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決裂と、再会と

 吹雪の耐えぬ幻霧域。視界の殆どが雪の白さに埋め尽くされるその空間は、吹雪の魔女が侵入者を拒む為に生み出した空間異常に支配されている。

 討伐隊を率いてその魔境へ足を踏み入れたディカイオスは、隊員が欠けぬように注意を払いながら歩を進めた。一人では簡単に突破出来る雪の迷宮だが、人数が増えるほどにその危険度は増していく。それでも彼が討伐隊を連れて討伐に向かうのは、自分さえ居れば彼らを幻霧域で死なせないという自負と、たとえ烏合の衆でも数の優位は吹雪の魔女に対して有効だという自身の見解からである。

「迷宮の中に入ってから、どれだけ経った?」

「三時間と四十四分です、ディカイオスさん」

「まだ抜けられないか……」

 迷宮、とディカイオスが称する幻霧域だが、しかしこの空間に壁や天井というものは存在しない。あるのはただ、無限に続くかのように思える真っ白な視界だけである。だがそれだけだからこそ、この迷宮は恐ろしいのだと、ディカイオスは幾度となく繰り返した討伐作戦で熟知していた。

「気をしっかり保てよ。この吹雪は幻覚だ、無限に続くなんて事はない。吹雪の魔女が俺たちを閉じ込められるってんなら、俺はもう何年も前に野垂れ死んでるだろうさ。これは俺たちを足止めするだけで、完全に止めることは出来ない」

 どちらに進んでいるのかも分からない、色の無い世界。ディカイオスは肌に触れる空気の質が変わったのを感じ取ると、後ろに続く討伐隊に待機を命じた。

「境界ですか?」

「ああ。正攻法でなんざ突破してやるか、化物め。魔法ってのは、こうやって使うもんだ」

 そう言って嘲笑するような笑みを浮かべると、ディカイオスは自身の真正面に向かって両手を突き出す。

「さあ、吹雪の魔女とご対面だ」

 ディカイオスが手をかざした先に魔法陣が浮かび上がり、光を放って結界を破壊する。激しい風と振り続ける雪は変わらなかったが、しかし討伐隊が見ている景色には決定的な変化が起きていた。

「氷の城……!」

「壁は俺が破壊する。そうしたら中に入って、いつも通りに吹雪の魔女を待ち構えろ。あの化物は恐らく俺だけを警戒してる。無理に攻撃を加えようとするな、注意を逸らすだけで良い。そこを俺が叩く」

 討伐隊の面々へ警告を加えると、ディカイオスは左拳を城の外壁に叩きつけ、爆発魔法を用いて粉砕した。爆破の核となった左腕は熱を帯び、外気に冷やされることで湯気を発している。

「出てこい魔女ォ! 今日こそお前の首を刈り取って町に掲げてやる!」

 だが、吹雪の魔女ともあろう者が彼らの襲撃を予想していない訳がなかった。意気揚々と城へ突入したディカイオスの背後で、討伐隊の隊員数人が氷の甲冑に襲われ悲鳴を上げる。更にディカイオスが開けた大穴はみるみるうちに塞がっていき、城への侵入に失敗した何人かの隊員が雪狼に群がられてパニックに陥っていた。

「来ると思っていたよ、ディカイオス・ロア。外の人間には私の下僕と遊んでいてもらおうか、邪魔をされては困るからな」

 城の二階から飛び降りるように吹雪の魔女が現れ、ディカイオスと見つめ合う。その目はまるで氷のように冷たく、そして鋭く、憎き怨敵を睨み貫いていた。

 そして、どちらが動いたのが先だろうか。ディカイオスの合図で討伐隊は一斉に火炎放射器を構え、吹雪の魔女を取り囲む形に散開する。そしてほぼ同時に、屋内にも関わらず吹雪の魔女を中心に発生した猛烈な強風が、討伐隊の移動を妨害した。

 その中でただ一人、ディカイオスだけが爆発魔法を推進力に吹雪の魔女への接近を実現していた。

「悪いが死んでくれ」

「こちらのセリフだ、屑め」

 ディカイオスの持つ火炎放射器から炎が吹き付けられる。氷の壁を足元から発生させてそれを防いだ吹雪の魔女は、直後その壁の中央から螺旋状の突起を突き出しディカイオスを攻撃した。それに対し、間髪入れずディカイオスは真横へと飛び退き串刺しを回避。記憶から呼び起こした魔法陣を地面に描き、彼は吹雪の魔女を巻き込むような爆発を足元から発生させた。

