1:運命を始めた日
<魔法歴1327年 新春月の一>
【リラ・ヴィルエール】
魔術によって運行する飛行船のタラップから地に足をつけ、晴れ渡る青空を見上げる。話に聞いていた通りの気候で、照りつける太陽が眩しい。頬にかかる銀髪が鬱陶しく手で払えば、まるでそれを見ていたかのように再び春風が髪を攫う。
感傷に浸りそうになる自分の心を無視して、私は眼前に聳え立つ建物へと足を向けた。入学者への招待状が手の中でカサリと音を立てる。
――リラ・ヴィルエール殿
貴殿をエルヴィスト魔術学院の入学生と認める。
ついては来る新春月の一、本学院へ参られよ。
エルヴィスト魔術学院長――
私の名前は【リラ・ヴィルエール】。
魔術師になることのできる【魔力持ち】で、【魔術学院】への入学のためこの島へとやって来た。
魔術学院は魔力を持つ全ての者に門戸を開き、魔術を扱う術を教え人間を導くための施設である。
学院は各国に建設されており、その中のどの場所に行くかは年に一度開催される入学試験の結果により学院側が決定する。魔術師の素質がある者なら誰にでも受験資格が与えられ、身分、性別、年齢を問わないそれは、毎年世界中からかなりの人数が集まる一大イベントだ。
そんな中私が入学を認められたのは海の上の孤島、エルヴィスト島に設立された【エルヴィスト魔術学院】。この場所は魔術発祥の地とされ、全ての魔術師の憧れの場所でもある。島は世界各国から独立した中立地点であり、それ自体が1つの国のように機能している。全寮制で商業施設、娯楽施設も充実。学院には各国から集められた魔術の権威が教員として在籍していて、入学を許可されるのは決まって毎年百人だ。他の学院が千人以上の入学者を擁している中、その人数は異例中の異例である。この場所に入学できれば将来を有能な魔術師として約束されたも同然であるとまで言われる場所だ。
商店街が並び人で賑わう大通りを真っ直ぐに進んで、街中を抜ける。そして近づいたのは堅牢な石造りの城。エルヴィストは初代魔術学院長が住んでいた城をそのまま校舎として使用していて、それは今も続いている。学院の歴史は古く、千年に及ぶためかなりの年代物だ。当時は色々と物騒な世の中でもあったため、周囲はぐるりと堀に囲まれ、城内への入り口も東、西、南の三つの橋しか存在しない。その中の正門と呼ばれる南門をくぐれば、メイドと騎士の格好をした魔人形が私を出迎えた。
魔人形はその名の通り体内の魔法陣によって動く人形で、これも一般的に普及されている代物だ。指定されたことしか出来ないのがたまに傷ではあるが、各所で活用されている。このような魔術、あるいは魔法を用いた道具は総じて【魔具】と呼ばれ、魔力を持たない者や魔力量が少ない者にも条件さえ揃えば使用が可能となっている。
「入学生、リラ・ヴィルエール」
言葉と共に封筒を手渡す。人形は恭しくそれを受けとると、暫し待つように身振りでこちらに伝え足早に去っていく。一分ほどで人形が戻ってきた人形の手には漆黒のローブとピンブローチ。差し出されたローブを羽織り、留め具としてブローチをとりつける。
ローブは学院の生徒であるという証で、制服としての役割も持っている。ローブさえ羽織っていれば下の衣服は何を着ていても構わないのだ。また布には特殊な加工が施されており、魔術によって傷つきにくい。
そして台座に小さく名前の彫られたピンブローチは身分証代わりとなる。これは魔術学院を卒業してからも必ず携帯が義務付けられており、魔術師の身分を示すものだ。ブローチにかけられている魔術によって、持ち主の情報が各国の魔術学院や政府等で共有されているため、ブローチの紛失、持ち主の犯罪行為などが起こるとその情報がそれぞれに伝わるようになっている。その他ブローチに関する注意書き、説明などが書かれた書類も受け取って、私は城門をくぐり抜けた。
さて、始業までは残り一時間程だろうか。
