春光の妖精
「ちゃんと正装してこないと頼まれてた魔術本は却下だからね。お兄ちゃんの言うこと聞けるよね?です」
「こ、こんのクソ女がァァ!!!」
「ちょっと、八つ当たりは止めてください。伝言を伝えたまでです」
フリス様の言葉をそのままエリオ様に届けただけなのに何故私が暴言を吐かれているのやら。
一時は突き返されて私の部屋で保管しておいた衣装をエリオ様に何とか渡す。これまたいつも執事まがいな服装をしているエリオ様にはイメージにない真っ白な衣装だ。軍服のようなデザインになっていて、金糸のラインと金のボタンが所々に施されている。絶対高級だこれ。
「こんな堅苦しい服装我慢できません」
衣装を両手に握り締めながら文句を言っているが、正直普段の服装も堅苦しい側だろうが、と思った。
「今夜だけ我慢してください」
「テメェに言われなくともわかってますよこの家畜が!低脳が!虫けらが!!!」
予想はしていたが、今日は特に機嫌が悪い。
「早く着替えてください。遅刻しますよ」
「ゴミ女うるせぇ!着替えますよ、着替えれば良いのでしょう!?着替えるのでとっとと出ていってくださいよ!いつまでそこに突っ立ってるんです?もしかして痴女なんですか?えぇ?」
イラァッ。
見たくねーよ!と叫びたいのを我慢して私はエリオ様の部屋から一旦退室した。
扉の前で待っているとエリオ様がやっと準備を終えて出てきたが、その姿を見てぎょっとした。
なんと、幾つもあるボタンをかけ違えているではないか。いくらイライラしてて興奮状態だと言えど、大の大人がこれはまずい。これは会場ドン引きだ。慌ててボタンをとめ直してやった。
今日の見てくれはなんだかそれなりに王子様っぽい。
「それではエリオ様、いってらっしゃいませ」
「ん」
テンションの低い返事をしてエリオ様は出掛けて行った。完全に顔が死んでいたのが笑えた。
無事エリオ様を送り出すこともできたので、次はいつ帰って来ても良いように部屋を片付けてベッドを綺麗にせねば。
と思ったが足を止める。
果たして今夜エリオ様は部屋に戻ってくるのだろうか?
もしかすると会場で素敵な出逢いがあるかもしれない。そうじゃなくとも出逢いを求める男女の集まりだ。何かあってもおかしくはない。もしかすると朝帰りという可能性も・・・?
いやでもエリオ様はそもそも女性に対して紳士的な対応をとることができるのだろうか。まさかとは思うけど、私に言うみたいな暴言を吐いたりはしないよね?ああでも逆に甘い台詞を吐くエリオ様も想像がつかない。というか想像したくないかも。なんか気味悪いし。
しかもあんな不機嫌な顔のまま会場にいたら誰も近寄ってこないだろう。ちょっとは愛想笑いできてるのかな。
考えれば考える程心配になってきた。小さい子供を初めてお使いに出すような、そんな気持ちに似ている気がする。子供はいないけど。
会場にはコラートさんが行っているので後からどんな様子だったかをこっそり教えてもらおう。
とりあえずベッドを整えてから、浴室へ行き浴槽にお湯を張っておいた。これで準備万端。
戻ってくるのは早くても真夜中だろう。エリオ様が帰ってくるまで本でも読んで時間を潰そうと、私室に読みかけの本を取りに戻ろうとしたちょうどそのとき、勢い良くドアが開け放たれた。
「え」
部屋を出てから二時間足らずでエリオ様がご帰還されました。
いやいや、何もう戻って来ちゃってるのこの人。
「どいつもこいつも・・・いやしいメスぶたばっかり・・・ですよ・・・まったく。はなしになりましぇん」
しかもめちゃくちゃ酔っ払ってるんですけど。ねえ、何しに行ったの。
真っ赤な顔のエリオ様はおぼつかない足でよろよろと部屋の中に入ってきた。どうやらここまで一人で戻ってきたらしい。
「エリオ様、大丈夫ですか?お水お持ちしましょうか?」
「怖いのでいりましぇん」
「お風呂沸いてますよ。入りますか?」
「いやいや食べれましぇん」
色々と話が噛み合っていない・・・。
