前編
・夏の暑さが悪い。作者の頭も悪い。
「1人しか作れないから、ネタキャラは難しいな」
ある金曜日の深夜に、都会のワンルームの布団の上に青年が一人横になっている。彼の頭には黒色のヘッドギア、手足には黒色のグローブとソックスが付けられ、それらからケーブルが黒い箱――最近発売されたばかりのバーチャルリアリティーを売りにするゲーム機に接続されていた。
発売当初はどこの店も品切れだったが、数か月経てば普通に家電量販店やネットで購入できるようになっている。大学生の彼は書店のバイトで貯金をして、今日購入したのであった。
彼のプレイしているゲームは”サンデルニア”。多数発売されたVRゲーム中のひとつのよくある剣やら魔法やらのMMOであるが、オーソドックスな故に一番人気となっている。ゲームはヘッドギアに内蔵されている脳波コントローラ以外にもグローブ型コントローラ、普通のゲームパッドでも操作可能だ。
『ここでは貴方の分身となるキャラクターを作成できます。さぁ、貴方はどのようなキャラクターを望みますか?』
白いシンプルなドレスを着た美人のふわふわ金髪・金目のナビゲータが俺に問いかけてきた。目の前にはキャラクターの名前入力欄と作成欄が表示されている。
キャラクターは現在1人しか作れないが、将来的に複数作成も可能らしい。キャラクター生成は何度も可能だが、キャラクター削除と作成に伴うサーバへの負荷を抑えるためか、キャラクターをつくると1週間は削除できないと公式HPのゲーム案内に書いてあるのだ。
また、アカウント認証のために電話番号登録が必須であり、複数アカウントで1つの電話番号を使いまわすとアカウントがロックされてしまうらしい。アカウントを削除しようにも1週間は削除できないとのこと。
複数の携帯電話があれば、新アカウントを登録できるようだが、生憎携帯は1つしか持っていない。
「ポチッとな」
性別を女性で、容姿と種族はランダムに設定してキャラクター生成ボタン選択すると、キャラクター生成のプログレスバーが表示される。MMOなのにソロプレイばかりするので、マイキャラクターくらいは可愛い少女にしているのだ。
容姿は基本的なパーツとパーツ調整を行えるエディターがゲーム内で実装されているため、キャラクターを数時間~数日間かけて作りこむ猛者もいるらしいが、当然そんな技術や時間もない。種族は通常の選択とランダムが選べるが、ランダムでは確率は低いがレア種族もいると公式HPに案内がある。
――キャラクターが生成されました。
「こりゃー……微妙だな」
30秒程経過して自動生成されたキャラクターを見ると、茶色の服を着た赤色ショートヘアーで背が高くほっそりした種族”人間”となっていた。顔つきは凛々しく気が強そうな性格だ。”人間”は一般的な性能であり、特に特徴がないのが特徴となっている。種族をランダムにしたメリットも特にない。
「やり直すかー」
彼はその後1時間ほどキャラクター生成沼に嵌ってしまう事となるのであった。
+++++
「やっとできた。長かった」
どのくらい作っては消したのか、目の前には生成されて少し調整したキャラクターが回転している。中々の出来に俺はにやけ顔になった。
名前はセルリア、名前の通りセルリアンブルーの長い髪と眼に真っ白な肌、低めの身長とスレンダーな体系をしている。顔つきは少したれ目の小動物感がある。種族は”エルフ”だ。尖った短い耳が髪から少し出ているのがポイントである。
キャラクター自動生成の結果、人間以外にもケモ度が高い獣人や ケモ度が低い半獣人、魚人、ドワーフなど色々あったが、結局レア種族が表示されることは無かったので、魔法職に有利なエルフを選んだのだ。
キャラクター作成完了のボタンを押すと、ナビゲータが確認してきた。
『本当に宜しいのですか?』
「”はい”っとな」
確認画面でボタンを押すと、ナビゲータがにっこりと――いや、顔は笑ってはいるが口の端をゆがめて俺に話しかけてきた。
『それでは、セルリアさん。ご健勝とご活躍をお祈り申し上げます』
ナビゲータの言い回しに違和感を覚えたが――既にナビゲータの姿はぼやけていた。
「んん?普通は”サンデルニアへようこそ!”とかじゃないのか?」
そして目の前が真っ白になり暗転する。
――ここは始まりの町の一つ、コール。
円形の石垣に囲まれた小さな町であり、年季の入った建物は石と木造のヨーロッパ風となっている。町の中心には石造りの高い塔があり、そこを起点として街の四方に門がある。町の周りはのどかな農村の風景でありつつ、首都から程々近いため交通の便もよく人々も多い設定となっている。
そんな町の小さな教会の聖堂に新規作成したキャラクター達は降り立つのだが、彼――セルリアは教会の裏の墓地に降り立った。セルリアはまず町の風景を見て、次に自分の身体を見下ろした。
「えぇ……白色のワンピース……じゃなくてYシャツだコレ」
俺が頭や背中に手を置くと、特に装備もないことが確認できたので、改めて服装を確認する。
長袖のワンピースかと思っていたそれは、ただの大きな白いYシャツだった、それ以外はスカートやズボンに靴なども装備しておらず、白い裸足の足がよく見える。初心者装備は、布の服とズボンと木靴にナイフが装備してあるとゲーム情報サイトに書いてあったし、公式HPの画像もそうだったはずだ。
「今の姿を一言でいえば、彼氏の家を追い出されたYシャツ1枚のJCか?」
酷い絵面であった。
さらには身体が半透明になっているのか、体の向こう側の風景がよく見える。何故か2割程度透けている。教会周りや教会の向こうにある通りを歩いている他プレイヤーの姿を確認する。当然、半透明なプレイヤーはいないわけで。
「……って、声可愛いな!しかも小さい!!音声テスト、あ~あ~あ~」
身体や服装に衝撃を受け、小声で一人突っ込みを入れると、音量ボリュームが異様に小さいことに気付く。具体的には他キャラクターの声を100%とすると、マイキャラは20%位だろうか……。音量と共にテンションも下がってくるが、気を取り直してキャラクター設定画面を開いてみる。作り直しは面倒なのだから、最初が肝心なのだ。
○種族:エノレフ
「ん?」
俺は文字に違和感を感じたがそのまま説明欄に目を滑らせた。
○種族:エノレフ
・エルフじゃないよ?エノレフだよ?特徴?何もないですね……。
「いやいやいや」
その余りな説明を俺は何度も見直した。時間だけが無駄に過ぎていく。確かにキャラクター作成画面の種族欄には”エルフ”と出ていたはずだと。
彼は気づいていなかったが、実は種族欄はエルフではなくエノレフと記載されていたのだ。引き続きキャラクター設定を彼は見続ける。
○ジョブ:無色
・無職じゃないよ?無色だよ?でも本当に無色だと可愛そうだから、そこそこ無色だよ?
