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黒骸騎士の副隊長が戦闘の行われていると思われる場所を見ていると、味方の松明が次々と地面に落とされてゆく。
「作戦前にドワーフ達の能力を説明したはずだが、迂闊な!」
無様に敵の計略に掛かった味方と、その被害を想像し、騎士の口から先陣を勤めたと思われる騎士に対する怨嗟の声が漏れる。
今戦闘中の兵士達は全滅だろう。
暗視の能力を持った敵に、十分な光源を持たずに戦うなど自殺行為意外の何者でもない。
「伝令!」
篝火の数を増やすように指示しようと伝令を探すが、辺りには騎士の声に答える者は居なかった。
小さく舌打ちすると、自ら戦闘の采配をするしかないと足を踏み出すが、ふとテントの影に視線を向ける。
そのままいかばかりかの時を過ごすと、闇の中に溶け込んでいた人影が音も無く姿を現す。
フードの付いた漆黒のマントを目深に羽織っていたため、どの様な人物か騎士にはうかがい知る事は出来ない。
だが、この人物が今回の騒動に一枚かんでいる事は間違いない。
騎士は敵を指差しながら炎の精霊へ命令する。
『サラマンダーよ、敵を討て!』
兜のせいでくぐもってはいたが、騎士の声は精霊に届き、フードの人物に向けて篝火より一条の火線が走る。
だが、フードの人物は自分の足に向けて放たれた『サラマンダーの舌』と呼ばれる攻撃をサイドステップで避けると、鞘の付いたままの剣を上段に構え敵に向けて一気に飛び込む。
騎士は自分の精霊魔法を敵が避けた事に驚いたのか、それとも相手の踏み込む速度が思った以上に早かったのか、攻撃を完全には避け切れずに切っ先がかすめ兜が吹き飛ぶ。
しかし、騎士が敵の追撃を阻止するために咄嗟に抜き打ちした剣もまた、相手のマントを切り裂く。
お互い決定打を相手に与えられなかった事に、戦いを仕切り直すべく二人はゆっくりと向き合う。
だが、捕虜となっていたドワーフ達が逃げ出すためにおこした雑音が大きくなろうとも、二人は武器を構えるでもなく見つめ合う。
地面に落ちた騎士の兜と、漆黒のマントの間で。
「カルラ……」
「クランさん……」
お互いを呼び合う言葉が口から出たのは、二人同時だった。
味方が傷を負い、命のやり取りをしている戦場にいながら、二人はその事を忘れたかの様に立ちすくんでいた。
目の前にいる人物を見つつも、頭の中が混乱して言葉が出ない。
篝火の炎が爆ぜる音だけが二人の耳に届く。
一筋の風が二人の間を通り過ぎると、カルラは乱れた髪を手櫛で整えながら困ったような顔をする。
「クランさん、何でこんな所にいるんですか? こんな所にいたら怪我をしてしまいますよ」
「カルラこそ、こんな所になんでいるの?」
「ここが私のいる場所だから……」
曖昧に笑いながら答えるカルラ。
「ドワーフ達を捕らえるのが、他人を傷つけるのがカルラの居場所なの?」
クランが震える声で問いかける。
「クランさんは、偶然ここにいた訳じゃないんですね」
分かりきった事を口にするカルラ。
だから、フードの人物だったクランに問答無用で攻撃したのだから。
「僕はドワーフ達を助けるために彼らと一緒にここに来たんだ」
「なんでドワーフ達と顔見知りに?」
クランを責めるでもなく、カルラの声はやさしい。
「グレンに貰った剣がドワーフの作った物だから、調べているうちに彼らと知り合ったんだ」
「そうなの…… クランさんに剣を渡すのをもっと反対しておけばよかった……」
「僕は、冒険者になったんだ」
カルラは少し驚いた顔をした後、クランの心配をする。
「なんで冒険者に? もしお金が足りないのだったら、多くは無いけれどクランさんの家に届けるから、冒険者なんて危険な仕事は止める事は出来ないの?」
「それは出来ないよ」
クランはカルラの願いを拒否する。
理由を視線で問い続けるカルラに、クランは悩んだ末答える。
「僕は人を殺したんだ…… そして彼女達に約束したんだ」
「約束?」
「彼女達を作り出した帝国を許さない」
搾り出すクランの声。
「ムーラの森の家に戻って、狩人として生きて行く事は出来ないんですか?」
カルラの懇願にクランが無言で頷く。
「……やっぱり剣なんか渡すんじゃなかった。怒ってでも、泣いてでも止めればよかった……」
初めてカルラが悲しそうな表情をする。
「カルラこそ、騎士団を辞めることは出来ないの?」
「それは出来ない。ここが私のいる場所だから……」
「でも!」
クランの言葉をカルラは遮る。
「クランさん。私は黒骸騎士団の副隊長なの。隊長であるグレンの傍を離れることは出来ないの」
「だったら二人とも……」
グレンが隊長だと知ったクランが何とか口にした言葉に、カルラは首を振る。
「出来ないの。黒骸騎士団が、帝国が私達のいる場所だから……」
お互いの願いを聞き入れられない二人。
いままで家族だと、遠く離れていてもお互いを案じていた二人の行く道が、いつの間にか違っていた事に気付く。
この場所で出会った以上、きっと運命だったのだろう。
クランの事を弟の様に見ていたカルラは、心に吹き荒れる感情を押さえ込み決意する。
「クランさん、私は黒骸騎士団の騎士。ドワーフ達を助け、実験体を殺したあなたを、見逃す事は許されない」
「……」
苦しそうに無言で見つめるクランに、カルラはそれでも言葉を続ける。
「だから、あなたの知っているカルラとして会うのは今日が最後。今度会った時は、帝国に仇名す敵を討つ黒骸騎士として会う事になる。だから…… さよならクランさん。もう二度と会う事のない事を祈っています」
様々な思いがごちゃ混ぜになった瞳でクランを見る。
カルラは地面に落ちた兜を拾い上げ埃を払い、しばらくクランを見つめた後被る。
「さよなら……」
兜の中で小さくつぶやいた後、仲間の騎士と合流するためカルラは走り出す。
クランは視界から見えなくなっても、呆然と彼女の走り去った方向を見送っていた。
「クランさん! ねえ、聞こえてる!?」
クランは耳元で聞こえた声に我に返り、いつの間にか現れたクリスを見る。
「クリスさん……」
「クリスさんじゃないわよ! ドワーフ達は解放したから、レナ達と合流して撤退するわよ! もたもたしてたら大勢を立て直した騎士達に追撃されるわよ! 早くしなさい!」
「分かりました。すみません、ぼーっとしてて……」
「謝る暇があったら早くしなさい! 後で詳しい事は聞くから!」
言うと同時に走り出したクリスの後を追って、クランもまた、走り出した。