ひとまず千鳥足のエリオ様をソファーに誘導して座らせた。彼は眠たそうな目でぽけーっと何もない宙を見つめている。
「これ良かったら飲んでくださいね」
一応水を置いておく。
「ああ、神々しい・・・」
コップに注がれたただの水を見てそんなことを言い出した。お酒をどれだけ飲んだのかは知らないけど、ここまで酔っ払う前に誰か止めてあげなかったのだろうか。確かフリス様も奥様と来ているはずだが。
何にせよこの状態では、会場に戻るのはどう考えても無理そうだ。一応、舞踏会に出席したという事実はできたのでエリオ様は無事魔術品たちを守り抜くことに成功したのだろう多分。
「あつい」
嬉しそうにしばらく水を観察していたエリオ様だったが、いきなり不機嫌になった。
「あついですエミリアしゃん」
「着替えられますか?」
眉間に皺を寄せてエリオ様がこくんと頷く。
クローゼットからいつものシャツを取り出し、エリオ様の元に戻った私は目を疑う光景に出くわした。
一生懸命服を脱ごうとしているがなかなかボタンを外せず、泣きながら服と格闘しているエリオ様の姿がそこにあった。
完全なる放送事故だ。思わず手からシャツを落としてしまった。
三分程固まっていたが、泣いているエリオ様をそのままにもできず私はシャツを拾ってソファーに近付く。
「エリオ様・・・ちょっと失礼します」
エリオ様の前で両膝をついて、ボタンに手をかける。
私がボタンを外している間、エリオ様はされるがままになりながらもぴーぴー泣いていた。目を覆いたくなる光景だ。
なんとかシャツを羽織らせてやりボタンをとめようと手を伸ばしたとき、エリオ様が急にしがみついてきた。
「うおっ」
そしてそのまま泣き続けている。
「エリオ様、ボタン」
「ぐすっ・・・ぐすっ」
どうすればいいんだ。
とりあえず頭を撫でてみるとますますしがみついてきた。しかも小さく震えているではないか。
「エリオ様?」
「くしゃい」
「は?」
ちょ。オイ。今なんつった。
「こーすいくさいおんなどもがたくさん・・・きもちわるい・・・いっぱいちかよってきて・・・ひっついてきて・・・けばいし・・・かちくいかだし」
ああ成る程。そういうことか。
「大丈夫ですよ。もうここにはいません」
「ぐすっ・・・ぐすっ」
前に香水臭い女共がどーのこーの言っていたことを思い出した。あれは本心だったのか。
もしかするとエリオ様は女性が苦手なのだろうか。うーん、可能性としては有り得る。
それだと侍女が全くいないのも納得できるし。エリオ様の性格を知っている今では理由はそれだけじゃないとは思うけど。
「・・・って」
寝てるし。
いつの間にかエリオ様は私にしがみついたまま寝息をたてていた。そっとソファーに体を倒してやる。お、重い。
それからシャツのボタンをとめて布団を持ってきてエリオ様にかけてやった。
本当に世話の焼ける主だ。
目尻に溜まった涙を拭いながら私は苦笑した。
◇
翌朝やって来た来客に私は飛び上がりそうになった。
「エリオ殿下はまだ眠っていらっしゃいますか?」
「は、はい。あの、二日酔いが、その」
挙動不審な私の態度に気を悪くすることなく、目の前の女性は静かに微笑んだ。
「そうでしたか。早く元気になられると良いのですが・・・。ではまた改めてお伺いさせていただきますね」
「わざわざ足を運んでいただいたのに申し訳ございません。カタリーナ様がご来訪されたことはエリオ様にしっかりお伝えしておきます」
「まあ、ありがとう。それでは失礼します」
頬をピンクに染めた彼女は、優雅に一礼すると連れの侍女たちと一緒に帰って行った。
き、緊張したああああ。
先ほどやって来たのは隣国の姫君カタリーナ様だった。昨夜の舞踏会に参加されていたのだ。
朝方、ビビちゃんに会いに行きがてらコラートさんに舞踏会でのエリオ様のお話を聞いてきた。
「それはもうエリオ坊っちゃんは大層おモテになっておったわい。ふぉふぉふぉ!」
