餞
「なに、あれぇ。」
ルーはローグランの腕から伸びた触手を見て青ざめている。
「与えてやった力は返して貰おう。」
グローブの男の貫かれた腹から、ローグランの腕と同じ触手が出てきた。
その触手は、ローグランの腕へと吸収されていく。
グローブの男の人間離れした動きは、ローグランに与えられた仮初めの力だったようだ。
明らかに人間ではない異形のそれ。
先ほどまで僕たちが戦っていたグローブの男の腹を貫いて立つ姿は、庭の中央に立つ像を彷彿とさせる。
盗賊たちはしばらくその光景を見て、ぼうっとしていた。
やがて、一人が悲鳴をあげて走り出すと、他の盗賊も我先にと逃げ出した。
自分だけは助かろうと、お互いを押し退けて門へ向かう。
そんな盗賊たちの様子を見て、ローグランは溜め息をつく。
「情けない、情けない、情けない。貴様らは本当に醜いな。」
ローグランが触手の生えた腕を地面にそっと置くと、触手が地表を走った。
触手は恐ろしい速さで逃げ惑う盗賊たちを追い、その全員の足を貫いて地面に縫いつけた。
「私の神のために人間を狩ってこれないなら、せめてその身を捧げよ。」
嫌だ!助けてくれ!と叫んでいる盗賊たちの口を触手が塞いでいく。
まともに話せる者がいなくなった時点で、ローグランは僕たちの方を向く。
「子供たちよ、このごろつきのように情けなく逃げ出さなかったことは褒めよう。貴様らは苦しまないように灰にしてやろう。」
ローグランの手に、視界が歪むほどの熱気が集まる。
初級でも、中級でも見たことがない魔法。
オルタでなくとも感知できる程のこの魔力は、きっと上級以上の魔法なのだろう。
全滅。
そんな言葉しか浮かばない。
でも、みんな無事に帰ると誓ったんだ。
「ソラン!走れるか?」
「セア、あなたも大丈夫?」
セアもソランも、ダメージはまだ回復しきっていない。
「まだ少しキツそうだ。君たちはセアを担いで先に……僕一人なら切り抜ける秘策があるんだ。すぐ追い付くからさ。」
「ソランは頭は良いのに嘘が下手すぎるよ。」
秘策なんか無いことはわかっている。
だからといってソランを置いて逃げるわけにはいかない。
僕にも策なんか無い。
それでも、ソランを守るため、ローグランの方を向く。
少しでも抵抗できるように、『魔力操作』をして魔力を高めながら。
「ゼスタ、私が合図したら『アイオの歌』を使って。皆は門へ向かって走って。」
今度は私がみんなを守るから……と、ルーは走り出した。
その瞬間、ローグランは呪文を唱えた。
「グラン・ルメ!」
ローグランは数メートル先にいるにも関わらず、一瞬で僕たちの周囲が燃え出しそうなほど温度があがった。
ローグランの手から放たれた小さな太陽が、庭の草を灰にしながら飛んでくる。
「メノス・アウガ!」
本気で魔力を練った水魔法を放った。
しかし、『魔力操作』をしたといえど、初級魔法とローグランの魔法との威力の差は恐ろしく開いていた。
僕の魔法は一瞬で蒸発し、ローグランの魔法は弱まった素振りさえみせない。
「やああぁー!」
直撃するかと思った瞬間、ローグランの魔法は弾けて消えた。
「ゼスタ!今よ!」
「あ……うん!『アイオの歌』!」
「みんな!走って!」
ルーの掛け声で、僕たちは門に向かって走り出す。
ルーの手には、槍が握られていた。
槍の男が、『魔力妨害』に使っていた槍だ。
「一か八かがうまくいったわ。上級魔法でも打ち消せるのね、この槍。」
ルーは咄嗟に盗賊の槍で魔法を打ち消すことを思い付いたらしい。
『アイオの歌』を使って体を強化しているとはいえ、怪我人二人の足で、あの触手攻撃のスピードから逃げられるかはわからない。
しかし、他に方法はなく、必死に逃げるしかない僕たちは、ただただ走り続けた。
そして、ようやく門を抜けた。
僕は、チラリとローグランの方を見て確認すると、ローグランは先ほどの場所から動いていない。
「追いかけてこない?」
触手を伸ばしてきているわけでもなく、本当にその場に立っている。
ローグランが何かを呟いた気がした。
「ん、ゼスタ。あいつ今、その槍は餞別だって言ったよ。」
オルタに言われ、僕たちは何故かローグランから見逃されたことを理解した。




