確信
エリオ様は好き嫌いが多い。
食事を持っていくと、これが気に食わないやらうんたらかんたら煩い。エリオ様担当の料理人たちは事前に好みをリサーチしているものの、やはり栄養バランスを考えたメニューになるのでどれか一品は必ずエリオ様の嫌いなものが出てくる。
そして私はなるべくエリオ様にバランス良く食事を摂らせるように言われているのだが、それはなかなか至難の業である。
何か言うとすぐつっかかってくる。というか主に暴言を吐き散らしてくる。いい大人がどうしたもんだ全く。
「エリオ様、お野菜食べてください」
「無理です。こんなもの食べ物じゃありません」
全く手がつけられていないお皿がひとつ。しかも失礼なこと言ってるし。
「毎回それじゃないですか。いつ栄養摂るんです?」
「私の身体は病弱ですか?違いますよね?つまり今の食生活に問題がないということなんじゃないですか?」
エリオ様はハッと馬鹿にしたように笑った。
私は何も言い返せず、結局今回もエリオ様に野菜を食べさせることに失敗した。
「はっはっは、今日も駄目だったか」
食器を返しに行くと、料理長のおじさんがこちらを見て笑った。
「すみません。失敗しました」
料理長は近付いてきて、がくりと項垂れる私の肩をばしばしと叩いた。
「エリオ様の好き嫌いは今に始まったことじゃないからな。ま、気長に頑張ろうぜ」
「はい」
元気な料理長につられて私も笑う。
「そうだねぇちゃん。休憩時間にでもこれ食べな」
ぽんと手渡されたのは焼き菓子の詰まったバケット。甘い匂いがふわりとした。
「ええっ!こんなにも、申し訳ないですよ!」
「いいっていいって。気にすんな」
はっはっはと料理長は豪快に笑い飛ばした。
「余って捨てちまうだけだからよ。食べてもらえた方がありがたいんだよ」
「そ、そうなんですか。ではありがたく頂きます」
後でコラートさんにお裾分けしよう。もう一度お礼を言ってから私は早速コラートさんの部屋を訪ねた。
「おやエミリア。どうしたんじゃ?」
「お菓子のお裾分けに来ました。先ほど料理長からたくさん頂いたので」
手に持ったバケットをコラートさんに見せる。
「ほお、こりゃまた」
コラートさんは嬉しそうにバケットの中を覗き込んでいる。
「お好きなだけどうぞ持っていってください」
「悪いのうエミリア」
そして一度部屋の中へ戻ったコラートさんは空のお皿を持って戻ってきた。
「コラートさん、まだとっていただいて大丈夫ですよ?」
「ふぉふぉふぉ。あとはお前さんが食べなさい。わしはこれで十分じゃよ。ありがとさん」
そう言うとコラートさんは今度こそ部屋の中に戻ってしまった。
バケットの中にはまだ結構の量が残っている。しかしさすがにこれをエリオ様にお出しすることはできない。前なら知り合いの侍女たちで分け合ったりしたんだけどなぁ。
知り合いの侍女どころかこの界隈は人通りも少ない。
部屋に戻った私は今のうちに紅茶と共にお菓子を楽しむことにした。少しだけなら良いだろう。
「ひゃー!美味しい」
口の中に広がるバターの風味に悶える。カップケーキもクッキーもどれも文句なしに美味しい。さすが一流の料理人が作っただけある。
次はどれにしようかな~。なんてにやにやしていたらエリオ様からお呼びがかかった。チッ。
「失礼いたします」
部屋の中に入ると相変わらず机に向かっているエリオ様の姿があった。また魔術の勉強でもしているのだろう。
しかし汚い。机の上が本やメモ紙で散らかり放題だ。
「エミリアさん、これもう全部使わないので片付けてください」
エリオ様は、チラリとこちらを見てから山積みにされている本の砦を軽くつついた。今にも崩れ落ちそうでハラハラする。
「かしこまりました」
なるべく勉強の邪魔にならないように本を棚に運んでいると、いきなり手を掴まれた。
どうしました、と聞く前にエリオ様は何故か私の手を自分の鼻に近付けた。
「え?」
なにしてんのこの人・・・。
「においますね」
エリオ様の一言にぎょっとする。
「な、んなっ!」
その発言は女性に対して失礼じゃなかろうか。慌てて手を引き抜こうとしたががっしり掴まれていて離してもらえなかった。
「あなた、何かつまみ食いしたでしょう?今以上に家畜になってどうするんです」
げっ。
「これは、クッキーかケーキといったところでしょうか」
ばれてる。
「先ほど、料理長から余った分のお菓子を頂いたんです」
嘘をつく必要もないので正直に答える。
「私にも持ってきなさい」
「では今から料理長に」
「あなたの分、どうせまだ残ってるのでしょう?それを持ってきてください」
ええっ?
「いや、まあ、確かに残ってはいますけど・・・。でもさすがにそれをお出しすることできませんよ。ですから料理長に」
「待てません。今すぐです。私を待たせないでくださいノロマ。でなきゃ代わりにこの手を食べますよ良いんですか」
「駄目です」
「誰が本気でテメェの手なんざ食べるかよペッ」
ほんとなんなのこの人。
結局私は料理長からもらったお菓子をお皿に盛り付けて紅茶と一緒にエリオ様に出したのだった。しかし。
「これは好きじゃありません」
そう言うなりクッキーをひとつつまむと私の口の中に突っ込んできた。
「ぐむっ!」
「あとこれも要りません。これも。ああ、これもですね」
「むぐっ!むごごっ!」
次々とエリオ様は私の口の中にお菓子を詰めてくる。
ちょ、なにこの拷問。
「ちょっとエミリアさん・・・不細工に磨きがかかってますよ。見苦しい」
誰のせいだよ!誰の!!!
