中編3
――日が傾いた薄暗い森の中、一人の少女がうつ伏せに倒れていた。
彼女の白い服や肌は泥で汚れ、長い青髪は地面に広がっていた。武器や防具を持っていない細い両腕は、倒れた身体を起こそうと地面を掴む。
「ぐっ……」
突然地面に切り替わった視界に、先ほどの戦闘を思い出す。原因は明らかにグレーウルフだろう。VR-MMO内で敵から攻撃を受けても痛みなどはないが、視界の揺れで酔う人もいるらしい。VR酔いとも言われている。先程の体当たりで、既に満タンのHPが3割削れている。
「やばい!」
直ぐに体を起こして逃げようとしたが、右足が動かない。左手で体を起こして右足を見るとグレーウルフが右足首に噛みついていた。HPを見れば後3割だ。グレーウルフは暗闇で煌々と光る黄色の眼で俺を見る。右足首を見れば流血のエフェクトで赤色に染まっていく。
「離れろよ!!!」
空いている左足でグレーウルフを蹴り飛ばそうとするも、直ぐに噛むことを止めて後ろへ下がってしまった。HPを見ると既に残り2割となっていた。俺は倒れたまま牛乳を頭からぶっかける。右足首は赤色の枠で囲まれており、視界には”右足首回復:10秒”と表示され、カウントダウンが始まった。
周りの草むらからの音に首を回せば、目の前にいたグレーウルフ1体に加え、左右に2体増えていた。俺は右足首を動かそうと念じるも、願いは通じず動かない。
「マジですか……」
足を動かそうと躍起になっているセルリアへ、グレーウルフはゆっくりと一歩、また一歩と近づいていく。誰がどう見ても”積み”であった。
+++++
「――で、我が故郷のコール墓地に到着したわけだが」
日が落ちる中、セルリアはいつもの墓地のど真ん中で体育座りで座った。ゲームでは立っている状態よりも、座っている状態の方が回復が早いためだ。 あの後はワンサイドゲームであった。セルリアは必死にパンチやキックを繰り出すも、グレーウルフは全て躱して腕や足を噛んできたのだ。
最後には暗い森の中、白い液体を全身に浴びた状態で、服と肌を真っ赤に染め、光のない眼で倒れているセルリアの姿があった。無残な光景であった。
「防具を買うか」
武器が駄目なら、せめて防具を揃えるべきだと考えた。1分程座り続けて全快したことを確認して立ち上がり、武器屋兼防具屋へと肩を落としつつ向かう。建物には武器販売キャラクターと防具販売キャラクターがいるためだ。
セルリアの長い青髪が視界に揺れ、薄っぺらいぶかぶかのYシャツが風ではためく。空を見上げれば、いつの間にか雲が出ているのであった。
『何だ、小娘』
武器屋兼防具屋に入ると、二人いるキャラクターの一人に話しかけた。一人は武器屋のガチムチオヤジ、もう一人は熊のような巨体に太い腕と足の堀の深いオヤジであった。防具購入を選択すると、腹に響く重低音で熊オヤジが話しかけてくる。
『……素手部なのに防具を買おうとするとは、嘆かわしい。精進が足らんな』
「あぁん!?」
防具を購入できないことに、思わず声を出して熊オヤジ睨みつけると、周りのプレイヤーがこちらをチラ見していた。そんな彼らの視線から逃げるように、軽く咳をして一旦大通りに出る。
防具も買えない仕様に絶望しつつ通りを見渡せば、多くの商人プレイヤーが露店を開いていた。露店と言っても、道端に商品を並べているわけでなく、座っている商人の頭上に”露店中。○○セール!”のような吹き出しがあり、そこを選択することで商品が購入できるのだ。
折角町中にいるので、夜明けまで露店めぐりをすることにして、石畳の通りを歩き出す。
「うーむ。首輪か……」
露店に出ている色々な商品を見ていくと、色々なアクセサリーが売られていることに気付く。装備欄のアクセサリーは2スロット有り、最大2つまで装備可能だ。アクセサリーは道具屋でも販売されており、店売りなのは”空のブローチ”や”水晶のネックレス”、”金のイヤリング”などで、見かけは変わるが特にキャラクターの性能が上がるものはない。
しかし、露店販売のアクセサリー”魔法のイヤリング”や”力のブレスレット”などは、キャラクターの性能が上がるようだが、値段が高い。高すぎる……。具体的には性能が低いものでも、安くて”数十万s”だ。
ネットで調べると、モンスターから低確率でドロップしたり、高レベルの職業”錬金術師”などが、レアアクセサリーを作成できると書いていたが雲の上の話なのでスルーする。そして問題の赤い首輪は、ドロップ率が高く、少し回避が上がる程度だそうだ――がキャラクターが目立つ赤い首輪をするので、あまり人気は無いとのこと。
