14:管理者は自由気まま、そして自覚がない
<春花月の十六>
【リラ・ヴィルエール】
「はよ……」
「おはようございます、グロウ」
談話室で本を読んでいた私は、開いた扉の先で眠そうに目をこすっているグロウを見て苦笑した。
今日は課外授業の一日目。ほぼ移動に使うと言っていたエヴィの提示した出発時刻は普段私達が授業を開始する三時間前――つまり朝六時だった。従って起床はそれより早くなくてはならず、こうしてグロウも眠そうにしているのだ。
「早いんですね。他の二人はまだ来ていませんよ?」
「んー、目覚ましかけといた。もっかい寝たら遅刻しそうだったし起きた」
「冷たいジュース、眠気覚ましに飲みますか?」
「のむ……」
これは相当眠いらしい。それもそうかもしれない、まだ五時なのだから。
エヴィの作成したらしい課外授業についてのプリントには五時四十五分に寮の玄関に集合、そこからエヴィとともに飛行船の発着所に向かい六時の便に乗ると書いてある。ちなみに行先はこの時点でもまだ知らされていなかった。ただ暑い場所に行くとだけ言われているので持っていく服もそれなりに暑さ対策ができるようなものにしてある。
「はい、どうぞ」
ソファにぐったりと座り今にも二度寝してしまいそうなグロウに声をかけるが、反応がない。……まさかこの短時間で本当に寝てしまったのだろうか。仕方なしに、彼の頬にグラスをそっとくっつけた。
「うぉっ?」
「起きましたか?」
「……あ、俺また寝てたか?わりー、今のでちゃんと起きた」
やはり寝ていたらしい。出発まで時間もあるし、もう少し寝かせておいてあげた方がよかっただろうか。そんな心配が顔に出ていたらしく、グロウはわざわざありがとな、と言って先程より目が覚めた様子でニッと笑った。
「あーっやっぱ冷たいモン飲むのが一番だな、眠気ざましには!ってかリラ朝早すぎだろ。ぜってー俺が一番だと思ってたのに」
「ふふっ、でも私もさっき来たばかりです。そう言えばグロウ、荷物はどうしたのですか?」
「ん、玄関のとこに置いといた。お前のはそれか?」
「そうです。私も玄関に置いておきましょうか」
一応三泊になるので荷物はそれなりにある。中くらいの旅行バック一つ分だ。財布などはローブや私服のポケットに入るサイズなので手持ちのカバンはない。今まで読んでいた本は談話室に置いていくつもりだ。
「そうしとけよ。なんだかんだ忘れることあるからな、カバン!」
「それは経験談ですか?」
「……まあな」
その時だけ少し気まずそうに視線を逸らすので、私はつい声に出して笑った。
「集合時間の五分前に集まっているなんて、皆さん優秀ですわ。それに誰も寝坊することなく。約一名不安でしたけれど、杞憂だったようで何よりです」
「センセー露骨に俺の方見るなよ」
あの後すぐにセルスがやってきて、クラウスは五時半頃に談話室に入ってきた。皆で目覚めの飲み物を飲みつつ、四十分に荷物を持って玄関に移動。丁度そのタイミングでエヴィもやって来た。
「では少し早いですが出発いたしましょう。忘れ物はありませんね?」
エヴィの先導で皆で歩き出す。基本的に早朝の時間は学院の門は開いていない。入学二年目以降の残留組が学院の敷地外に住んでいることがあるので授業開始の一時間前には開くようだが、それ以前は閉まっていて教師の身分がないと魔人形に開けさせることは不可能だという。なので今回私達は一度エヴィと合流してからでないと学院の外に出られないのだ。ちなみに朝八時に開かれた門が閉まるのは夜八時になっている。
「それにしても、セルスとリラの荷物が少ないのは予想していましたが、グロウが少なくてクラウスが多いというのは意外ですわね」
「センセーほんとにさっきから失礼だよな」
「貴方の普段の行いですわ」
確かにエヴィの言う通り、グロウのバックは私やセルスと同じくらいかむしろ一回りほど小さいくらいだ。対してクラウスのバックはかなりの大きさで、パンパンに物が詰められている。とても三泊分の荷物とは思えない。流石にセルスも訝しげだ。