元々早い便で到着したため、他の生徒の姿もまばらである。確か話によればこの後私は“目的の人物”と出会う必要があるらしい。その時には口調にも気を遣わなければなるまい。
「西門の、木の根元でしたね」
ともかくそこに行って、【運命】を流れさせなければ。
堀に流れる美しい水を眺めつつぐるりと城の周囲を一周する。温暖な気候と静かな水音が形作る空間はなかなかに気持ちのいいものだった。もちろんもうすぐ入学生が殺到し騒々しくなるのだろうが………今くらいは楽しめる。
「―――あれですね」
門の近く、一際大きな木。その根元に相手はいるはずだと教えられていた。
どこにそんな確証があるのかと思いはしたが、相手はそういった確証の無い事に関しては専門家だ。まだ私に知らせれていない事情もあるのだろうから、疑う気持ちはあまりなかった。
気配を殺し、音を立てずに近づいていく。そっと陰から様子を窺えば、聞いていた通りの姿がそこにあった。
木漏れ日に輝く金の髪。
伏せられた緋色の瞳、未だ少しの幼さを残す顔立ち。
同じくらいの年齢の、まさに美少年といった容貌。
今日は入学生しか登校を許されていない。ローブを着ているということは私と同じ入学生。
よかった。きちんと私達の計画通りに時は進んでいる。
根本に座り分厚い本を読んでいた彼は、私がわざと分かりやすくした気配に反応して緋色の瞳をこちらに向けた。
―――嗚呼。嬉しくなって、我ながら笑えるくらい上手に笑顔を浮かべることができた。
貴方が“そう”なのですね。貴方が私の―――“運命”だ。
話に聞いていただけの時点では、そうは言っても私が他人に強く関心を持つことはないと思っていたが……想像以上だ。確かに私は今日初めて出会っただけの相手に強く、確実に――惹きつけられている。
「驚かせてしまってすみません。はじめまして、私はリラ。貴方も新入生ですよね?お名前は?」
私の言葉に彼は、何の感情も持たない凪いだ瞳を眇めて立ち上がった。
その反応だって分かっていた。だって貴方はそういう世界で生きてきたと聞いている。
「………」
そのまま何も言わず彼は立ち去っていく。でも、それでいい。これからまた貴方と私は嫌でも顔を合わせることになる。こうして出会えたことで第一目標は達成された。後は私の思うままに行動していくことが必要になってくる。
不安がないとは言えないが―――きっと私は上手くやれる。上手くやってみせると、彼を見た瞬間に決めた。
さて、大樹の根本の次に向かうように指示されているのは学院内に掲示されるクラス分けの結果だ。
人影も疎らだった城内は今では自分と同じ入学生で溢れかえっており、どこか息苦しさを感じさせる。人の気配に頭痛さえしたが無視しつつ、そっと掲示された紙に目を向ける。
リラ・ヴィルエールの名前が記載されているのはSクラスの欄だった。
エルヴィスト魔術学院では、入学当初から生徒を3つのクラスに分け授業を行っていく。
最も能力の高い者から順に、Aクラス、Bクラス、Cクラス。
そのクラス分けは寮の部屋の設備にも反映されるというから大したものだ。大方それで生徒の成績の向上を図っているのだろう。
――では、Sクラスとは何か。
それは数十年に一度設立される、特別優秀な者のみを集めた他の3つから完全に独立したクラスである。他の3つは合同で授業を行うことがあるが、Sクラスにはそれが皆無。また授業の内容も他とは一線を画している。そんな特別クラスに在籍することになるのは私を含め、たったの四名。他の三人の名前を見れば、そこもやはり私が聞いていた通り。
素早く身を翻し教室に向かう。少し外れた場所になるが、私はここで迷うことは無いので早く着くことができた。中には私以外の三人のクラスメイトが既に集合している。
教室は机が横一列に4つ並べられ、その前に教壇があるだけの小さな部屋だ。
赤髪に金の瞳の少年が【グロウ・ガルウィス】。
黒髪に萌黄色の瞳の少年は【クラウス・イークウェル】。