そんなわけで、露店巡りをして安い店を探すことにしたのだが――。
「おぉ?ここが一番安いかも」
町の中心の塔から少し離れた路地裏にも露店があったので見回ると、人通りの少ない場所に隠れるように少女プレイヤーの露店が立っていた。
黒髪ロングの少女の服装は、細かな金の刺繍が入った真紅の服と靴に金色のヘアバンド、白のニーソックス、背中には銀色の小さなカートと見るからに豪奢であった。彼女はヘッドギアを外しているのか、目を閉じたまま動かない。
見るからに高レベルプレイヤーの香りが漂うが、売っているものは消耗品重視の実用的なものだった。そして首輪の値段を見ると500s。ギリギリ買える範囲であり、少し悩んで購入することにした。
購入後、自動的にアイテム欄へ格納された赤い首輪を眺めつつ、少しワクワクして墓地へと戻る。プレイ時間も長いため、一旦ログアウトするために。
――セルリアの浮かれた様子で歩いていく様を、後ろから黒髪の少女が薄く眼を開けて見つめている。その視線に、セルリアが気づくことは無かった。
ヘッドギアを外してトイレに行き、コンビニへ食料調達へと向かう。色々と疲れたので、食事をして寝ることにした。今日の土曜日と、明日の日曜日はバイトもないためゲーム三昧と決めていた。
そして、彼はカップラーメンとおにぎりを食べ、布団を被りふて寝をするのであった。
+++++
「お~。昼は人が多いなぁ」
町の外へ出ると、昨晩のスカスカの草原とは違い、多くのプレイヤーでごった返していた。アイテム――赤い首輪は次にログインしたときのお楽しみにしていたので、草原を歩いて人の空いた場所へと移動する。
昨晩いなかったプレイヤー達からは、Yシャツ1枚の姿に、呆れた顔とにやついた顔でガン見されたので、このままログアウトして消えてしまうか、町へ引き返そうと思ってしまったが――無心で何とか耐えつつ草原を進む。
「視線で死ぬかと思ったが……右よし!左よし!」
足を止めれば、コールの町が小さく見える草原と森の中間にいた。空を見れば、今日は少し雲が覆いが、相も変わらずいい天気である。念のため周囲を確認し、他プレイヤーと数十メートルほど離れたことを確認して、赤い首輪を装備するが。
「うへぇ……不健全だわこれ」
主観では首輪は見れないため、遠隔視点モードに切り替えると、キャラクターの外見がよく分かる。赤い首輪は白いYシャツと青い髪によく映えており、薄いYシャツは日の光を通して、体の線が影になっていた。どう見ても、犯罪の香りしかしない装備であった。
「やっぱり外すか……ありゃ?」
透けているのはYシャツだけでなく元々体自身もそうだったのだが、今は一段と透けているように見えた。主観視点に戻して、腕を空に翳したり身体を見れば、やはり普段よりも透けていた。どの位かと言えば4割は透けているだろうか。
「はて……元に戻んのかね?これ。濃くなれ~濃くなれ~~」
取り敢えず、存在が濃くなるよう念じると徐々に色が戻ってきた。どうやら薄くなるように念じつつ言葉を出すと、徐々に薄くなるようである。空気スキルの効果だろうか、無駄に凝っているスキルに微妙な気持ちを抱きつつ、これから牛乳ぶっかけ首輪プレイする際は、薄くなるよう念じることを肝に誓う。
セルリアはスキルの確認をしつつ、首輪の性能検証のため、牛乳をぶっかけながら一角ウサギを屠っていく。平和な草原にウサギの泣き叫び声とセルリアの小さな笑い声が響き、セルリアの服と手と足が徐々に赤く染まっていく。
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「このキャラクターでどう戦えと?戦うたびにぐちょぐちょになるわ。服はひらひらするわ!無駄に視線ばかり集めるわ!!」
――キュウウゥゥ……
「きゃっ!!」
「ん?」
ゲームシステムに対するストレスを、一角ウサギに八つ当たりしている途中、近くからの声に視線を向けると、初心者装備の女性プレイヤーが一角ウサギと戦い、地面に倒れていた。
ケモ度が低い半獣人――兎耳金髪ショートカットであり、短剣を持っている彼女に視線を向けると、名前が”リエ”と表示される。そんなリエに一角ウサギが飛びかかろうとしたので、気づけば逆境を使い、横からウサギを殴り倒してしまっていた。
