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チェンジリング  作者: 美羽
エルヴィスト魔術学院
11/16

10:買い物は警戒心を持って

<魔法歴1327年 新春月の十>

【リラ・ヴィルエール】




休日である今日も、いつも通り空は晴れて空気も温かい。


「おはようございます。………どうかしましたか?」


談話室に入ってすぐに三人から向けられた笑顔はひきつっていた。とは言ってもセルスはまだ私の前で笑顔の類いを見せてはくれないのだが。


「この二人が貴女の味覚のために色々と考えているようだ」


恐らくセルスは巻き込まれた側なのだろう。コーヒーを啜りながら呆れた視線をグロウ達に向けている。

………そんなに昨日のクッキーがトラウマになってしまったのだろうか。






あの後セルスの脅迫じみた視線に追い立てられるようにしてグロウ達も私のクッキーを食べたのだが、三人とも言葉では表現できないような様子でただただ悶絶する、という結果に終わった。あまり味がよくわからない私からしたらただのクッキーでしかないけれど、普通の人にとってはとても口にできるようなものではなかったらしい。

取り敢えずすぐに口直しの水を渡したのだが(私の創作料理を食べた相手は大抵そうなるため基本的に準備している。とは言っても料理を出すような相手などほぼいないようなものだが)、それでも後味が消えないのかグロウとクラウスは後で食べられるようにと包装されていた自分達のクッキーを口の中に流し込むようにして食べていた。

エヴィなどは口直しができるものを持っていなかったから、無言で寮から立ち去る始末。セルスがこうやって追い出せるなら楽だ、と呟いていたのが印象的だ。






「今日は休みだし、学院の外に行こうよ!それで美味しいものをいっぱい食べるべきだと思うんだ!」


力強いクラウスの言葉で私は回想を抜け出し、現実を見た。一体何故そうなったのだろうか。


「街へ出るのは別に構いませんが……突然どうしたんですか?」


「四人で出かけようってなったんだよ、お前の味覚オンチを治すためにな!」


「治す………」


グロウにきちんと教えた方がいいのだろうか。味覚オンチは体質のようなもので、恐らく治ることはないということを。

チラリとセルスを窺えば、彼はその事をきちんと分かっているのだろう呆れ顔。クラウスも分かっていそうだが――この場合わからない。昨日も相当クッキーの味にショックを受けていたから意外と本気かもしれない。


「取り敢えず皆で出掛けようという話なんですね?私は別に何の予定もないので構いませんが、皆は大丈夫なんですか?」


思うについさっき決めたことなのだろう。基本的にいつもそうなのだが、談話室に最後まで残るのは私だ。昨夜の食事中やその後に三人がそれらしい事を話している様子は見られなかった。


「うん、さっき確認したけど皆予定ないって。リラも用事とかがなくてよかったよ」


「俺は本を読みたいと言ったはずだが」


「でも仕方ないから行くって言ったじゃねぇか」


「あなた方がそれだけしつこかったからだという自覚を持て」


セルスも二人で説得しきってしまったらしい。うんざりした感こそするが、無理矢理着いてこさせられているような様子ではないので彼としても外出の踏ん切りがついたのだろう。以前課題の最中に街のお菓子屋さんに行こう、という話になったときも小さく了承を示してくれていたから、恐らくその頃から。

だとしても外出の最中、セルスの周辺には注意を払っておく必要はある。外へ出る前に準備をすると言って部屋に戻れば協力者に連絡も可能だろう。頭のなかで軽く算段をつけて、私は笑顔を作って頷いた。


「じゃあ出掛ける準備をしないといけませんね」


取り敢えず朝食は寮でとるだろうから、それからそれぞれ自室で準備をして十時前に出るようにすれば問題ないだろう。商業施設の開店時間も概ねそれくらいだったはずだ。

あと必要なのは学院への外出届と今日の昼食はいらないという通達くらいだろうか。











まず訪れた島の大通りは人で賑わっていた。まだ午前中だというのによくこんなに人がやって来るものだ。一度街におりているクラウスによれば午後はこれより人が増えるという。

ちなみに私を含めセルスとグロウも入学の日以来街を歩いたことはないそうだ。


「とりあえず最初は買い物とかどうかなって思ってるんだけど。

僕もそうなんだけど、こっちで寮生活を始めて少し経つから日用品とか部屋に置いておきたいなーっていう物が色々足りないなって思ってるんだよね」


「あ、確かにな。部屋の中ってベッドとテーブルと椅子があるくらいだし」


「でしょ?あんまり実家から物を持ってきたりもしなかったから、買い足したかったんだ」


二人の言う通り、それぞれに与えられている寮の部屋にあるものは必要最低限の家具だけだ。これから二年間過ごすには物寂しく感じるものかもしれない。もしかしたらクラウスが先週街に来たのもその下見が主な目的だったのだろうか。


