13:課外授業は面倒そうな予感がする
<春花月の十三>
【リラ・ヴィルエール】
学院に入学して一か月が経った。
授業の方は相変わらずハイスピードで進み、実技授業は今や一人で泥人形百体を相手どるほどに。私は魔術の攻撃は何とも言えない結果ではあるが、どうにか毎回人形を全て撃破できている。元々そういったことに慣れているセルスとグロウは当然ながら全てノーミスでクリア、クラウスもここ数日でようやく安定して課題をクリアできるようになってきていた。
「本日の午後と明日一日は法陣学を集中して行い、休息日を挟んでからの四日間は課外授業を行おうと思いますの」
そんな中でエヴィの提案――尤も既に彼女の中で決定事項なのであろうその話は、私達にとっては寝耳に水のことだった。
「法陣学って魔法陣のベンキョーだろ?そっちはともかくカガイジュギョーってなんだ?」
「貴方が全く理解できないだろうことは承知していましてよ、グロウ。
課外授業というのは、この学院の敷地外に出て行う授業のことですわ。皆さん最近は実技の結果もパーフェクトと言っていい結果に落ち着いてきていますし、そろそろ実践的なことに関わらせてもいい頃合いかと思いまして」
「具体的にどういうことをするんですか?それに四日間って……」
クラウスの疑問も尤もだ。
「そうですわね、四日間とは言っても、初日と最終日はほぼ移動で終わるかと思いますわ。二日目は屋外での薬草などの素材の採集、三日目は害獣駆除をしようかと考えておりますの」
「泊り込みってことですか?」
「ええ。準備は次の休息日にそれぞれ行っていただきます。とは言っても必須なのは替えの服とお金くらいですので、それ以外は個々の判断となりますけれど」
「今日これからと明日を法陣学に充てるのは、害獣駆除で使用するためでしょうか?」
「うふふ、さすがはリラと言うべきですわね。察しがよくて助かりますわ」
どうやら自分の考えが的中しているらしく、私は小さくため息を吐いた。
そもそも害獣駆除などはそういった―大きく言えば荒事を専門にしている魔術師が行う仕事だ。
学院を卒業した魔術師の仕事としては大きく分けて五つある。
一つは官僚。魔術議会に所属し、そこで働くことだ。ただし議会の一員になるためには中位魔術師以上の位階を持つこと、そして何かしらの功績があることなど、自身の有能さを証明できるようなものがなければならない。魔術師の中のごく一部のエリートだけがそこに所属できるものだ。
二つ目は教師や研究職。そういった職は全て学院に籍が置かれる。すべからく魔術について学ぶ、という点に一つでも当てはまる仕事は殆どすべてが魔術学院の管理下に置かれるものらしい。
三つ目は医療職で、魔術を使った治療やリハビリ、介護などを担うもの。ただしこれについては学院を卒業した後に専門の学校に入るか、議会から許可を得た魔術師の弟子として数年を修行に費やさなければならない専門職と言える。魔術薬師もこの括りに入るはずだ。ただし医師や薬師などが新たな治療の開発目的などで学院の研究者と関わったり、人員を入れ替えたりもするのでこちらも学院の影響下にあると言える。
四つ目は民間の店舗などに直接雇用されるもの。魔術を使った職でもいいし、使わない職でもいいが原則として雇用する側もされる側の魔術師も議会に届け出る制度がある。
そして最後のひとつがフリーランスの魔術師だ。それこそ害獣駆除や魔術での対応が望ましいもの、またはそれ以外に申請があったものなど、議会にフリーランスとして身分を登録しておけば議会から仕事が斡旋される仕組みになっている。議会が大きくかかわる程ではない問題を解決するための、それこそ便利屋的扱いだが、斡旋される仕事の内容は様々で自分が無理だと判断すれば断ってもいい。また仕事内容の確認については中規模程度以上の街にある議会の支部ならどこでも行えるため、仕事を受けていない間はどこで何をしていても問題はない。申請すれば副業にすることも可能だ。
こうして魔術師は基本的に議会か学院の影響下におかれるような仕組みが社会的に出来上がっている。そもそも魔術学院自体が議会の指示のもと運営されている部分もあるが、最近ではそう言った面で少々のいざこざと言うか……権力争いめいたものが水面下では行われているらしい。
ただ今の問題はそんな話ではなく――きちんと学院を卒業した者が仕事にするようなことを、どうして入学して一年目の私達にやらせようとするのか。それに尽きる。まあ恐らくエヴィのことだから最初である今回は簡単な、凶暴性の低い害獣を相手にするのだろうが……それでもこれまでの授業を鑑みるに、一か月後にはそれこそ凶暴な害獣を相手取れと言われそうな予感がする。
「そういうわけですので、授業を始めさせていただきますわ。課外授業についての詳細は本日の午後の授業終わりに配布いたしますので、そちらにも目を通しておいてくださいませね。
ではまず魔法陣の基本から。クラウス、説明してみてくださいまし」
色々と課外授業について考えていたのだろう、指名されたクラウスはビクッと肩を揺らした。
「えっ、ほんとにこのまま進めるんですか?