他プレイヤーのモンスターを断りも無く攻撃する行為は、他ゲームでは横殴りともいわれており、この”サンデルニア”の公式HPにも注意書きがされている。
「よ、横からすみません!リエさん」
いつもよりかなり大きめに声を出すようにして、ウサギ娘のリエへ話しかけた。このゲーム初の他プレイヤーとの会話、しかも女性プレイヤーとの会話であり、少しどもってしまったのだ。反省。
「ええっと……」
倒れたリエが立ち上がり、大きな赤い目を戸惑わせつつ話しかけてきた。
「あぁ、わたしはセルリアといいます。呼び捨てでも構いません。”Yシャツ野郎”とか。これドロップ品です」
「セルリア?さん。私はサイトウリエと言います。ありがとうございました」
倒した一角ウサギのドロップアイテムを渡すと、戸惑った様子でリエが少し頭を下げる。別の意味で俺は戸惑った。
「えっ!?ちょっと、ゲームで本名は名乗らなくてもいいですよ!」
「でも、初対面の人には”挨拶をきちんとしないといけないよ”と言われてきたので……」
「いやいやいや。世の中には怖~い人もいるので……」
俺は両手をワキワキ動かしながら、にやついた顔でリエに迫ってみる。リエはキャアキャアいいながら離れていくので腕を捕まえ、本名やリアルの情報を言わないように注意した。リエは頷いたので、手を離しゲームの話に話題が戻る。
「――ふふ。可愛いですよね!これに憧れてゲームをやってみたくなったんです。体格も似ているので遊びやすそうだと思ったんです」
リエは長いウサギの耳をつまみ、その場でくるりと一回転した。金髪が回転共にふわりと揺れる。体格はこのキャラクターよりやや下、身長150cmもない位だろうか。半獣人は身体能力が高めなので、近接向きの種族なのだ。
「体格が似てるって、そんなに身長低い?」
「むぅ。身長低いのは気にしているんです。でも、これから伸びるので大丈夫です!」
胸を叩きドヤ顔をする。実に微笑ましい、飴ちゃんあげたい。
「へぇ~~~そうなんだ」
「そうなんです!だってまだ小学生なんですから」
「 へっ 」
両手を胸の前で握りしめた、上眼遣いの笑顔のリエに俺は一瞬固まった。これ以上はデッドライン。社会的に死亡する未来しか見えないため、即時話題を切り替えた。
「あ~……あのさ。因みにどんな職業で行くのかな?」
「……魔法剣士です。CMでも流れていたので……」
赤い顔を俯けて、リエが話す。
「やってみたくなったと?」
「えへ……」
リエが頭をコクコク頷きつつ返事を返してきた。
「…………ぐふっ」
俺は胸を押さえつつ俯き、直感した。これはやばいと。マジやばいと。いろんな意味でマジやばい。
「じゃあ、転職は剣士?魔法使い?」
怖いもの見たさではないが、一応聞いてみる。彼女は手組んで少し考えて口を開く。
「そうですね……。やっぱり魔法が使えないといけないので、まずは魔法使いでしょうか?」
「…………まじっすか」
俺は小声で呟き、青空を見上げた。
剣士型の魔法剣士は、高レベルの魔法が付与されたバカ高いレアアイテムでゴリ押しする戦い方。一方、魔法使い型の魔法剣士は魔法メインで、魔法の合間に片手剣や短剣で攻撃するテクニカルな戦い方だ。もちろん、どちらも初心者向きでは無いだろうし、戦闘能力は器用貧乏。このキャラクターとは違って、別の意味でソロプレイ推奨職業だ。
CMでは確かに格好良く敵を倒していたが、ゲームを始めるとどれだけ無理ゲーかよく分かる。夢は夢で終わらせて、現実的な――テンプレート型のステータスと装備で進めるのが、後々後悔しないだろう。そして、こちらの返事を待つ目の前の彼女の瞳を見ると、キラキラと輝いていてとてもそんなことは言えそうにない。
「ま……まぁ。いいんじゃないかな……うん。マホウケンシかぁ、カッコウいいなぁ……ハハハ」
セルリアは光の無い眼で、リエに当り障りのない回答をした。ついでにさり気なく小学生と言わないように注意する。
「そうですよね!私頑張ります!お話、ありがとうございました」
「うん。それじゃあ、また……」
「はい!それでは!」
手を振り上げて、彼女は笑顔でいい返事を返してきた。俺はコールの街へ戻る彼女の背中を見つつ、今後の彼女の瞳が曇らないことを切に祈るのみであった。強く生きていってほしいものである。
――セルリアは後ろ姿の彼女に敬礼をした。後に、彼女――リエはトップランカーの中で魔法剣士として一番になることを、セルリアも、そして当然リエ自身も知ることは無かった。これは、セルリアとリエが初めて出会った時の物語。




