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チェンジリング  作者: 美羽
エルヴィスト魔術学院
4/16

3:俺にはすべて関係のない話

<魔法歴1327年 新春月の二>

【セルス・ファンレイ】




寮で迎えた初めての朝は、おおよそ気分がいいとは言えないものだった。

憂鬱な気分と重い頭については構わない。元々俺は深い睡眠をとることが苦手で、基本的には寝不足と言われるような睡眠時間で毎日を過ごしているからだ。

ただ今の俺にとって何より不愉快なのは――すぐ横を歩く、銀髪の彼女の存在そのもの。


「どうかしましたか、セルス?」


視線に気がついたのか、彼女――リラはその白藍の瞳をこちらに向けて少し微笑んだ。

それによって俺の眉間のしわが更に増えるのは気のせいではない。


「別に。何でもない」


「そう?ならいいですが……胃もたれだとか、そういうことだったらすぐに言ってくださいね?」


そう言うならば俺を朝食の席に誘うな。と、思いはしたが言葉を返すことも億劫だ。

昨晩と同じく扉の外で彼女に騒がれて渋々自室の外に出てしまった俺も甘かったのだと思う。やはり手を引かれ連行された食事の席にはこれでもかと料理が並んでいて見るだけで胃が重く沈んだ気がした。斜め向かいの席でグロウがそれらの量をものともせず平らげていく光景を見せられたというのも食欲をなくす原因のひとつかもしれない。

そもそも俺は普段からあまり食べ物を口にしない。日に何度も食事をとるという行為そのものが違和感でしかなかった。――まあ俺の席の前に取り分けられた品はサラダやフルーツなどの食べやすいものが殆どで量も少なく、ギリギリ俺が食べきれる程度だったために結局全て消費したのだが。


「なんだよセルス、お前あんなもんで腹いっぱいなのか?」


「僕はセルスもグロウも極端すぎだと思うけどね。僕とリラくらいが標準的だよ、絶対」


話が聞こえたのだろう、前を歩くグロウとセルスもこちらを見た。

確かにクラウスの言葉がこの中では一番正しいだろうが、それを口に出して認める気にはならない。

視線をそらした俺にリラがまた微笑む気配がした。


「…なんだ」


「いいえ、何でも。あ、教室に着きましたね」


俺は基本的に近寄りがたい雰囲気を持っているはずだ。これまでも俺が拒絶すれば大抵の人間は寄ってこなかった。だが彼女に関しては全くそれが効かない。

むしろ自分の方から関わりに行っているような気さえしてきて、馬鹿らしくなって結局また目をそらした。











最初の授業は魔術に関する初歩的な知識かららしい。

正直なところエルヴィストに入学できるだけの学力がある俺達からしたら何を今更と思うような内容だが――いや、約一名もしかしたらそうではないのかもしれないが、間違いなく初歩の初歩、魔術師全員が知っているような内容から授業は始まった。


「わたくし達管理者とあなた方人間の違いはまず、種族のすべてが魔力を持つかどうか、というものが挙げられます。皆さんご存知ですわよね?」


エヴィが教壇から約一名――グロウの方を見つめながら黒板へと文字を書いていく。

そのチョークはひとりでに動いていて、これも彼女の魔法によるものだろう。


「はい。そもそも私達人間の中で魔力を身体に宿しているのは世界人口の四割ほど。更にその中で魔術学院に通うことが許される【魔力持ち】は人口の三割と言われています。

対して管理者はそのすべてが生まれながらにして人間の平均以上の魔力を持ち、魔法を扱うことができます」


エヴィはリラの回答に満足げに微笑んだ。


「うふふ。優秀な生徒を持ってわたくしも楽ですわ」


そもそも人間は生まれながらにして魔力を持つ者と持たない者に分けられる。

魔力がある者は生後すぐに魔術師を束ねる最高権力【魔術議会】へと届出を出すことが義務付けられており、そこから各国が定めた【義務教育過程】中にその魔力の大きさ、属性などの見極めがなされる。そしてその中から魔術師になることのできる程度に魔力を持つ者を【魔力持ち】として更に議会に登録するのだ。


「魔力持ちの方々はその時点では日常生活に魔術を用いるのは禁止されます。ろくに学びもしないうちから魔術を扱っては、暴発が起こる可能性がありますから。日常生活においては様々な魔具が流通していますから、不便はございませんし。

