12:僕の色々な画策
<魔法歴1327年 新春月の十>
【クラウス・イークウェル】
あぁ、どうしよう。すごく胃が痛い。
「やだー、二人ともすごくかっこいい!」
「一緒にお茶しませんかぁ?」
「ちょっと抜け駆けしないでよ!」
「私、おしゃれなカフェ知ってるんですよー」
やめて、ほんとにこれ以上はやめて。僕の隣からすごい冷気出てるの感じてないの?
心なしか比喩ではなく実際に下がってきているような気がする(もちろん気のせいだろうけど)室温に、僕は周囲に気づかれない様に小さく震えた。さっきからどんな顔をしているのか確認するのが怖すぎてセルスの方を見られない。
途中まではよかったんだよ、お店の中も空いてたし。開店時間すぐだったから混んだりもしてなくて、僕とセルスは比較的早く目的の卓上ライトを選べた。その後セルスはふらっとどこかに行きそうな感じだったけど、なんだかんだ僕の買い物に付き合ってくれたりもした。僕ってこういう買い物の時悩んじゃうから、第三者目線の意見ってありがたいんだよね。
ただ問題はその後。買いたい物は全部選べたし、もうすぐ集合時間だからってことで僕達はちょっと早めにレジに向かった。その、ちょっと早めに、っていう判断が悪かったのか単純に運が悪かったのか、僕達はそこで女の子達に囲まれちゃったんだよね……。まあ、僕もそんなに顔が悪いわけじゃないし、セルスはかっこいいし、そんな二人が男だけで買い物してるわけだからそりゃナンパもされるだろう。っていうかSクラスって顔で選ばれてるんじゃないかって思うよ。だってリラは絶世の美少女だし、グロウはちょっとワイルド系のイケメンだし、セルスも美少年だし、僕は従姉に言わせると爽やか系美青年らしいし。
Sクラスは顔での選考もありえるって報告書に追記しておくか……って、それはいいとして。ここから逃げ出そうにもリラとグロウはまだ来てないし、移動するだけならこの女の子達も着いてきそうだし本当にどうしようかな。こんなことになるなら四人で行動すればよかった。僕達のなかにリラっていう女の子がいたら他の子もこういう風に声をかけにくくなったはずなのに。完全に計算ミスだ。
「……あそこ、リラがいる」
「え?」
女の子達に囲まれてから一切無言を貫いていたセルスが急にそう言ったから、僕はつい怖がっていたのを忘れてセルスを振り返った。完全に周囲の子達を無視しているらしいセルスの視線の先を辿ると、確かにレジにリラが並んでいる。しかもグロウも一緒だ。視線を感じたらしいリラがこっちを見て、あからさまにビクッと肩を震わせる。それを見ていたグロウもこっちに気づいて、彼は彼でゲッとでも言っていそうな表情になった。
「行くぞ」
「えっ、ちょっとセルス!?」
今行くの絶対まずいんじゃ……主にリラの精神衛生的に。
「あっどこ行くの?」
「ちょっと待ってよ、一緒に――って、あの子!」
「うそでしょ、またあの子なの!?」
ほらー!!!これ絶対リラが恨まれるやつじゃないか!
セルスってこういうところ気が付かないって言うか慣れてないって言うか……。たぶん考えもしてないんだろうな、僕達がここでリラの方に行く意味。
「また?……俺達のことは見捨てて彼は助けたということか」
そしてそっちは気にする!女の子達の言葉でグロウが同じ様に囲まれて、それをリラが救出したらしい、っていうのは何ですぐ察するのさ。しかも不満そうにしないでよ……。絶対リラ的にはグロウが先に囲まれてたから何かしらの対処でそこから助けて、その後同じ面子に僕らが囲まれてたらそりゃ助けに来にくいよ。めちゃめちゃ恨まれるでしょこの子達に。
最初から四人でいる場合とこうやって囲まれているところからリラの方にいくのって、最終的な状態としては全く同じだけど周囲に与える反感とか嫉妬心とかの差がすごいんだからね!?
