 あなたの有する三つの至宝。

 ラフ・フラスコー画『エデン』。

 機械仕掛けの黄金林檎『ゴールデン・アップル』。

 儚くも美しき麗しの乙女。

 そして、その他莫大な財産。命を除いたあなたの全てをいただきます。――――大泥棒銀狼より』


 どういうわけか、予告状の内容すらも新聞社にリークされていた。おそらく、メイドの誰かが小遣い稼ぎに売ったのだろう。

 大通りを歩いていた住人達は、パッと地面に散らばった新聞紙に走り寄る。

 そして新聞を読みながら、周囲の人達とぼそぼそと囁きあった。

「マジだったのか」「いい気味だ。くたばれ、《豚髭男爵》」「……どうだっていいよ、どうせ俺達の金は返ってこないんだから」

 様々な声が漏れ聞こえるが、その中に《豚髭男爵》を心配する声は一つとしてない。

 新聞を手に囁きあっている人々は、薄汚れた衣服を纏い目は虚ろで、まともな食事も取れていないため身体はやせ細っている。

 ――全て、《豚髭男爵》が重税を課すせいだ。

 だが、全員がそうではない。この場にもたった三人だけではあるが、きちんとした服を着た健康的な人間がいた。


「……なるほどな。これが俺達が呼ばれた理由か」

 地面に散らばった新聞紙の号外を一枚、その内の一人である大男が手に取った。

 三十代半ばくらいだろうか。縦にも横にも大きな図体をしていて、腰には酒の入った大瓶が幾つもぶら下がっている。服は動きやすそうな半袖シャツと短パンだ。

「酒のためにも、俺がとっ捕まえてやらねーとな」

 ごきごきと肩をならしながら、大男はひょうたんの口を開けて酒を呷った。

「いやいや兄上。手柄は私が頂戴しますよ」

 大男の隣で、別の男がそう言った。

 三十過ぎくらいか。大男と同じくらい背が高いが、太っておらず細身だ。男にしては長髪で、モノクルの眼鏡をかけている。服はかっちりした燕尾服だ。鼻が大きな鉤鼻で、ずる賢そうな印象を受ける顔付きだった。