そして最後に先程も顔を合わせた彼が【セルス・ファンレイ】。
陰から教室内を覗けば、セルスが端の席につく姿が見える。
「なあお前、セルスか?」
セルスはグロウ達に一切の注意を払うことなく再び本を開こうとする。だがそれを邪魔するように横から声が飛んできた。
グロウだ。彼は人懐っこい性格だから、こうして他人に声をかけることに躊躇しないらしい。けれど決して人づきあいが上手いとは言えないだろうセルスはチラリとグロウを見た後、深い皺を額に刻んだ。
「俺はグロウだ」
「僕はクラウス。残りの一人は女の子みたいだし、君がセルスでいいんだよね?」
グロウをきっかけにクラウスも自己紹介する。しかしセルスは興味無さげに視線を本へ戻した。
「おい、返事くらいしろよ」
「……あなた方の名前は覚えた。
だが、俺は誰とも馴れ合うつもりはない。放っておいてもらえるか」
そう、セルスは馴れ合うつもりはないのだ。セルスにとってこの場所は単なる隠れ蓑。友人など作る気はないしその必要もない。そう伝え聞いていて、けれど私の目的は彼にここで友人を作らせること。
上手くやれるかは私と………彼ら二人の手にかかっている。とは言ってもその目論見を持っているのは私だけで、グロウ達は真実何も知らず、聞かされてもいないのだが。
セルスの事情など知りもしないグロウは彼の答えが気に食わなかったようで、眉を吊り上げた。私の出番もそろそろだろう。
「はぁ!?お前な――」
「ええっとすみません、Sクラスってここですか?」
彼の苛立った声は私の言葉で掻き消される。教室内の全員がドア――つまり私が立っている方向へ目を向けた。私の登場により不穏なものとなりかけていたその場の空気が霧散する。
クラウスはホッとした顔で微笑んでくれた。彼は人をからかうのが好きだけど、こういうギスギスとした空気は嫌いらしいから無理もない。
「うん、ここであってる。君はリラさんだよね?
僕はクラウス。これからよろしく」
その言葉に安堵した様子を見せながら、唯一空いている席(セルスとクラウスの間だ)に向かう。
「こちらこそ宜しくお願います。私のことはリラと」
「なら僕もクラウスで構わないよ。あ、こっちはグロウ」
「よろしくなリラ。俺もグロウって呼んでくれ」
「よろしくお願いします、グロウ」
本当は貴方達の事を予め聞いていて知っているけれど、【リラ・ヴィルエール】はそうじゃない。
だから、【初めまして】。そして次はセルスだ。
「貴方はさっき会った人ですよね?
同じクラスだったんですね。これから宜しく……えっと、セルス?」
ブローチの台座に彫られた名を見たフリ。
恐らくセルスは今、心底私という存在を不思議に、奇妙に思っている。
何故、一度拒んだはずの相手がそんな表情を自分に向けてくるのか。どうして微笑むのか。それが彼には分からないはずだから。
けれどそれを表に表すことはせずに、再び攻撃的な光を緋色の瞳に宿して私を見つめるセルスは低い声で警告を放った。
「俺に構わないでくれ。先程彼等にも言ったが、馴れ合うつもりはない」
これだけ言えばもう話しかけてはこないだろう。そう思っているのでしょう。けれどその推測は間違い。
「セルスに馴れ合うつもりがなくても私には大いにありますよ。折角こんなに人数が少ないクラスなんですから、仲良くしましょう?だから宜しくお願いしますね、セルス」
まるでセルスの拒絶など全く気にしていないかのような言葉と笑顔。
自分が拒絶すれば誰だって諦める。まずはその間違った考え方を直すことから始めていきましょう。
「――勝手にしろ」
「ええ、勝手にさせてもらいます」
私の言葉にセルスだけでなく、二人の様子を見守っていたグロウとクラウスも呆気にとられたようだ。私の役割は流れを起こすこと。そうすれば後は勝手に全てが流れだし、彼等もそれに自ら巻き込まれに向かってくるはず。
「……っぷ、ははっ!!お前面白いな!
