経験
オフ会は、思いの他賑わっていた。
ここにいる人はみんな「ある共通の趣味」で集まったの人達だから、
歳も、性別もバラバラでも共通の趣味があるせいか、
初めこそ緊張していたけどお酒も入って、次第に打ち解けて行った。
私は、その盛り上がったテーブルからそっと立つとトイレに向かった。
(少し飲み過ぎちゃったかな?)
でも今日のお酒は楽しい
手を洗い席に戻ろうとして気が付いた。
トイレの前の通路に、レンが立っている。
『レンさん?』
レンとはハンドルネームだ。私も、同じ・・・まあ本名の一字から取ったんだけど。
『さち、この後どうする?』
いきなりそう聞かれてなんと答えていいか判らなかった。
『どうするって?』
『みんなは二次会行くって騒いでるけどさ、どう、俺と付き合わない?』
レンとは何度もチャットで話していたけど、逢うのは今日が初めてだった。
『どうしようかなあ・・・』
じらしてる訳でもなく、そう答えた。
『俺、さちに興味あるんだよな、じゃあ途中で抜けようよ。
俺、先に出るから、10分位したら出てこいよ』
レンはそう言うと、私を残し、先に席に戻って行った。
『さち。ここだよ』
二次会が始まって1時間位した頃、レンが帰って行った。
私は、なぜか言われた通りにその10分後、引き止めるみんなをなだめ店を出た。
少し離れたビルの前にレンが立っている。
『行こうか』
レンはそう言うと、先に立って歩き始めた。
二人が落ち付いたのは、ホテルのバーだった。
『まだ飲めるだろ?』
そう言って頼んだカクテル
レンの話しは、ヘアフェチとは、まったく関係のない話しだった
勧められるままに飲んだお酒は、かなり強く、顔が火照る。
『見せてあげようか?』
不意にレンが耳元でささやく。
『見せるって何を・・・?』
『俺のコレクション、部屋においてあるんだよ』
レンは、北の方の地方都市から上京して来ているはず今日はこっちに泊まるって言ってたっけ・・・
『でも・・・』
酔ってるとは言え、まだきちんと考えられる。
『見たいって、前に言ってただろ?部屋、上だから』
レンはそう言うと、席を立ち、私の背中に手をかけた。
『入れよ、大丈夫だよ、心配しなくても』
レンは笑いながら、私の心を見透かすように言った。
ダブルの部屋、中は思ったより広かった。
ベッドの上に黒いカバンが置いてある。
私はカバンが置いてあるのとは反対側のベッドに腰を下ろした。
レンは、カバンの横に座ると、私の顔を見た
そして、カバンを開け、中から黒い袋を取り出して私に渡してくれた。
手に取ると、ずっしりと重い。
袋の口をそっと開けてみると、中から出てきたのは業務用のバリカンだった。
『これ・・・』
私は何か見てはいけない物を見てしまったようなきがして手を止めた。
『前に、チャットで興味あるって言ってだろ。』
レンは少し笑ってそう言った。
『いいよ、出して見てみろよ』
レンは戸惑ってる私の手から袋を取ると、中からバリカンを取り出してみせた。
『ほら、これは業務用…切れ味が違うぜ』
私はなぜか緊張して汗ばんだ手で、そのバリカンを手に取ってみた。
さすが業務用と言うだけあって、その黒いボディはがっちりしている。
私はまじまじとそのバリカンに見入ってしまっていた。
レンはそんな私の姿を見ながらなぜか嬉しそうに笑っていた。
『使ってみる?』
レンがにやっと笑って私にそう言った。
『えっ…』
その後の言葉が出ない。
『使ってみるって・・・?』
そう聞いても、レンは笑って見てるだけだった。
『だって、使うって・・・私が?それともあなたが?』
『バリカン、体験してみたいって言ってただろ?チャンスだよ』
レンはそう言いながら、私の髪にそっと手を伸ばした。
肩下15センチくらいの髪・・・レンの手がそっと髪をなぜる。
私はびくっと身体が震え、そのまま何も言えなくなってしまった。
『下の方だけ、隠れた所なら刈り上げても平気だよ』
そう言ってレンは更に手を動かし、今度は大胆に髪をかきあげた。
うなじがあらわにされた。
『でも・・・』
それから先は、どうしてこうなったのか自分でも判らない。
気が付いたら、レンの持っていた真っ白いケープを首に巻かれ鏡の前の椅子に座っている私がいた。
レンが横に立ち、私を見つめている。
『大丈夫、下の方だけ、ちょっとね・・・』
私は、少しうつむき加減になり、すそのほう数センチの幅で髪を残し後は自分の手で押さえていた。
残った髪に、バリカンが近づく
私はそのくすぐったさと、自分の見えない所で行われる事に心臓がドキドキしていた。
『うぃ~~ん』
バリカンのスイッチが入れられた。
そしてその次の瞬間、うなじからバリカンが入る。
『じじ・・・っじじじ・・・』
残しておいた髪が刈り落とされていく。
生え際からホンの数センチだけを刈り、バリカンは止まった。
『かわいいよ。きれいに刈れてる』
レンは刈ったばかりの所を触りながら言う。
私は、上の髪を押さえていた髪を下ろし、その下でうなじに手をやった。
『じょり・・・』
初めての手触り・・・
『ウソ・・・』
私は戸惑いながらも、その手触りを楽しんでいた。
レンはクロスに付いた髪を払い落とし、外そうとしていた手を止めると私の顔を見た。
『終り、にする?それとも・・・』
レンは自分の手を、私の額に当て、そのまま髪に手を入れた。