あぁ、リラが何もかもを諦めたような目でこっちに手を振ってる……ごめんねリラ、絶対リラの事だから何かしらの考えがあってレジに並んでたんだろうに…。なんかもう申し訳なすぎて涙が出そう。グロウでさえ何か察したらしく同情するようにリラを見ている。
「先に会計とはいい御身分だな」
「そうですね………私が間違っていました…」
声にいつもの生気がない!!何もかもを諦めたトーンだ!!
これにはさすがのセルスも気づいたらしくてちょっと狼狽えた顔をした。グロウは恐る恐るリラと僕らの後ろにいるんだろう女の子軍団を見比べているけど、しっかりリラの後ろにいる状態だとちょっと……うん。
申し訳なさそうな顔をしているんだろう僕、狼狽えたセルス、女の子達への怯えをいまいち隠せていないグロウを順に見て、リラははぁ、と目を閉じて短いため息を吐いた。短かったけど、すごく深いため息だった……。
「セルスとクラウスももう欲しい物は選び終わったんですか?二人が遅かったので、待ちくたびれて先にグロウとレジに並んでしまいました」
次の瞬間には、リラは今までの表情が嘘のようにきらきらしい満面の笑みを浮かべた。
表情の急激な変化に驚いたらしくセルスが半歩後ろに下がるけど、それを気にしていなさそうな素振りでリラは逆に僕達との距離を詰める。まずはセルス、次に僕の持っている商品の券を腕を絡めるようにして受け取って――あ、これ完全に目が死んでる。
「一緒に会計しましょう?同じ寮に住んでいますし、送るのも一緒ですから。お金は後で談話室でゆっくりお茶でもしながら計算すればいいですよね?
それにまだまだゆっくり四人で回りたい場所もありますから、あまりこの店だけでのんびりもしていられません」
そのままリラは僕とセルスの後ろに回り、ぐいぐい背を押してグロウの方へと向かわせる。物理的に女の子達との間に自分が壁として入ってくれた形だ。本当に申し訳なかった。後でケーキおごろう。
「セルスとグロウで送り先の宛名とかを書いておいてもらってもいいですか?クラウスは私と残って欲しいのですが……」
「勿論いいよ。それじゃ二人ともよろしく」
「おう!任せろ!!行こうぜセルス!!」
「……?」
セルスはよくわからなそうな顔をしていたけど、グロウに引っ張られて大人しく魔術便サービスのカウンターに向かっていった。いやいや、こういう事に関して察し悪すぎでしょ。
「ごめんねリラ…たぶん計画ぶち壊しだよね?」
あまり女の子達を刺激しないように小声で言うと、リラは少し驚いたような顔をしてから微笑んだ。疲れた笑顔だけど、さっきみたいに目は死んでない。
「いいんです。どうせ結果はあまり変わらなかったでしょうし、幸い学院の生徒は数人みたいですから」
あぁー、やっぱりいるよね、エルヴィストに通ってる人。話の節々で生徒らしいことを言ってる人、何人かいたもんなぁ。しばらくは学院でリラがやっかみとか受けちゃうかも。一人にしない方がいいか、もしくは一緒にいると余計に刺激しちゃうのかな。その辺は周りの反応を見つつ、か。幸いにも僕達Sクラス生は授業はほぼ同じ教室を使っていて、移動教室は薬学か魔術の実践の時くらいだからどうにかなりそうではある。
「クラウスもあんまり気にしないでくださいね?なんと言うか……あの状態だと色々大変だったでしょうし」
「………そんなことないよ」
確かにそうだったけど、今のリラの前でそんなこと言えるはずもない。どうせバレてるだろうけど笑顔で誤魔化して、僕達はさっさと会計を終えた。ちなみにその間中ずっと女の子達は僕らを遠巻きに見ていたけど、さすがにリラが横にいるのに声をかけてくる勇気のある子はいなかったみたいだ。
―――リラのことを何人かが鋭い目線で見ていたのには気づいていたけど、僕がどうにかしてあげられることでもない。それに、思い付いてしまった。
「あの二人はもう手続きし終えたでしょうか?」
サービスカウンターに向かうリラの背中を見ながら、考える。さっきまではリラのこと助けようと思ってたけど、これは案外チャンスなんじゃないかな?流石に数人の女の子達から囲まれて、全く非がないような理由で糾弾されたら、リラだって少しはガードを弛めるんじゃない?
