恐怖の後にあるのは安堵
次の日、中洲で体や荷物から、入念にグンタイウサギのフェロモンを取り除く。
休んで落ち着いたルーは、僕とラドに何度も謝った。
無事に済んだし、そもそも、こんなことは想像もしてなかった。
僕にも可能性はあったのだ。ルーが反省しているなら、責めるつもりはない。
「まぁ、教えてなかったのは俺の落ち度だな。」
「そういえば、ラドはグンタイウサギのこと知ってたの?」
ラドはくるりとこちらを向き、真剣な顔をする。
「いいか?ゼスタ。わかっているだろうが、俺は慎重な人間だ。危険を感じたら直ぐに逃げる。」
「うん。」
生き残ることが一番大切だ。ラドのやり方は正しい。
「そんな俺も、今までで死にかけたことが2度ある。いや、昨日のを入れると3度かな。」
「そのうちの1回が、以前俺のパーティーがグンタイウサギに襲われた時だ。」
つまり、ラドはウサギとの追いかけっこを2回経験したらしい。
「俺のパーティーの戦士がいるだろう?」
何度か見たことがある。長身で、切れ長の目をした凛とした女性だ。
「あいつ。外面はビシッとしてるが、部屋はもうぬいぐるみだらけの可愛い物好きなんだ。」
「つまり、その人がグンタイウサギを抱き上げたと。」
「あぁ。しかもルーの時とは違い、気づいたら両手に4匹も抱えてな。」
ラドは遠い目をしている。
「今回とは比べものにならない量のモフモフだったぜ。何せ4匹分のフェロモンだ。地面が一面ウサギだらけだ。」
それだけじゃないとラドは続ける。
「魔法使いの奴が、炎で一掃しようとすると、戦士が泣いて止めるんだ。あの子達に罪はないって。」
「よ、よく無事だったわね。」
「前回は3日逃げたんだ。雨が降ってウサギ達がフェロモンを見失って逃げきれた。そのあとも、がむしゃらに逃げたもんだから道が分からず遭難しかけたのも辛かった。」
迂闊な行動は控えよう。僕もルーもそう決心する。
「それで、兄さんが死にかけたもう1回は?」
「セアの胸の大きさを馬鹿にした時だ。」
昔、ラドが行方不明になったことがある。
切っ掛けは何だったか、とにかく、ついうっかりセアの胸があまり無いと言ってしまった。
しまった。と俺はセアの蹴りに備えたが、いつもと違いセアはにっこりと笑った。腰に下げた片手剣の鍔をカチカチと鳴らしながら。
蹴られずに済み、助かったと思ったが、何か不気味だった。
その日、仲間達と遊び終わり、解散した。
俺が家に向かうと、セアが着いてくる。
「ど、どうしたんだ?」
「…今日はルーとお泊まり会するの。」
セアはにっこりと笑い、また剣の鍔を鳴らす。
ルーはそんな約束してたっけと首を傾げたが、セアが泊まるのは初めてだと喜んでいた。
家に着いてからも、セアはこちらが目をやると、微笑みながら剣の鍔を鳴らす。
だんだん怖くなった俺は、食事も早々と済ませ、部屋に戻った。
部屋のドアを開けると、さっきまでルーとリビングで話していたはずのセアが、俺の部屋の中のドアの真ん前に立っていた。心臓が止まるかと思った。
「…ルーの部屋と間違えちゃった。」
セアはそう言って、剣の鍔を鳴らしながら出ていく。
この辺りから、俺はセアに殺されるんだと思い始めた。
夜、皆が寝静まったころ、全然眠れない俺は、トイレに行きたくなった。
部屋を出ようと、ドアを開けると、またセアが立っていた。
驚いて悲鳴をあげそうになった俺の口を即座に手で塞いだセアは
「…夜に大きい声は迷惑。」
そう言って、鍔を鳴らしながら、俺から離れルーの部屋に入っていってしまった。
「ヤバいヤバいヤバい!」
トイレに逃げ込んだ俺は、どうすればいいのか考える。
すると、ドアの前からカチッカチッと鍔を鳴らす音がした。
ここから、恐怖のあまり記憶が途絶えた。
後から聞いた話では、トイレの窓を壊して脱走し、泣きながら逃げ、そのまま行方不明になった。
数日立って、路地裏で飲まず食わずで倒れているのを見つけられた。
家に戻ると、皆が無事を喜んでくれた。
空腹で衰弱していた俺に、皆がお見舞いに来てくれた。
もちろんセアも。
「…ラド、続きする?」
セアがそう言った瞬間、俺は地面に頭を擦りつけて謝った。
「俺は、セアには冗談でもからかうような真似はやめようと誓ったんだ。」
「ラド……」
「兄さん……」
僕とルー中で折角上がったらラドの株が落ちてしまった。




