気がしれない
あっという間に三ヶ月が過ぎ、季節は真冬真っ只中。私は相変わらずエリオ様と言う名のストレスと闘い続けている。
この日はコラートさんに頼まれて図書室まで本を借りに来ていた。お昼前のこの時間帯は人気がなく静まり返っている。
渡されたメモと照らし合わせながら本を探していると、ふいに本棚の門から現れた人物に私は目を見開いた。
「ミリーじゃないか!久しぶり、元気にしてたかい?」
それは会いたくて会いたくて堪らなかった麗しの君。アドル様のお姿。
「アドル様!お久しぶりでございます!」
うわあああん嬉しいよう!
「少し、痩せたようだね・・・」
アドル様の顔が曇る。そして私の頬をそっと撫でた。
きゃあああきゃあああ!
「すまない。君にいきなり押し付けるようにしてあんな頼み事を・・・」
苦し気に謝るアドル様に私はぶんぶんと首を振る。
「とんでもございません!謝らないでくださいアドル様」
あなたのためならへっちゃらです。
「ミリーは本当に、心優しい女の子なんだね」
勿体無いお言葉ぁぁぁ!
透き通った瞳が優しく細められ、私の心臓は破裂寸前だ。
三ヶ月振りに見たアドル様は相変わらず優美で、言わずもがな私はデレまくっている。
「何か困ったことがあれば遠慮なく言っておくれ」
ああ、アドル様は心まで清らかなお方なんですね。今すぐあなたの元へ帰りたいです。
「ありがとうございます。そのお気持ちだけで十分でございます」
しかしさすがの私もそんなことを口にするほど馬鹿ではない。アドル様が困ったように笑った。
「こんなことを言う資格は僕にはないのだろうけど・・・。君のような優秀な侍女を兄上に渡してしまったこと、今では酷く後悔しているんだ」
「アドル様・・・」
麗しの君。幸せ過ぎてもう。
「すまない、今のは忘れてくれ」
いいえ脳内コピー完了しました。
「ああ、そろそろ行かなければ。ミリー、身体に気を付けて。本当に何かあったら遠慮なく言うんだよ」
そう言うとアドル様は本を何冊か抱えて部屋を出ていってしまった。私はしばらくアドル様が出ていったドアをぽわんと見つめていた。
こんなことを言っては失礼だが、アドル様は本当に王子様らしい王子様だ。物腰の柔らかさなんて、どこかの誰かさんとは大違いである。
本当はエリオ様よりアドル様の方が年上なんじゃないのかとすら思ってしまう。
そんなことを考えながら、頼まれていた本を全て見つけ出し、私は図書室を後にした。
部屋に戻る途中、どこからか何やらひそひそと話し声が聞こえてきた。ちらりと角を覗くと立ち話をしている見知った侍女たち数人の姿があった。どうやら誰かの噂話をしているようだ。
たまたまとは言え、立ち聞きもどうかと思ったので違う道から戻ろうとしたが、耳に入ってきた会話につい足が止まった。
「聞いた?あの第三王子のエリオ様、また毒を盛られたらしいわよ」
「やだぁー、何回目なのよそれぇ。こわ~い」
「でもしぶといわよねぇ」
「ちょっとその言い方は失礼よぉ」
「あら、だって本当のことでしょ?あなただってそう思ってるくせに!」
くすくすと笑う声に私の心臓は徐々に冷たくなっていく。
「でも良かったぁ。私アドル様の侍女で」
「あたしもよ。あんな変人の元で働ける人の気が知れないわ」
「もぉー!汚れ仕事押し付けられたミリーに失礼だって~」
きゃははと飛び交う楽しそうな笑い声に、これほど気分が悪くなったことはない。あまりにも頭にきたので一言物申してやろうと前進したが、いつの間にか後ろにいた何者かに先を越されてしまった。
「お前たち、仕事中に雑談とは良いご身分だな」
凛としたその声に私は聞き覚えがあった。すぐに侍女たちの顔は真っ青になる。
「ハーティス様!?」
「もっ、申し訳ございません・・・!これは、そのっ」
「やだ、ミリー!?」