それでも魔術を扱いたいという方、あるいはそれを職業にしたいという方々が魔術学院への入学試験を受ける、というのが魔術議会が定めた魔術師法に記載されています」


勿論その試験に受かることが出来なかった者は魔術師の資格がないとされ、入学は認められない。そして魔術学院への入学試験を受けられるのは一生に一度きりで、再受験はどの様な場合でも認められないことになっている。学院に入学できなかった魔力持ちが魔術を行使することは法律違反となり、処罰の対象だ。

厳しいようにも思えるが、逆に魔術学院はよほどのことがない限り入学試験に落ちることはない。世界各地におかれている学院施設ごとに入学者の成績や魔力量の基準は異なる。だからこそどんなに魔力量が魔力持ちと認められる最低限しかなくとも、入学自体は基本的に可能になっている。

入学試験で弾かれるのは人格に問題のある者や魔術をどれだけ努力してもまともに扱えそうにないような人物のみ。―――つまりは犯罪者かその予備軍、そして無属性くらいだろう。


「その他の僕達と管理者の違いは理の力があるかどうかと、魔術を使う条件ですよね。

僕達は魔術を使うのには詠唱と【媒介】、【魔素】が必要ですから」


「その通りですわクラウス。

わたくし達管理者は詠唱を必要とせず、無詠唱で魔法の行使が可能です。ではグロウ、媒介について説明をしてくださいな」


指名されたグロウは初歩の初歩だというのにギクリと身体を強張らせた。


「え、えーっと……媒介は魔石のことで、魔石は俺らが生まれたときから持ってるやつで…」


「そうですわね。魔力を身に宿す人間は皆さん魔石を持って生まれてきます。その魔石が、皆さんが魔術を使う上で必要不可欠なもののひとつ、媒介となりますわ。

では魔術師にならず学院へ入学しなかった方、そして入学試験に不合格だった方の魔石は回収され、魔術議会が管理、保管することになっているのは知っていますかしら?」


「え!そうなのか?」


「えぇ。勿論魔力持ちの方は後々でも学院に入りたい旨を申請すれば受験前に魔石は返還されます」


「認可を受けていない魔力持ちや不合格者の魔術による犯罪、事故を防ぐための処置ですよね。

魔石は持ち主が死ねば空気中に魔素として溶けてなくなりますし、議会としては魔石によって魔力がある者の管理が簡単に出来るようになっている」


魔術議会が魔石を集めているのは基本的にあまり知られていないことなのだが、リラは知っていたらしい。グロウだけでなくクラウスも感心したように彼女を見つめている。

無属性である分、その辺りの事情に詳しくなったのだろうか。

無属性と言えば魔石の回収を行う可能性のある対象として一番に名前が挙がる存在だ。落ちこぼれの代名詞であるだけあって、昔から無属性の魔力持ちの魔術の暴発の話は多く、学院の入学試験でも不合格になるのが殆どだ。


「その通りですわ。では続いてセルス、魔素について説明を」


「………魔素とは大気中に散らばる魔術の素材のひとつです。炎が燃えるために酸素が必要なように、魔術を使用するためには必ず魔素が必要になってくる。ただ魔素を必要とするのは魔術だけで、管理者が扱う魔法はむしろ魔素を大気中に排出する。

また過去の管理者が今ほど少なくない時代では現代よりも大気中の魔素濃度が高かったとされています。それが管理者の魔法が多く使用されていたことによるものなのか、そもそも管理者の存在そのものによって魔素が多かったのかは未だ解明されていません。また新たな説として魔の管理者の存在により魔素の濃度が濃く一定に保たれていたのではないかというものもありますが、信憑性は明らかではありません。

