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後編

 草原の片隅で、セルリアは寝ている一角ウサギに背後から忍び寄ると――ウサギの首に静かに両手を伸ばす。


 白く細い両手でウサギの首を思い切り締め上げると、ウサギが逃げ出そうとジタバタもがく。そんな様子を見たセルリアは一層力を込める。セルリアの視界の端で、長い青髪が揺れる。もがいていたウサギの動きが徐々に弱くなっていく。どのくらいの時間そうしていたのだろうか、セルリアの手の中のウサギは動きを止めて脱力した。


 ウサギの眼から光が消え、ゆっくりと光の粒となり消えていく。


「あ。このキャラクターの遊び方、分かりたくないけど分かってきた気が……」


 リエと別れて、草原で一人ウサギ屠り祭りを開催していると、キャラクターの特性が少しずつ分かってきた。今までは他キャラクターと同様に真正面から戦おうとしていたが、武器や防具を持てないのでは同じことをしても当然無理なのだ。その為、今のセルリアと同じ装備である”モンスター”の動きを参考にすることにしたのである。


 つまり、敵に静かに忍び寄り、一撃必殺、もしくは文字通り”食らいつく”ことで、相手からダメージを受けることを避けつつ此方から継続的にダメージを与える戦法だ。当然、セルリアのスキルでは後者択一なのだが。


 光の粒が消え、ウサギの毛がドロップされたことを確認しつつセルリアは呟く。


「剣と魔法の世界で、絞殺とか聞いたことないぞ。このネタキャラって……」


 強制的に玄人向きな装備とスキル構成にされた結果による、後味最悪な戦法であった。


+++++


 何匹か一角ウサギを絞殺して、ベースレベルと素手部はLv4に、逆境はLv3になっていたセルリアは、グレーウルフにリベンジするため森へと向かう。勿論、前回の戦闘を反省して今回は戦法を考えてきている。


 まず、複数との戦闘は無理なため一体をおびき寄せる必要があった。そのため、出来る限り透明になるセルリアであった。薄暗い森では、今のセルリアは木々と同化しており、プレイヤーからは見分けずらいだろう。


「基本2体で動いているのか……」


 普段より透明になったセルリアは木や草に隠れつつ森を進む。そんな、セルリアの前に現れたグレーウルフは最低2体であったため、空き瓶を左手に出して遠くから投擲することにした。


「当たれよー」


 俺の投げた空き瓶が空に放物線を描き、縦列で歩いていたグレーウルフの後ろに落ちて光の粒となる。それに気づいたグレーウルフ2体がこちらへと走り出してきたため、走って逃げる。とにかく逃げると2体の間隔が開いてきたので、咄嗟に木々の影に隠れる。


――ハッハッハッハッ……


 まず一体走り抜けたことを確認して、2体目が通り過ぎるタイミングで俺は奴の横から飛び出した。右手には小枝を握りしめて。


「――どうだ!」


 グレーウルフに横腹に当たったことを確認し、グレーウルフへと飛びかかり仰向けにする。まずは他のグレーウルフを呼ばれないように左手で口を押え、腹の上に体を乗せた。下敷きになったグレーウルフは身をよじり抜け出そうとするが――俺は右手に持った小枝を掲げ、グレーウルフの両眼に抉りこませる。


 両目から赤い血が滴り落ち、グレーウルフが声にならない叫びをあげる。枝は眼に刺さったままだ。右手を枝から離してグレーウルフの前足にを掴み、思いっきり関節の逆方向へと動かした。機動力を削ぐためだ。


「まだだ!」


 両前足にダメージを与えた俺は、右手で殴りつけた――が中々しぶとい。


 捕まったグレーウルフは必死に振り払おうとするが、俺も負けじと抑え込んでいる身体と腕に力を入れて――吹き飛ばされてしまい視界が揺れる。見れば、倒れたグレーウルフは口を開けて仲間を呼ぼうとしていた。


 そうして、仲間を呼んだ後にグレーウルフは結局倒れてしまったが、こちらも集まったグレーウルフに絡まれて倒れる事となってしまった。


「あーあ。町へ戻るか」


 死んでしまった場合、経験値が減ると共に最後にセーブしたポイントに戻される。つまり墓地で復活となる。倒れている視界に、タイマーが表示され1分間のカウントダウンが始まった。


 ――キャウゥン!!!