そしたら、僕は君のことをもっと詳しく報告できるかな?
その後はさっきの失敗を踏まえて、個人行動は極力無しにした。僕は一人でもああいうナンパ的なものに対する対応はできるけど(従姉に鍛えられたから)、セルスとグロウは無理っぽかったし。かと言ってさっきみたいな二人ずつでの行動も――リラと一緒の方は大丈夫だろうけど、男二人になると一人の時より声のかけやすさが上がるのか、大勢の女の子に囲まれそうな予感がしたからだ。うん、全然自慢じゃない。僕としてはマイナス要素。
「はいリラ。これ食べて?」
「俺からはこっちな。さっきはマジで助かった」
「あの、本当に気にしなくていいんですよ?お金も自分で払いますし…」
どうやらグロウも最初の店で助けられたことにかなりの感謝の気持ちがあるみたいで、リラの目の前にベリーのフルーツティーを笑顔で置いた。僕からはチョコレートケーキ。
僕が前に言って皆で来ようって約束していたお菓子屋さん兼カフェ。カフェスペースでの席取りをリラに頼んでおいて注文に並んだ僕達は、しっかりリラの分の会計も終わらせてそれぞれ席に着いた。
「彼等が払うと言っているんだ、遠慮なく受け取っておけばいいのでは?言い合っていると終わらない」
「その通りだけどお前が言うなよ」
「セルス、むしろリラの計画をぶち壊した側だもんね」
「それは……だから、すみませんとさっきも謝った」
魔術便サービスのところで簡単にグロウから事情をきいたらしくて、セルスはあの後合流してすぐに言いづらそうにしながらもリラに謝っていた。リラは気にしなくていいよって僕に言ったみたいに笑ってたけど、やっぱりセルスとしてもちょっとそれだけでは居心地悪い部分があるみたいだ。まあ僕とグロウが飲み物とケーキをおごってるから、尚更ね。そんな彼はコーヒーを口に含みつつ、すっと自分が注文したチーズケーキの皿をリラの方に寄せた。
「セルス?」
「俺はあまり食べないから、どうぞ」
「あ、そのために普段は甘いものそんなに食べないのにケーキ注文したの?」
珍しいとは思ったんだよね、お茶菓子にって僕が買ってきたものとか、申し訳程度に一つ食べるくらいなのにケーキを頼むなんて。普段のセルスだったら絶対にコーヒーだけとか、食べてレジ横に置いてあった一口サイズのフィナンシェくらいだ。そもそも少食だし。
「別に、そのためという訳では。俺も一口くらいは食べてもいいかと思っただけだ。残りでいいのなら貴女に。いらないならこのまま残すだけだ」
そう言って、申し訳程度の、本当に僅かだけの量をフォークですくって食べて、それっきり本当に食べる気はないらしくセルスはリラを見つめた。リラは困った顔でセルスとケーキを見比べて、ついでに僕達の方も見て苦笑する。
「皆で私を太らせる作戦でも立てたんでしょうか?じゃあお言葉に甘えて頂きますが、前に皆で話したように食べ比べもしましょう?セルスもチョコレートケーキ、一口食べてみてください」
セルスの皿を引き取る代わりとばかりにリラはチョコレートケーキの皿をセルスの方に寄せ、僕達の方にも視線で食べるように促す。やっぱり流石というか何と言うか。
まあ僕としても皆のケーキをそれぞれ味見してみたかったからありがたいんだけどね。やっぱりリラって隙が無いなぁ。今この瞬間も何を考えているのか若しくは単純にこの場を楽しんでいるだけなのか。セルスもどんどんリラに絆されていってるみたいだし。勿論セルスについても今よりガードが甘くなるなら僕としては大歓迎だ。報告云々は置いておいて、もっと仲良くなれるなら嬉しいしね。
グロウは特に隠しているようなことも、心に一物抱えているようなところもなさそうだし。
リラに対して、何かしらの波乱が起こりそうな状態になったっていうのが今日の一番の収穫かな。
あーあ、早くこの役目から解放されて普通の友達として四人で過ごしたいな。
正直これ以上皆を“裏切り”たくないんだけど。