あなた方管理者ならば何かを知っているのかもしれませんが、他ならぬあなた方が口をつぐんでいる」


皮肉を混ぜた言葉は完璧です、と笑むエヴィに流された。

俺としてもあまり目立って敵対を表したい訳ではないためそれで構わなかった。


「お前どこでそんなこと教わるんだよ…」


「グロウ、これ少なくとも前半は義務教育過程で習った話だよ?」


「はぁ!?嘘だろ、俺ぜってぇこんな話聞いたことねぇぞ」


「寝てたんじゃない?」


「うっ……」


それにしても横で交わされる言葉に気が抜けそうになる。意味もなく深いため息が出そうだ。


「グロウは少々不安ですが、皆さん基本はきちんと理解できているようですわね。ではリラ、魔術の詠唱について説明を」


「魔術を使用するために必要なもののひとつが詠唱です。その術式の難易度、そして術者の熟練度によって詠唱は省略することが可能で、それを短略詠唱と呼びます。魔術師は詠唱によって身の裡の魔力を体外に引き出すことができ、更にそれに道筋をたて、術として構築することが可能です。

例えば【火よ灯れ】。この詠唱では火よ、で火属性魔力の放出を。灯れ、で術式の構築を行いひとつの魔術を完成させることになります」


「では何故人は短略詠唱が可能なのかはお分かりかしら?」


なかなか難易度の高い質問だった。だが恐らくエヴィは確信犯だろう。リラが一体何と答えるのか楽しみだとでも言うように笑って彼女を見つめている。

グロウは全くわからないといった様子でポカンとして、クラウスは自分に同じ質問をされたら何と答えるべきかと頭を悩ませているようだ。

――俺からしたら答えはひとつだ。人間がより管理者に近づこうとしているから。


「……人が、管理者に近づこうとしているからでしょう」


俺の答えと全く同じ解答に思わず彼女を見る。


「短略詠唱を発明したのは私達人間です。魔の管理者が魔術を考案したとき、管理者達は私達人間が彼女達の考えた領域以上に達するとは思ってもいなかった。けれど私達人間は貪欲に知識を求め、魔の管理者亡き後もそれをやめない。

……短略詠唱で省略されるのは、属性を示す言葉の部分です。私達人間は魔術を行使していくうちに段々と魔力を放出する感覚を覚えていった。それによりいつしか詠唱なしで魔力を体外に引き出すことを可能としました。つまりは進化した、とも言えます。

このまま管理者が魔法を扱うように詠唱破棄が可能になるのかはまだわかりませんが……少なくとも、私はそういうことだと考えています」


「素晴らしいですわリラ」


エヴィが殊更にっこりと微笑む。

リラもそれに微笑みを返したが、漂う空気はこれまでとは違い何とも言えないものだった。

―――彼女は彼女で、管理者と何かあるのだろうか。


「そう言えば、皆さん魔石のセットがまだでしたわね」


不意にエヴィが思い出したようにそう言って、俺達の胸元に留まっているピンブローチを指す。


「学院は皆さんに配布したピンブローチの台座部分に魔石を嵌めることを推奨しています。

どちらも魔術師にとって必要不可欠なものですし、一緒にしておいた方が効率的でしょう?」


入学した日に渡されたピンブローチは、何かしらの装飾となる石を嵌める台座こそあれどその中心に石はなかった。

それは自分達が持って生まれた魔石を嵌めるための空間だと、そういうことらしい。


「説明書に書いてあったと思いますが、皆さんにお配りしたピンブローチは皆さんが魔術師として過ごすなかで身分証の役割も果たします。学院を卒業しただけのただの魔術師は犯罪歴の有無の登録や魔術を扱えることの証明程度ですけれど、下位や中位の資格を取って公共機関でこのブローチを提示すれば優遇されることがありますのよ。ちなみに位階が上がるごとにブローチの装飾も豪華になっていき、一般の方も一目見てその魔術師の位階が分かるようになっておりますわ」


「だからどっちにしろ必要なものをバラバラに持っておくよりは一緒にしておいた方がいいってことですか?でも僕の魔石、ここにピッタリ嵌まるようには思えないんですけど…」