「貴方は一体何をそんなに持って来た?」
「うーん、飛行船でみんなでお菓子でも食べようかと……。後はもし向こうで雨が降った時とか、向こうが案外寒かった時の上着とか」
「荷物が増える典型例だな」
「でもお菓子は私も持ってきているから、向こうでお菓子交換ができるわね」
「俺も持ってきたぞ!」
「……あなた達は何をしに行こうとしているんだ?」
本気でセルスが呆れた目をしていた。ちなみにエヴィは授業に支障がでなければ特に構わないらしくにこにこと笑ったまま。ただしわたくしにも下さいませね、とだけしっかり発言していた。
「さて、発着所に着きましたわね。チケットは既に用意してあります。あそこに停まっている飛行船に乗り込みますわよ」
そう言ってエヴィが一つの飛行船を指す。
「【砂の国】行き直行便……って、【砂の国】まで行くんですか?確か僕の記憶だと半日かかったような……」
「あら、だからこそこの時間の出発でしてよ?さ、中で食事をとる予定ですし、この時間の便なら殆ど乗客もいません。いい席につけるといいですわね」
それはそうだろう、何しろまだ六時なのだから。そもそも【砂の国】への便は一日五本で、これが一番早いものだったはずだ。
飛行船は指定席券を買うこともできるが、この時間帯だからということでエヴィが購入したのは自由席だったらしい。中央の通路で別れるようにしてボックス席タイプの座席が並んでいる。一つのボックスに六人までで、三対三で向き合うような形になっている。
「俺窓際がいい!」
「わたくしも窓際希望ですわ」
「……好きにしろ」
朝から色々とテンションに疲れたのか単純に面倒なのか、セルスは投げやりだ。
「大丈夫ですか?」
「別に……二人の相手が面倒だっただけだ。リラはどこが?」
「私は特にこだわりはないですね」
「……なら間に座ってくれ。あの二人の隣だけは避けたい」
失礼だ、とグロウとエヴィからブーイングが来たがセルスは無言であしらっていた。まあグロウはともかく、エヴィの隣は私でも嫌だ。クラウスをうかがうとにっこり笑ってきたので彼はどちらの隣でもいいらしい。
「じゃあ、隣失礼しますね」
クラウスには申し訳ないが、グロウの隣に座らせてもらうことにした。
窓際からグロウ、私、セルスの順に座って、グロウの前にエヴィ、私の前は空席でセルスの前にクラウスが座る。なるほど、ああして間をあければよかったのか。いや、私の場合間に座ることが確定していたのでそれはできない……単純にクラウスにグロウとセルスの間に座ってもらったら良かったのかもしれない。帰りはそうするべきだろうか。
「なあなあセンセー、プリントに朝飯は飛行船の中でって書いてあったけど、つまり船内弁当ってことだよな?」
「ええ、その通りですわ。飛行船の船内では目的地ごとに異なる内容のお弁当が出ますから、折角ですし味わってみようかと思いましたの。皆さん出身は【砂の国】ではありませんから、初めて食べるのではないかしら?」
「確かに。僕は【海の国】だし、グロウは【森の国】でリラが【光の国】、セルスは【雨の国】だもんね。先生は【砂の国】に行った事なかったんですか?管理者で長生きだし、どこの国にも一度くらいは訪れてるのかなって思ってましたけど」
「訪れたことはありますが、それこそその当時は船内弁当というものがなかったのでお弁当を食べるのは初めてですわね。それにわたくし基本的にエルヴィストから出ない生活を送っていますので、訪れたと言っても何十年か前に一度きり、といった感じですわ」
「要は出不精ということか」
「仕事が忙しくて外出している暇がありませんのよ」
そうは言っているが、あまりエヴィが忙しそうにしているのを見たことがない私達は何も言わずに目を見合わせた。それと同時に船内に放送が流れる。
「出発する様ですね」
「ってことは弁当ももうすぐ運ばれてくるな!【森の国】の便だとデザートにフルーツがたくさん入ってたり、主食が米でおかずがステーキだったりするけど【砂の国】はどんなだろうな」
