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レナの試合開始の合図と同時にクリスがイヴに向かって走る。
戦士や密偵が魔法使い系の相手と戦う時は、距離を開けたままでは魔法で一方的に攻撃されるためまず距離を詰める。
もちろん相手も分かっているから呪文を詠唱しながら距離を保つ。
事実、イヴも後ろに下がりながら精霊に呼びかけている。
クリスは走りながら舌打ちする。
イヴが最低限の戦い方は知っている事に心の片隅で安堵しながらも、皮鎧も身に着けず、武器も持たない身軽な相手との距離は予想していたより縮まらない。
一息で距離を詰めて一気に終わらせる事は難しいだろう。
一度は魔法を受けなければならない。
だが、相手がどの魔法で攻撃してくるかが問題だ。
精霊魔法は近くに力を貸してくれる精霊がいるか、精霊の力のこもった触媒がなければ使う事が出来ない。
イヴは四大精霊すべての力を使えると言っていたが、今ここには水がないため触媒が無い彼女はウィンディーネの力を借りる魔法は使えない。
ならば、今辺りにいる風の精霊か土の精霊魔法、そして火の精霊魔法のいずれかになるのだが、きっと得意な土の精霊魔法だ。
そう結論付けると、魔法の発動の瞬間を見極めるために地面に注意を払いながらイヴに向かって走る。
土の精霊に呼びかけながらクリスと距離を保とうとしていたイヴは目を見張る。
速い!
相手と二十歩の距離が有ったが、そのアドバンテージが見る見る削られていく。
焦りと緊張に胸が張り裂けそうになるが、冷静になれと自分に言い聞かせる。
今まで自分が費やしてきた時間と努力を信じ、目の前の強敵に魔法を放つ。
右手人差し指で地面を指差し精霊に願った。
クリスはイヴの指先が地面に向けられた瞬間、走るギアをトップに入れた。
一気に速度を増した彼女の後ろで『石つぶて』が炸裂する。
いくつか避け切れなかった石つぶてがクリスの体を叩くが、幼少の頃身に付けた痛みを感覚から切り離す訓練の成果で彼女の足が止まる事はなかった。
イヴは自分の精霊魔法が避けられた事に驚く。
クリスは今まで走っていた速度から、瞠目に値するほどの速度に更に加速した。
石つぶてもいくつか当たっているはずなのに、その影響はまったく見られない。
次の魔法のため精霊に呼び掛けようとするが、すでに目の前に達したクリスに右足を切り裂かれ、なすすべも無くその場で崩れ落ちた。
「いままでわたしが殺してきた子の中じゃ結構がんばったほうよ。あの世で自慢していいわよ」
イヴの喉元に剣を突きつけたクリスが嘲笑を浮かべる。
「……」
「あら、黙り込んじゃって。折角殺してあげるのに、なにか言ってくれないとつまらないじゃない」
自分の目から視線を逸らさないイヴにクリスは首を傾げる。
「あたしはまだ負けてないもの。あなたがあたしを殺すより速く魔法を唱えればいいんでしょ?」
あと少しクリスが剣を動かせば自分の命が無いという状況でも、イヴは負けまいと強がる。
「ふふっ、いいわね、あなた。名前覚えておいてあげるわ。じゃあね」
そう言うとクリスは剣を持った右腕に力を込めた。




