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チェンジリング  作者: 美羽
エルヴィスト魔術学院
16/16

15:物事にはタイミングがある

<春花月の十七>

【セルス・ファンレイ】




エルヴィストとは比べ物にならない暑さのせいで肌に張り付く服が鬱陶しい。笑顔で自分達を森に放り出したあの管理者の胡散臭い笑顔を思い出して、眉間にしわが寄った。






不覚にも眠り込んでしまった飛行船、そこから更に別の便に乗り継いでたどり着いたのは学院の所有する宿泊施設だった。

世界中に設置されている学院の施設の中で、そこは課外授業用の建物らしい。魔術学院は単純に生徒に指導をする学び舎と、学院に就職した研究者のための研究施設などしか所有していないものと思っていたが、そういった施設は各国に何か所かあるようだ。少なくとも【砂の国】には今回俺達が使用する場所以外にもう二つ、宿泊用の施設があるらしい。

一般のホテルや宿を利用するものだとばかり思って少々の警戒を抱いていた俺としては、学院関係者以外立ち入らないというのは助かったが――それでも完全には警戒心は抜けきらない。

昨日はそのまま宿泊施設で夕食をとりそれぞれに用意された個室で寝て、今朝食事をとってすぐにエヴィにこの場所まで連れてこられた。宿泊所の裏手にある森だ。


「本日は事前に伝えた通り、こちらで薬草の採集をしていただきますわ。やはり魔術師たるもの、市販の薬草ばかりではなく自らで採ったものも使えるようにならなければ一人前とは言えませんもの。

ちなみに昼食の用意はしておりませんので、この森で現地調達してくださいませね。わたくしは宿泊施設で待っておりますから、日暮れまでに森の奥にあるモレモリ草を採ってきてくださいまし」


ちなみにモレモリ草とは美肌、アンチエイジングに効果のある珍しい薬草である。

間違いなくあの管理者が自分で使うものだろう。






駄目だ、今思い出しても苛々する。


「セルス、眉間のしわがすごいことになってますよ?」


俺の表情が見えたのか、額の汗をぬぐいながらリラが困ったように言った。一つに結んでいるとは言え、髪の長い彼女はかなり暑そうだ。


「放っておいてくれ。あの教師のことを思い出していたのと、あそこで見るからに浮かれている人間が鬱陶しかっただけだ」


「あぁー、確かにグロウ、浮かれてるかも……?実家が【森の国】だし、やっぱりこういう場所はテンション上がるのかな?」


「なんだよお前らブツブツ言って。早く進まねーと日が暮れちまうぞ!」


本当に野生児だ。暑さも相まってウンザリ感が日頃の比ではない。ただ先程からこれは食べられる、これは食べられないと、どこからそんなに見つけてくるのか木の実などをヒョイヒョイと集めてくれるのはありがたいため口には出さないでおいた。当然ありがたいという感情も口にも態度にも出さないが。


「でも最低限地図だけでももらえてよかったですね。エヴィ先生のことだから何も渡さずに私達を森に放置するかとも思いました。それにこの森も学院の所有地で、獣避けなどもされているようですし」


そして彼女もサラリとあの教師を罵倒しているのだが、自覚はあるのだろうか。いや、俺の嫌味も通じないのだし本当に他意はないと言うか……思ったままを言っている可能性もある。


「お!川が見えてきたぞ!みんな、この辺で休憩しよーぜ!」


「わ、結構綺麗だね。お昼ごはんもここで食べる?」


「だな!水がないと何するのにも困るし、この辺で火起こしして水の確保もしねぇと」


リラの失礼さについて考えているうちに、目的地に着いたようだ。

元々森の出入り口と、モレモリ草の生息地の中間地点辺りに川があるのが地図でわかっていたので暫定的にそこを目的地としていたのだ。ここで軽い昼食をとって休み、そこからまたモレモリ草の生息地まで向かう。帰り道は目印をつけながら歩いてきたため、行きより早く進めるはず。それを考えれば宿泊施設には恐らく日が暮れる頃には戻れる想定だ。