「各国の特産品が使われてるもんね、船内弁当って。【砂の国】も南国のフルーツが有名だし、デザートにフルーツがたくさん使われてそうだけど」
「後は小麦の生産も盛んだと本で読んだことがあるので、サンドイッチも入っているかもしれませんね」
「へー!さすがお前ら物知りだな」
「……その弁当が来たようだ」
丁度クラウス達が座っている側が進行方向で、船内販売のカートもそちら側から来ていたらしい。向かいに座っているセルスがいち早くカートに気づいて販売員を呼んでくれた。
「船内弁当を五つと、飲み物は?俺はコーヒーを」
「あ、じゃあ私も同じものを」
「僕は紅茶で」
「わたくしも紅茶を」
「俺はオレンジジュース!」
「かしこまりました」
販売員からそれぞれ品物を受けとって、席の横に収納されている折りたたみの即席テーブルを開いて上に置く。弁当は一箱で構成されていて、長方形。一般的な弁当よりやや高さがあるだろうか。
「んじゃいっただっきまーす。お!リラの言ってたこと当たりだな!」
「あ、ほんとだ。サンドイッチだね」
「フルーツサンドもありますから、これがデザート扱いということですわね」
「なるほどなー」
その他に挟まれている具材もそれぞれ【砂の国】で作られたものなのだろう。サンドイッチは全部で五切れ入っていて、それぞれかなり具材がボリューミーだった。
「セルス、全部食べられそうですか?」
「まあ、最近は誰かさんのせいで朝から結構な量を食べさせられている。それにこれなら残しておいても後々簡単に食べられるからな」
「ならよかったです」
「……相変わらずだな」
「え?何がですか?」
「何でもなお。貴女も食べたらどうだ」
そのまましばらく私達は話に花を咲かせながらいつもより少し早めの朝食を楽しんだ。
食べ終わった容器も言えば回収してくれるらしく、再び通路を通った販売員に渡して処分してもらう。セルスもどうにか残さず食べきれたようだ。まあ、少々苦しげではあるが。
「ふぁー、食べたら眠くなってきた……」
「単純だな」
「しょーがねーだろ、朝早かったし。何しろ俺、二番乗りだからな!」
「一番ではない癖に堂々としているな」
「うぐっ」
「まあそれは置いておいて、今のうちに寝てしまうのもありですわ。到着は午後の一時ですから」
それは出発時のアナウンスで聞いていたので頷く。ただ問題は相変わらず明かされていない目的地だ。
「エヴィ先生、この飛行船は【砂の国】の首都に着くんですよね?その後は移動はないのですか?」
「いえ、今度は地方行きの飛行船に乗ることになりますわ。とは言っても首都にあるレストランで昼食をとってからですけれど」
「地方というと……」
「目的地は小麦栽培が有名な辺りですわ」
「ではやはり小麦を狙う害獣駆除ですか」
「本当に貴女は察しがよさすぎますわ、リラ」
そうは言っても【砂の国】に出る害獣の種類など二種類程だろう。
砂の国の国土の四分の一を占める砂漠にでる凶暴なものと、その他の畑などに現れる小型から中型の害獣。私達にとっての初めての対生物の実習で、流石にエヴィと言えど大型で凶暴な害獣を倒せとは言わないはずだ。それにもしそうだとしたらこの間の法陣学で課題として出された魔法陣では殺傷能力に欠ける。
「小麦かどうかは半々でしたが、私達それぞれに課題として与えた魔術に、水属性の魔術はなかったようなので」
小麦は水に弱い。いや、厳密に言うとそうではないのだが、穂に水が当たると商品として使い物にならなくなる。だからこそセルスとクラウスに水属性ではなく、風属性の魔術を使った魔法陣を考案しろと言ったはずだ。
「リラ、そんなことまで考えてたの?」
「まあ、簡単に。暑いところに行くとわざわざ言うくらいですから、場所は【砂の国】か【海の国】ですが、【海の国】はそれこそ水属性の魔術を使わされそうなので可能性は低いだろうとは思っていました。後は害獣退治なら畑や果樹園がまず思い浮かびますし、ほぼ【砂の国】で確定でしょう?
