問題児
「言っときますがあなたの為ではありませんのでそこは勘違いしないでくださいね」
「はいはい」
フリス様が帰ってからはそれはもう規制がかかるほどの言葉で罵られた。チクショウ。
しかしエリオ様はどうやらフリス様にあまり強気に出られないようだ。と言うのも、普段エリオ様がこなさなければならない公務をフリス様が代わりに片付けてくれている上に、エリオ様が日頃よく行っている魔術実験の材料等はフリス様が仕入れてくれているのだとか。
フリス様の奥様は遠い国の出身で、その土地でしか手に入らない珍しい薬草や薬品を特別に分けてもらっていることを先ほどフリス様に教えてもらった。
そりゃむしろ感謝しなきゃバチが当たるわ。
「ああ、クソッ・・・!最悪だ!」
エリオ様は髪をかきむしって悪態をついているが私としてはそれ位我慢しろと言いたい。
ちなみにフリス様がエリオ様に出席させたがっていたものとは、舞踏会である。貴族の娘や他国のお姫様が集まる、別名婚活パーティー。
そしてフリス様は魔術品諸々を餌に、見事エリオ様に出席する約束を取り付けては帰っていった。泣きそうな顔になっていたエリオ様を見て、いい気味とか思ってしまった。
「良いですか、次もしあの男が来たら絶対に部屋に入れてはなりませんよ」
うわ、目が本気だ。とりあえず何度も頷いておく。
しかしフリス様は悪い人ではなさそうだった。と言うか、何だかんだ弟想いの良いお兄さんではないか。私には兄や姉がいないので少し羨ましく感じた。
「素敵なお兄さんじゃないですか」
「あれは相当腹黒い男ですよ」
まあ一筋縄ではいかなそうな雰囲気はあったけど。
「エミリアさん」
ふいにエプロンをぐいっと掴まれた。
「はい?」
私は足を止めてエリオ様を振り返る。彼は俯いたまま何も喋らない。
「エリオ様?」
どうしたのかと首を傾げる。
「兄上の侍女に、なりたいのですか?」
いきなりそんなことを言い出した。何故そうなった。
「えぇ?急にどうしたんです。てかなりませんしなれませんよ」
あれはフリス様の冗談に決まっているじゃないか。それに万が一なれたとしても緊張感と圧迫感で仕事にならなそうだ。
「フリス様の侍女だなんて恐れ多いですよ」
想像して苦笑する。
「・・・ふん。まあ確かにそうですね。あそこは一流の侍女を揃えていますから、あなたが行こうものなら笑い者にしかなりませんね。ククッ」
わかってはいるけど腹が立つのは何故だろう。
「どうせ私は下の下ですよ」
チクショウ。
「あなたは精々私のお世話だけしていれば良いんです」
「わかってますよ。そもそもエリオ様だけで手一杯ですから」
この問題児め。わざと嫌みったらしく言ってやったのに、何故かエリオ様は嬉しそうに私を見ていた。もしかしてドMなのだろうか。怖い。
◇
婚活パーティーを三日後に控えたある日のこと。私はコラートさんの部屋でビビちゃんと戯れていた。
「やーんほんとエンジェル」
「ふぉふぉふぉ。そんなにビビが気に入っておるのなら遠慮せずもっと遊びに来なされ」
ビビちゃんを撫で回していると、本を読んでいたコラートさんが顔を上げて笑った。
「ありがとうございます。本当に癒しですこの子」
正直、毎日でも顔を合わせたい位だ。
ビビちゃんはとても人懐こい。猫は気紛れと聞いていたが、会えばいつも私にすり寄ってきてくれる。ほんと可愛い。ほんと天使。
エリオ様に暴言を吐かれた後にビビちゃんに会うと特に心が癒されるのだ。
つい先ほども婚活パーティーの衣装の件でモメた。
フリス様から、当日エリオ様にこれを着せるようにと渡された服を早速持っていったらすごいキレられた。フリス様の名前を出した瞬間物凄い形相になった。あの男が用意したものなんぞ着ませんの一点張りで、衣装は現在私の部屋で保管してある。ため息しか出ない。
「それに比べてビビちゃんは良い子ね。我が儘言わないし」
白い毛並みにすりすりと頬擦りすると、ビビちゃんはくすぐったそうに「みゃっ」と鳴いた。
たまにエリオ様の部屋にビビちゃんを連れ込んでやりたくなる。後の仕返しが怖いからやらないけど。今に絶対他の弱点も掴んでやる。ククッ。
それはそうと、気になっていたことがある。
「あの、コラートさん」
「なんじゃ?」
「エリオ様ってどうして猫が嫌いなんですか?」
もはや嫌いっていうレベルじゃない気がする。
「おお、なんじゃそのことか。それはなエリオ坊っちゃんがまだ小さかった頃の話なんじゃが」
コラートさんは幼かったエリオ様を懐かしむように、目尻を下げて話し始めた。
「ある日エリオ坊っちゃんは、お城の裏庭に迷い込んでいた猫を拾って飼い始めたのじゃ」
「えぇっ」
かなり意外だ。
「それはもう溢れんばかりの愛情を注いでおったわい。食事の時も入浴の時も眠る時もつねに一緒でのう。四六時中一緒、とはまさにあのことじゃった」
ふ、ふむふむ。
「その頃、既に魔術の素質があった坊っちゃんは、猫が外に散歩しに出ていく度に呼び出しの呪文を唱えては部屋に引き戻しておったわい」
う、うっざ・・・。
「メス猫じゃったから、お洒落をさせたいと言っては魔術でよく毛並みの色を変えたり服を着せたりもしておったのう」
う、うわぁ・・・。
「そんな平穏な日々が続いていたある日、いつものように魔術の勉強に勤しんでいたエリオ坊っちゃんはうたた寝をしてしまったのじゃ。そして事件は起こってしもた。次に目を覚ました時には、新調したばかりじゃった魔術本や貴重な薬品たちがずたすだに引き裂かれ壊され、それはもうすごい有り様でのう。そして、他にも片付けてあった魔術品たちを引っ張り出して引っ掻いたり噛みついたりしている猫の姿を見つけたエリオ坊っちゃんは慌てて止めに入ったんじゃが、興奮状態の猫に顔を引っ掻き回され血塗れになってしもての」
うわぁ。うわぁ。
「それからじゃ。猫に異常なまでに拒否反応を示すようになったのは。ふぉふぉふぉ」
コラートさんは可笑しげに笑っているが私は引いていた。そして同情していた。その猫に。
それはもう、猫ちゃん、相当ストレスだっただろうに。積もり積もったストレスがついに爆発してしまったんだろうなぁ。何だか他人事とは思えず想像しては涙が出そうになった。
むしろよくそこまで耐えたよ猫ちゃん。よく頑張ったよ猫ちゃん。
「あっ、ちなみにその後猫ちゃんはどうなったんですか?」
ま、まさか捨てちゃったり?
