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中編2

  ――広い草原に風が吹く。


 一人の少女が草原を歩いている。風が吹けば、彼女の白く薄い服と青く長い髪は風に舞い、草木は風に揺れる。遠くからは小鳥達のさえずりが聞え、草原には白い一角ウサギと、それを狙う少年少女たちが走っている。日は少しずつ傾き始め、少し時間が経てば辺りは夕暮れにつつまれるだろう。


 森へ向かう道すがら、俺はこのキャラクターの存在について考えた。まず、ゲームを始める前に少しは情報収集した際に、今まで出現したレア種族にはこんな存在自体がネタなキャラクターはいなかった。それに初期スキルも剣技や攻撃魔法などのレベル上げに役立つものばかりだったはずだ。はずなのだが……。


「お~~火魔法だ。無いものねだりだとわかっちゃいるけど……ね」


 近くの草原から爆発音が聞こえてきたので振り向くと、杖を持ったプレイヤーが火魔法で一角ウサギを黒焦げにしていた。他にも両手剣で刺突したり、両手にナイフを持って戦うプレイヤーなども視界に映る。


「気になるのは武器屋のオヤジの発言だ。あれは事前に素手部というスキルを設定しておかないと発言できないはず……つまり、運営が作成したネタキャラということになるが……」


 このスキル最低ドM痴女キャラを運営がわざわざ作ったのだろうか?しかし無常にも存在するわけで、どこの誰が何の目的で――いや、目的は明らかだ。


 思うに、ネタと悪乗りと勢いで作成したのだろう。深夜の人気のないオフィスの光景が俺の脳内に浮かび上がる。


+++++


『今晩も残業か……』


 疲れた顔で40代のおっさんがPCを操作している。その横に若々しい男性社員がやってきた。手にはコンビニのビニール袋を下げている。


『田中先輩、おにぎりとカップラーメン買ってきました!』


『すまんな、山田君』


 ビニール袋に横から毛むくじゃらの手が伸びる。


『田中さん、残業ちーっす。先におかか頂きますわ!』


 通路を挟んで田中の後ろの席にいる、ヨレヨレのシャツにぼさぼさ頭の彼は、ゲーム業界を渡り歩いてきた歴戦の企業戦士だ。彼の歩いてきた後にはぺんぺん草も残らないと評判だ。


『おい、佐藤。それは俺が頼んでいたのに……』


『おいおい、何だこのカップラーメン!?健康に配慮して緑茶麺とかねーよ!まっず!超まずい!!』


 佐藤は会社に常備しているポットからラーメンにお湯を注ぐと、自分の席に座った。何とも言えない香りがあたりに漂う。所謂、ラーメンテロである。


『佐藤、そのカップラーメンも俺のなんだが……』


『そういえば田中先輩。今、何やっているんですか?』


『あぁ、上司に新しいアイテムやスキル作成を依頼されていてね。うーん……』


 田中は顎に手を当てつつ、机の上にある山の様な書類から、ゲームの設定資料を山田に渡す。資料には細かな画像と説明、パラメータが記載されていた。当然社外秘である。持ち出し厳禁!紛失注意!


『それなら、適当にパパッとやって帰るのはどうっすか?おかか代の代わりに作りますよ、俺』


『まぁ、佐藤の言う通りそれができればいいんだがね。多くのプレイヤーへの影響や、今後リリースするアイテムなどにも繋がる話だ』


『期間限定装備とか、テストキャラクターを作って様子を見るのはダメなんですか?』


 設定資料をめくりつつ山田が田中に問いかけると、佐藤が反応した。


『テストキャラクターをつくるなら、ついでにいろいろネタをぶち込もうぜ!どうせテスト用だしな』


『佐藤先輩、例えばどんなネタですか?』


『よく聞いてくれた山田!例えば、例えばの話だがな――……』


 熱く語る佐藤の話を聞いた山田は冷静に分析した。


『うーん。話を聞くと面白そうなキャラクターですが人を選びますし、しかもプレイヤーが女性の場合、大問題になるかと思います。後は自分なら――……』


『山田ァ!お前も中々ヒデェな!ま、この件に関しては冗談半分に言ってみただけだよ』


 佐藤は笑いながら本日3本目のブラック無糖缶コーヒーをすすった。社内の休憩室に自販機があるのだ。


『ふむ……最近はキャラクターがテンプレート化しているが……』


『田中先輩?』


『田中さん?』


 2人がうつむいて考えている田中の方を向くと、田中は顔を上げて発言した。田中の眼は死んでいた。


『それでいくか……。ダメならダメで次を考えればいい』


『田中さんマジっすか!?いや、本気なら頑張りますがね』


『もちろん”マジ”だぞ佐藤。山田君、運用部署との調整を頼むよ』


『はい!頑張らせていただきます!』


『おっしゃ!キャラ班との調整は俺がやりますぜ』


『キャラ班には佐藤の同期がいたか。よし、課長へは俺が話をつける』


 大都会の一角で煌々と灯るオフィスの明かりは、今夜も消えることは無いだろう――。


+++++


「――なーんてな。いや、まさかね……」


 ネタ結構、勢い結構だが、ネタキャラクターに当たった方は、たまったものではない。


 もちろんプレイヤーの数は膨大であり、中にはこの組み合わせが最高だと思う人もいるかもしれない。もしも、この種族の枠が余っているならば、次は是非ともその人に当たって欲しいものだ。