……魔法陣は元々人間が生み出したもので、管理者は使いません。そもそも使う必要がないものだから。僕達魔術師が魔法陣を考案したのは基本的に素早く魔術を使うため。詠唱も魔石も必要ない管理者は魔法陣という手段を必要とせず過ごしています」
「そうですわね。今ではその魔法陣も目的や様式を様々に変え、それが日常的に魔力を持たない一般の方々が使用する魔具になっているのですから大した発明ですわ」
そうは言っても管理者は同じく魔具を作成する際やはり魔法陣を使用しない。人間は魔具にしたい物体に魔法陣を書き込み、そこに魔力を込めなければ魔具を作れないのに対し、管理者はただそうなるように意識して魔法を使うだけで魔具ができるのだからその差は歴然としていた。ただし管理者の作った魔具の方が魔術師の作ったそれよりも寿命が短い、という欠点はあるらしい。
それが魔具にした物体が管理者の魔力に耐えられないからなのか、それとも魔法陣という魔術を固定する媒介となるものがないからなのかはわからない。そもそも管理者が魔法陣を使わないので事実の確認のしようがないのだ。
「さて、本日はまず基本的な既存の魔法陣をそれぞれ書いて発動させていただきます。数式型と円陣型の両方ですわ。セルス、この二つの違いを答えていただきましょうか」
「……数式型は魔術を発動させるための式をその名の通り数式のように羅列して使用するもの、円陣型は正円を描きそれに沿うような形で魔術式を記入していくもの。基本的に円陣型はそれほど緻密でない魔術を扱うとき、対して数式型は繊細な魔術操作を求められる状況で使用することが多い」
「その通り。ではまずそれぞれに見本となる魔法陣をプリント形式で配布いたします。それに魔力を流して発動させてみてくださいませ」
魔法陣であっても通常の魔術と同じく、自分の系統以外は扱えない。ただし複数の属性の魔術式が記入された一つの魔法陣を、何人かの魔術師で同時に発動させたときは例外だ。そういった多数属性が混ざった魔術を複合魔術と呼ぶ。ちなみに自身の持つ属性だけ――例えばグロウなら火属性と土属性の魔術を合わせたものも複合魔術に数えられる。
そしてこれも最早お決まりではあるが、四属性全ての魔術式を記入した魔法陣を発動しても、それは全属性の魔術にはならない。魔の管理者は管理者であるがゆえに魔法陣を使用していなかったので事実はわからないが、恐らく全属性の魔術を発動するには全属性の魔術式が必要なのだろう、というのが現代の研究者達の考えだ。
「リラのところには各属性の魔法陣を用意させていただきましたわ」
エヴィに差し出されたプリントを見ると確かに四属性の魔法陣がそれぞれ描かれていた。
見たところ火属性と水属性が数式型、風属性と土属性が円陣型のようだ。
「ではまず火属性から、といきたいところですけど、ちゃんと火属性の魔力が出るかが問題ですよね」
そう言いつつ私は【火よ】と詠唱した。魔法陣を使用する際にはそれに向かって魔力を出すだけで魔術が完成する。魔薬を作るときにセルスが詠唱せずに魔力を込めた要領で、短略詠唱が可能な者にとっては詠唱せずに魔術を使用することもできる。普段私達魔術師は詠唱することで魔力に指向性を持たせているが、この場合は魔法陣がその代わりになるのでそういった事が可能なのだ。
ただし私の場合や短略詠唱ができない者は属性を指定する部分を詠唱する必要があるのだが。
「皆さんきちんと魔法陣を発動できたようで何よりですわ」
結果的に火と風は一発で、水と土に関しては何度目かのトライできちんと発動することができた。グロウは自身の属性の偏りのためか土属性の方は少々危うげではあったものの、私と違ってどちらも一発クリア。他の二人は言うまでもない。
「では今度は配ったプリントの魔法陣をそのまま書き写して、自分で書いた魔法陣を発動させてみてくださいませ。わたくしはその間に次の資料になるものを持ってきますわ」
そう言ってエヴィは教室から出て行った。次は自分で魔法陣を一から作って見せろ、とでも言いそうな予感がする。ただ先のことに目を向けるより、今は早いうちに目の前の課題をクリアするべきだろうか。何しろ私の場合他の三人と違って書かなければならない魔法陣が四つもあるのだから。