哀れんだ顔をこちらに向けてくるエリオ様に、言い返したいのに言い返せないもどかしさが半端ない。
「はぁ全く。もっと上品に食べられないんですかあなたは」
いや、ため息吐かれる意味がわかりません。
「ああほら、こんなに口のまわりも汚して。世話の焼ける家畜ですねほんとに」
それはあんたが無理やり突っ込んだバターサンドのクリームのせいだよ。
エリオ様は嫌そうにナプキンで私の口元をぐいぐいと拭った。
「しかしほんと、ぷっ・・・そんな不っ細工な顔・・・ぷぷ・・・よく人に見せれますねぶふっ」
オイ。
やっぱりこの人わざとやってるだろ絶対。先日の確信が更に確信と化した。本当に趣味が悪すぎる。人としてどうなんだ。
同じ王子でもこうも違うなんてあまり信じたくない。てかアドル様の元に帰りたい。
「ちゃんと全部飲み込むんですよ良いですね?」
苦しくて涙目になっている私に、エリオ様は悪魔の笑みを向けた。帰りたい。
料理長に言って、今日の夕食は全て野菜料理で揃えてやろうと私は決意した。
◇
とある昼下がり、私は廊下の床掃除に勤しんでいた。誰も掃除していなかったせいで来たばかりのときは埃まみれだったのが、この頃はぴかぴかだ。自分で言うのもなんだが、まあ、私のお陰だ。ふふ。
そんな訳で最近は掃除のスキルが上がっている気がする。ふふ。
「おいそこのクソ女」
良い気分で部屋の前の廊下を水拭きしていると、目の前にカツンと小気味良い音と共にしなやかなおみ足が現れた。
「は」
顔を上げると、そこには愛らしい顔の少年が腰に手を当てて仁王立ちしていた。
「お前が噂の兄上の新しい侍女か」
この高圧的なオーラ、どこか覚えがある。
「ええと」
「ふん、ろくに言葉も話せんとは呆れるな」
そのゴミを見るような目は。
「まあいい、お前と話している時間がもったいない」
そう吐き捨てると、少年はドアを開けると勝手に部屋の中へ入っていってしまった。
「ちょ、ちょっと君!」
子供と言えど、勝手に王族の部屋に入ることは許されない。慌てて後を追う。しかも少年はエリオ様の部屋に飛び込んで行った。慌てて私も飛び込む。
「すみませんエリオ様!・・・って」
ええええっ!
目に飛び込んできたのは、ベッドで寝ていたエリオ様に無邪気に飛び付いている少年の姿だった。
「ハーティス、来るときは事前にコラートに伝えるようにとあれほど言ったじゃないですか全く」
「えへへーだってすぐにでも兄上に会いたくてつい」
何だか仲良さげだ。てか態度が一変してないかこの子。困惑したまま固まっていると少年がふいにこちらを見た。
「おい下僕、いつまで見てるんだとっとと仕事しろよ」
「こらこらハーティス。彼女は家畜なりに必死に床を這いずり回っているんですよ。多目に見てやりなさい」
「そうでしたか・・・兄上がそう言うなら」
イラァッ。なんなのこいつら。
「エリオ様、失礼ですがそちらのお方は?」
精一杯の笑顔で尋ねる。
「僕のこと知らないのか?」
だからそのゴミを見るような目。
「私の弟ですよ」
エリオ様が一言。
「えええっ!?」
「煩いぞゴミ虫」
やはりこの少年は私をゴミだと思っていたようだ。しかも親切に虫までつけてくださった。
コラートさんがやって来たことにより、この少年は第七王子のハーティス様だと判明した。お初にお目にかかった。第七王子ということは、王妃マリーナ様の一人息子で一番の王位継承候補者だ。流れるような銀の髪に新緑の瞳。見た目は天使のようなのに、残念なことに中身はエリオ様に通ずるところがある。さっそく将来が心配だ。
「コラート坊っちゃんはエリオ坊っちゃんにそれはもう大層懐いておられる。将来はエリオ坊っちゃんのようになりたいそうじゃ」
微笑ましそうに二人を見ているコラートさんに私はぎょっとした。
いや、目指す人間違ってるよ絶対!
道理であんなエリオ様みたいな汚い言葉を使っているわけだと妙に納得してしまった。
「兄上、魔術を見せてください!」
ハーティス様が花が咲いたような笑顔でエリオ様に抱き付いた。
「ふふ、良いでしょうハーティス。つい先日私は新しい術を修得したのです」
ん?
「ちょうどそこに被験体もいることですし」
エリオ様はぞくりとするような視線をこちらによこした。
「わ、私まだ廊下掃」
「待ちなさい」
がっちりと腕を掴まれた私は、コラートさんに助けを求めようとしたが彼の姿は既にそこにはなかった。
嘘ぉぉぉぉ!!!
「兄上格好いい!」
言うまでもなく、私の心労はMAXとなった一日であった。
帰り際、ハーティス様に「また遊んでやっても良いぞ虫」と天使の笑顔で言われ、ゴミが取れたことを喜んでしまった自分に嫌気が差した瞬間だった。