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ヘリオン帝国の黒骸騎士団に捕らわれたドワーフ達を救出したクランとクリスは、レナ達と無事合流する事が出来た。
仲間を助けるためにクラン達と共に襲撃に参加したドワーフの戦士達が一行の殿に付き、間に捕虜として捕らわれていたドワーフ達を置き、先頭はクラン達が務める。
無事に仲間を救出したドワーフの戦士達の表情は、黒骸騎士団の追撃を警戒しながらも安堵の様子が見て取れた。
初めて冒険者としての仕事をこなしたユリとイヴもまた、達成感に頬を紅潮させていた。
黒骸騎士団により多数の犠牲を出した集落に戻ると、捕虜となっていたドワーフ達は気持ちを奮い立たせ、休む間もなく集落を守るために命を落とした仲間のドワーフ達の弔いを始める。
「本当、タフな人達ね~」
ここまで来れば帝国の騎士の追撃は無いと、多少リラックスした様子でドワーフ達の働き振りを見たクリスが感心した様に声を上げる。
そんな彼女を見ながら、クランはカルラに会った動揺が声にのらないように務めて平静に苦言を口に出す。
「レナさん達も彼等の手伝いをしてるじゃないですか。ぼーっとしてるのは僕とクリスさんだけですよ」
クリスはクランの言葉を鼻で笑いながら答える。
「明かりも無しに連中の背にした崖からロープで降りたのよ。十分すぎるほど働いたわよ、わたしは。それに、もう一仕事残ってるしね」
「もう一仕事?」
クランが怪訝そうな顔をすると、クリスは愉快そうに笑う。
「そう、もう一仕事。クランさんが何で帝国の‘死神’と知り合いなのか聞かないとね?」
「……聞いてたんですか?」
内心の驚きを隠しきれなかったクランの顔が強張る。
「聞こえたのよ。あなたが顔を見られるなって言うから、他にする事無いじゃない」
口元に笑みを貼り付けたままのクリスが言う。
「そうですか……」
「で、説明してくれるのよね。事によってはあなたを殺さなきゃならなくなるんだから」
クリスの剣呑な光を放つ瞳を見て、クランは多少の逡巡をするが覚悟を決める。
「ムーラの森で倒れていた僕を、カルラとグレンが助けてくれたんです。そして、記憶喪失だった僕を彼らの家に住まわせてくれたんです」
「記憶喪失?」
「はい、今でもすべてを思い出している訳では無いんですが……」
元の世界の事を伏せ、今までの事をクランが話す間クリスは黙って彼の言葉に耳を傾けた。
「……そう、あなたも大変だったのね。取りあえずあなたの言った事は信じてあげる。それでこれからどうするの? このままだとあなたの家族と戦う事になるわよ」
クランの話を聞き終えたクリスがクランに尋ねる。
カルラとグレンの事を家族と呼びながら。
「……」
自分の言葉を信じてくれた事にほっとしながらも、クリスの問いにクランは俯く。
「まあいいわ。彼らと会うのはもう少し先だからそれまでに決めておきなさい。家族を選ぶのか、死んだ子との約束を選ぶのかを…… さてと、もう一仕事しに行くわよ」
「もう一仕事?」
「折角助けたんだもの、ドワーフ達から情報を収集しないとね。ついてきなさい、あなたがいた方が話早いから」
クランの返事を待たずにクリスが歩き出す。
「私達は人間に助けてなど頼んでいない!」
「だが、クランがいなければ仲間達にもっと被害が出ていただろう」
「だからと言って人間に頼むなどフンベルトは何を考えている!? 人間に助けられるなど死んだ方がましだ!」
クランとクリスが捕虜になっていたドワーフに話しを聞きたいとフンベルトに願うと、彼は一人のドワーフの少女がいる部屋までクラン達を案内した。
だが、クラン達の姿を認めると同時にドワーフの少女はフンベルトに食って掛かる。
そして、先程の言い合いへと発展していった。