「あー、うまく丸が描けねぇ!」
数分後、そう言って頭をかきむしるグロウに何となく予想をしていた私とクラウスは苦笑した。セルスは呆れた目を向けていたが。
「貴方は静かに行動できないのか?」
「まあグロウはこういうの苦手そうだもんね」
「数式型は魔術式を間違わずに書くだけでいいですが、円陣型はきれいな円を描かないと発動に影響が出るから大変ですよね」
その点で言えば数式型の方が簡単なように思えるが、魔法陣を自作しようとするなら圧倒的に円陣型の方が容易だと言われている。数式型は魔術式の配列を少し変えただけでそれが結果にダイレクトに影響してしまうからだ。対して円陣型は元々単純な魔術を使用するという目的で発案されたというのもそうだが、魔術式の周囲に描いた正円が魔術を安定させる効果があるのであまり失敗しない。ただしその分円が歪だと魔術が不安定になってしまう、という難点もあるが。
学者が研究用などに使用するのが数式型で、大衆向けに開発した魔具などに使用されるのが円陣型、と言えばわかりやすいだろうか。
「でも僕もそんなに綺麗には描けないかなぁ。リラなんかはある意味予想通りだけどとっても綺麗だね、魔法陣」
「うわ、ホントだ。セルスは……意外とそんなに綺麗じゃねぇな」
「貴方に言われる筋合いはない」
グロウが席を立ってそれぞれの机を覗いて来たので、一応すべての魔法陣を書き写し終わっていた私も気になって見てみた。確かに彼の言う通り、意外なことにセルスもやや歪な形の円になっていた。セルスよりクラウスの方が綺麗な円だ。グロウは………残念ながら比べるまでもない。
「何か綺麗に描くコツとかあんのか?」
「そうですね……一度で描かないで、何度か空中で下書き、と言うんでしょうか?クルクルっとある程度の目算をつけて、それから描き始めるようにはしています」
「あ、それ僕もやってる。一発書きってなんか心配になっちゃって」
やはりそういうことをした方が綺麗に描けるようだ。
「あと最初の頃は手首を軸にして紙自体を回転させた方が綺麗に描けるらしいです。あまり実用性はありませんが」
「紙を回転??……ホントだ!確かにちょっと綺麗になった気がする!セルスもやってみろよ!」
「だからうるさい。そもそもそれは紙に描けるときにしか通用しない技だろう?
彼女も言っていたが、魔法陣は壁や地面、道具に描くことの方が圧倒的に多いんだ、その方法は実用性に欠ける。空中に下書きしてから、というのの方が余程……」
「あ、でも一応僕達の言ったやり方は採用してくれるんだ?」
「うるさい!」
最近クラウスはセルスをからかうことが楽しいらしい。今もセルスの言葉尻をさらってにやにやしている。恐らく自分達の言ったやり方を使ってくれるのが嬉しいのだろう。セルスの場合、使えないと判断したなら例え誰が言った事でも実行はしなさそうだから。
「………皆さん、席から立ちあがって何をしていますの?当然魔法陣の発動はできているのでしょうね?」
そうこうしているうちにエヴィが戻ってきてしまった。もう書き上げている私とクラウスはともかく、セルスとグロウは無言で円陣型の魔法陣を描き始めた。
それにため息を吐きつつ、エヴィは黒板に資料となる紙面を何枚か貼り付けて行って、二人が魔法陣を書き上げ、きちんと発動できたのを確認し再度口を開く。
「まあ、ギリギリセーフといたしましょう。続いて魔法陣に使用されている魔術式について学んでいただきますわ。これを今日中に終わらせて、明日いっぱいを使って皆さんにはある魔術を発動させるための魔法陣を考案していただきます。それを課外授業で使っていくことになりますので、きちんと考えてくださいませね」
うげ、とグロウの口から悲鳴が漏れる。やはり予想は当たっていたらしい。
一応魔術式については全て頭に入れているが――まあ、復習の意味も込めて取りあえずエヴィの話を聞くとしよう。恐らく彼女の言う考案しなければならない魔法陣というのも、簡単なものではなさそうだし。




