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クリスによって付けられたイヴの傷の応急処置を済ませたレナが、手に付いた血を布で拭いながら立ち上がる。
「手の空いている神官を探してくるから、少しの間待っていてくれ」
先程まで戦闘の興奮であまり痛みを感じていなかったであろうイヴだったが、緊張が緩んだ事により徐々に感じるようになった痛みに顔をしかめ出していた。
「あたしなら大丈夫です!」
心配かけまいと無理やり笑みを浮かべようとするイヴをレナがやさしく諭す。
「傷口が化膿して熱でも出したら大変だ。ここは先輩の言う事を聞くところだよ」
「……はい」
俯きながら答えるイヴに、レナが手当のために地面に置いていた松明を拾い歩き出そうとすると、横からつまらなそうな声がかけられる。
「探しに行かなくても向こうから来てくれるみたいよ、レナ」
クリスの見ている方向に視線を向けると、黒髪の少女とファムのアミュレットを首から下げた女性、そしてフルプレートメイルを身に付けた騎士と思われる人物がこちらに向かって来るのが見えた。
「クランさん!」
黒髪の少女がクランに気付き声を上げる。
少女はクランに向かって走り出そうとするが、途中で思い止まったように足を止める。
「どうしました? ユリさん」
ユリの隣を歩いていた女性が心配したように話しかけると、彼女は首を振りながら答える。
「なんでもありません。サラ様」
「そですか、突然大きな声を出したので心配しまた。それと何度も言っていますが、私に様付けは必要ありませんよ」
サラと呼ばれた女性は、見るものを包み込むような笑顔を浮かべながらユリに言う。
ユリは曖昧に微笑み、サラは彼女のその様子に何度か自分がお願いしている事を聞き入れてくれない事に寂しそうな表情をするが、気を取り直して話しかける。
「……では、あそこにいるユリさんの知人を紹介してください」
今度の彼女の願いはユリも大きく頷いて聞き入れる。
「はい!」
ユリを先頭に三人はクラン達に向かって歩みだした。
「っ! ひどい怪我ですね、いま癒しますので動かないで下さい」
クラン達の元に着く草々、足に傷を負ったイヴに気付くと、サラと呼ばれた女性は服が汚れる事もいとわずに彼女の足元に跪く。
『ファムよ、傷つき倒れたこの者に癒しを!』
彼女が祈りを捧げるとイヴの傷口がみるみる間に塞がってゆく。
その様子をイヴとクランは興味深そうに見ていた。
「どうでしょうか?」
サラはイヴの傷口が塞がった事を確認すると、彼女に具合を問う。
神聖魔法を見るのも、掛けてもらうのも初めてのイヴはサラに慌てて答える。
「ありがとうございます! もう痛くありません」
不思議そうに傷のあった場所を触っているイヴにサラは微笑む。
「良かった。怪我が治って何よりです」
サラが膝についた砂を払いながら立ち上がると、待ちかねたようにユリが揺れる瞳でクランに話しかける。
「クランさん、目が覚めてよかった…… クランさんが守ってくれなかったら、私は殺されていました」
「ユリさんこそ無事でよかった。それにお礼を言わなければならないのは僕の方です。ユリさんが神聖魔法で火傷を治してくれなければ死んでいました」
クランが“死”と口にした瞬間、何かをこらえる様にユリは両手を握り締める。
「……クランさんを助けられて本当に良かった」
俯き小さく呟いた彼女の言葉は誰の耳にも届かなかった。