「お前らも色々買うだろ?」


「まあ確かに、卓上のライト程度は欲しいかもしない」


「やっぱり?部屋の照明だけだとテーブルで何かするときちょっと暗いよね」


「お前ら買い物でもベンキョー関係かよ……。んでリラは?」


「私は、そうですね……クッションでも?」


特に何が欲しいということもないので、談話室にでも置いておけば皆つかえるだろう。あそこの暖炉周りの椅子は元々かなり座り心地がいいが、あって邪魔になる物でもないだろうし。


「じゃあやっぱり最初はインテリアとかそういうお店だね。

買ったものは全部まとめて寮に送っちゃえば送料も割り勘になって少なくて済むし、手ぶらでその後も歩けるし。それからお昼を食べてぶらぶらしつつ、前に話したカフェに行こう?」


家具とかを置いてある店が集まってるところ、知ってるんだ。と言ってクラウスが道を先導する。

やはり下見をしていたのだろう。グロウもこういう事が好きなのか、あれが欲しいあれがあっても楽しそうだとはしゃいだ様子でその隣を歩いている。

セルスはやれやれと言いたげに肩を竦め、それでもクラウスの提案はありがたかったのだろう、特に文句を言うこともなく二人を追うように足を動かした。ただ、一瞬警戒するように周囲に視線を走らせ――不意に私の方を振り返る。


「どうした?置いて行かれる」


「あ、そうですね」


まさか貴方と同じように周囲を警戒していた、とは言えない。慌ててセルスの横に並んで歩きだした。


「そう言えばセルス、クッキーありがとうございます」


セルスがちらりとこちらへ視線を向ける。


「……何だ、改まって。俺は自分で食べないものをちょうどよく談話室にいた貴女に渡しただけだ。そもそも手渡した時点で貴女からやはり礼の類いを言われたと思うが」


昨日、皆が自室に戻ったあとも談話室に残っていた私のところに、一度は出ていったはずのセルスが少ししてから戻ってきたのだ。忘れ物か、部屋で飲むための飲み物を用意しにでも来たのかと思っていたが、彼は私の目の前に立って、クッキーの入った袋を一見するとぞんざいに見える様子で手渡してきた。

自分はあまりこういったものを食べないから、と。

最初は私もその言葉の通りに受け取っていたのだが…


「でもあれは、たぶんですが私に渡すために作ってくれたものでしょう?」


「……は、!?」


「違ったならいいんですが……薬草の配合、痛み止めと炎症止めだった様なので」


「選ぶのを見ていたのか?」


「いいえ、その時は私も何を使うか迷っていましたし。でもそれくらいは食べればわかるでしょう?」


「………」


セルスが黙りこんだ。

彼は昨日の薬作りの最中も私の腕を――セルスに強く握られて少し腫れてしまった部分があれば見逃すまいと注意深く気にしていたようだったから、ある意味わかりやすかった。私なりに手の形に赤くなった部分を見られないように上手く作業したつもりだったのだが、見えていようがいまいが彼の行動は恐らく変わらなかっただろう。

クッキーに混ぜられた程度の薬草であるため特に痛みや傷のない人間が摂取しても問題はないし、例え私の腕がなんともなくても渡して構わないものだ。恐らく彼なりの謝罪の気持ちというか、そういうものなのだろう。

でも手首の事をそんなに気にしてくれたのが嬉しかったから、今日改めてお礼を言ったのだ。ちなみに今日はもう腫れも引いていて、それが目に見えてわかるように七分袖のワンピースを着ている。


「貴女の舌が馬鹿なのかそれとも繊細なのか、判断に苦しむ」


「褒められているんでしょうか?」


「そう思いたければ勝手にすればいい」


セルスの歩くスピードが心もち速くなる。これは――照れている、のだろうか?

判断はつかなかったが、あまり悪い印象はなかったためマイナス評価ではないと思い忍び笑う。そしてクラウスが目をつけていたという家具や生活雑貨を取り扱う店の入り口をセルスに続いてくぐった。




店内は開店時間すぐだったため人の数はまばらだ。ただ家具をおいてあるだけあってかなりの広さがあるようで、入り口からでは一体どれだけのフロア面積があるのかはわからなかった。背丈の高いインテリア用品が置かれている、というのもあるかもしれないが現状出入口の反対側の壁が見えない。


「広いんですね」


「うん、僕もこの間初めて来た時はびっくりしたよ。この島で一番大きい店なんだって」


「欲しいやつ以外もつい買っちゃいそうだな」


「貴方は特にそうだろうな」


「おいどういう意味だよ」


思い思いに店への(?)感想を口にしながら、取りあえず出入口に固まっていては邪魔になるため適当な通路に入った。クラウスが考えるように小首を傾げる。


「取り敢えずは店内で別行動してみる?集合時間と場所を決めてさ。ここの店って大きいものとか重いものは商品の近くにこういう札が置いてあるから、これさえレジに持っていけば大丈夫なようになってるんだ」


