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クラン達一行は昼夜が逆転した行軍にも関わらず、曇りの日がなく月明かりが遮られる事もなかったため旅路を順調に消化し、クリスの予定した通りの日数でフンベルト達の集落の近くに到達した。
イヴの負けず嫌いな性格と、クランのサポートの効果が有ったのか、この日までパーティーの先頭はイヴが努める事となっていた。
「確かこの辺りだったな」
月明かりの中、目を細め周囲を見回しているレナが皆に聞こえる様に口にすると、クリスが歩きながら答える。
「そうね。まさか引っ越ししたって事は無いと思うけど……」
警戒心の強いドワーフが、自分達の住居に近づく人間達に接触してこない事にクリスは違和感を覚える。
初めて自分達が彼等の住処に近づいた時の事を思い出し、不吉な予感を否定できないでいた。
「あの洞窟ですか?」
クリスが最悪の事態を考えていると、精霊使いらしく夜目の利くイヴが最初に山肌にぽっかり口を開けている場所を発見する。
見覚えのある景色に、クランはイヴに頷き足を速める。
洞窟の入り口に着いたクランが中を覗きこむが、そこには人影らしい物は見当たらなかった。
「どうしたのかしら? 本当に引っ越ししたのかしら?」
足音も無くクランの後ろに忍び寄ったクリスが、洞窟の中を覗いながら呟く。
振り返ったクランがクリスに視線で問いかけると、彼女は人差し指を立て静かにする様に伝える。
「物音がするわね。それも大人数の……」
しばらく聞き耳を立てていたクリスがグレックに視線を向けると、彼女と同じように聞き耳を立てたグレックが頷く。
自分の腹心も物音を聞きとった事を確認すると、クリスは少し悩むそぶりをした後、苦笑しながら答える。
「結局中に入るしかないわよね、出迎えが無いんじゃ」
そう言うとクリスは皆に付いて来るように伝え、あらかじめ準備していたランタンをグレックから受け取りシャッターを少し空け洞窟の中に足を踏み入れる。
奥に進むにつれ、物々しい音が皆の耳でも聞こえてくるようになると自然と緊張した空気が漂う。
『誰だ!』
少し進んだところで、偶然現れたドワーフが声を上げる。
鎧を身に付け戦斧を持った姿に、クリスはやはり何か有ったと確信しながらドワーフ語で答える。
『先日 お世話に なった。クラン と その仲間です』
油断無く身構えたドワーフがクランの姿を確認すると、緊張を解きながら口を開く。
『今は立て込んでいる。仲間を追い返すのは心苦しいが、出直してもらえないか?』
クリスはクランに近づき何か相談する振りをした後、ドワーフに答える。
『クランは 何か 問題が あったのではと 心配 しています。仲間の 問題は 自分の 問題だと』
クリスが心配した表情を作りながら、さもクランが言ったように伝えると、ドワーフはクランを見つめた後、付いてくるように言い奥に向かって歩き出す。
「行くわよ、あなた達」
口元を吊り上げながらクリスが言うと、前回ドワーフ達を丸め込んだ時の事を思い出したクランとレナは小さくため息を付きながら後に続く。
その後ろを歩いていたイヴとユリは、ドワーフ語を理解できないこともありクリスの余裕の態度に感心するのだった。
後でクリスがドワーフ達に言った言葉をクランから聞いた時には、そんな気持も吹き飛んだが。
案内役のドワーフに連れられ、クラン達は洞窟の奥に進み松明の灯された部屋に通された。
そこは、前回ドワーフ達の下に滞在していたクラン達が食事のため何度も訪れた事のある食堂だった。
だが、今はテーブルと椅子が片付けられ、鎧を身に着けたドワーフ達が慌しく歩き回っている。
そして、一番奥に唯一置かれていたテーブルには、鎧を身に着け腕を組み目を閉じていたフンベルトが椅子に腰を下ろしていた。
案内役のドワーフに連れられたクラン達が近づくと、彼は目を開く。
「久しいな、わが友よ」
岩のような顔に笑みを浮かべ、フンベルトが共通語でクランを迎えるが、直ぐに彼の口元は引き締められる。
「何か有ったんですか?」
