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「シドさん。俺達はなんでこんなくそ重い鉄の棒を振り回しているんでしょうね……」
シドと呼ばれた男の部下が鉄で出来た棒を素振りしながら不満そうに漏らす。
「知らん。お頭の嫌がらせじゃないのか?」
「ですよね…… 俺達がレムリアース王国でやった事聞いてる時、ピクリとも動かなかったですもんね」
グランデル王国のアジトに出頭するように命令され、能面の様な表情のクリスに問われた時の事を思い出す。
シドとその部下であるサイが報告を終えると、クリスがグレックに指示し、鉄の棒を持ってこさせ告げた。
「街の外の人目に付かない所で毎日素振りしろ。ただし、どんなに辛くても神聖魔法を受けるのは禁止だ」
それが二週間前の事だった。
初日こそ次の日には鉄の棒を持つことも辛かったが、いまでは慣れたのか腕が痛くなる事は無かった。
ただ、ひたすら棒を振り続ける事にはいい加減うんざりしていた。
「毎日気分転換に場所だけは変えてるが、いい加減勘弁してもらいたいな」
シドがサイに愚痴る。
「そうですね。でも、こんな事をやらされてるのが俺達だけじゃないんですよね……」
「そうだな」
サイに答えながら、シドは最近話をする事になった少女達の事を思い出していた。
シドとサイが街の外で鉄の棒を振っていると、毎日街の外周を走っている少女達に気付いた。
魔物や盗賊などの危険は無いにしても、何で街の外でそんな事をしているか興味を持つ。
たまたま少女達が一息入れている所に出くわすと、密偵の性か、何をしているのか気になったシドが声をかけた。
話をしてみると、少女達は最近冒険者になり、先輩達に毎日走らされているらしい。
息を切らせ、不満そうにその事を口にする栗色の髪の少女に、シドが訳知り顔で話す。
「その人の言いたい事も分かるが、走るよりもっと大切な事がある。俺も昔冒険者だったから分かる。そいつに会う事が有ったら一言言ってやる」と
すると黒髪の少女はシドに礼を言いつつ、お気遣い無くと遠慮するが、栗色の髪の少女の期待に満ちた視線を受け思わず安請け合いしてしまった。
「確か今日でしたよね、約束の日」
「ああ。しかしあの子達に走らせておきながら、自分はあまり訓練に来ないなんてふてぇ野郎だ。俺がガツンと言ってやる」
ただひたすら反復作業をやらされていたシドは、良いストレスの発散になると今日を楽しみにしていた。
「でも、あまり大事にしないで下さいよ。お頭の耳に入ったら次に何を言われるか分かったもんじゃ有りませんよ」
「はっ! 心配するな。走る事しか教えられない半端な冒険者気取りに、俺が言い負ける訳など無いだろ!」
自信に満ちた表情でシドが言った。
「で? あなたがわたしに言いたい事が有るって?」
シドとサイが少女達と約束した場所に行くと、腕を組んだ青い色の髪を生やした悪魔がいた。
「いや、俺達は……」
「達ってなんですか、達って…… 俺は何も言ってないですよ」
小声でやり取りするシドとサイに、イライラした様子で悪魔が言う。
「聞こえないんだけど!」
何時に無く不機嫌な様子に二人の背筋が伸びる。
「何でもありません、サー!」
「何でもないのに、わたしに時間を取らせたの!?」
細まるクリスの瞳を前に、二人は直立不動の姿勢を保つ。
「え~、走らせてる事に文句を言ってくれるって言ったじゃない」
横からイヴが口をはさむと、二人の顔色が一気に青くなる。
「へ~、わたしの訓練方法に文句が有るようね」
青筋を立てながら話すクリスに、シドが震える声で答える。
「とんでもありません、サー!」
「そう、じゃあ今日からあなた達も走る? 今までの訓練じゃ不足だからこんな事してるんでしょ?」
「分かました、サー!」
そう言うと、二人は脱兎の如く走り出す。
「あ~あ、行っちゃった」
イヴは二人の後ろ姿を見送る。
「あなた達はいつも通り打ち合いを始めなさい」
クリスは不機嫌さを隠そうともせずにイヴとユリに指示を出す。
「だいぶイラついてるな」
何時に無く不機嫌そうなクリスにレナが話しかける。
「当たり前じゃない、もう三週間よ。なんで連中がエリム村を襲ったのかも分からないし、帝国の施設の情報も全く入ってこない。せっかくドワーフの国の方に施設が有るかも知れないのに」
「いままで調べても分からなかったんだ、すぐに分かるはず無いだろう。それに、分かった事も有るじゃないか」
クリスは組んだ腕を解きながら答える。
「確かに、帝国の“狂人”と呼ばれている人物が関わっているらしいのは分かったわ。あれだけ防諜対策に弱い国なのに、今回の件はほとんど情報が得られない事からも有能なのは間違いないと思うわ。最近、黒骸騎士団とよく会ってるらしいしね。でも、今一番必要なのは実験施設の情報なのよ」
そこまで言うと、クリスは悔しそうな表情をする。
「昼食の時に、もう一度クランを交えて相談してみよう」
自分の修練を済ませ、遅れた事を詫びながらイヴとユリの訓練の指導をしている少年を見ながらレナが言った。