「食べ物はこれまでの道でグロウが集めてくれた分で足りそうですか?必要ならもう少し集めに行きます」


「んー、ちょっと少ねぇかな…?それに火を起こすのに木の枝とかも持ってこないといけねぇからなー。

あ、そしたらクラウスとセルスでこの川で魚取っといてくれよ!その間に俺とリラで木の枝集めようぜ」


役割分担した方が早いしな、とグロウが笑う。


「えっ、僕とセルス!?」


「なんだその口ぶりは」


「だって俺ら闇系統使えねーし、そりゃそうなるだろ」


「確かに私達が魚を取ろうと思うと釣りをするしかないので、時間がかかるかもしれませんね」


「僕とセルスに魚が取れると思うの!?」


「だから何なんだその口ぶりは」


魚くらい魔術で簡単にとれるだろう。それこそグロウの言う通り、水属性と風属性の魔術を使うことで俺はこれまでも野宿の時などは魚をとって飢えを凌いだことがある。

リラも特に異論はないらしく、グロウの持つ地図を覗き込みながらこの辺りで枝を、とルートを話し合っているようだ。

クラウスだけが相変わらず恨めしげにこちらをみている。


「自信ない…」


「俺はやったことがあるから最悪見ているだけでもいい。それか水を集めておけばいいんじゃないか」


道中の飲み水の確保も必須事項ではあるのだ。


「いや、でもセルスにばっかり頼るのも悪いよ」


「それならセルスに教えてもらえばいいのでは?実技授業のチーム分けと一緒ですね」


地図から顔を上げてリラが微笑んだ。まあ確かに未だ属性の偏りは問題ないらしく、あれ以来クラウスと実技授業を組むことが多い。その分寮でたまに行われる、リラに巻き込まれる形での実技のための訓練もクラウスの面倒を見ることが多かった。いや、それはグロウの学力の問題でリラが手が離せないから、というのもあるかもしれないが。


「もー、ほんとに皆って何だかんだ経験豊富だよね。でもこれから先エヴィ先生に一人で森に放り出される授業が来ない可能性なんてないし、セルス、やり方教わってもいい?」


「怖いこと言うなよお前…」


「否定はできませんね」


「全くだ」


こうして一旦ふた手に分かれての活動が始まった。






基本的に魔術で魚を取る際には、水属性で水流を操作することが多い。


「なるべく川幅が狭いところの方が魔力の消費は少ないが、よほど幅が広い川でもない限りあまり気にしなくとも問題はない」


クラウスに伝わりやすいよう、一旦石で地面に図を書きながら説明した。


「こうして川の一部の水流を網目状になるように操作する。この網目が細かいほど小さい魚まで狙えるが、細かくしすぎると魔力操作が難しくなるし強度が落ちて大物がかかったときに網目状の水流が壊れやすい。逆に網目を大きくすると小さい魚は逃してしまうが、強度が高くなるから大物が来ても逃さずにすむ」


「へぇー、僕達が今日狙うのはどれくらいの魚がオススメ?」


「他の食料が木の実ばかりだからな……小魚よりは大きな獲物を狙った方がいいだろう。

しばらく大物を待って、何もかからなければ網目の大きさをより小さく調整して対応すればいいと思う」


「これくらい?」


クラウスが同じように地面に書いた網目の図を確認してみる。少し大ぶりな気もするが、まあ最初は魔術の操作に慣れも必要だからそんなものかもしれない。


「そうだな、それで問題ない。網目状に水流を作った後は基本は放置だが、大物が網目にかかって魔術の水流が解けそうになると分かるから、その時に風の魔術で魚を陸にあげて捕まえる」


「そっか、魔術が解けかけないと僕達には魚がかかってるかが分からないんだ?」


「あとは時間をおいて水面を見てみたりだな。取り敢えずやってみよう。俺は少し下流で、そっちより細かめの網目を用意しておく」


「二人で網目を変えれば僕の方で取り逃がしても大丈夫ってことだね!わかった、やってみるよ」


これで上手く魚が手に入ればいいのだが。


「………わかってたけど、結構暇だね」


魔術の罠を仕掛けて数分後、当然だが魚がかかるまで俺達は暇をもて余すことになる。リラ達に悪いので川辺の石を積んで薪を入れるための場所を作ったり、集まっている木の実を配分したりと多少環境を整えはしたが、それもすぐに終わってしまう程度のことだ。


「こればかりは仕方ない」


クラウスはソワソワと落ち着かなさげだが、かからないものはかからないし、やるべきこともないのだ。


「セルスはさ、どうやってこんな風にアウトドアの知恵みたいなのを学んだの?」


………おしゃべりをすることにしたようだ。


「学院に入る前に少しの間ひとり旅をしていた。宿に泊まることもあったが、基本は野宿だったからな」


嘘ではない。事実だけを見るのであれば。


「え、そうなの!?そっかー、確かにそんなこたしてたら魚くらい自力で取れるか……でも親は心配しなかったの?」


「いや、俺は……」


何と言ったらいいのか。


「………まあ、天涯孤独みたいなものだからな。特に心配とかは」


「え!あ、ごめん…」


「別にいい」


これも嘘ではない。


「……聞いてもいい?そしたらセルスは小さい頃はどうしてたの?」


「そういう子供を集める施設のようなものに入っていた。ただ環境が悪かったから、義務教育過程が終わった段階ですぐに施設を出た。そこから旅をして、旅の間に学院の試験を受けた」


環境が悪いとは、我ながらなんともマトモそうな言い方だった。あれが環境が悪い、程度の言葉で済むわけもないが―――他に言いようもない。

まさかクラウス相手に、自分は逃亡中で追っ手に捕まらないために学院という外部との接触を断つことができる機関に入ったなどと言うわけもなかった。


「何て言うか、圧倒されるな」


そんなことを思っているとは気づきもしないだろう、クラウスは大きく息をついて空を見上げた。


「でも単純にすごいって思った」


「は?何がだ?」


「自分で嫌な環境を飛び出して、どうにかしてるところ。僕にはそんな度胸がなかったから…」


考えるようにその視線が地面に落ちる。


「前に授業の時に、親戚のお世話になることが多かったって言ったでしょ?