「……はぁ?」
説明文にイラッとしたがそのままキャラクター設定画面を見続けた。ステータスは普通のエルフと同じなのは不幸中の幸い……だろうか?少し疑心暗鬼になってきた。
○装備
・白Yシャツ DEF+1:昨夜はお楽しみでしたね。※取り外し不可
「はあぁぁ…………もうね……」
Yシャツは初心者の布服と同じ性能だが、呪い装備なんて……俺はそっと装備画面を閉じ、長い溜息を吐く。
次は肝心のスキルだ、初期スキルはランダムで付与されるため、スキルが悪ければ廃人――ハイレベルを目指すプレイヤーは根気よく何度も作り直すらしい。
○スキル
・超NO力(パッシブ):力なし、体力なし、運なし、いいところなし。強くィ㌔。
・空気(パッシブ):物理的に影が薄いのでアクティブモンスターからも(そこそこ)無視されます。
・素手部 Lv1(パッシブ):漢なら拳で語れ!
・逆境 Lv1(アクティブ):窮鼠猫を噛む。追いつめられると(そこそこ)攻撃力が上がります。
・偽装(アクティブ):エノレフ耳が取り出しできます。
「……ナンダコレ」
俺がリアルで頭を抱えると、画面の中のキャラクターも頭を抱えてうずくまる動作をした。突っ込みどころが多すぎてどうすればいいものか……。パッシブは常時発動型、アクティブは手動発動型のスキルだ――なのだが。
攻撃スキルが2つしかないところが酷い。しかも他のスキルも酷い。つまり全部酷い。
「まず、超NO力。なんだよNOって、普通に超能力にするか超YES力でいいじゃないか。次に空気、むしろスキルが空気読めよと言いたい。素手部もそうだ、部ってなんだよ部って。他の部活や素手部の部員はどこですかぁー?ファンタジーな世界なのに素手とは之如何に。剣と魔法でいいじゃん。いいじゃん……。逆境は攻撃力アップのスキルみたいだからまだマシか。最後の偽装はあれだな、敵や他プレイヤーに対する偽装じゃなくて、キャラクターを間違えて作成させるための偽装じゃん……。しかも取り出しって、装備欄に耳アイテムがないとすると、どこに出してるんだよ!」
最後には両手の拳を地面に叩きつけて叫んでしまった。気を取り直して次を確認することにしよう。終わったことはしょうがない。俺は心の広いプレイヤーなのだから。
「そうだ、アイテムだ!」
ネットで見た情報の中で初期装備にナイフがあることを思い出したが、今は装備されていないためアイテム欄を俺は開いた。そこには1つだけアイテムが載っていた。
○アイテム
・無限牛乳:自家製の瓶入り牛乳。飲んでよし!ぶっかけてよし!投げてよし!※連打不可・譲渡不可・売却不可・性能はキャラクターレベル依存
「 」
アイテム欄を勢いよく閉じて、すくりと立ち上がり空を見上げた。現在の天気は澄み渡るような快晴だ。トンビの様な鳥が1匹ぐるぐる大空を舞っている。このゲームでは天候機能が実装されているため、雨や雪の天気もあるらしい。
何故か雨が降っていないのに視界が曇るため、眼を閉じて考えた。
「いや、意外にこういうネタキャラが強いかも……。やっぱ無いわ」
そう呟いて俺は町の南門へとゾンビのような動きで足を進めた。
――セルリアが他プレイヤーの横を通り過ぎると、プレイヤー達はセルリアの後ろ姿をギョッとした目で見続ける。
何故なら歩くたびにYシャツが捲り上がり、その下の白いパンツ――ローライズがちらちらと見えるからだ。また、セルリアが墓地でうずくまった際の、白パンチラスクリーンショットが某巨大掲示板に速攻アップロードされ、小さな祭りが発生した。
このゲーム、キャラクターが防具を外すとパンツではなくスパッツが表示されるのだが、セルリアだけがパンツ表示となっていたのだ。その為、一部の者はセルリアのスクリーンショットを見て、上から下から歓喜の涙を流したという。