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薄暗いアジトの部屋でユリとイヴの覚悟を確認したクリスは、改めて自分達の事を説明しだした。
「さてと、じゃあわたし達の仕事の具体的な話をするわね。もう後戻りできないから覚悟して聞きなさい」
ユリとイヴが頷くとクリスが説明を始める。
「わたし達の仕事は公国の指示でヘリオン帝国の謀略を阻止する事。特に子供の工作員を使ったものをね。最近、公国に出入りする商隊の被害が多くなって来ていたんだけど、それが帝国で実験体と呼ばれる子供の仕業だと分かったの」
「実験体?」
思わず口にしたイヴの疑問にクリスが答える。
「そう、実験体。エリム村で炎を操る子供がいたでしょ。それと同じで、風の力を操る子供がルイザの街の商隊を襲っていたようなの。それを追う内にクランさん達と仕事をする事にね。わたしはパーティーメンバーじゃないけど、もう一蓮托生って関係ね」
「なぜ子供なのですか?」
子供を殺める事をなんとも思っていない訳では無いユリが疑問を唱える。
「子供の方が適応力が高いからかしら。過去には子供を暗殺者や密偵に育てる組織も帝国にあったし、実験体もその繋がりが想像できるわ。ただ、風の力にしろ、炎の力にしろ、子供が何度も使えるとは思えないのよね。結局、今の所実験体の事はほとんど分かっていないって事かしら」
一息入れようとしたクリスがイヴを見ると、何か考え込んでいるように見えた。
「どうしたの?」
「精霊憑き……」
クリスの呼びかけにイヴがぼそっとつぶやくと、鍛えられたクリスの耳がその単語を聞き取る。
「何それ?」
「なんでも無いです。ちょっと思い出しただけだから」
手を左右に振り、口にした言葉を取り消そうとするイヴをレナが諭す。
「今はどんな些細な事でも情報が欲しい。関係有るか無いかは皆で考えよう。イヴの知っている事を教えてくれないか?」
自分の知っている事が的外れだったらと、躊躇するもイヴは語り出す。
「……昔お父さんに聞いた事が有るんですけど、精霊に憑かれた人は息をするかの様に精霊の力を使えるって」
イヴの話を聞くうちにクリスの顔が険しくなる。
「詳しく聞かせてくれないかしら?」
「精霊魔法を限界を超えて使ったり、精霊に依存しすぎると精霊憑きになるって。精霊憑きといっても、実際は精霊に体を乗っ取られるようなもので、本人の性格が豹変するそうです。そして、憑いた精霊の力は魔力を消費せずに使う事が出来るって聞きました」
「そうなの…… ちなみにエリム村の様子を見て、どの程度の精霊ならあれだけの損害を起こせたと思う?」
「下位の炎の精霊ではかなりの人数精霊使いが必要になると思います。一人で起こすとすると…… 上位の精霊、イフリートの力を借りないと無理だと思います」
イヴの話を聞き終えたクリスが自分の考えに没頭する。
イフリートの力を使える精霊使いなど一人しか心当たりが無く、仮にイフリートほどの精霊が現れていたら見た者もいると思われるが、そんな話をしていた村人はいなかった。
だが、エリム村に帝国が多数の精霊使いを派遣したとは考えづらい。
そんな事をしなくても、黒骸騎士団が派遣されたのだ。小さな村を壊滅させるなど造作も無い事だ。
そう考えると、実験体の能力の確認の贄に、帝国に程近い村が選ばれたと考えるのが自然か?
