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月の光と、松明の明かりが辺りを照らす中、クランの前で凍り付いたかの様に動かぬユリにサラが声をかける。
「ユリさん、出来たら彼を紹介していただけませんか?」
自分への呼び掛けに我に返ったユリは慌てて頷き、クランとサラの間に立つ。
「クランさん、こちらの方はファムの神官、サラ様です」
クランを前にしてこみ上げる思いを隠しつつ、ユリは自分の尊敬する神官をクランに紹介し、サラはユリの言葉に合わせ優雅にお辞儀する。
彼女はよく手入れされた真っ直ぐな金髪を邪魔にならない様にシンプルな髪留めでまとめ、白いコットの上からユリと同じファムのアミュレットを付けていた。
「……」
金色の髪にこの世界では平均的な身長、コットの上からでも分かる女性らしい体つき。
だが、彼女の名前と、濃い茶色の瞳にクランは思わず目の前の女性を見つめる。
「もしかしてどこかでお会いした事がありましたか? 物覚えが悪いもので失礼をしていなければ良いのですが……」
不躾な視線を向けるクランに、サラは微笑みながら尋ねる。
「いえ! すみません。知り合いと同じ名前だったものでつい…… 僕の名前はクランといいます。サラさんの事はユリさんから聞いています。昔助けてもらった事があるって」
サラは少し考える様子を見せた後、彼の言葉に思い至り口を開く。
「いえ、困った人がいたら手を差し伸べる事は当然です。今回の事も、もっと早く気付けば少しでも被害を減らせたかもしれません。私の力不足を痛感いたしました……」
サラは目を瞑り、小さくファムに亡くなった村人のために祈りを捧げた後、気を取り直してクランに自分に付き添っている騎士を紹介する。
「紹介が遅くなりましたが、彼は私の護衛と村の被害を確認するためにグランデル公国から派遣された白鷲騎士団のアラン様です」
輝かんばかりのフルプレートメイルを身に付けた赤毛の騎士が一歩踏み出すと、松明の持っていない右手をクランに差し出す。
「白鷲騎士団のアランだ。今回は村人達を助けるためにヘリオン帝国の黒骸騎士団と戦ったそうだな。礼を言う」
「死にかけて皆さんにご迷惑を掛けましたし、たいした事は出来ませんでした」
握手をしながらクランが答えると、アランは辺りを見回しながら答える。
「謙遜する必要は無い。村人達から聞いた話と、この被害の様子から考えると黒骸騎士団の“死神”もいただろう。これだけの生存者がいる事が奇跡だ。おまけに炎の魔法を使う奴もいたそうじゃないか」
「“死神”?」
クランはアランが口にした不吉な名を問い返す。
「ああ、黒骸騎士団の騎士の一人だ。奴らが行う戦の作戦を立案しているらしい。余りに非道な作戦を立てる奴を騎士と呼べるか分からないが…… 詳しい事はそこにいる密偵に聞け、私より詳しいはずだ」
突然アランに蔑む様な視線で一瞥されたクリスは思わず肩をすくめる。
何処と無くアランとクリスの間に流れる気まずい雰囲気を察したユリが皆に言う。
「そろそろ夕食の時間です。炊事場に行って夕食を取って来るので皆さん待ってて下さい」
「それなら私も一緒に参ります」
サラがユリに同行する旨を告げると、続けてクリスが口を開く。
「じゃあ、わたしも部下の所へ行くわ。報告を受ける時間だしね」
ユリとサラが炊事場から夕食を持ち帰ると、全員で焚火の周りに車座になり食事を開始した。
だが、先程までのアランとクリスの間に漂った雰囲気を引きずり、当事者の一人がいなくなっても誰も言葉を発せず黙々と食事を進める。
「しかし、こんな所で”白銀の騎士”に会えるとは思わなかった」
皆が食事を終えたのを見計らった様にレナがアランに話しかける。
「いや、こちらの方こそ“剣姫”とこんな所で会えるとは思わなかった。最近は良い噂を聞いていなかったが、こうして会ってみていらぬ杞憂だったと安心した」
「ごらんの通り心の許せる仲間達もいる。どの様な噂かは分からないが、心配頂かなくとも私達に変わった所など何も無い」