そして中でも隣国のカタリーナ姫が熱心にエリオ様を見つめていたのだとコラートさんは微笑ましそうに話してくれた。
カタリーナ姫は『春光の妖精』の異名を持つ程に、とても愛らしく天使のようだとこの国でも専ら有名なお姫様だ。かくいう私もカタリーナ姫の肖像画を何年か前に一度だけ見たことがあったが、めちゃくちゃ可愛かったのを覚えている。
そして先ほど、あの肖像画より少し大人びたカタリーナ姫がなんと目の前に現れた。本当に天使が舞い降りたのかと思った。
薄い桃色のふわふわした髪の毛に、今にも溢れそうな大きな瞳。肖像画で見たときでさえこんなに愛らしい少女がいるのかと感銘を受けたのに、実物のお姫様は比べものにならないくらいに可憐で美しかった。
しかも一挙一動が洗礼されていて上品で、とにかくもう女を辞めたくなった。
舞踏会に参加した女性たちの中には、しばらくお城に滞在するという方は少なくはない。むしろ全員滞在していると言っても過言ではないと思う。
アドル様に仕えていたときに一度だけ舞踏会シーズンを経験しているのでそこら辺の事情はよく心得ている。あのときは本当に大変だった。
さすがは麗しの君、舞踏会が終わり早速翌日からアドル様に取り次いでくれと多くの女性たちが押し寄せたのだ。王子殿下と会う為には事前に申請することが義務付けられているのだが、それすら裁き切れないレベルに殺到していた。恐るべしと言うか何と言うか。
しかしアドル様は文句ひとつ言わずに、忙しい身であるにも関わらず全ての女性と交流の時間を作っていた。お茶をしたり庭園を散歩したりと、本当に素敵なお方だなと思った。きっと今回も多くの女性たちを虜にしているんだろうなぁ。
ちょっと話はずれたけれど、つまりカタリーナ様もそんな恋する女性の一人ということだ。そして早速エリオ様に会いにやって来た。
本来は申請が必要なのだが、それをすっ飛ばしてしまう程にエリオ様に夢中になってしまっているようだ。いや、うん。正直信じられない。
カタリーナ様ほどのお方が何故。アドル様じゃなくエリオ様?部屋間違えたとかじゃないよね?
頬を染めるカタリーナ様の姿は確かに、同性の私から見ても抱き締めたくなる程に愛しかった。
しかしエリオ様?
え。あの性格を知って・・・ないんだよねきっと。じゃなきゃそうはならないよね、うん。
「はぁ」
「人の寝顔を見てため息とは、随分良いご身分ですねエミリアさん?」
ゲッ!
いつの間にか目を覚ましていたエリオ様が不機嫌そうに私を見上げていた。し、しまった。
カタリーナ様が一体エリオ様のどこに惚れたのかがどうも気になってしまい、ソファーで熟睡しているエリオ様を観察しながらつい考え込んでしまっていた。
「お、おはようございます!ご気分は如何ですか?」
「気持ち悪いです」
でしょうね。
「私は昨夜どうやってここまで帰ってきたのですか?」
「ご自分の足で帰ってこられましたよ」
「そうでしたか。ふふ」
何故誇らしげなんだ。
この様子だと昨夜の記憶は無いと見た。あの失態を覚えていないとは・・・幸せな人だ全く。あれを公衆の面前でさらけ出す前に戻ってこれて良かったと思う。切実に。
「お着替えされます?」
「いえ。頭も痛いし気分も優れないのでこのままもうしばらく休みます」
もぞもぞと布団の中に潜ってしまった。
「二日酔いのお薬お持ちしますね。あと、カタリーナ様が先ほどお見えになりましたよ」
「・・・カタリーナ?どこのどなたです?」
えぇー。それすらも把握してないとか。ほんと昨日何をしてたんだよ。
「昨夜お話したんじゃないんですか?隣国のお姫様ですよ」
「記憶にありませんね」
まさか初っぱなからお酒をあおっていたんじゃなかろうな。
「もーわざわざ足を運んでくださったんですから、カタリーナ様にはちゃんと失礼のないようにしてくださいね」
「なんでテメェみたいなゴミ女に指図されなきゃならねぇんだよケッ」
ああカタリーナ様、この人で本当に良いんですか。
既に申し訳ない気持ちで一杯になってしまった。