序章 金庫で目覚めし転生者
――――気がつくと俺は、金貨の入った大袋でマフィアをぶん殴っていた。
異世界転生して三十秒後の出来事である。
「や、やべぇぇぇぇ!」
俺は、俺をこの異世界に転生させた女神を恨んだ。この後、俺は異世界湾にコンクリート漬けで沈められかねない。
「なんで、なんでマフィアの金庫なんかに転生させるんだよ!」
俺が今いる薄暗い部屋は、金貨の入った袋が山盛り置かれていた。どこからどうみても金庫そのものだ。
こんな場所に召喚されて、どうしたらいいんだよ!
しかも、金庫にやって来たマフィアの男を咄嗟に不意打ちで気絶させてしまった。もう、言い訳のしようが無い。
金貨の入った大袋が顔面に直撃し、マフィアの男は勢いよく宙を舞って頭から地面に着地した。たぶん、死んじゃないだろうけど。でも大きな音が出たせいで、俺の存在が他の奴らにまでバレてしまった。既に怒号と複数の足音が、こちらに近づいてきている。
「転生早々、詰んでるじゃねーかぁ!」
「騒がないで」
頭を抱える俺の横……いや斜め下から声が聞こえる。
声のした方を見ると、金庫の床に穴があった。
穴を覗くと、銀髪の少女がいた。瞳は赤く、バニーガールの衣装を着ている。童話のアリスのように頭にリボンを付けていて(色は赤だけど)、けっこう可愛らしい外見をしていた。
「あんた困ってるんでしょ? アタシが助けてあげる。だから、そっちの袋持ってついてきなさい。急いで!」
その声に、俺はすがった。何も考えずに金貨の大袋を背負い、穴を潜って銀髪の少女の後を追った。
俺と銀髪の少女は、泥だらけになりながら横向きの穴の中を走った。その間、背後からマフィア達の怒声と銃声が何度も聞こえた。
汗と涙にまみれながらも、俺は生き残ろうと必死になった。無我夢中で走りながら、頭の中では女神への呪詛と「一杯でいいから、水が飲みたい」という思いがぐるぐると渦を巻いていた。
――盗みの片棒を担がされたと気付いたのは、逃げ遂せた後のことだ。俺は憤慨したが、銀髪の少女はどこ吹く風で気にもとめなかった。
「どーせ悪事を働いて稼いだお金じゃない。私達がくすねたところで、何も問題ないに決まってるわ」
むしろ、堂々とそう主張しやがった。正直なところ、俺は呆れた。が、ある意味それも正しいと思ったので、俺の倫理観も大概だろう。
「あなたそれなりに使えそうね。どう? 私の元で働かない? 山分けとはいかないけど、働き具合によっちゃー一割程度ならあげるわよ?」
そう言ったのは、俺が持ってきた金貨の大袋を、彼女の車に乗せた後のことだった。
むちゃくちゃ言いやがる。外見同様、型破りな奴だ。……と、話を聞いてすぐそう思った。
――――のちに伝説となる赤兎盗賊団の旗揚げは、実のところそんな具合だった。
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