そこまで推察した所で、クリスはイヴに精霊憑きの情報の精度を確かめるため、彼女の父親の精霊使いとしての力量を尋ねる。
「あなたのお父さんはどの程度の精霊を使えるの?」
「お父さんは火の精霊の力を借りるのが得意で、一度イフリートを呼んでもらったことがあります」
「ちょっと! イフリートって! そんな精霊召還できるの“魔人の使役者”しか聞いた事ないわよ!?」
イヴの口から炎の魔人の名が出た事に、思わずクリスは立ち上がって声を荒げる。
「はい、お父さんの二つ名です」
「じゃあ、お母さんは……」
「“風を司る者”です」
言葉を失ったクリスは力が抜けた様に椅子に座り込む。
火の上位精霊 イフリートと、風の上位精霊 ジズを操る、大陸中に名を轟かせる精霊使いの夫婦の名を口にした娘に、レナも驚愕の視線を向ける。
しばらく無言でイヴを見ていたクリスだったが、気を取り直して口を開いた。
「あなた、イフリートとジズが召還できる両親持ったのに、得意な精霊魔法が土系って、なんて残念な…… ごめんなさい、なんでもないわ」
「……本当に人を不機嫌にさせるのは一流ですね」
途中で言葉を飲み込んだクリスに、そこまで言えば十分悪意が伝わるとイヴが冷ややかな視線を向ける。
「だが、イヴは両親はいないって言ってなかったかな。先程の二人であれば死んだという噂は直ぐ耳に入ると思うが」
「‘今は’いないって言った事ですか? 本当に何処にいるんでしょうね、思い出した頃にしか顔を見せないんだから」
イヴの説明にレナが絶句すると、クリスが可笑しそうに言う。
「その手でクランさんに金貨十枚吹っかけたの?」
「人聞きが悪いですね、ちゃんとした取引でした。ね、クラン」
「……そうですね」
クランがイヴから視線を逸らしながら答える。
それを見みない振りをしたイヴがクリスに胸を張るが、レナとユリは笑いを噛み殺していた。
「まあいいわ、済んだ事だし。取り合えず“精霊憑き”の方面から調べてみるわ、行き詰ってた所だしね」
クリスの口から帝国の調査が上手く言っていない事が漏れると、クランが先日の仕事で得た情報について質問する。
「この間帝国の施設で押収した資料に手がかりは無かったんですか?」
「ろくな物無かったわ。その日の食事の献立とか、見回りの兵士のしょうも無い愚痴の書かれた日記とか、家族との手紙とか、役に立ちそうな物は軒並み持ち出されていたわ」
命がけの任務だったのに収穫が無かった事を思い出し、不満そうにクリスが答えた。
「名簿があったと思いますけど?」
「そんな物もあったかもね」
興味無さそうに答えたクリスに、クランが眉を潜めながら尋ねる。
「名前、種族、性別、空白の人もいましたが年齢、施設に連れてこられたと思う日付、死亡した人はその日付など書かれていましたが、おかしいと思いませんでしたか?」
「何が?」
「種族に人間とエルフしか記載されていなかった事に、です」
「確かに人間とエルフしかいなかったわね、でもそれがどうしたの?」
「なんでドワーフが一人もいないんでしょう?」
「?」
「確かにあの施設はエルフが潜んでいた迷いの森の近くにありました。だからエルフが名簿に載っているのは理解できます。ですが、ドワーフの名がそこに一つも無いのはおかしいです。ドワーフだけ実験から外されるとは考えられません」
クランの指摘にクリスは息を呑む。
「つまり、ドワーフが捕らえられている施設が他に在ると?」
「はい。エルフは帝国が進攻した迷いの森付近に作られた施設にいたって事は……」
「ドワーフの実験施設は、帝国が攻め込んだドワーフの国の近くにある可能性が高いって事? たしかに、ドワーフの王 ヴィルヘルムを計略にかけ倒したのは帝国の黒骸騎士団。今回エリム村に実験体と思われる人物と一緒に現れたのも帝国の黒骸騎士団。つながるわね……」
そこでクリスは考えをまとめるために口を閉ざす。
しばらくして今後の行動の画を描いたクリスが再度口を開く。
「この間みたいに施設に着いたらもぬけの殻って事があるわ。調査は帝国に感づかれないように、慎重に行うから時間がかかると思う。だから、それまでイヴさんとユリさんは……」




