ローグラン その5
家に向かう馬車に揺られながら、私は守衛から聞いた話を思い返していた。
私の誘拐事件は、町では大きな噂になっていた。だからこそ、私はこんなにも早く誤解が解けて牢から出れたのだが。
誘拐事件の大まかな顛末はこうだ。
盗賊たちによる誘拐は、計画的なものでなく、偶然ローグラン家の屋敷で子供たちが護衛もつけず遊んでいるのを見つけたため行われたものらしい。誘拐した子供の中に、一人でもローグラン家の関係者がいれば儲けものだと考えたようだ。そして、攫った子供たちの中に、ローグラン家の一人息子がいたわけだ。
ローグラン家の人間である私を囮として差し出し、逃げ出した子供たちはというと、その日のうちに町へ戻ることができたらしい。どうやら、盗賊のアジト付近の道に覚えがある者がいたらしい。逃げ帰った子供の親たちは、すぐにローグラン家の者に報告したらしい。報告内容が私の知っている事実と異なるのは、誰かによる口裏合わせがあったのだろう。それは些末な事だ。
私にとって重要なことは、報告がどのようなものであったにせよ、誘拐されたその日のうちに、ローグラン家に誘拐事件の発生、アジトの所在までが報告されていたことである。つまり、両親は私の所在を知りながら、迎えすら寄こさなかった。盗賊の妨害があった訳ではない。そもそも、盗賊たちは子供たちの親から連絡を受けたギルドによって直ぐに捕まっていたらしい。それほどスムーズに事は解決していった。にもかかわらず、私は盗賊のアジトで数日間、一人で生死の境を彷徨っていた。
私は、馬車の中で神に問い続けていた。何故、両親は私に助けを寄こしてくれなかったのか。何度も何度も問うても答えてはくれない。私の問いに、神は一度も答えてくれたことはない。一度も応えてくれたことはない。
子供の頃から、信心深い母の教え通りに神に祈り続けていた。しかし、その結果、私に残ったのは、右腕だけだ。左腕、右足、左足、そしてきっと、心ももう駄目なのだろう。
私が祈る対象を神から魔王へと切り替えようとした瞬間、私の命は助かった。きっと、私と両親は祈るべき神が異なっていたのだろう。両親の祈る神は、私を両親から切り離し、両親もそれを受け入れたのだ。ならば、私は魔王にすがるしかないのではないか。
幾分、自棄になりこんなことを考えながらも、心のどこかではまだ、両親が助けてくれなかった理由が存在すると期待していた。心配してくれていると期待していた。
そうして、馬車は私の屋敷に辿り着いた。
今までにないくらい、心臓が音を立てている。
私を送り届けてくれた衛兵が、家の者を呼ぶ。家の奥からは慌てて駆けてくる足音がする。
ドアが勢いよく開けられ、私と両親は目があった。
私が声を発しようとした瞬間、父は深いため息をついた。
父は私の横を通りすぎ、衛兵の肩をポンと叩いた。
わざわざ持ってきてくれてすまんな。それは、そこにでも置いておいてくれ。
そう言って、衛兵に金を渡し、さっさと奥に引っ込んでしまった。
母もチラリとこちらを見て、無言で引っ込んでしまった。
これが、私が人間と決別した瞬間だった。