「ふん、鬱陶しい!」

「チッ、効いちゃいねぇな。流石は氷人ってところか、防御に関しちゃ桁違いだ」

「お前だけは、徹底的に痛めつけてやる……!」

 吹雪の魔女は完全に、ディカイオス以外の隊員を気にも留めていなかった。だが警戒を怠っていた訳でもない。彼女に向かって火炎放射器を向けた一人の隊員は、直後、足元から突き出した鋭利な氷の板に片腕を斬りつけられてその場に倒れ込んだ。

「邪魔をするなと、言った筈だが?」

「ったく、余所見してる暇があるのかァ!?」

「黙れ、私の標的は最初からお前だ!」

 小規模な爆発を駆使し、ディカイオスは予測困難な軌道を描いて吹雪の魔女への接近を図る。一方、吹雪の魔女は胸の前に構えた両掌の間に冷気を集め、宿敵がどこから襲いかかろうと回避出来ぬように、全方位へ向かって極寒の衝撃波を放った。

「ぐおおっ!?」

「砕け散れ、木っ端微塵に」

「……なんてな」

「なに……っ!?」

 直後、吹雪の魔女は足元の氷を突き破って現れた土の柱によって真上へ押し上げられ、柱が崩れると同時に空中へと放り出された。凍った土を操るには通常よりも僅かに時間が多くかかる。ディカイオスの目に見えて分かりやすい接近は、地下で行われる細工を悟らせないための陽動だった。

「喰らえ、化物め」

「ッ……!」

 落下する吹雪の魔女に、ディカイオスは至近距離から爆発の魔法を浴びせた。空中で爆発の激しい衝撃に耐えられる筈もなく、吹雪の魔女はその細い体を吹き飛ばされ城の壁へと激突する。それまでは無傷に等しい状態だった彼女が堪らずむせ返っているところからも、今の一撃が吹雪の魔女に対しダメージを与えたことは明らかだった。

「ぐうっ……! が、はあっ!」

「やっぱり、普段より弱いな。ははっ、墓穴を掘ったなぁ、吹雪の魔女。雪狼に魔力を使いすぎたんじゃあないか?」

「黙れ……ッ!」

 起き上がりながら、吹雪の魔女は力強く壁を叩く。直後それを合図と捉えたように、城の上部から氷の塊がディカイオス目掛けて降り注いだ。そして吹雪の魔女はそれだけでは不十分だと考えたのか、床を蹴りつける事でディカイオスが居るであろう場所を氷の壁で隔離する。だがそれでも、やはり彼を拘束するには足りないと吹雪の魔女は理解していた。

「邪魔くせぇ! 逃げる余裕もないか? 吹雪の魔女ォ!」

「逃げるつもりなど最初から無いッ!」

 ディカイオスの起こした爆発と、吹雪の魔女が放った氷柱の一斉発射。その二つがぶつかり合い、城の一階部分は煙で満たされた。しかし、それでも攻撃の手は止まらない。接近戦に持ち込みたいディカイオスは手数で吹雪の魔女を追い込み、対する吹雪の魔女は氷の城という自分に有利なフィールドを活かし反撃の機会を伺う。そんな状況が数十秒続いた時、ディカイオスが突如として大声を張り上げた。

「レヴァン今だ、やれ!」

「なに……!?」

 ディカイオスから距離を取る為、回避に専念していた吹雪の魔女。そのすぐ傍に、攻撃を受けて倒れていた筈の討伐隊隊員が一人、待ち構えていた。劣勢から来る焦りが自身の不注意を招いたのだと、吹雪の魔女は真っ直ぐに向けられた火炎放射器の銃口を見て悟る。真っ当に回避するにはあまりに近すぎる距離だった。

「っ……させるかァ!」

 引き金が引かれる直前、咄嗟に床から氷の柱を生み出し隊員の体を跳ね飛ばす。吹雪の魔女は辛うじて至近距離からの火炎放射を防いだが、しかし、それもまたディカイオスの狙い通りだった。

「余所見したな?」

「な、しまっ――」

 一瞬の隙を突いて、ディカイオスが距離を詰める。素人も同然の討伐隊隊員と異なり、彼の攻撃を防ぐのに咄嗟の行動では無力に等しい。吹雪の魔女は自身の両腕を凍らせ防御の構えを取ったが、さほど意味のある行為ではなかった。

「爆ぜろ」

「ぐ、うううああぁぁぁ!」

 至近距離から直撃を受ける、二度目の爆発。先の爆発で皮膚の表面に受けた傷は瞬時に治癒が始まっていたが、短時間で連続してダメージを受けたせいで、治癒の速度は著しく落ちていた。