クラウスが指差した辺りを見ると、確かに商品名と値段、大きさや色等が書かれた手のひらサイズの札が置いてある。これだけの広さだと商品を持って移動するのも大変だし、店員をわざわざ呼ぶのも手間がかかるのだろう。


「なるほどな!んじゃこれ持ってレジに集合しちまえば寮に送る時とか皆でまとめてできるってことか」


「そうそう。皆見たいものは違うだろうし、まあ絶対に別行動しなきゃいけないってわけでもないけどその辺は自由にした方が効率いいかなって。まだまだ皆で行きたいお店もたくさんあるしね」


「わかった。ではレジに集合ということで。時間はどれくらいにするんだ?」


「取り敢えず三十分くらいにする?それでまだ悩んでる物があったりとか全部見きれてなかったらそれこそ皆で見てもいいし」


確かにそれくらいが妥当だろう。最低限は既に寮にあるのだから、一部屋分の家具を見るわけでもないのだし。それぞれがクラウスの意見に頷けば、先程からウズウズしていたのかグロウが我先にと身を翻した。


「じゃ、お前らまた後でな!!」


かなり楽しそうな様子で別の通路に消えていったグロウを見送って、残った三人で顔を見合わせる。


「お気楽だな……」


「楽しんでもらえてるようで僕としてはなによりだけどね」


「三十分、少なかったんでしょうか。ちょっと小走りでした」


「彼の場合そういう事は関係ないのでは?」


それもそうかもしれない、と苦笑して、私達三人も自分が購入したいものを探すために一旦解散した。とは言ってもセルスとクラウスは二人でまず卓上用のライトを見に行くらしいが。

二人が遠ざかったのを確認して、私の傍に別の気配が立つ。協力者である【彼】に視線を向けることはせずに、お互い商品を見ているように見える状態にした。


「二人で一緒にいるなら大丈夫……でしょうかね?」


「そうなんじゃない?まあ一応僕も彼らの近くにいるようにはしておくから、リラは自分の買い物を楽しんでくるといいよ」


「何を呑気に、とは思いますが。何も買っていないのもおかしく見えるでしょうし、仕方がありませんね。ではセルスのことはよろしくお願いします」


同時にその場を離れた。とは言っても……


「自分の買い物を楽しむ、ですか」


正直物欲は殆どない。クッションを、と皆に言ったはいいものの、自分で使いたいという気もあまりなかった。かと言って全員分買おうものなら遠慮されてしまいそうだ。


「四つセット、というのがあればいいんですが」


店内は各商品棚や通路の端に大まかな案内が書かれているため、クッションが置いてる一角を探すのは容易だ。問題は私が求めているような、四人分買ってもおかしくないような物があるかどうか。


「……案外品ぞろえがいいらしい」


正直私自身驚いた。ちょうど私が求めているような、四つで一揃えのクッションが無造作に積まれているのである。

いや、この場合セット、というくくりではないかもしれない。在庫処分による割引、と値札には書かれているし、処分品のためか形こそ同じだが色味や中に詰められているであろう綿などの素材は全てバラバラだった。ただ全て品質が悪いわけではなさそうだし、二つ買えば十パーセント、三つ買えば三十パーセント、四つで五十パーセントオフとなっている。

ここまで都合がいいと逆に作為的なものを感じたが、さすがにこんな店にまで私の協力者が手を伸ばしているはずもないしかなり運のいい偶然だろう。クッションも購入時は本体を持って行かなくともいいように、傍に札が置いてある。取りあえずそこにある十枚の札を(クッションは十二個程あったが二つは別の誰かが買うために札を持って行ったということなのだろう)手に取って、現物の確認をしつつ内容を読み込む。


「羽毛クッションは……羽が出てきやすいと聞きましたね」


ちくちく刺さるのも嫌だし(勿論品質的に出てこない物もあるのだろうが、さすがにそこまではわからない)、そうなると羽毛クッションは除外だ。残りは七つになる。


「談話室の椅子は暖炉付近が赤、テーブルのところは木製……」


従って青系の色味のクッションも除外となる。これで丁度四つになった。

時間は――まだ十五分しか経っていないが、ゆっくり歩いてレジ付近まで向かうとしよう。他の皆も……グロウはなさそうだが、セルス辺りは既に選び終えている可能性もある。クラウスの買い物を傍で見ているという可能性もあるが。

それに開店からしばらく経ったので客が増えてきたのだ。ちらちらと目線を感じるし、さっさとこの場から動き出した方がよさそうだった。一度声をかけられてしまえば我も我もと途端に増えてくるのだから、ああいう手合いは。―――そう、あんな感じに。


「何をしているんですか、貴方は……」


はぁ、と思わずため息とともに愚痴めいた言葉が転がり落ちる。

クッションのレーンを抜けた先で見えたのは女性客に周りを囲まれ完全に身動きがとれなくなっているグロウの姿だった。

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