「それからはわしが代わりに面倒を見ることにしたんじゃよ。今はもうおらんがのう、ビビに似て可愛らしい子じゃったわい」
捨てられてなかったことにほっとしつつ、エリオ様がビビちゃんにあんなに怯えていたことに納得した。そうか似てるのか。
まあエリオ様に至っては昔から問題児だということが改めて確認できた。予想はしていたけど。というかそんな頃からずっと仕えてきたコラートさんを尊敬せざるを得なかった。エリオ様のお世話役はもはやコラートさんにしか務まらないんじゃないかとすら思う。本当に凄いお方だ。今度、忍耐のコツなんかを聞いてみようかな。
それにしても。
「自業自得だよねぇ」
「んにゃ」
ビビちゃんは私の腕の中で同意するように小さく相づちを打った。
◇
婚活パーティー前日。
言わずもがな恒例の掃除をしていた私は、こちらに近付いてくる複数の足音に気付いて手を止める。
ふと視線を移すと見たことのない侍女が五人、私に向かってずんずん近付いてきていた。うーん、なんだろう。何だか友好的な雰囲気じゃないのは気のせいだろうか。
真ん中の美人がボスなのか、彼女を先頭に他の侍女たちは後ろをつんだってきている。絵に描いたような取り巻き具合だ。お見事。
あんまりじろじろ見るのは失礼だと思い、軽く頭を下げてから窓の水拭き作業に戻った。
が、案の定と言うか何と言うか、彼女たちは私のすぐ傍で足を止めた。
「あなたよね?エリオ様の新しい侍女って」
ボスが真っ先に口を開いた。なんとも威圧的な口調に私は小さな声で「はい」と返事をした。
「ふぅん」
腕を組んだまま、ボスは値踏みするように上から下までじろじろと私を観察してきた。居心地の悪さが半端ない。口は開かないものの、ボスの後ろからも放たれる威嚇オーラについ後ずさる。
「あなたどこの家の方?」
「あ、いえ。私は貴族の出ではないので名乗る程ではないのですが・・・」
そう答えると、ボスを始め彼女たちはクスクスと次々に笑いだした。明らかに馬鹿にした笑いだ。
「ああ、ごめんなさいね。見るからに田舎者臭かったけど、まさか本当に庶民だったなんて。ねぇ?」
ボスは取り巻きたちに同意を求めるように後ろを振り返り、再び嘲るように笑った。
「それにしても。あなた、もう少し女性らしさを身に付けた方がよろしいんじゃなくて?王族に仕える者としての自覚が足りないとしか思えないわ。これじゃエリオ様の品格が失われてしまうじゃない」
何故いきなりこんなことを言われているのかはよくわからないが、私は先ほどから何度かエリオ様の名前が出てきていることに驚いていた。見たことのない顔触れだったが、もしかすると彼女たちもエリオ様付きの侍女なのだろうか。
「す、すみません。以後気を付けます。あの、失礼ですがもしかして皆さんもエリオ様の侍女の方々ですか?そうでしたら今後共々よろしくお願いいたします」
見るからにベテランぽそうだったので失礼がないようにと先に挨拶をしたのだが、ボスは一瞬ポカンとしてから一気に顔を真っ赤にし目を吊り上げた。
「あ、あなたねぇ!そもそもっ、あなたみたいな下民なんかと一緒に働けるわけないでしょう!?考えればすぐわかることだって言うのに・・・これだから程度の低い人間は嫌いなのよ!!!い、行くわよ!」
美人が怒るとすごい迫力だ。
踵を返し、来た道を戻っていくボス後ろを取り巻きたちは慌てて追い掛けて行く。去り際に四人一斉に思い切り睨み付けられた。
まるで嵐が通り過ぎて行ったかのような出来事に、私は彼女たちの姿が見えなくなるまでポカンと立ち尽くしていた。
な、なんだったんだ一体。