 吹雪の魔女が激突し、戦闘の影響でひび割れていた壁が衝撃でボロボロと崩れ落ちる。修復を行う余裕など、今の彼女にはある筈もない。アステイルの町へ確実に致命的な被害を与える為に大量の雪狼を呼び出したが、それは彼女にとってもハイリスクな選択だったのだ。それがどうしてか、被害を受けた様子もなく討伐隊が平然と現れたのである。ディカイオスの報復は予想の範疇だったが、討伐隊が無事だという事が吹雪の魔女には理解出来なかった。

 困惑しつつも、抵抗の意思を捨てぬ吹雪の魔女は再び立ち上がろうと足に力を入れる。だが彼女は、背後から近づく巨大な魔力の気配に気づき思わず動きを止めた。

「なに、まさか……まだ居たのか、魔法使いが……!」

「なんだって?」

 吹雪の魔女に睨みつけられ、今度はディカイオスが戸惑う。彼もまた魔力の塊が向かってくる事には気付いたが、彼の知る限り討伐隊の中にそれほどの魔力を持つ人物は居ない。吹雪の魔女との戦いに集中している彼にしてみれば、さしずめ彼女が呼び出した新たな魔獣だろうと予想するのが当然だった。

 正面から歩み寄る宿敵ディカイオス、背後から迫り来る正体不明の魔法使い。挟み撃ちの形となった戦況に、さしもの吹雪の魔女でさえ恐怖を感じていた。ディカイオス一人ならいざ知らず、強力な魔法使いを二人も相手取るほどの余裕はない。

「おのれ、私は……こんなところで……ッ」

 顔を歪め、吹雪の魔女は鬼の形相で怨敵を睨みつける。それは既に逃げ場なしと判断してしまったが故の、さして意味もない最後の抵抗だった。

 だが、彼女が諦めるにはまだ早すぎたのだ。地面に伏せる吹雪の魔女は、その頭上を通り過ぎてディカイオスに直撃する炎の玉を目撃した。決して彼女に対して放たれたものではない。それは明確に、ディカイオスという人間の魔法使いに対して撃たれたものだった。

「ディカイオスーッ! それ以上クリスタロスに近づくんじゃあない!」

「お前は……プロクス!? どうして、お前がここに! 付いてきてたのか!?」

「黙れ、質問をするのは俺だ。九年間、アンタはどうして町の人たちに嘘を吐いた? 氷人が例外なく人間に敵対的だなんて嘘を、どうして吐いたんだ!」

 火のついたライターを構え、プロクスが叫ぶ。クリスタロスの前に立ち、彼女を守るようにディカイオスの接近を拒みながら。その表情は、吹雪の中でも一切冷めなかった激しい怒りに満ち満ちていた。

 対するディカイオスは足を止めると、やっと煙の晴れてきた周囲を見渡した。炎の玉が直撃したにも関わらず、彼は全くなんともないといった様子である。

「……誰も起きちゃいねぇか。ま、良かないんだが幸いだな」

「質問に答えろ、ディカイオス! 返答次第では、ここでアンタと戦わなきゃならない」

「どこで知った? その情報、誰が言い出した?」

「質問に質問で返すなよ……聞いてるのは俺の方だ」

「興奮するなよ、頭を冷やしたらどうだ」

 馬鹿にするようにそう言って笑い、ディカイオスは肩をすくめる。攻撃を仕掛ける様子はない。だがプロクスはライターを下ろさず、いつでも攻撃に対応出来る状態を保ったまま話を続けた。

「アンタにクリスタロスはやらせない。もう一回聞くぞ、どうしてアステイルの人たちに嘘を吐いたんだ」

「誰が、いつ、嘘を吐いた?」

「なに?」

「あれだけの資料を見たんだ、お前も知ってるだろう。氷人は、ただそこにいるだけで脅威だ。気温は下がり、正常な気候は乱され、村の人口が増えればそれもより一層ひどいものになった。だがそれは全部、奴らがただそこに居るだけで起きたことだ」

「ああ、氷人に敵意はなかった。なのに、アンタは――」

「そこに居るだけでそれほどの影響をもたらす化物どもが! 人間を攻撃したらどうなる!? 勝ち目なんて無い。どちらが先に攻撃を仕掛け、どちらが先に相手を滅ぼすかの関係だったのさ! 最初からな!」

「なに……?」

「嘘を吐いただと? だったらなんだ、それがどうした。そんなものは、躊躇する討伐隊の連中を説得する為に必要な事だったんだよ。掃討作戦の実行が遅れてみろ、氷人の王がその気に慣ればアステイルの町なんて氷漬けだ。先手必勝、そうしなきゃ滅んでたのはこっちなんだよ!」