突如現れたハーティス様は、困惑する侍女たちの顔を一瞥してから私の手を掴んで歩き出した。
「ああしかし、お前たちのような侍女を持つ主が不憫だな」
ぴしりと固る彼女たちの真横をゆっくりと歩きながらハーティス様は何でもないような口振りでそんなことを言ってのけた。
そして通り過ぎたところでピタリと足を止めると、首だけで後ろを振り返った。
「いや。むしろお前たちのような侍女を側に置く主の気が知れない、の方が正しかったか?」
にやり、ハーティス様が不敵に笑った。
真っ青だった侍女たちの顔は一気に真っ赤になり、何も言葉が出てこないのか口をぱくぱくさせている。
「さ、行くぞ下僕」
こちらを見て笑ったハーティス様は、まるで悪魔のようだった。この子、末恐ろしいな・・・。
アドル様のことを悪く言われたのは少々頂けなかったけど、スカッとしてしまった自分がいることにも気付く。
未だ繋がれたままの手を振り払うこともできず、私はハーティス様の後ろをつんだって歩いている。
「あの・・・ありがとうございました」
ハーティス様の背中に向かって声をかける。
「何故お前が礼を言う。仕事を放棄している者を注意するのは当たり前のことだ」
「いや、まぁ・・・」
そうなんだけどさ。絶対ハーティス様的私情が挟まっていたと思うんだ。
でも、私だったらあんな風に冷静に対応できなかったかもしれない、とも思う。怒りにまかせて感情的になっていた可能性の方が高い。
もっと言えば、普段エリオ様に言われているような汚い言葉で罵っていたかもしれない。うん、やっぱりハーティス様がいてくれて良かった。
「ハーティス様、来てくださってありがとうございます」
「変なやつだなお前は」
ハーティス様が微かに笑う気配がした。
「はぁ・・・それにしてもあの聡明かつ知的な兄上の元で働けるお前は本当に幸福者だな。羨ましい限りだこの家畜風情」
すみません、誰が聡明かつ知的だと?
「僕も早く兄上に追い付けるように努力せねばなるまいな。お前も兄上に見合った侍女となるよう日々の精進を努めろゴミ女」
「はぁ・・・」
まあ割りと追い付いてはいけない部分が順調に追い付いているとは思われます。
てっきりエリオ様の元に遊びに来たのだと思っていたが、部屋の前まで来るとハーティス様は私の手を離して「戻る」と踵を返した。
「エリオ様に会っていかれないのですか?」
そう声をかけると、ハーティス様は顔をしかめた。
「兄上に会いたいのは山々だが、生憎勉強中でな。抜け出してきたから早々に戻らねばならないのだ。くそっ・・・兄上がこのドアの向こうにいるというのに!兄上ェェェ!」
ドドドド!とドアを連発で殴り始めたハーティス様をなんとか落ち着かせ、やっとのことで帰らせることに成功した。
◇
お母さんへ
ミリーです。久しぶりにお手紙を書きます。そちらは変わりはありませんか?
近頃は特に寒い日が続いていますが、風邪など引いてはいませんか?
実は私、職場環境がガラリと変わりました。
詳しい話は手紙では出来ませんが、暖かくなった頃には休暇を頂けるはずなのでそちらに帰った際にお話します。
アリーとテオには今王都で流行っているお菓子をお土産に買って帰るから姉弟喧嘩はほどほどにしろと伝えてください。
あと、お父さんの野菜嫌いはマシになりましたか?いい歳の大人がそんなんでどうするんだと娘が呆れているとも伝えてください。
ほんと、ほんとに。いい歳した大人がそんなザマでどうすんだよ・・・ってごめんお母さん。つい愚痴を挟んでしまいました。
あ、でも心配しないでください。こちらはそれなりにうまくやっています。少しずつ今の環境に適応できてるんじゃないかとは思います。
お母さんも働きすぎて身体を壊さないように気を付けてね。
またお手紙書きます。
ミリーより