物腰は慇懃だが、アランのクリスに対する態度に不満を匂わせながらレナが答える。
その言葉にアランは仲間を侮辱された彼女の怒りを感じると、素直に詫びる事にした。
「人の噂を真に受け先入観で話をして不愉快な思いをさせたかもしれないな、申し訳無い。クリスと呼ばれていた密偵の噂は首都でもいいものは無かったのでな。今度会ったら、きちんと話をしてみようと思う」
「心遣い感謝する。だが、話をしてみた上で噂通りの人物だと思ったら、遠慮なく扱ってもらいたい。私も自分自身、良く付き合っていると思う所もあるので」
レナが苦笑すると、アランも思わず口元に笑みを浮かべる。
場の空気が柔らかくなると、イヴがほっとした様子でクランに話しかける。
「ねえ、”白銀の騎士” とか“剣姫”って何の事?」
だが、クランも聞いた事の無い事は答えられず首を傾げていると、横から助け舟が出された。
「”白銀の騎士”とは、アラン様の身に着けている鎧が太陽の光で銀色に輝くため付けられた二つ名です。もちろんそれだけではなく、剣の腕も首都では並ぶ者がいないと言われています。クランさんには説明する必要も無いと思いますが、“剣姫”とはここ最近、首都でも噂されるようになった双剣を使う女性の冒険者の事です。美しい黄金色の髪と、まるで舞う様に闘う姿からそう呼ばれていると聞いた事があります。そんな方に私もお会いできて光栄です」
サラの賛辞にレナは恥ずかしそうに答える。
「私の方こそ“ファムの聖女”にそのように言われるとは身に余る光栄だ。こうしてお会いできて嬉しく思う」
何度か顔を合わせ、一言二言言葉を交わした事はあったが、改めてお互い話をするうちに徐々に皆の距離感が縮まってゆく。
他愛もない話をしていると、神聖魔法に興味を持ったイヴがサラに尋ねる。
「精霊魔法は自然の近くで暮らしたりしているうちに、適性の有る人なら精霊達の声が聞こえるようになって、その後正しく訓練すれば使えるようになるけど、神聖魔法はどうなんですか?」
「過程は人それぞれですが、皆神の声を聞いた事が切っ掛けになります。そんな所は精霊魔法と一緒なのかもしれませんね」
「そうなんですか~ それならユリさんも声を聞いたの?」
精霊魔法を習得する部分と似た所があったため、興味を持ったイヴが最近神聖魔法が使えるようになったばかりの少女に問いかける。
「……」
だが、少女は答え辛そうに口をつぐむ。
そんなユリの様子を見て、彼女の辛い記憶を掘り起こそうとした事に気づいたイヴが慌てて言葉を続ける。
「ごめんなさい急に変な事聞いて。今の忘れて!」
「……いえ、大丈夫です。私の時は炎に包まれた村の中で助けを求めていたら声が聞こえました、『助けがほしいの?』って。それで私が人を癒す力が欲しいと答えたら、『人々を癒やしたい時は願いなさい』って言われて、それから神聖魔法が使えるようになりました」
「へ~、そうなんだ。あたしも精霊と話をして、次に力を借りる練習をしたから本当に似てるんだね」
興味深そうに感想を口にするイヴとは対照的に、サラやアラン、そしてレナは驚いたような視線をユリに向ける。
「何か変な事を言いましたか?」
咄嗟に暗黒の女神の事を想像させる部分を隠して話したユリは、自分の話に不自然な所が有ったかと不安そうな表情をする。
そんなユリに、ファムの神官らしく見る者を安心させるような表情を作るとサラが答えた。
「ごめんなさい。神の声の内容について、私達神官は胸に秘めてあまり口にしないので驚いてしまって。秘密にする必要は無いと思いますけれど、あまり簡単に答えない方が良いのかもしれません」
サラの説明におどおどした様子でユリが答える。
「分かりました。今後は無暗に話さないようにします」
「そうした方が良いと私も思います。それと申し訳ないのですが、のどが乾いてしまったのでお水を頂いて来ていただけますか?」
微笑みを浮かべながら口にしたサラの願いに了解の意を伝えて、ユリは暗黒の女神の事を感づかれない事にほっとしながら逃げるように炊事場へ水を取りに向かった。