風属性でエヴィ先生に指定された内容であれば鳥型の害獣、反対に私とグロウは土属性で魔法陣を作れということだったので、四つ足の害獣対策かな、と考えました」
「その通りですわ。ところであなた達は心配していませんけれど、貴女の横ですっかり眠っているグロウはきちんと課題をクリアできましたの?」
エヴィに言われて右を向くと、確かにグロウはぐっすり眠りこんでいた。朝の段階でかなり眠そうだったし、満腹になって一気に眠気がぶり返して来たのだろう。
「休息日にも彼女が談話室で見ていたし、大丈夫なのでは?」
「面倒見がいいと言うべきか、貴女のその頭脳に驚くべきか、グロウの不器用さに頭を抱えるべきか……わたくし、悩みますわ」
「さすがに一から十まですべて助言はしていません…」
「まあ貴女が教えた後はグロウでも六割程小テストで点がとれるようになっていますから、わたくしとしては文句はありませんわ」
「リラって教師とか向いてそうだよね、あれを見ると」
「そうですか?一番向いていなさそうだな、とむしろ自分では思います」
私の返答に驚くクラウスには苦笑を返しておく。
そもそも私はセルス達三人と、限られた私の協力者に対してしか興味や関心がない。勉強を教えるのだってそれが彼らだからだ。それ以外の人間に何か言われたとしても、外聞を気にして多少は口を出すかもしれないがそれまでだ。彼らにするように長時間傍についていようとは思わない。
「それこそエヴィ先生はどうして教師をやろうと?」
話をそらすために水を向ければ、エヴィは嫌なことを聞かれた、とでも言いたげな顔をした。
「わたくしの場合はある男に無理矢理教師にさせられましたの。今はそれなりに楽しくやっていますけれど、あの時は相当恨んだものですわ。それまでのわたくしの隠遁生活が台無しになったのですから」
「先生に教師をさせた人も管理者なんですか?」
「そうですわ。人間は基本的にはわたくし達管理者に対して不干渉のスタンスでいますから。まあ、たまにお願いという名目で議会の上層部や学院の人間に色々と頼まれることもありますが、それも断ったりは自由ですし」
「へぇー。あ、じゃあ先生を教師にしたのって、今のエルヴィストの学院長でもある【法の管理者】さんですか?」
「いいえ、もう一人の方ですわ」
「もう一人、というと存在が明かされていない三人目の管理者の人ですよね?」
エルヴィストには三名の管理者が所属している。一人はエルヴィストの学院長を務める【法の管理者】、そしてもう一人が【率の管理者】エヴィ・ローラ。最後の一人は一般に名前が公開されていないので、生徒も誰も知らない管理者だ。
「その通りです。まったくあの男は急に表れて君は教師が向いてるかもしれない、ですとか言い出してわたくしを家から引きずり出しましたの。最低の男ですわ。大体管理者というのは皆が皆自由気まますぎますのよ。こちらに関わらない程度の自由さなら構いませんけれど、あの男と言い学院長と言い、どうしてどいつもこいつも……」
何かしらのスイッチが入ってしまったのか、エヴィはその後もブツブツと怒りを吐き続ける。自分も自由気ままな管理者であることは棚に上げて。……もしかして私達はこれを到着まで聞かなければならないのだろうか。思わずクラウスと目を見合わせた。
「あれ、しかもセルスまで寝ちゃってる」
「え?……あ、ほんとですね」
一瞬エヴィの話に付き合わなくていいようにと寝たふりをしているのかと思ったが、呼吸のリズムからして本当に眠っているようだ。それに以前と違って悪夢を見ている様子もない。
「あらあら。リラ、両手に華ですわね」
「華って言うんですか?僕達男ですけど」
「まあ二人とも普段の言動はともかく顔は整ってますし、いいのでは?もし揺れて肩にでも寄り掛かられたらリラが潰れそうですけれど」
「さすがにそのくらいで潰れるほど弱くはありませんけど…」
「もしそうなったら楽しみですわね。さてクラウス、そろそろお菓子を食べませんこと?」
やはり管理者は自由気ままだ。なんだかんだで確実に私の方に傾いてきているセルスとグロウを交互に見やりつつ、私は自身もリラックスするため深く息をついた。




