人間そろばんが残したもの
ソフィーとの会話で少しだけ理解出来た。
きっと、俺はまたしても選択肢の中で生きているのだろう。
(重なり合った世界で)
俺の親父は『人間そろばん』と言われていたらしい。
らしい・・は、すでに死んでいるからだ。
俺の記憶の中の父親は、優しくて厳しかった。
自宅の地下に秘密の小部屋があったのだが、ソコには趣味を越えた絵画と、サンドバッグがあった。
子どもの頃から、サンドバッグを叩かされた。
きっと、理解出来ないだろうが、『本物のサンドバッグ』は非常に重くて硬いのだ。
それを5分叩き続けろと・・・親父は言った。
2分を過ぎた頃から、コブシの皮が破れる。
軽い『ドン』という音が『ペタペタ』に変わるのだ。
それは、皮の剝けたコブシが血を流しながら出す音。
だが、5分は絶対なのだ。
途中でのリタイアは許されない。
サンドバッグに血が付こうが、俺がつらそうな顔をしてようが5分は絶対なのだ。
俺が子どもの頃に『白タク』というものがあった。
無認可の乗り合いタクシーみたいなもんだ。
終電で帰ってきた時には、意外とありがたいものでもあった。
俺は親父とタクシー乗り場にいたのだが、タクシーがくる気配はない。
それで、仕方なく『白タク』に乗ったのだ。
で、同じ車に乗った1人の男性が自慢げに俺にコブシを見せたのだ。
「このコブシ見ろよ。なぐられたら痛そうだろ?」
と。
確かに、ゴツゴツしてて痛そうではある。
が、子どもの俺でも理解していたのだ。
『ドラ○もん』みたいなコブシが怖い・・・と。
「ウチの息子に変な事教えないでくれるかな?」
親父が言った。
「ああん?俺はガキんちょに教えてやってるんだぜ?」
コブシを挙げ、さも自分が正しいように言った。
「そうか。理解してないんだな?」
「手前、ふざけてんのか?」
はぁ・・と、ため息をついて、白タクの運転手に話す。
「ちょっと、停まってくれないか?」
「面倒はゴメンですよ?」
「すぐに終わるから大丈夫だよ」
車が停まった。
そして、親父は痛そうなコブシを持ったヤツを車から降ろし言った。
「そのコブシは痛いんだろう?じゃぁ、俺を殴れよ?」
と。
カチンときたのだろう。ソイツは親父の顔面を殴った。
親父は、殴られたのに首を鳴らしている。
そして言った。
「お前のコブシは人を殴ったことがないコブシだ」
一瞬だった。
親父の腰の入った追い突き一発。
顔面に入り、間違いなくアゴはわれたであろう。
しかも、ほかのダメージも大きく声も上げられない。
涙を流しながら、這いずって逃げようとする。
「コブシがいつも紫になるくらいじゃないなら、俺の息子に変な事言うんじゃねーよ」
その時、親父のコブシがドラえ○んな理由に気が付いた。
そして、俺は中学に入る頃にはコブシが丸くなっていた。
中学に入って「空手道場」に通わせれた。
バリバリの実践空手だ。
顔面と金的以外は何でもありで、素手でグランドピアノを壊せる人たちが集う道場。
初日は様子見で、少年部と一緒だった。
珍しそうに俺に駆け寄ってくる。
「ねぇねぇ、コブシ見せて!」
「なんだよ、こんなもんか?」
とか好き放題言ってるが、何を言いたいのかは理解出来た。
「俺のコブシ見てーーーー」
キレイな○ラえもんだった。
「俺の勝ちだねー」
あはは。返す言葉がない。
力では俺のが上だが、同じ年齢だったら俺は余裕で負けるだろう。
この道場は実践が全て。
例えば、不良同士の喧嘩なら遠くから体重をこめて決定打を狙うだろう。
なので、近距離から殴られても痛くない。
が、ここは実践空手の道場なのだ。
重きを置いているのは、近接での戦闘。
襟首をねじ上げられた距離、ぎりぎり手が届く距離などの戦い方を重視している。
そして、その場合の対処法と急所の攻撃などだ。
俺は親父から色々と教わっていたので、それほど驚くことはなかったのだが、これは一般人にはキツイかもしれない。
両親が別れたので、たまにしか父親には会えない。
でも、毎回ビックリさせてくれる。
パンチングマシーンで現在のTOPが168Kだったのが
俺がふざけて『親父もやってみれば?』といったことがあった。
「うーん。距離もあるから遠くから走ってきて殴ったんだろうな」
なるほど。確かに走って助走をつけられそうだ。
標的の一歩後ろに下がる。
そして右足をゆっくり踏み出すとともに右のコブシが炸裂する。追い突きだ。
『ドゴン』という音がするとファンファーレが鳴る。
183Kと表示されていた。
(この人には絶対に喧嘩は売らないようにしようと思った瞬間でもある)
60代の人が出せる数値ではない・・・。
俺は遅くに生まれた人なのだ。