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星明りの中、街道に並行する様クラン達一行が歩く。
先頭はイヴとレナ、間にクランとユリ、殿にはいざと言う時のために、明かりが漏れないようにシャッターを下ろしたランタンを持ったグレックとクリスが就く。
雲が多く月の明かりが遮られる中、精霊を見る時のもう一つの効果、光が無くてもまるで赤外線で辺りを見ることの出来るイヴが先頭に立つ事になった。
冒険者になったばかりの少女が先頭に立つ事に若干の不安を覚えたが、森歩きに慣れていることや、クランとエリム村まで旅をしてきた事を考慮してクリスとレナは首を立てに振った。
(許可したとはいえ、やはり難しいか……)
乱れ気味な歩調でレイピアの柄を握り締め、ひどく緊張した様子で忙しなく辺りに視線を走らせるイヴを見てレナが評価を下す。
やる気は有るのだが、いかせん経験が足りない。
分かりきった事を考えた所でレナは思い直す。
最初は誰でもそうなのだ、いままでほとんど他人と組んだ事が無く、初めて共にパーティーを組んだ初心者がクランなのだ。
そう考えると、初心者にもかかわらず、レナを瞠目させるほどの技能を持っていたクランが異常なのだろう。
確かに彼は精霊魔法を使う事は出来ない。
だが、冒険者として役に立つ技能は持っていた。
今後のイヴの成長に期待する事にしてレナは後ろを見る。
夜歩く経験がほとんど無かったユリは、ちょっとした凹凸にもつまずく事があった。
その度にたたらをふみ、背中に背負ったバックパックに振り回される。
大きく躓き、クランから旅の前に渡された杖を手放した時は、夜目の利かないユリでは落とした杖を見つけることが出来なかった。
クリスが杖を拾いユリに渡すと、ユリは礼を言いながら受け取っていたが、自分が一行の足を引っ張っている事に落ち込んでいるのを感じている様だった。
そうして歩き続ける中、俯き歩くユリの手をクランが握り締めた。
「クランさん!?」
突然のクランの行動にユリは思わず声を上げ、今、自分達が隠密行動をしている事を思い出し途中で声を落とす。
「なれるまで僕が手を引きます。倒れそうになったら遠慮しないで体重をかけて下さい」
ユリはクランと手を繋ぎ歩く事は、自分が足を引っ張っているから仕方がないと言い聞かせ、浮き立つ心の言い訳にする。
「……よろしくお願いします」
嬉しさを堪えたユリの言葉に、クランが頷く。
「本当に大丈夫かしら……」
皆の後ろから見ていたクリスは、ちぐはぐな皆の行動に不安を覚えていた。
東の空から太陽が顔を覗かせると、クラン達一行は休憩のため街道からかなり離れた木の根元に腰を下ろした。
人目を避けるために夜間歩き、昼に睡眠を取る。
帝国に察知される可能性を少しでも減らすための行動だった。
先頭で常に気を張っていたイヴはバックパックを下ろし、ぐったりと木に寄りかかり目を閉じていた。
クランはイヴに視線を向けた後、下草も高く、緑の葉を多くたたえた木を見てクリスに提案する。
「ここなら火を使っても下草で隠れて、煙は木に生い茂った葉で消されます。暖かい食事を取ってはどうでしょう?」
クリスはイヴとユリの状態を加味して判断する。
「いいわよ。じゃあ、調理は……」
「私が調理をします」
クリスの言葉を遮るようにユリが立候補する。
ここまで大して役に立っていなかった彼女の気持を考慮してクリスは承諾する。
今回の旅で初めて皆の役に立てることが嬉しいらしく、ユリはきびきびと準備を始める。
クランがユリの手伝いを始めると、グレックは周囲を警戒するために辺りに視線を走らせ、クリスはレナの元に向かった。
「イヴさん大分疲れてるみたいね。わたしかグレックが先頭に立ったほうが良いかしら?」
クリスがレナに隊列の変更を相談する。
だが、クリスやグレックとて普通の人間に比べれば見えるに過ぎない。
精霊使いのイヴと比較すれば、見える距離も鮮明度も雲泥の差がある。
「イヴは夜間歩く事自体に慣れてないからな。慣れてから先頭に立ったほうが彼女の負担も軽くなるだろうな」
イヴの状態を省みたレナが少し悩んでから答えると、体を休めていたイヴがいつの間にか二人の話の聞こえる位置にいた。
「あたしなら平気です!」
明らかに空元気と分かるイヴが二人に直訴する。
レナはイヴの顔色を見て彼女の提案を却下する。
だが、目の疲れから頭痛を起こしているにも関わらず彼女はなおも食らいつく。
「続ければ直ぐに慣れます。それに、ここはまだ公国領です。今の内に訓練しておけば帝国領に入った時に役に立てます」
イヴの言う事にも一理あるため、レナとクリスが顔を見合わせていると、ユリの手伝いが一段楽したクランが話しに参加する。
「イヴさんの言う事にも一理あります。どうでしょう、帝国領に入る時まで今のままイヴさんに頑張ってもらっては?」
最終的にクリスは、イヴの気持とクランの意見を尊重して先頭を任せる事にした。
ただし、自分も狩人をしていたため多少の夜目が利くと言ったクランも、レナと入れ替わりで先頭に立つ事になった。
食事を終え、野生の獣や魔物、人が近づいてきた時のためにグレックが最初の当直を引き受けると、クランも当直に志願する。
残りの者達が睡眠を取るために思い思いの場所に横になると、クランはお湯に布を浸しイヴの元に向かう。
「横になって、イヴさん」
「?」
疲労していたイヴは特に理由を問うでもなく横になる。
クランはイヴのまぶたの上に暖めた布を置くと、一言断った後彼女の目の周辺をマッサージする。
「なにしてるの?」
横目で見ていたクリスがクランに問いかけると、クランは手を動かしたまま答える。
「目の血行をよくして疲労を取ろうかと思いまして。それと、老師から気功を習った事も有るので少しはイヴさんの疲れを癒せるかと思いまして」
「ふーん、それは神聖魔法とは違うのね?」
昨日一日特殊な技能で過ごしたイヴの訓練が無駄にならないか聞く。
「神聖魔法は多分、その部分を元有った状態に戻すといった効果で癒しているんだと思います。僕のは、本来ある回復しようとする力を補助するだけなのでイヴさんの努力は無駄にならないはずです」
クランは神聖魔法の効果の仮説を口にしながら説明する。
「そう、ならいいわ。後で詳しく聞かせてもらうかも知れないけど」
クランに一応釘を指して、クリスは眠りに就く。
それから三十分ほどするとクランはイヴの傍から離れ、グレックの近くで腰を下ろして彼の死角を見張る事に専念した。




