毛玉の悪魔
もう1日たっただろうか。夜は一睡もせずに逃げ続けた。
「に、兄さんっ。足がっ、足がつって。」
ルーが、足を引きずりながら叫ぶ。
「止まるな、レクペラシオン!」
ラドがルーの足に回復魔法をかける。
「ルー大丈夫?」
「な、なんとか。兄さんありがとう。」
息も絶え絶えなルーの手をひく。
後ろから轟音が響く。
「くそっ!追い付いて来やがった!」
いつまで逃げ続ければ助かるのか。
そもそも助かることができるのか。
終わりが見えない逃走に精神が削られていく。
丘の向こうに白いふわふわが見える。そのふわふわがどんどん広がる。地面を覆う白いふわふわの絨毯が迫ってくる。
ルーが見つけたウサギは、グンタイウサギというモンスターだった。
姿は少しふわふわしたウサギだ。攻撃力も防御力もウサギと変わらない。むしろ、一体ならこいつはウサギだ。
厄介なのは、その数と団結力だ。
ウサギと変わらないない力しかないグンタイウサギは、生き抜く手段として、仲間に危害を加えた相手を、付近の仲間で総攻撃して殲滅する。
継続してグンタイウサギという種族が狙われないようについた習性のようだ。
ルーが近づいた時点で、グンタイウサギが危機を伝えるフェロモンを噴出。その周辺にいた僕らに付着したフェロモンを目印に追いかけてきている。
最初に攻撃を仕掛けた群れからは逃げきった。しかし、攻撃の合図は一族共通らしく、次から次に新しい群れが襲いかかってくる。
「メノス・アウガ!メノス・アウガ!メノス・アウガ!」
グンタイウサギから逃げながら自分たちに水魔法をかける。
少しでも付着したフェロモンを薄めるためだ。
「ねぇ、ゼスタっ。もう限界かもっ。いっそのこと、あのモフモフの中に飛び込んで、転がりまわってやろうかしらっ。きっとすごく気持ちいいわ。」
ルーが疲れで変なテンションになっている。
「しっかりしてよ、ルー!」
「馬鹿っ、ルー!かじり殺されちまうぞ!」
ふと、前方の視界が開ける。
「ラド!ルー!前に大きい川がある!」
「やった!川の中洲に逃げるぞ!あいつらはウサギだ。川は泳いで越えられない。」
3人は残りの力を振り絞って中洲まで泳いだ。
中洲までたどり着いたところで、グンタイウサギの群れが川を渡れずにいるのを確認し、そのまま倒れこんだ。
どれくらい寝ていただろうか。目を覚ますと、グンタイウサギの姿は見えない。
「おう!起きたか。命からがらだったな。」
ラドが寝ているルーの頭を撫でながら嬉しそうに笑う。
あれだけ走り続けたのに、体が痛くない。寝ている間にラドが回復魔法をかけてくれたようだ。
ラドを見ると、ひどく疲れた顔をしている。
「ラド?もしかして、中洲に逃げてからずっと起きてるの?」
「ん?まぁな。結界もないから誰かが見張りをしなきゃな。」
「……ごめん。気が回らなかった。」
「気にすんな。そもそもルーが冒険中に油断したのが原因だ。可愛い妹の尻拭いをさせてくれ。」
「ありがとう。おかげでゆっくり休めたよ。交代しよう。」
「ん。」
ラドに休むよう促す。ラドは横になった途端、泥のように眠ってしまった。
本当に助けられっぱなしだ。少なくとも、今はゆっくり休んでもらおう。
ルーも、体力がないくせに頑張ったな。
2人が起きないように、静かに見張りをする。
夜が更けて、見上げると満天の星空が見える。
ついさきほど、死ぬ思いをしたはずなのに、なんだかワクワクしていた。
この2人と旅に出れて良かった。
痛いのも、辛いのも、怖いのも、全部。
過ぎた瞬間に楽しかった思い出になってしまう。