クラウスは説明に納得しながらも眉を寄せた。

彼が懐から取り出した魔石は青みがかった緑色の石で、四角い形をしている。

それに対してブローチの台座は丸い形だ。


「ふふ、問題ありませんわ。クラウス、魔石を台座に近づけて嵌まれ、と言ってみてくださいな」


「えっと、【嵌まれ】……あっ!」


恐らくそういった魔術があらかじめブローチにかけられていたのだろう。

クラウスの言葉と同時に魔石はブローチに吸収され、一瞬の後には魔石はブローチにピタリと嵌まっていた。

そして台座の形は魔石に合わせて四角形に変わっている。


「すげー!俺もやってみよ!あ、でもセンセー、これ外したくなったらどうするんだ?」


「その時には外れろ、と命じれば元通りに分かれますわ」


「なるほどなー」


グロウもブローチに魔石を嵌め、しげしげとそれを眺めている。彼の魔石は平べったい楕円形。色は燃えるような赤だ。

魔石の色や形には持ち主の魔力の属性や質が関わってくるため、どれひとつとして同じ魔石は存在しない。


「セルスとリラはどんな魔石なんだ?」


「貴方には関係ないだろう」


興味津々でこちらを覗き込んでくるグロウにすげなく言い放つ。

しかし彼は唇を尖らせたのみで全く意に介した風ではなかった。


「ちぇー。お前ツンツンしてるよなーほんと。

ってかお前のもリラのも真ん丸なんだな!」


「ほんとだ。色は全然違うけど形はよく似てるね」


俺の魔石は黒色だ。それもかなり暗い。大抵は水属性の力が強いから、あるいは闇系統に特化しているからと受け取られるため問題はないが、あまり長く見られたいものでもなかった。

対してリラのそれは中心にだけ鮮やかな赤が色づいている透明な魔石。中心の赤色以外の部分は反対側すらも見通せるほどの純度を保っている。

魔石は持ち主の魔力を表すものだ。

―――自分の汚ならしさを見せつけられているようで、吐き気がした。


「そうみたいですね」


彼女のことだ、お揃いだの何だのと騒ぐかと思ったが、予想に反してそれだけ言って新しくなったブローチをローブにつけ直すのみだった。無属性ということで、あちらはあちらで魔石にあまりいい思い出はないのかもしれない。


「では午後は訓練室で実際に魔術を使った実技授業をいたします。午前はこれで終わりにしますので、皆さん自由に休んで午後1時には城の西棟、三階にある実技室に集合していてくださいな」


そう言ってエヴィは教室を出ていった。

時計を見ればまだ10時で、午後の始業までは時間がある。

一人になれる場所で読書でもするとしよう。

椅子から立ち上がって本を抱えて教室を出る。……出ようと、した。


「あ!!」


「何だよクラウス」


突然の大声に戸惑ったグロウの声が聞こえた。

関わらないように足を踏み出そうとしたが遅かったようで、駆け足でこちらまで来たらしいクラウスに回り込まれる。

異様にキラキラした視線は俺と――俺の持っている本に向けられていた。


「ねっ、ねえねえそれ!魔導大全の第四巻だよね?」


「まどーたいぜん…?」


「色々な魔術について、どうやってそれが魔法から魔術に変わって作られたか等が載っている本のことです。言ってしまえば魔術についての普通より更に詳細な知識が載っている本、といった感じでしょうか。今のところ全二十七巻まで出版されていて、魔術議会によって編纂されているんですよ。魔術は今も新しい術式が学者の人達によって増え続けているから、終わりがないんです」


「そうその通り!」


背後で繰り広げられるグロウへのリラの説明に力強く同意して、クラウスは更に距離をつめてきた。

心なしか息が荒い気がする。


「しかもセルスが持ってるのって幻の初本版だよね!?」


目敏いことだと思いつつ頷けばクラウスの勢いは更に増した。


「……うわぁ!!信じられない!あの幻の一冊があるだなんて!僕もいろんな書店や図書館で探したんだけど全く見つからなくて、ああでもこんなに近くにあったんだね!

ところで第四巻ということはセルスは他の巻も持っているのかな?やっぱり魔導大全はどの版でも素晴らしいけど一番は歴史的に何も手を加えられていない初版で更に言うならその今君が読んでいる第四巻は」


「………わかった。俺が読み終わったあとでいいのなら貸す。だから黙ってくれるか?」


「っありがとうセルス!!君ってすごくいい人だね!あとでお礼するよ!」


「俺は貴方に黙って欲しかっただけだが」


「そうだ、今度一緒に図書室に行かない?

初日の午後に一人でまわったんだけど、珍しい本がいっぱいあってね!」


「だから俺は……いや、もういい」


「行ってくれるんだ!ありがとう!」


「は?」


誰がそんなことを言った。

全く自分の話を聞いていない相手に絶句していれば、背後から笑い声が響いてようやくクラウスの勢いも収まりを見せてくる。


「クラウス、セルスは本が読みたいみたいだから行かせてあげたらどうですか?