 興奮を露わに、ディカイオスはプロクスを怒鳴りつける。それは今まで熟練の魔導師として振る舞っていた彼ではなく、掃討作戦の真実を知るただ一人の人物としての怒りにも似た感情の発露だった。

「俺を糾弾して、それでお前は何がしたいんだ? 余所者のお前が知ったような口を利きやがって。俺が町の英雄であることに変わりはない! 現に町は救われているのだから!」

「っ……!」

「さあ、そこをどけプロクス。その女はアステイルの敵だ、余所者のお前に邪魔をされる道理はねぇ。どかねぇって言うなら、お前も痛い目を見てもらうぞ」

「……ああ、分かった。アンタが過去にしたことを責めるのはやめよう、アンタにも正義があったのは分かった。だけど、クリスタロスを殺させやしない。まだ話したいことがいくつもあるんだ、部外者のアンタに邪魔されてたまるか……!」

「言うじゃねえか……ッ!」

 狂戦士の如き笑みを浮かべ、ディカイオスが応戦の構えを取る。対するプロクスはライターの火から無数の火球を切り離し、空中でそれらを全てバスケットボール大の炎へと増幅させた。実力で言えばディカイオスが圧倒的に優位だが、彼は既にクリスタロスとの戦闘で消耗している。下手に動けば、ディカイオスはプロクスに敗れる危険性があった。

 だが、先に動いたのは彼の方だった。ディカイオスはプロクスの足元から土の柱を突き出し、それからすぐにクリスタロスへ向かって走り出す。邪魔者を排除し、早々に吹雪の魔女へトドメを刺そうという算段である。

「死ね、化物ォ!」

「させねぇって言ってるだろうがァァ!」

 空中に留まった炎の玉がディカイオスの接近を感知し、彼の体へとまとわりつく。だが当然、ディカイオスもそれで止まる程ヤワではない。彼は全身を覆った灼熱の炎をいとも簡単に振り払うと、クリスタロスへと構わず接近した。

 その直後、土の柱から飛び降りたプロクスが腕を振るのに合わせて、炎の玉がディカイオスとクリスタロスの間に集まった。そしてそれらは激しい爆炎となって、猛進するディカイオスを強引に押し戻す。これには流石のディカイオスも防御動作を要し、彼は土の壁を作り出し炎を防いだ。だがその瞬間、今度は彼の足元から氷の棘がいくつも突き出し、彼の足を刺し貫く。

「これは……っ!」

 倒れたままの姿勢で、クリスタロスがディカイオスを見て笑っている。その姿を見たディカイオスは、足の負傷が彼女の仕業だと理解し、一層腹立たしい気分になり唾を吐き捨てた。

 そして、足止めされたディカイオスを真横からプロクスが強襲する。ライターの火を直接増幅させることで炎の鞭を作り上げ、プロクスは目の前の英雄に対し振り下ろした。ディカイオスはその攻撃を間一髪で避けると、今度は彼が自ら距離を取り、地面に左掌を叩きつける。爆発魔法の対象距離を自身から遠ざける事で、彼はクリスタロスの真下から大爆発を起こそうと試みたのだ。

「木っ端微塵に消し飛べェーッ!」

 プロクスとクリスタロスは、彼の思惑にすぐ気がついた。だがディカイオスを攻撃して魔法の発動を止めるには遠すぎる。ほんの一瞬迷った末に、プロクスはクリスタロスを咄嗟に抱きしめる形で爆発から庇い、その勢いで城の外へと飛び出した。背後で起きた爆発で氷の破片が飛び散り、背中にいくつか突き刺さったが、彼にとってそんな負傷は大したことではない。クリスタロスが無事で居ることが分かると、プロクスは再び城の中へと飛び込み、ライターの芯をディカイオスの方へと向けて叫んだ。

「いい加減にしろよ……! 俺は人殺しなんかしたかない、アンタを焼き殺すなんて事も御免だぞ!」

「考えが甘ぇんだよ、都会の坊っちゃんがよォ。正義の為に犠牲はつきものなんだ。お前がこのまま邪魔を続けるなら、その女と一緒に死んでもらうぞ。脅しだなんて思うなよ、俺は遠慮なくお前を殺す」