周囲のドワーフ達のただならぬ様子を見てきたクランが、厳しい表情を浮かべるフンベルトに疑問を投げかける。
答えるべきか躊躇するが、フンベルトはクランに自分達に訪れた困難を口にする事にした。
「……我らの仲間の集落の一つが帝国に攻め込まれた」
「っ!」
クラン達は思わず息を呑む。
「その集落は‘鉄の王’と呼ばれたヴィルヘルムの意思を引き継ぎ、武器を作り続ける道を選んだ者達の集まりだ。突然帝国に襲われ、命辛々脱出した仲間がここへ助けを求めてきた。我らはその集落を助けるために出陣する事にした」
「……」
突然の事にクランが返す言葉が見つからずにいると、代わりにクリスが口を開く。
「フンベルトさんはどちらかと言えば穏健派だと思ったけど、戦いの加勢にいこうなんて随分積極的ね」
「仲間が苦境に立たされている。何が悪い?」
揶揄したクリスの物言いに、気分を害したフンベルトの声色が強張る。
「いえ、ただ少し疑問に思っただけ。気分を害したなら謝るわ」
クリスがフンベルトの瞳を覗き込むと、フンベルトは居心地が悪そうに視線を逸らす。
彼女は皮肉げな笑みを口元に浮かべるとクランの肩を叩き、後は任せたとばかりに口を閉ざす。
クランはクリスの乱暴なパスに視線で抗議すると、気を取り直してフンベルトを見る。
「僕も一緒に行きます」
「だが……」
フンベルトは途中で言葉を飲み込む。
それは、友を巻き込む事を躊躇したからだった。
そんな彼の気持を汲み取り、クランは笑う。
「死ぬつもりじゃないですよね。もしそうなら、断られても付いて行きますよ」
「すまん」
フンベルトは俯き、小さくクランに答える。
その言葉の響きに、クランを巻き込む事意外の意味が含まれている事を感じたクリスが口を出す。
「理由ぐらいは説明してくれるわよね」
「……汚名を雪ぐためだ。ヴィルヘルムを犠牲にして生き延びた我らの」
「どういう意味?」
「我らも知らなかったが、助けを求めに来た者が打ち明けたのだ。その集落でヴィルヘルムの娘を匿っていると……」
「娘さんがいたの?!」
クリスが驚きの声を上げる。
「ああ、一部の者しか知らなかったらしい。若い頃に出来た娘で、周囲には秘密にしていたようだ。王妃との娘ではなかったからだろう。そして、ヴィルヘルムはその娘に自分の鍛冶の技術を伝え、娘もそれに答えていたらしい」
クリスは腕を組んで考え込む。
ここで協力し、娘を救い出す事が出来れば大きな貸しを作る事が出来るだろう。
彼らに協力するのも悪くないと思案しながら質問を続ける。
「攻めてきた帝国の連中はどんな姿だったの?」
「骸骨の描かれた黒い鎧を身に着けていたらしい」
その言葉に、クリスは口元に獰猛な笑みを浮かべる事を押さえ切れなかった。
黒骸騎士団がドワーフ達を襲撃したのなら、自分が追っている組織の任務の可能性が高い。
彼女は心の中でドワーフ達に同行する事を決める。
クランに視線を向けると、彼の瞳にも決意の色が見て取れた。
レナとユリ、そしてイヴを見た後、クリスは口を開く。
「わたし達も行くわ」
レナが黙って頷き、イヴとユリは緊張した表情のままクリスの言葉を受け入れる。
フンベルトはクラン達一人一人を見た後、すまんと小さく呟く。
先程の言葉とは違い、感謝の気持だけが含まれていることを感じ取ると、イヴとユリは若干硬いながらも、皆笑みで答える。
フンベルトも思わず彼らに笑顔で答えると立ち上がる。
「グスタフ、出陣するぞ!」
その言葉には、ヴィルヘルムの娘と仲間を助けるためとは言え、この集落を危険に晒す事に苦悩していた迷いが吹っ切れていた。
グスタフは最後まで苦悩していた長に迷いが無くなった事を長年の付き合いから感じ取り、声を張り上げ皆に長の意思を告げると、辺りに鬨の声が上がる。
「よろしいのですか?」
興奮した様子のドワーフ達とは対照的に、クリスにそっと近づいたグレックが彼女にだけ聞こえるように問う。
「やっと手に入った情報よ、生かさないでどうするの?」
自分を見るクリスの瞳に浮かぶ決意の光を見て、グレックは続く言葉を飲み込み一歩下がるのだった。