本について話すのは一緒に図書室に行くときにした方が盛り上がりそうですし」


「あ、そっか、ごめんねセルス!僕って夢中になると色々と我を忘れちゃってさ」


どこか恥ずかしそうに言うクラウスだが、正直なところ先程の勢いはそんな顔で話すような程度のものではなかった。

ただ今それを言えば折角終わりかけた話がまた始まってしまう。


「………別に、構わない」


自分には関係のない事なのだから。

ふい、と顔を背けて足早に教室を出ていく。

背後からは優しい、だとかおかしな言葉が飛び出していたが聞き間違いか何かだろう。


俺は優しくもないし、誰かと進んで関わりたいとも思わない。

図書室の約束もこのまま反故にしてしまえばいい。

本の貸し借りについては………


ずっしりとした重さをもつ本を見下ろす。

恐らく今日中に読み終えることが出来るだろう。

元々この学院に入る前に渡り歩いていた先で偶然見つけて、それ以来ずっと読んできたものだ。

挟んだ栞のページはかなり後ろの方になっている。


「明日のうちに貸してしまえば煩くなるなるだろう…」


本は分厚くかなりのページ数を誇る。

そして初本版だけあって古いため文字の読みにくさで言ってもかなりの品だ。

一度貸してしまえばしばらくクラウスが関わってくることはないはずだ。


「それは、どうでしょう」


背後から響いた声に勢いよく顔をあげる。

初日のように木陰に座る俺を、いつの間にやって来たのかリラが木の幹の反対側から覗き込んでいた。

長い銀髪が光に反射して眩しく、思わず目を細める。


「いつからそこに…」


「ついさっきです。ちょっと思い出したことがあって、セルスを追いかけてきました」


「一体何の用だ。……それに、さっきの言葉の意味は?」


拒絶の色を強くのせた言葉に、けれど彼女は場違いなほどの笑みを浮かべた。

そもそも彼女の接近に俺はどうして気づけなかった?

学院に入って、“あいつら”がしばらくこちらに手出しできなくなったことに安心して気が抜けてしまっているのだろうか。初日も今日も、簡単に近づくことを許してしまっている。

こんなザマでどうする。俺は自身に課せられた呪いから“解放”されることはないと言うのに。


「セルス、またお昼ご飯を食べなさそうだなと思いまして」


「また食事の話か…」


「今回は無理に誘おうとは思っていませんよ。朝ごはんを食べた段階で満腹でしょうし。

ただこれだけ渡しておこうと思いまして。はい」


そう言ってリラが差し出してきたのは飴玉だった。


「最低限これくらいは口に入れておいた方がいいです。

午後は体を動かすでしょうし、エネルギー源になるものは摂取しておかないと」


「………」


「セルスが受け取ってくれないと、私はここからいなくなれませんね」


彼女は本当に何なんだ。

的確に俺を動かすためのポイントをついてくる。

渋々受け取った飴玉のひとつを乱雑に口に含んで噛み締める。

ガリッという音とともに飴玉は真っ二つに咥内で砕けた。


「これで、文句はないか」


驚いた表情のリラにそう返せば、ハッとしたように瞬いて嬉しそうに彼女が微笑んだ。

――俺は、彼女のそんな表情を期待したわけでは決してなかった。

むしろその真逆の状態になることを想定してやったというのに、これではまるで。


「食べてくれてありがとうございます、セルス」


彼女をただ喜ばせただけだ。


「では、読書を楽しんでください」


意外にもあっさりと立ち去ろうとする彼女の背に声をかける。

まだ質問の答えを聞いていなかった。


「それはどうか、というのはどういう意味だ?」


「………内緒です。すぐにわかります、明日か明後日にでも」


リラは一度振り返ってそれだけ言うと、今度こそ去って行った。

モヤモヤとした感情だけがその場に残される。

教室での会話から、俺の呟きがクラウスと本に関わることであるのはリラもわかっていたはずだ。

それはどうかしら、という言葉は俺の言葉に対するもの。

だが………それこそ彼女の言葉は何の意味もないただの呟きかもしれない。

そもそもこうして他人のことを考えるということ自体が馬鹿らしい話だった。


「俺にはすべて、関係ない」




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