90
暗闇を物ともしないドワーフ達の軍勢を先頭に、クラン達は険しい山道を進む。
クランの胸ぐらいまでの身長しかないが、筋肉の鎧を身に纏った彼らは、全身を覆うフルプレートメイルや、自らの身長ほどもある戦斧の重さなど感じないかのように黙々と行軍する。
その後姿を見ながら後に続くイヴとユリは、まるで堅牢な要塞が守っていてくれるような安心感を覚えていた。
そして、これから向かう集落でも、屈強なドワーフの戦士達が黒骸騎士団の猛攻に耐えている事を確信する。
クリスは、イヴとユリの瞳に浮かんだ希望と言う光を見ながら口を開く。
「いつ目的の集落に着くのかしら……」
ぼそりと呟いた彼女の焦燥感を含んだ言葉をクランの耳が捉える。
短い足を必死に動かしているドワーフ達の歩みは決して速いものではない。
クラン達に取っては、それこそ街の中をぶらぶら散策する程度の速度でしかなかったからだ。
「でも、彼らを置いてゆく訳には……」
クランが控えめに口にすると、苦笑したクリスが答える。
「分かってるわよ。思わず口に出ただけ、気にしないで」
そう言うと、クラン達は黙って足を動かし続ける。
まるで散歩しているかのような速度で……
◆ ◆ ◆
クラン達が岩山の麓にある洞窟に足を踏み入れると、いたる所に重厚な鎧を身に纏ったドワーフ達戦士の死体がランタンの光で浮かび上がる。
ある者は苦悶の表情を浮かべ、ある者は虚空を睨み事切れていた。
フンベルト達ドワーフは悲痛な表情を浮かべるが、生き残った仲間を探すために声を張り上げ洞窟をくまなく探索する。
その一方で、クリスはグレックと共にドワーフの死体の傍にいた。
「精霊魔法ね……」
クリスが地面に跪き、顔の半分が焼け焦げた遺体を見ながらグレックに意見を求める。
「顔の左半分だけ炭化しています。火矢ではこれほどの熱量はありませんし、古代魔法ではもっと広範囲に焼けた症状が残るでしょう。間違いなく精霊魔法、それもかなりの力を持った精霊使いでしょう」
クリスは立ち上がりながら、青ざめた顔をしながらもドワーフを呆然と見つめるイヴに話しかける。
「あなたはどう思う?」
「グレックさんの言ったとおり、あたしも精霊魔法だと思います。多分、初級の精霊魔法の『サラマンダーの舌』、それなのにこれだけの威力が有るって事は、かなり力のある精霊使いだと思います」
気丈に答えたイヴを見ながら、クリスは二人の意見と自分の見解が一致している事に満足そうに頷く。
「という事は、ここに来たのは帝国の例の火遊びが好きな子供か、黒骸騎士団の副官、‘死神’のどちらか、もしくは二人揃ってという事になるわね」
「エリム村で会った感じだと、フレイムは多分来ていないと思います。彼が来たら、もっと凄惨な状況になってると思います。それと、黒骸騎士団の副官は作戦の立案担当じゃないんですか?」
クランが疑問を唱えると、クリスはめんどくさように口を開く。
「グレック、クランさんに説明して」
「はい。確かに‘死神’は作戦参謀ですが、同時に精霊使いとしての腕も一流です。もちろん剣の腕も精霊魔法に引けを取りません」
自分の副官の説明に、満足そうに口元を吊り上げたクリスが言う。
「分かった? クランさん。うちの精霊使いと違って、派手な上に万能なの。伊達に二つ名持ちじゃないって訳」
「……」
自分の事を揶揄するクリスの物言いにイヴは口を尖らせるが、自分の力不足はルイザの街での訓練で嫌というほど理解しているため、いつもの様にクリスに食って掛かる事はなかった。
クランは二人の間で若干引きつった表情をしながらクリスに礼を言う。
「さて、これからどうする?」
話が一段楽した所でレナがクリスに尋ねる。
すでに黒骸騎士団が引き上げているため、ここにいる意味は無い。
フンベルト達が必死に生き残りを探しているが絶望的だろう。
腕を組み、今後の方針を考えるクリスにクランが疑問をぶつける。
「黒骸騎士団の目的はなんだったんでしょう?」
「そうね…… エリム村の時もそうだけど、連中の目的はなにかしら?」
クリスがクランの言葉を繰り返す。
だが、ルイザの街で散々考えても答えが出なかったのだ。この場で答えなど出る筈が無かった。
クラン達が今後の事に頭を悩ませている間、洞窟の中を隈なく調べたフンベルトから生き残りは発見できなかったと報告されると、ユリはせめて祈りを捧げたいとドワーフ達と一緒に洞窟内を歩き回る。
だが、目につく遺体はドワーフの戦士ばかりだった。
女子供を逃すために最後の一人になっても戦い続けたのではと、周囲を隈なく調べたが足跡等は一つも発見できなかった。
そう、一つもだ。
「妙ね……」
クリスが呟く。
「黒骸騎士団の足跡も無いのはおかしいですね、洞窟の中には争った形跡があるのに……」
クランもクリスの違和感に同意する。
遺体の状況から、それほど時間が経っていないとクラン達は推察していた。
