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「驚いたな」
水を取りに炊事場へ向かったユリに、声が届かないのを見計らってレナが口にした。
「……はい。彼女は神に問われ、それに答えた。神と会話するのは最高位の神官の中でも選ばれた人物、伝承でも片手で数えられる程しか伝えられていません」
イヴに不安を抱かせない様に浮かべていた表情を消し、心持ち緊張したサラの声色を聞いたアランが口を開く。
「エリム村に着いてからサラ神官の護衛に付き、ユリと一緒に傷を負った村人達を見て回ったが、数日前に神の声を聞いたとは思えないほどの回数、彼女は癒しの奇跡を起こしていたが……」
アランの疑問に、何処と無く悔しそうな、やるせない表情でサラが頷き答える。
「普通神の声を聞いたばかりの神官は、簡単な奇跡でも数回起こせば魔力切れを起こします。もちろん私もそうでした。ですが、彼女は高度な奇跡こそ起こせませんが、簡単な奇跡であれば、私でも起こす事が出来るか分からないほどの回数奇跡を起こしていました。“ファムの聖女”とは、彼女にこそ相応しい呼び名なのかもしれません」
彼女の胸中に飛来した思いを考え、クランがサラに話しかける。
「二つ名なんて他の人が勝手に付けた名ですよね。サラさんが今まで行ってきた事を見聞きして付けたのなら、ユリさんにもその時が来れば相応しい二つ名が付くんじゃないですか?」
「……そうですね」
何処と無く自分の無力さに対する不満を匂わせたサラの返事に、クランは彼女の人柄を考え、余計な事をしようとしていると思いつつも尋ねる事にした。
「失礼ですが、サラさんにはどんな声が?」
クランの問いに彼女は少し考えた後、口を開く。
「……私の父は下級の神官でした。ですが、人々の役に立つならと、教会で定めた礼金より安く、時には無償で癒しの奇跡を願い続けました。それが教会の不評を買い、僻地とも言える場所へ布教のため礼拝所の建設を指示されました。そこでも父は開拓を手伝いながら奇跡を願い続け、無理がたたったのでしょう、私が物心つく頃に帰らぬ人となりました。それからその地で母と二人で暮らすようになり、年を重ね父の行なった事を理解できる様になると、毎日父の建てた礼拝所でファム神に父の選んだ道は正しかったのかと問い続けました。そして、十三歳になった日にファム神の声を聞きました。『問い続けなさい』と。その後、父の意思を継ぎ開拓を手伝いながら過ごしていると、父の事を聞きつけたフォーク伯爵に声を掛けられて首都の教会に戻りました。父のそれまで行って来た事に共感したフォーク伯爵の好意もあり、私は教会内でも比較的自由に行動することができています」
サラの話を最後まで聞いたクランは、神と話したというユリの話を聞いた彼女が、自分の行って来た事に自信を無くしているのではと感じ、笑顔を浮かべて話しかける。
「ファム神の言葉を大切にして自分の道を今も追い求めているのですよね? 僕は人々のために何かを行って来たサラさんも、サラさんのお父様も、素晴らしい方だと思います。そして、多くの人達もそう感じたからこそ、サラさんを相応しい二つ名で呼ぶようになったんだと思います」
彼の言葉が自分を励まそうとしたものだと悟ると、サラは神と会話のできたユリであれば正しき道を聞けたのでは、と考えてしまった自らの心の弱さを戒め、同時にクランに感謝の念を抱く。
「ありがとうございます。今だ修行中の身ですが、いつか答えに辿り着けたらと思います」
自分自身の弱さを認め、吹っ切れたようなサラの表情をクランは眩しそうに見つめる。
サラはその視線の中に他人を本気で思いやる彼の心を見て、ユリがなぜ彼の事を気に掛けるのかが理解できた気がした。
「でもいいんですか? さっき神の声の内容は隠しておくべきって言ってたけど」
イヴが当然の疑問を口にすると、サラは神妙な面持ちで口を開く。
「皆さんにお願いがあります。今はどこの神殿も熱心に信者獲得の布教を行っています。ユリさんの話した内容が公になると、彼女はファムの神殿の布教活動に祭り上げられる可能性があります。神と会話を行い、初級とはいえ多くの奇跡を起こせる人物がいれば他の神殿に対して有利になるからです。彼女の今後を考えると、ここで聞いた事は口外しないで頂けたらと思います。私の聞いた神の声を皆様にお話ししたのも、皆様へのお願いに二心がないと分かってもらえたらと考えたからです」
ユリの行く先を案じたサラの言葉に、クランはこの場所でユリの話を聞いた皆と顔を見合わせた後答える。
「分かりました。ユリさんが聞いた神の声の内容は他言しません」
皆がクランの返事に賛同すると、丁度水筒を持ったユリとカップを手にしたクリスが戻ってきた。
「お待たせしました」
「女の子一人に水を取りに行かせるなんて、案外クランさんも気が利かないのね。わたしが通りかからなかったら一度じゃ持ってこれなかったわよ」
クリスが人差し指に掛けたカップをくるくる回しながらクランを揶揄すると、彼はばつが悪そうにする。
「すみませんユリさん」
「このぐらい一人でも持てますから気にしないで下さい」
たっぷり水の入った水筒を受け取るクランにユリが微笑む。
レナが咎めるような視線をクリスに投げかけるが、彼女は気にせず空いている所を見つけると、指に掛けたカップをレナに投げながら腰を下ろす。
「さてと、急で悪いけど明日ルイザの街に戻るわよ。レナ、クランさん、今夜中に出発の準備をしておいて」
「ずいぶん急だな?」
両手で受けカップを止めたレナが眉を潜める。
「もうこの村で調べる事もないし、後はクランさんの話を街に戻ってちゃんと聞いた方がいいと思ってね」
クリスの答えに一応納得したようにレナはクランを見る。
「分かりました」
クランが頷きながら答えると、レナがイヴに告げる。
「悪いがそういう事だ。イヴも今夜中に出発の用意をしてくれないか」
「わたしは別にレナとクランさんが一緒に来てくれればいいんだけど?」
自分が答えるより早く嫌味を口にした人物にイヴが舌を出す。
「あたしもパーティーメンバーなんだから一緒に行きます」
クリスは肩をすくめると立ち上がる。
「しょうがないわね、それならさっさと休みなさい。でも、遅れたら置いていくわよ」
クリスの言葉を切欠に、それぞれ明日に備えて自分のテントに戻る事になった。