『こうだよ、こうやってバリカンが入って、ばっさり刈ってみたいと思わない?』
今、髪に入って行くのは、ただの手なのに
私は、それだけで身体が震えるほどの衝撃を受けていた。
そんな様子を見て、レンがふっと笑う。
『やって欲しいだろ?好きだもんな、そう言うの、きっと・・・』
ダメ、断らなきゃ、そんなの嫌だって、言わなくちゃ・・
・頭の中では、必死にそう考えてるのに、声が出ない。
レンはそんな私の心をもてあそぶかのように、髪を触っている。
『まあ、今日はいいよ、いきなりだもんな』
レンがその手を止めて言った、その時・・・
『・・・って・・・』
『え?なに?』
『切って、お願い、切って欲しいの』
『本当にいいんだな』
レンが私に聞く。手にはバリカンが握られ
私は、さっきと同じ、白いクロスを首に巻いたまま鏡の前にただ座っていた。
レンの言葉に、ただ頷く・・・
いいの?本当に?もう1度心の中で自分に聞いてみたけど・・・
今なら、まだ間に合う、冗談だよって笑って言えばいい今なら、まだ・・・
レンの持ってるバリカンが音を立てて動き出した。
スイッチを入れたのだ。その音に、またビクッと身体を震わせる私
『いい・・・?』
レンは私の前髪を、左手でそっとかきあげ、そこにバリカンを近づけてきた
ホンの数秒、レンは躊躇したらしく、そして次の瞬間・・
『ブィーーーン、ジジジ・・・・』
額の真ん中にバリカンが滑り込んで、あっという間に後頭部に向かって走っていく
それと同時に、根元からばっさり切り落とされた髪が、パラパラと目の前を落ちていった
『ひっ・・・』
情けない声がのどから漏れる。
『すごいよ、もう後戻り出来ないよ』
レンも声も上ずっている。鏡を見ると、今まで前髪が下がってた所、
そして額の真ん中がバリカンの幅だけ、すっかり短くなって地肌が出ている
確かに、もう辞められないだろうなあ・・・
『ふふふ、ふふ・・・』
自然に笑いがこみ上げてくる。そして同時に涙も・・・
レンは何だよ、変な奴だなあ、とかなんとかつぶやきながらまたバリカンを当てた。
そして、さっき刈った所の横に滑り込ませた
バサ、バサ、バサ・・・
今度は肩に、髪が落ちる・・・
長い髪が、いったん肩に当たると、その自らの重みで、白いクロスを滑り床に落ちて行った。
『わっ、わっ』
さっきとはうって替わって、大きな声が出る。
『なんだよ、嫌がってくれなきゃ・・・』
そう言いながら、レンも笑っていた。
嫌だけど、嫌だけど、だって・・・
『なんだか、すごく気持ちがいい・・・』
髪が刈られ、初めて外気に触れる地肌ひんやりと、ゾクッとするような、不思議な感覚
そして、バリカンの振動が頭から、身体全体に伝わって、
知らぬ間に身体の方も、震えるような興奮が押し寄せていた。
『続けるよ・・・』
今度はこめかみ辺りから、また後頭部に向けてバリカンが入る
バサバサと髪が落ちていく。
さっきまで頭を動かせばさらさらと揺れていた髪が、切り落とされ床に落ちて行く
耳の横、から上へ、そこまで行くと、今度は反対側を刈り始める。
鏡の中の私は、もう前半分を坊主刈りにされて首の後の髪しか見えない。
レンは後にまわると、うなじからバリカンを入れる
。さっきはホンの少しだったけど、今度は頭の上まで・・・
バリカンの振動が伝わる。ひんやりと冷たい金属の感触が、
地肌をなぜるように滑り込みそして髪を刈っていく。
下から上へと、刈り上げられていくその感触がたまらなくて
私は何度も首をすくめるように笑った。
『なんだかな~』
レンの声がバリカンの音と共に聞こえてくる。
『もう少し嫌がるかと思ってたんだけど・・・』
鏡には苦笑いのレンが映ってるそうね、確かに・・・
『でも、思ったより気持ちイイんだもの。でも・・・』
勢いで切ってしまったけど、鏡を見ると、やっぱり悲しい・・・
後の髪を全部刈ってしまうと、また全体にバリカンを走らせ、
全体をキレイに揃えていった。
やがて、バリカンが止まり、あたりは静かになった。
鏡には、すっかり丸坊主になってしまった私が映っている・・
『ふ、ふふふ・・・』
笑い声とも、泣き声ともとれる声が口から漏れ私は下を向いた。
レンは、その私の頭を、ぐりぐりとなぜまわしている。
『どう、しよう・・・どうしよう』
私はひとり言の様につぶやきながら、また自分の姿を見ていた。
『どうするって、今更、どうする・・・?』
レンもまた、私の顔を見つめて少し困ったような顔をしている。
『とりあえず、シャワー浴びて来たら?その間に俺はココ片付けておくから』
レンにうながされ、立ち上がろうとして驚いた・・
立てない?腰に、足に力が入らない・・・
ようやくの事で立ち上がると今度は、首がぐらぐらするような気がする。
今まであった髪がこんなにも、重かったのだろうか、支えてくれていたのだろうか。
まずはシャワー・・・それからの事は・・・後で考えよう、
ココからどうやって家に帰るか、このままで?
そして明日からの事・・・
頭は嘘みたいにすっきりしていた。
オフ会、一度だけ参加したことがありますが…他の飲み会から参加したので、お店がわからず迷子になった挙句に、トイレに携帯を忘れるという失敗…
バタバタしていて、何を話したが、あまり覚えてませんσ(^_^;)その時にお会いした方、ごめんなさい(笑)