よっしゃ、俺も勝手にさせてもらうぜ。四人しかいねぇんだ、仲が良いに越したことはねぇしな」
「そうだね、僕もそう思う」
「………」
セルスは苛立たしげに顔をしかめて再び本へ視線を戻した。
どうやら無視を決め込むつもりらしいが、甘い。そもそも表情が出ている時点で私よりもよほどマシだ。
これなら案外、上手くいくかもしれない。
暫くはセルス以外の三人で他愛もない話を続けていたが、廊下からコツコツと足音が聞こえ始めたことでそれも無くなっていく。
足音はこのSクラスの教室の前で止まり、同時に扉が開かれた。
「皆さん、エルヴィスト魔術学院へようこそ。
わたくしはあなた方のクラスを担任することになりましたエヴィ・ローラ。エヴィと呼んで下さいませ」
現れたのは肉感的な漆黒のドレス姿の女性。【管理者】の女性、エヴィ・ローラだ。
管理者というのは全員が白い髪、赤い瞳を持つことが外見的な特徴として挙げられる種族だ。人間に比べて種族としての数は少ないが、各々が世界を創造したと伝えられる神から特別な権限を与えられている。それを行使して世界の流れ――つまりは世界が辿るべき運命を管理する役割を持つ長命な存在。寿命は個体差があるらしいが、最低でも五百年は生きると聞いている。
あまり見ることの無い管理者の姿に私以外の三人は動揺したようだった。昔はそこまでではなかったのだが、彼らは今絶滅の危機に瀕しており世界中でも生存が確認されているのは僅か十数名ほど。エルヴィストには確かその中の三名が在籍していると聞く。その他の管理者は魔術師を束ねる【魔術議会】に所属していたり、気ままな隠遁生活をしていたりと様々らしい。
「皆さん一目見ておわかりでしょうが、わたくしは管理者ですわ。
率の理を頂いておりますの。けれど皆さんに授業をする上で【理の力】を使うことはありませんでしょうし、管理者ではなくただのエヴィとして接して下さいませ」
管理者が神から与えられた権限によって行使される力を、魔法や魔術と区別して理の力と呼ぶ。
率の理とは、言ってしまえば確率を操作する力だ。それだけ聞けば大した力ではないように感じるが、彼女はその理の力で相手の魔術の成功する確率を0へと操作したり、反対に自身の魔法を100%相手に当てたりなど、様々な不可能を可能にする。
管理者とはそれだけ人智を越えた生き物なのだ。
「さてそれでは、折角ですし皆さんに自己紹介でもしていただこうかしら」
「自己紹介…?」
エヴィの提案に小首を傾げてみせる。
こういう流れになることは知っていたが、ちょっとした言動に対する注意も大切だ。
「ええ、折角これから共に学ぶんですもの、親しくならなければなりません。
実技ではパートナー制もございます。パートナーになるかもしれない相手の事を、知っておいて損はありませんわ」
「でもよ、自己紹介っつっても何を言えばいいんだ?」
「そうですわね……とりあえず無難に名前、年齢、属性と、何か一言、でよろしいのではなくて?
それと貴方、わたくしは教師です。きちんと敬語を使って頂かないと困りますわ。魔術師になるのなら、こういった対人スキルも必要でしてよ?」
「あー……これから気を付ける…ます」
慌てて付け加えたグロウに、エヴィは茶目っ気たっぷりに笑う。
「ぎこちないですけれど、まあ追々慣れていただきますわ。
それでは丁度席も端ですし、貴方から始めていただこうかしら?」
指されたグロウは嫌そうに眉を寄せつつ、何を言うか悩むように髪をかきむしった。
「……あー、くそっ!
何言えばいいかわかんねぇけど、名前はグロウ・ガルウィスだ。
年は17。光系統で属性は火。で、一言だろ?……まあ、よろしく」
属性というのは、魔術師が体内に持つ魔力の性質のことで、種類は火、水、風、土の四種類。それらは光系統と闇系統という二つの系統に分類され、光系統は火と土、闇系統は水と風となる。
例外もあるが基本的に光系統と闇系統が混ざった魔力を持つ者はいないので、全ての魔術師は光か闇に分けられる。そこから更に系統の中でどちらの属性の魔力が強いかによって属性が決まる仕組みだ。
私達が扱う魔術にも系統と属性があるため、火属性の魔術を行使するにはその術者が火属性の魔力を有していることが絶対条件となる。
グロウの場合は持っている魔力は火属性と土属性、その中でも火属性の魔力が多いと言うことになるだろう。
「僕はクラウス・イークウェル。年は18。この中で一番年上かな?