それなのに、洞窟の外に足跡がまったく発見できないのはありえないことだった。
「どこかに隠れて一部始終見ていた人いないかしら……」
クリスが半ばやけくそ気味に口にした言葉にイヴが反応する。
「もしかして……」
そう言って走り出したイヴをクラン達が追いかける。
クラン達が洞窟の外に出ると、月明かりの下、なにやら話している様子を見せた後、イヴが口を開く。
「黒骸騎士団はノームに頼んで足跡を消して貰ったみたい。本当なら他の精霊使いの頼んだ事を教えてもらうのは大変なんだけど、友達を助けてってノームが言ってる。ドワーフと精霊は仲が良いって、お父さんが言ってた事は本当みたい」
「足跡を消したの?」
父親の思い出に触れ嬉しそうに微笑んでいたイヴにクリスが疑問をぶつける。
するとイヴは、この場で彼女だけが感じる事の出来る大地の精霊に尋ねた。
しばらく何かやり取りした様子を見せた後、イヴはこの場にいる皆に大地の精霊の言葉の要点をまとめて説明する。
「黒骸騎士団は子供と女性を捕虜にしたみたい。そして、剣で脅しながらあっちに歩いていったって」
イヴの指差した方向を見つめながらクリスが呟く。
「ドワーフの女子供を引き連れているなら、今から追いかけても追いつけるわね……」
「連中を尾行するのですか?」
緊張した面持ちのグレックがクリスに言葉を発する。
「そんな面倒な事するわけ無いでしょ。わたし達が探している施設に戻るかも分からないんだから。だから、連中を捕らえて口を割るの。大地の精霊の力を使ったなら、‘死神’さんがいる筈よ。きっといろいろ教えてくれるはず」
「ですが、この人数で戦いを挑んでも返り討ちにされます」
グレックは身振りを交え危険を訴える。
「別に相手を殲滅する必要は無いんだから平気よ。要は向こうの参謀を捕らえればいいだけじゃない。それに、ここにいるドワーフ達に話せば頼まなくても戦ってくれるわ」
彼我の戦力を考え、グレックは尚も彼女の翻意を促す。
「いくらドワーフ達が協力してくれたとしても、‘死神’を捕らえる事こそが困難です。こんな岩山では奴らに近づく前に察知され、迎え撃たれます」
「そんな事やってみないと分からないでしょ。敵の重要人物を捕らえるチャンスなのよ、危険だからって諦められないわよ。わたし達はこのために今まで戦ってきたんでしょ!」
グレックは自分を睨みつける激情の篭ったクリスの視線にひるむ事無く、意見を口にする。
「こちらの戦力は騒々しいドワーフの戦士と、新人とも呼べない冒険者のいるパーティーなんです。そんな無茶な作戦は必ず失敗します」
「くどい!!」
二人の話し合いが口論へと発展しかけたところで、クランが口を開く。
「相手の戦力はどのくらいなんでしょうか?」
「なに急に?」
グレックを一瞥してから、クリスが不機嫌そうにクランを見る。
「相手の戦力が分かれば作戦も立てやすいと思いまして」
「今分かってるのは、向こうには飛びっきりの精霊使いが一人と、洞窟の中の様子と事前に入手していた黒骸騎士団の規模情報から、騎士が二十五名位、あとはその倍くらいの人数の下級兵卒だと思うわ」
「それだけですか?」
「それだけって…… こっちはドワーフの戦士が二十人弱、それとわたし達だけよ。ほぼ三倍じゃない」
話にならないといった様子でクリスが吐き捨てるが、クランは不敵な笑みを浮かべる。
「こっちはドワーフの戦士が十八人もいるんですよ。相手が本当にそれだけの人数だったら、何とかなると思います」
「本気で言ってるの?」
クリスはクランに疑わしそうな視線を向ける。
「僕の国には『敵を知り、己を知れば百戦危うからず』という言葉があります。では、黒骸騎士団の強みは何でしょう?」
クランのもったいぶった言い方にクリスは眉を潜める。
黙ったままのクリスに代わり、レナが仕方なさそうに答えることにした。
「黒骸騎士団の強みは、やはり騎士一人一人の力量だろう。‘死神’ともなれば、公国でも並ぶものは数えるほどしかいないだろうな」
「そうですか、それならば自分達の騎士団の自尊心も並々ならぬ物があるでしょう。では、我々の強みは何でしょう?」
少し考えた後、自分の言葉を確かめるようにレナが口にする。
「ドワーフ達の戦士としての力は確かに優れてはいるが、黒骸騎士には及ばないな。クリスとグレックの武器では下級兵卒には通用するが、重厚な鎧を纏った騎士と戦うには不向きだろう。この中で騎士達に通用する攻撃手段を持つのは、イヴの精霊魔法と、私とクラン位だろうな」
レナの答えにクランは満足そうに頷く。
「そうですね、レナさんの言った事は敵の我々への認識にも共通するでしょう。だから、チャンスが有るんです」
「どういう意味?」
若干興味を引かれたクリスが横から口を挟む。
クランは彼女の興味を引けた事に口元を緩ませなら自分の作戦を説明しだした。