僕の家、官僚一家って言うのかな……父親も母親も、その両親も魔術議会の人間でさ」


その家系の中で、クラウスが預けられていた親戚の家だけが魔術議会に属していなかったらしい。


「父親も母親も、叔父さんのこと出来が悪いって馬鹿にしてて、そのくせ仕事で面倒見れない僕のことを叔父さんの家に預けて。叔父さんも叔母さんも従姉も、すごくいい人達なんだ。なのにたまに顔をあわせるとお前はあんな風になるな、なんて笑っちゃうよね」


「そういう家系は進路にうるさいらしいな」


何かの本で読んだことがある。


「そうそう。僕にも議会に入れ、エルヴィストで成績を落とすなって煩いんだ。でもセルスみたいに家を飛び出すこともできなかったんだよね」


「幼い頃から同じことを言われ続ければ洗脳されているのと似たようなものだろ。そういう状況はなかなか解けない」


実際俺がそうだった。きっと、あの場所を逃げ出すことはもっと早くからできたはずなのだ。ただ当時の俺はあいつらの言うことが当たり前で、組織のなかで過ごしていることが普通で、あの苦痛だって日常だと思っていた。

きっかけは何だったか。俺があそこを逃げ出そうと思えたきっかけ。そう、たしかあの時―――


「きっかけになるのかな、こうやってセルスから聞けたことが」


頭のなかに浮かんだ疑問とクラウスの言葉が合わさって、一瞬動揺した。


「…………知らない」


「セルスってば冷たいなぁ…そこは頑張れ!とか、応援してる!とかないの?」


「俺には関係ない。それにそういうことは自分のタイミングによる」


そう、俺があの時、月を、あの美しい月の光を鉄格子ごしなどではなく、ただ一身に受けたいと思ったように。

銀色の月の煌めきがまるで道しるべとなって俺を導いたように。


「タイミング、かぁ」


恐らく誰にでも何かしらの転機は訪れるものなのだ。その転換が大きいものなのか小さいものなのかはともかく。


「タイミングが来るまでに魚程度は取れるようになっていればいいのでは?」


「それ適当に言ってるでしょ?まあこれでセルスに熱く応援されてもそれはそれでビックリだけど。それにまあ、僕も飛び出せてはいないけど、両親との取引で――って!セルス!かかったかも!!」


言いかけたクラウスが勢いよく立ち上がって罠を作った辺りの水面を覗く。確かに大きめの魚影が見えた。


「風の魔術で捕まえろ」


「わかった!【風よ、捕らえろ】………って、この魚どうすれば!?地面に置いとくのは不衛生だよね!?」


「……………」


うっかりしていた。俺は魔力量が多いので基本的にその風の檻の中で一旦魚を絞めてそのまま血抜きも行うが、クラウスの場合いつ戻ってくるか分からないリラ達が来るまで檻を維持し続けるのは難しいかもしれない。そもそも血抜きの方法を知らなさそうだ。


「一旦俺が代わる」


仕方がないのでクラウスの風の檻を包むように更に檻を作り、その後クラウスに魔術を解除させて俺の檻の中に魚を移した。

魚の捕り方だけでなく、下処理まで指導しなければいけないらしい。


「取り敢えず川の罠はそのまま維持だ。これから俺が魚の血抜きをするから、やり方を見て覚えろ」


あからさまにクラウスの顔がひきつった。まあ普通の家庭であれば大抵の食料は店で手に入れるのだから、生き物を殺すことに関する忌避感は仕方がないのだろう。

ただ魚でこれなら、実際の授業の対象になっている害獣はどうなることやら。恐らくあの教師のことだ、捕まえてただ終わりではないだろう。

その点では前段階として、この状況はおあつらえ向きではある。まさかあの教師、そこまで考えて…?いや、それこそ考えすぎか。


「タイミングが来るまでに、貴方が覚えることはなかなか多そうだ」


「さすがにちょっと馬鹿にしてるよね!?」


リラはこういったことは大丈夫なのだろうか。明日動揺して――それも考えられないような。彼女のことだから動物の解体も経験がある、と言われてもあまり驚かない。そしてそれこそ恐ろしいことに、それに対して俺は、疑心を持てなくなってきている。本来であれば彼女こそが一番、追っ手と関わりがあっておかしくないと思えるほどの知識を持っているのに。

できすぎた能力、無属性。穏和な性格。笑みを絶やさない表情。それでも、俺は確実に彼女を、疑えなくなってしまっているのだ。






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