「……手柄なんぞはどうでもいいけど。得物はボクが獲る。絶対に譲らないから」

 一番最後に口を開いたのは、二人と十は年の離れた少年だった。

 十代後半……おそらく、十八くらいだろうか。中肉中背で、鋭い目付きをしている。腰には剣を下げており、革の鎧を着ていた。

「へっ。競争だな」

 笑いながら大男が二人の背を叩く。釣られて、二人も笑った。


 三人は名をそれぞれドブー、リドー、ドーズといった。

 《豚髭男爵》配下の戦闘集団であり、ジャント三兄弟として知られている。近隣では有名な武人達だ。

 ただ、《豚髭男爵》の配下ということで妙な渾名もあった。

 《三匹の子豚》――――それが、彼らの渾名だった。




 大男が門の前まで来ると、メイド達はてきぱきと門を開けた。

「ピッグル男爵は性格はクソだが、金払いだけはいいからな。せいぜい酒代を稼がせてもらうとするか」

 あくびを堪えながらドブーはそんなことを呟き、ピッグル――《豚髭男爵》の元へ向かった。






「遅いぞ! 吾輩が来いと言ったらすぐに来い!」

 吾輩が怒鳴り声を上げると、ドブーは余裕ぶった態度で肩をすくめた。

「申し訳ありません。ですが旦那、これでも急いできやしたぜ?」

「フン、嘘を言うなっ! お前達がのんびり歩いてきているところが、窓からばっちり見えていたんだぞ!」」

 叫んだ後、吾輩は少々顔を歪めた。

 臭い。

 コイツは相変わらず、いつ呼んでも酒臭い。

 真っ昼間から酒を飲んで、全くだらしがない男だ。それは吾輩のような上位の者だけができる特権だぞ。身の程を知れ。

「お前、もう酔ってないか? 大丈夫なのか、そんな有様で」

 吾輩が狙われているお宝を心配すると、ドブーは豪快に笑った。

「当たり前だ。無敵の俺に敵はいない! 大船に乗った気でいてくれよ、旦那」

「ならいいんだがな……」

「心配せずとも、私達の兄上は優秀ですよ。これまでも、きちんと活躍してきたでしょう?」

 リドーの言葉に、吾輩は頷いてやった。

「まぁな。これまでも暴動を起こす馬鹿な民衆共の鎮圧を、手際よくこなしているな」

「でしょう? 私達にお任せあれ」

 ふと、末弟のドーズだけ会話に参加していないことに気付いた。見ると、ドーズはあろうことか吾輩ではなく別の方向に顔を向けていた。

 人の話くらいきちんと聞けと怒鳴りそうになったが、視線の先を見て溜飲を下げた。

 視線の先には、ドレスを着て美しく着飾った我が娘がいた。この美しさに見惚れるのは無理からぬことだ。仕方あるまい。

 ヒュウ、とドブーが口笛を吹いた。

「あれがウワサの旦那の娘ですかい。可愛らしいですなぁ」

「フン。だろう?」

 吾輩は自慢げに髭を撫でた。

「気に入ったようだし、我が娘を守るのはドーズに任せよう。二人はこっちに来い。吾輩直々に宝の在処へ案内してやろう」

 そう言って吾輩はドブーとリドーを先導し、屋敷の外れにある塔へと案内した。

 三階建ての、純白の壁が美しい塔だ。

 鍵を開けて階段を上り、途中にある絵画は無視して最上階のとある部屋へ向かう。

 その部屋は吾輩が所有する絵画の中でも、選りすぐりの極上品ばかりをおさめた部屋だ。

 部屋の中央に、憎きコソドロが狙っている絵画があった。

「おお……。戦士の俺に価値は分からねぇが、それなりに高そうな絵だな」

「ええ。えもいわれぬ美しさ……いや、虚無感を感じます」

「二人とも卑しい感性だな」

 まぁ、言いはしないが価値が分からないのは吾輩も同じだ。この絵は見栄のために買ったに過ぎない。


 ラフ・フラスコー画『エデン』。

 薄暗くてぼろっちい部屋の中。寝そべっている若い青年が、虚空に手を伸ばす姿が描かれているこの絵は、ラフ・フラスコーの遺作だ。

 この青年は、中々夢が叶わず、人生に絶望していた頃のフラスコーではないかと言われている。

 絵の美しさ、虚無感もさることながら、その「謎」が多くの人を惹きつける。

 見た限りどこまでも重く暗い絵でありながら、付けられたタイトルは『エデン』。

 そのギャップから生まれる謎が、人々を惹きつけて離さない。憶測が憶測を呼び、この絵に籠められた意味には幾つかの説が存在した。


 苦悩していた若い頃こそが、本当は最も幸せだったという意味。

 書かれていないだけで、伸ばした手の先には「何か」があり、それこそが『エデン』であるという説。

 ……珍しいものなら、自分自身こそが『エデン』であり、楽園のような名作を生み出す己自身を描いた傲慢な自画像という説や、背後に薄らと見える本棚の本を特定し、考察した末に悪魔崇拝に結びつけた説まで存在する。

 ……さらに珍妙な説になると、財宝の在処を示している宝の地図だとかいう説もあったな。どうでもいいが。


 吾輩が所有する絵の中でも、間違いなく最も価値がある絵だ。

「ドブー、お前にこの絵と塔の警備を任せる」

 吾輩がそう言うと、ドブーはまた豪快に笑った。

「任せておけ。白狼だか黒狼だか何だかしらないが、そんな無名の怪盗に後れをとる俺じゃないぜ」

「兄上、相手は銀狼です。そして予告状を出していますが、相手は怪盗ではなく大泥棒を名乗っていますよ」

 リドーがそう言うと、ドブーは首を傾げた。

「……じゃあ何で予告状なんて送ったんだ?」

「私が思うに、怪盗を名乗らないのは本人なりの主義主張ではないかと」

「なるほどなぁ」

 ドブーは感心した様子で弟を見やり、それから腰にぶら下げた酒瓶を一つ呷った。

 思わず、吾輩か顔をしかめた。頼りにはなるが、やはりこの男と同じ空気を、長時間吸っていたくはない。

 安酒の下品な臭いで、気分が悪くなる。

「では任せたぞ。リドー、お前はこっちだ」

 ドブーを放置し、吾輩は最後に残ったリドーを次の場所に案内した。

 リドーに守ってもらうのは、塔から館を挟んで反対側にある倉庫だ。

 こちらは塔とは異なり頑丈なコンクリート製の白い建築物で、別に美しくはない。美しさよりも頑丈さや警備の厳重さを意識して造ってもらっている。大きさは普通の部屋の六部屋ぶんくらいだろう。倉庫としては、そこまで大きなものでもない。