 ――と、彼は考えていたが、実際はそれ以上の――ある種狂気的なノリと勢いと関係各所の調整と人手と時間がかかっていた。”1つの種族、1人のキャラクター”のためにである。そういう意味で、セルリアは運営のゲームに対する様々な考えの1つを反映したキャラクターなのであった。


「偽エルフ耳を外してみたが、付けたほうがキャラとしては自然か……」


 森へ行く途中、俺は偽装スキルで偽エルフ耳を外してみると、尖った耳から人間の耳へとモーフィングのように変形した。しかし、攻撃力・防御力の余りの弱さから、逆に人間では不自然になってしまうと判断したのだ。


 エルフに偽装しておけば、何かあっても”しょうがない”で済むかもしれない。そんな考えに俺は苦笑した。


「エルフじゃなく、エノレフだけどさ」


+++++


 気づけば森の手前に立っていた。後ろを振り返れば遠くにコールの町が見える。森の入り口は明るいが、奥に行くほど薄暗くなるようだ。俺は一歩ずつ慎重に森の中へと入っていく。


 木々がざわめき、足元の木漏れ日が揺れている。


「おぉっ……と!?」


 木の根や石で躓きそうになりつつ森の奥へ進むと、他プレイヤーの剣の音や魔法の爆発が響いてきた。時々、風や一角ウサギによって草むらが揺れるので、じわりと神経がすり減っていく。いきなりグレーウルフと戦う前に、他プレイヤーとグレーウルフの戦闘を見たいと考え、俺は音のする方へと歩いて行った。


 足を止めて草むらの影から前を見ると、30m程先の少し開けた場所で、3人のプレイヤーが2匹の60cmはある灰色の狼――グレーウルフと相対していた。


 3人の構成は、片手剣と木盾で革鎧を着た、前衛の男女2名と、杖と初心者用茶色ローブを着た後衛の男1名だ。装備を見ると、全員転職はまだのようだ。陣形は、後衛を挟む形で前衛2人が前に出ている。グレーウルフとの距離は3mくらいだろうか。


 初心者から別職業へはベースレベル10で転職条件を満たすが、転職には試験がありクリアしなければ転職できないのだ。また、ある職業から別の職業へも転職できるが、職業特有のスキルのリセットや、ステータスや装備を揃える必要があるため、低レベルプレイヤーしかやっていないらしい。


 転職してベースレベルを上げ続けると上級職業になれるが、この場合はスキルリセットは無く、さらに強力なスキルが手に入るため、まず上級職業になることがプレイヤーの目標となるわけだ。


「でも、このキャラの転職は無理かもわからんね」


 最初から初心者以外の職業が付いているキャラクターについて、情報サイトや公式HPにも記載はなかった。となれば、職業は固定化されていると考えるのが普通だろう。もしかすると上級職業があるかもしれないが……。


+++++


 プレイヤー3人と、周りを距離を開けて回っていたグレーウルフとの戦闘は、唐突に始まった。


「速い!」


 グレーウルフ2匹が遠吠えをすると、後衛の動きが固まる。その隙を狙い、素早い動きで左右に動きながら2匹同時に前衛へと襲い掛かろうとするが、女前衛は回避をしつつ切り付け、男前衛は盾で防御した。切りつけられたグレーウルフからは血飛沫が上がり地面へ転がるが、ふらつきつつ立ち上がる。


 回避した前衛はグレーウルフへ迫撃しようとするが――茂みから3匹目のグレーウルフが飛び出し、剣を持っている腕にかぶりついた。噛まれた前衛は腕を振り上げ地面へと叩きつけ、犬の鳴き声が森に響く。その光景を見て、盾で弾かれた方のグレーウルフが逃げだそうとするが、硬直から復活した後衛の火球に焼かれて倒れ、全身焼け爛れた状態でピクピク動いている。


 ――ジャリッ……


「ん!?」


 3人とグレーウルフとの戦闘にのめり込んでいると、気づけば何かが近くを歩く音が耳に入ってきた。その音は徐々に大きくなると、俺の目の前の茂みで立ち止まる。緊張で額に汗が浮かぶ。


「――来るか?」


 草むらから立ち上がり腰を落として右手を後ろに引くと、茂みが揺れてグレーウルフが飛び出して――俺の横を通り過ぎた。


「えぇ……」


 飛び出してきたグレーウルフは、俺の方へ一瞬だけ視線を向けると3人の方へと走って行くようだ。俺が振り返ると、彼らの足元には真っ赤に染まったグレーウルフの死体が3つ転がっており、直ぐに1体の死体が追加される。


 グレーウルフの死体が徐々に消えていき、彼らは残ったドロップアイテムを回収すると、コールの方へと歩き出す。


 その様子を見て、グレーウルフのAIか空気スキルの効果か判断はつかないが、結果として助かったので俺は安堵して息を吐き――後ろからの激しい衝撃で地面にうつ伏せに倒れこんだ。


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