「外道め……ッ」

 そうプロクスが呟いた直後のことだった。

「……思い出した。そうか、成程、そういうことか」

 おもむろに立ち上がった吹雪の魔女が、プロクスの傍へと歩み寄り、彼の肩に手を添えた。その動作は、災厄と恐れられる彼女には似合わないほど攻撃性の無いものである。

「っ! 吹雪の魔女、まだ動けたのか」

「お前たちは、邪魔だ。幸い片道切符は持ってるからな、お引き取り願おうか」

「片道切符だと?」

「ディカイオス、お前が見せてくれたものだ。受け取るが良い」

「……まさか」

 クリスタロスが傷だらけの顔で口元に笑みを浮かべた直後、城を包み込むような大きさの魔法陣が空中に現れた。それはプロクスにとっても見覚えがあるもので、淡い光を放つと同時に辺りで倒れ伏している討伐隊の隊員たちを吸い込み始める。その魔法陣の、正体とは。

「これは……空間転送魔法だと!? お前、俺の魔法を――」

「魔法陣はお前が使ったものと同じだ。転送先はどこか知らんが、まあ、町へは無事に帰れるんじゃあないか?」

「化物の分際で、小賢しい真似を……ぐうっ!」

 足元から突き出した氷の柱に跳ね上げられ、ディカイオスが魔法陣の中へと姿を消す。彼の消失を見届けたクリスタロスはすぐさま魔法陣を消すと、周囲に討伐隊が一人として残っていないことを確認して、気が抜けたようにその場で倒れ込んだ。

「っ……!」

「クリスタロス! ……っく、ぁう」

 咄嗟にしゃがみ、プロクスはクリスタロスの体を支える。だが彼の体も既に満身創痍。人一人分の重みに耐えかねた彼の腕は悲鳴を上げ、緊張が解けたせいか背中の傷もズキズキと痛んでいた。痛い、苦しい。一箇所の痛みに気がつくと、酷使された全身の筋肉が次々に苦痛を訴え始める。気付けばプロクスの肉体は、まともに動ける状態ではなくなっていた。

 だが、彼がそれだけの事をしたのは無駄ではなかった。

「はぁ……うぅ、はぁ……っ」

 プロクスの腕に抱き留められ、クリスタロスはゆっくりと床に膝をつく。そして彼女はプロクスの顔を見上げると、今まで見せた表情のどれとも違う、困ったような顔をしてか細い声を漏らした。

「プロクス……思い出した。私は、お前と……いや、君と、会っているんだな?」

「クリスタロス……! そうだ、そうだよ。俺たちは十五年前に会ってる。ここじゃない別の雪山で、俺は君に助けられたんだ」

「ああ、覚えてる。思い出したんだ、ずっと忘れてしまっていたけど……そうか、君は、あの時の」

 自分の記憶を徐々に徐々に遡るかの如く、クリスタロスは独り言をぶつぶつと呟きながらプロクスの目を見つめ続ける。そしてプロクスもまた、口元がにやつくのを抑えて彼女の目を見つめ返していた。そんな時間が一分ほど経った頃の事。クリスタロスは少し躊躇う様子を見せた後、泣き出しそうな震えた声でプロクスに問いかけた。

「君は、助けてくれたのか? 私を、吹雪の魔女と恐れられる化物なんかを……ついこの間、私は君を殺そうとしたというのに」

「ああ、俺は君を助けに来た、あの時のお礼がずっと言いたかったんだ。殺されそうになったことを恨んでなんかいない、どのみち君に救われた命なんだから」

「……は、ははっ。馬鹿じゃないのか? 死んだら元も子もないだろう。でも、しかし……ああ、言いたいことはあるのに上手くまとまらない。混乱してるんだ、色々なことが一度に起こりすぎた」

「その気持ちは分かるよ。俺もここ何日かで同じ気分を味わった」

「あー……いや、おかしな話だ。人間の事は嫌いだ、皆殺しにしてやりたいほどに。でも、君には不思議と、そんな感情が湧いてこないんだ。我ながら奇妙な気持ちだよ。とりあえず、こんなところで座り込んでもいられない。付いてきてくれ、君も立っているのは辛いだろう。階段の裏に小部屋があるんだ、そこで少し休もう」

「分かった。肩、貸そうか」

「いや、大丈夫だ」

 クリスタロスはゆっくりと立ち上がると、ふらついた足取りで歩き出す。その後ろを、プロクスはいつでも支えられるように気を配りながらついていった。

 激闘の後、城の内部は荒れ果てた様相に変貌している。だがその光景とは裏腹に、プロクスは恩人と再び言葉を交わせた喜びで心が満たされていた。彼が最も望んでいた目的は、今ようやく果たされたのである。

「……良かった」

 その安心感からだろうか。

 プロクスは小部屋に辿り着く前に体力が尽き、気を失ってその場に倒れ伏した。

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