 塔が絵画のコレクションルームとなっているのに対し、倉庫にはそれ以外の財宝がしまってあった。

 鍵を開け、また俺が手ずから案内してやる。

「おお……」

 リドーが感嘆のため息を漏らす。どうやら、あの三人の中で一番感性豊かなのはコイツらしい。


 機械仕掛けの黄金林檎『ゴールデン・アップル』。

 制作者不明、原理不明の古代期を代表する芸術品である。

 常にカタカタと歯車の音がしているというのに、黄金の林檎には繋ぎ目一つとして無い。 中で何が動作しているのかは、一切分かっていない。

 所有者に大きな幸福か絶望を与えると噂される、曰く付きの一品だ。

 勿論、吾輩には巨大な幸福を寄越すに決まっているが。


「お前にはここの警備を頼もう。後で町の外で雇った傭兵共を送るから、好きに使うといい」

「分かりました。ご期待に応えられるよう、全力を尽くしましょう」

 そう言って、リドーは慇懃に礼をした。

「フン。……盗まれたときは承知せんぞ?」

「ええ。分かっております。お任せください」




「よし、一先ずこれで大丈夫だろう」

 吾輩はほっと息を吐いた。思えば今日は、久々にしっかりと働いた。流石に自分の財産の管理を、全てメイド共に任せるわけにはいかんからな。

 吾輩が館に戻ると、言いつけ通り、ドーズが我が娘の側に張り付いていた。

 娘はこれにも関心が無いようで、何の反応も示さず、今日も虚空をぼうっと見つめていた。

 娘の前には、フォークとナイフが置かれている。食事はまだらしい。まぁ、吾輩より先に食事を取るなんて許さないからな。

 吾輩は娘の隣に座ると、後ろを見た。

 ドーズは娘の背後に立って剣の柄を握りながら、ぼぅっと我が娘を見つめていた。

「ちゃんと働いているようだな、小僧」

 吾輩が褒めてやると、びく、と体を震わせドーズは後ずさった。

 珍しい。というか、初めて見た。どうやら油断していたらしい。

「小僧。ガキが大人ほどには働けないことを吾輩も知っている。だが、大人の世界でそれは関係ない。クビにするぞ」

「い、いや。……申し訳ない。次からは気をつける」

「フン。惚れるのも、邪な目で見るのも勝手だがな。決して手は出すなよ」

「だ、誰が手を出すものですかっ。ボクはただ、ドレスを見ていただけです」

「何を恥ずかしがっている? よもや、まだ何も知らないほどにおぼこいのか貴様。……庶民とは憐れだな。吾輩のメイドを何人かあてがってやろうか?」

 吾輩がそう言うと、ドーズは顔を真っ赤にして結構です! と言った。

 結構可愛らしいな。……こういうのもありといえばありか。

 次は、美少年の奴隷も買ってみるか。

「まぁ好きにするといい。仕事さえすれば、吾輩は文句は言わん」

 お前らには、それ以外何も期待していないしな。

 吾輩は娘の頭を撫でた。さらさらと、吾輩の手の動きに合わせて髪が揺れる。

「誰にも盗ません。お前のことは、吾輩がしっかりと守ってやるからな」

 そう言うと、娘は不思議そうに首を傾げた。

「私、盗まれるんですか?」

「いや。吾輩がその賊を殺すから、そうはならん」

 吾輩が答えると、そうですか、と娘は呟いた。

「可哀想な盗賊さん」

「憐れむ必要なぞ無いぞ。吾輩の宝を狙った以上、万死に値するからな」

 そう言って、吾輩はメイドを呼ぶためにベルを鳴らした。

「食事にしよう。何、もう前みたいなことはさせ……」

 その先を言うことはできなかった。


 ヒュン、と音を立てて。またしても矢文がテーブルに突き刺さる。


「――見てきます!」

 ドーズが矢の飛んできた方向へ走り去った。前回と同じなら、危険はないだろう。そう思いつつも、吾輩は娘と共に席を離れ、メイドに予告状を持ってこさせた。


『涙の雨が降り続けるフラスコーの町の王、《豚髭男爵》へ。

 ごきげんうるわしゅう。

 警備はそれっぽっちで十分なのか? 思っていたよりも、度胸のある方のようだ。

 その程度で俺を止められると考えているのなら、随分と甘い。

 予告しよう。

 俺がまず最初に奪うのは――ラフ・フラスコー画『エデン』。

 今日より一週間後。春の三月、六日の月曜に、俺は必ず盗み出そう。

 そして後悔するがいい。 ――――大泥棒銀狼より』


「…………!!!」

 吾輩はまた、怒りにまかせて予告状をびりびりに引き裂いた。

 どうして矢文をここまで送れる? どこから忍び込んでいるのだ、下劣な盗人め!


「警備の人数を、倍にしろ!!!」

 吾輩はメイドに、そう命じた。

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