闇系統の風属性だよ。魔術が大好きでここに来たんだ。
こんなに少数で管理者の授業が受けられるなんて楽しみだよ。これからよろしくね」
最年長であるにも関わらずに無邪気な様子の彼の言葉は場を和ませるが、次は私の番だ。
少し憂鬱になる。さて、何と言えばいいのだったか。
「私はリラ・ヴィルエール。
年はグロウの二つ下で15歳。……属性はありません」
エヴィ以外の全員が驚いた気配がした。
「たぶん、皆には迷惑をかけると思います。何と言っても【落ちこぼれの無属性】ですから。
でも私に出来る限りで頑張るので、よろしくお願いします」
周囲を見回して頭を下げる。
人の持つ魔力の系統は一種類、属性はその中の二種類で、それは魂の性質を表すため生まれた時から変わらない。けれど稀に、二種類以上の属性を持つ例外がいる。それが無属性だ。
通常魔力は体内で明確に属性ごとに分割されており、それが術者の詠唱と対応して体内から引き出されることで魔術の行使を可能にする。けれど無属性は属性が独立することなく無造作に混ざり合っており、しかも属性ごとの割合も人それぞれ。術の行使に体内すべての属性の魔力が引き出されてしまうので魔術の威力にばらつきが生まれ、ある時は威力が大きすぎる、またある時は威力が小さすぎるなど、様々な弊害が生じてしまうのだ。
そんな無属性の魔術師が高位の魔術を扱うことはほぼ不可能とされていて、無属性は魔術師の落ちこぼれの代名詞になっている。
「あら、リラが落ちこぼれというのは間違いでしょう」
エヴィの言葉に周囲の視線が彼女に集まる。
「貴女は入学試験の筆記で満点を取りましてよ?
しかも無属性と言えど実技も一般生徒より少し劣る程度。何も不思議はありません」
「満点!?あのくそ難しいテストをか!?」
「すごいよリラ!僕も最後の方は全然解けなかったのに」
グロウとクラウスから向けられる尊敬の眼差しがどこか居たたまれない。
取り敢えず苦笑を返しておいた。
「満点はもう一人いますわ。そちらのまだ自己紹介を済ませていないセルス。
彼は筆記試験だけでなく実技も完璧でした。因みにクラウスは72点、グロウは……せめて、半分は取っておいて欲しかったのですけれど」
「グロウ……君、半分も取れなかったの?」
「うっせぇ!頭使うのは苦手なんだよ!
それより、次はセルスの番だろ?さっさと進めようぜ」
わざとらしい話題の転換だったが確かに尤もなため、セルスに目を移す。
――緋色の瞳と目が合った。
どこか信じられないものを見るように私を見つめる彼。
首を傾げてみせるとハッとして我に返ったように立ち上がって自己紹介を始めた。
無属性というのは彼にとって色々と――複雑な事情があると聞いていた。その反応も無理はないだろう。
「……セルス・ファンレイ。15歳、闇系統水属性」
口早に告げて、ふいと視線をそらすセルス。
色々と素っ気ないが、エヴィはそうなることが分かっていたように話を進めた。
「ふふ、皆さん仲良くしてくださいな。
少なくとも二年は同じクラスで学ぶのですもの」
魔術学院には卒業という概念はあまりない。学院に入学した生徒は取り敢えず二年間共に学び、その後認定試験と呼ばれるものを受けるのだ。
そもそも魔術学院に入学すると同時に生徒は魔術師の位階を取得したことになり、日常で魔術を扱う許可が魔術議会に認可されたことになる。そして二年後の認定試験で取得できるのが【下位魔術師】という位階だ。これに合格すると魔術を扱う幾つかの特殊な職業や地位、組織に就くことができるようになる。
その認定試験に合格であっても不合格であっても、その瞬間から生徒は学院を出ていくことができるし、反対に更に上の位階である【中位魔術師】や【上位魔術師】の認定試験合格を目指して学院で学び続けることも可能だ。それもあり、学院に在籍することができるのは二年から十年までと、かなり長い期間がとられている。
「それでは自己紹介も終わったことですし、院内の案内を致しましょう。皆さん着いてきて下さいな」
エヴィの言葉に皆が立ち上がる。
正直なところ説明も案内も必要のないものだが、仕方がない。面倒だという思いが外に表れないようにすることだけには気を付けて四人の背を追った。