「ありゃ?」


 動物の鳴き声にタイマーから視線を森へ切り替えると、俺を殺したグレーウルフが全て切り飛ばされ、倒れていた。死んだグレーウルフの横には、長い黒髪と赤い服を着た商人の少女が立っている。


 そんな光景をぼんやり見ていた俺に、落ち着いた女性の声が掛かってくる。


「間に合わなくて、ごめんなさい」


「……」


 目の前にいたのは、昨晩赤い首輪を買った露店の少女だった。


「あの……?」


「いえいえ!お気遣い、ありがとうございます」


 気を取り直して挨拶をする。出来る限り大声にしたつもりだが聞こえているだろうか。彼女を選択して表示された名前には”ヴィオラ”と出ている。どうして彼女の様な高レベルがここまで来たのだろうかと、ふと思う。さっき会ったリエに回復アイテムが安いところを聞かれたので、ヴィオラの露店を紹介したのだが――。


「よかった」


 彼女――ほっとしているヴィオラからドロップアイテムを渡したいと言われたので、昨日の露店の場所で待合せすることにして、画面に出ている”セーブポイントへ戻る”を選択すると、視界が切り替わった。


+++++


「はい、ドロップアイテム」


「わざわざ、ありがとうございます」


 ヴィオラからアイテムを交換メッセージが届いたので、少し悩んで”はい”を選択した。ドロップアイテムは倒したプレイヤーに所有権があるため、ヴィオラが拾っても問題ないのだが……。悩んでいると困った顔をされたため素直に受け取ることした。


 なお、所持アイテム強奪を防ぐためにアイテム手渡しは現時点では不可となっている。公式アナウンスによると、次回アップデート時にブレンド登録したプレイヤー間では手渡しOKにするらしい。


「まぁ、関係ない話ですがね。ハハハハハ……」


「?」


「――さん!セルリアさ~ん!」


 風が吹き、青髪と白いYシャツが揺れた。呼びかけ声の方を見れば、遠くから黄色のウサギ娘が走り寄ってくる。そんなニコニコ顔のリエを見て、ヴィオラは小さく笑っていた。リエはもうヴィオラと仲良くなったようである。


 リエが合流してゲーム談義が始まると、さっきは遠慮していたのか知らなかったのか、リエからキャラクターの服装や装備について聞かれたので、事実を答えるとヴィオラも真剣に聞いていたのが印象的だった。


「良い時間になったので、ログアウトします」


「そう、それじゃあまたね」


「お疲れ様です!」


「はい。また、よろしくお願いします」


 俺はそう言って手を小さく振りログアウトを選択した。何だかんだで、3人それぞれフレンド登録をしたので、フレンドリストに2人の名前が入っている。フレンドリストにはログアウト時に赤丸、ログイン時に青丸、一定時間動かないと緑丸が表示される機能がある。


 彼はサンデルニアからログアウトすると、ヘッドギアを外して食事と寝る準備をした。


「適当に遊びつつ、1週間後まで待つか……」


 そうして彼は寝床についた。もう少しあのネタキャラクターで遊んでもいいかもしれないと思いつつ。


+++++


 時は流れ、肝心の1週間後がやってきた。ゲーム内で2人にはキャラクターを削除するかもしれないと伝えてある。


 俺はキャラクター選択画面に入り、ほんの少し迷いつつ削除ボタンを押すと、あの金髪美女のナビゲータが現れ、削除確認メッセージが――『本当に削除しますか?』と表示された。1週間という短い期間だがそれなりに愛着もあるのだ。ネタキャラだけど。


「もちろん”はい”だ!」


 俺が”はい”を押すと少し時間かかってメッセージが――『本当に削除しちゃうの?』と表示された。


「”はい”っとな」


 俺が”はい”を押すと少し時間かかってメッセージが表示される。


『だが断る!』


「!?」


 余りのセリフに驚きつつ、ナビゲータの顔を見ると、清々しいくらいの笑顔をしている。つまりキャラクターが消せないなら、次はアカウント削除しか方法はないが、公式のアナウンスでキャラクタースロット増加を検討していることを思い出してアカウント削除を思いとどめた。


「ひっでぇ!なんぞこれ!」


 俺は少し泣いた。泣いてもしょうがないので、気が進まないがレベルを上げることにした。まぁ、それなりに愛着はあるので……。ネタキャラだからこそだろうか。


「キャラクタースロット、直ぐに増えないかなぁ……」


 俺はヘッドギアを被り、サンデルニアへとログインした。


 一人で愚痴りながらも、セルリアはいつもの狩場へ向かう。空は晴れ、雨が降ったのか町中にある水溜りがセルリアの姿を反射する。今日も白色のパンツが目に眩しい。


 ――その後、魔法剣士のリエと錬金術師のヴィオラによるハイレベルダンジョン攻略やボス狩りの横で、ひとり素手で様々なモンスターを狩る、死んだ目をした濡れ透け白Yシャツ少女を見かけたり、見かけたりしなかったりと。某巨大掲示板に、ちらほら話題とスクリーンショットが上がるセルリアであった。


 人は彼女をこう呼んだ。"そっと見守る愛すべきドMネタキャラクター"と。

・お読み頂きありがとうございました。

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