「嫌われてるわね~。ドワーフだから背は高くないけど、結構可愛い顔してるじゃない。それに胸も大きいし…… ひょっとしてクランさんあの子に何かしたの?」
「分かってて聞いてますよね? 初めて会ったのに何も出来る訳ないでしょ」
「じゃあ、生理的に嫌われてるのね」
「だったらクリスさんも生理的に嫌われてる事になりますよ。めちゃめちゃ睨まれてるじゃないですか」
「えっ! あの視線は素敵な女性に対する憧れの視線じゃないの? あの子、髪の長さがユリさんと同じくらいで肩くらいまでしかないから、わたしみたいに長い髪に憧れてるからだと思ったわ」
白々しく驚いた表情を作ったクリスにクランが疲れたように答える。
「そんな訳無いじゃないですか……」
クリスは自分に向けられたクランの呆れた様な視線を見て、先程まで沈み込んでいた彼の変化に笑みを浮かべるがすぐに表情を引き締める。
「だけど、この調子じゃ話なんて出来そうに無いわね」
クリスがため息と共に呟くと丁度その時、クラン達に対する敵意を取り除こうと話し掛けていたフンベルトに少女の怒りが爆発する。
「なぜ人間の肩を持つ! あいつ等のせいで私達がどれほど惨めな生活を送ってきたと思う! 今回私達を助けたのだってきっと下心が有る筈だ! そんな人間達をなぜ信じる! 人間など醜く汚い生き物だ! 連中の言葉を信じるなら、ゴブリンを信じたほうがまだましだ!」
そういい残してドワーフの少女は肩を怒らせながら部屋を後にした。
「すまない、わが友よ」
少女が力任せに閉めた扉をクランが見ていると、力になれなかったことを気にやんだフンベルトが話しかける。
クランは気にしていないといった様子で首を振るが、クリスは長い髪をかき上げながら呟く。
「あなた達の天敵のゴブリンの方がましだなんて、随分人間を嫌ってるのね、あの子。まあ、帝国が貴方達にした事を考えれば無理も無いか……」
「すまない。だが、あの娘があそこまで人間を憎むのは、父であるヴィルヘルムの言葉を信じていた反動もあるのだろう」
「ヴィルヘルムさんの娘さんだったんですか! それは人間に対して快い感情は無いでしょうね…… それと、ヴィルヘルムさんの言葉ですか?」
驚いたクランが聞き返すと、フンベルトは頷きながら話し出す。
「ヴィルヘルムは、今人間達がドワーフの事を亜人と呼び蔑んでいても、いつか人間達が自分達の間違いに気付き、お互いに協力し対等に付き合える様になると信じていた。それというのも、ヴィルへルムの祖父が帝国の建国王である初代皇帝と、友と呼べる関係にあったらしいからだ」
「初耳ね、その話は」
クリスが興味深そうにフンベルトを見る。
「何でも、初代皇帝と意気投合して剣を作ったと聞いている。その事を祖父から聞いていたヴィルヘルムは、我らより寿命の短い人間故今は誤った道を進んでいるが、共に手を取りあえる日が来ると考えそれを娘に話していた。無論、我らもヴィルヘルムの考えは彼の口から直接聞いていた」
「そんな話を聞いて育ったのなら、信じていた人間達に父を討たれたあの娘の気持がどう変化したかなんて考えるまでも無いわね。それを知っていたあなたは何でわたし達をあの娘に会わせたの?」
「我らの中で人間達の言葉を話せる者は少ない。詳しい話を聞くのはあの娘が最適だと考えたからだ。それと、今回の事で人間達に対する憎しみが少しでも薄まればと考えたのだ……」
「残念ながら失敗したって事ね」
クリスはわざとらしく肩をすくめる。
「我が友と話せばあるいはとも思ったが、申し訳ない」
フンベルトの言葉に、クリスはクランをいたずらっぽく見る。
「クランさんならあの娘も心を開くと思ったらしいわよ」
「僕と話した所で彼女の気持が変わるとは思えませんけど」
クランはクリスにそう答えて黙り込んだ。




