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次にクランが目覚めたのは夜の帳が辺りを包む頃だった。
月明りとかがり火が照らす中、夕食の準備のため簡易的に設置された竈の傍を忙しそうに人々が行きかう。
テントから外を見たクランは少し離れた場所に見知った顔を見つけ、少し考えた後一歩一歩自分の回復具合を確かめるように人の輪に向かう。
「クラン!」
自分達の方に歩いてくるクランの姿を最初に見つけた黄金色の髪の女性が駆け寄る。
そして、彼が身構える間も与えず小麦色をした腕で彼を抱きしめる。
「よかった…… 無事でよかった……」
彼を二度と放すまいと腕に力を込め、震える声で何度も繰り返す。
その様子に、クランは自分がどれほど彼女に心配をかけたかを感じ胸が締め付けられた。
「ただいま、レナさん」
彼の万感の思いを込めた言葉に、レナが口を開こうとすると――
「あら、まるで引き裂かれた恋人同士が再会したみたいなシーンね」
頭から冷水を浴びせられた。
レナはクランを抱きしめていた腕を放すと、栗色の瞳で声の主を睨みつける。
だが、彼女の睨んだ人物は腰まで伸ばしたダークブルーの髪を揺らしながら答える。
「ああ、わたしの事は気にしないで続けて。もっとも不機嫌そうに睨んでいる子がいるから無理かしら?」
クリスのからかいの色の含まれた視線を向けた先には、唇を尖らせていた栗色の髪の少女がいた。
「それはあたしの事ですか?」
「あら、わたしはあなたの事なんて言ってないわよ。それとも心当たりがあるのかしら?」
「残念ですが、あたしも知らないです」
お互い警戒しあうように笑みを浮かべる二人に、感動の再会を邪魔されたレナが不機嫌そうな視線を向ける。
クリスは目を合わせぬように座り、イヴはばつが悪そうに口を開く。
「あたしは睨んでなんかいないですよ……」
「……まあいい、クランが無事な事には変わりは無いからな。本当によかった」
クランにやさしい視線を投げかけたレナが答える。
彼はクリスとイヴのやり取りに若干引きつった笑みを浮かべていたが、安堵の表情を浮かべているレナに小さく頷く。
彼女はその仕草に満足そうにすると、おぼつかないクランの歩みを助けるため手を差し出す。
彼が手を握るとイヴは一瞬面白くなさそうな視線を向けるが、クリスが自分を見ている事を感じて咄嗟にクランから視線を逸らした。
クリスはその仕草に眩しい物を見る様に目を細めた後、レナとクランに隣に座るよう地面を叩いて見せる。
そして、二人が腰を下ろした所で改めて話し出す。
「なんにせよ無事でよかったわ。レムリアースでは随分活躍したようじゃない」
「……知ってたんですか?」
驚いたようにクランが見ると、含み笑いを浮かべたクリスが問い返す。
「わたしを誰だと思っているの?」
「……」
黙り込んだクランを楽しそうにクリスが見ていると横から割り込む声があった。
「クランが無事な事をおまえは知っていたのか?」
殺気を帯びた声にクリスは自分の失言を悟る。
「偶然よ、ほんの少し前に偶然にね。たまたまレムリアースでシドとサイが妙な事をしていたから、気になって他の密偵に調べさせてるうちにね」
「……ふん、まあいい。だが次は無いぞ」
「分ってるわよ、次はすぐ知らせるわ」
危機を逃れたクリスが珍しく愛想笑いを浮かべながら答える。
「それで話は変わるけど、クランさんはわたしとレナがここにいる事に驚かないのね?」
レナの怒りが再燃しないうちに、クリスはクランに話しかける。
疑問に思った事をクリスが話題に上げたため、レナも口出しせずに二人の話を見守る事にした。
「テントから二人の姿が見えたんですが、帝国のあの件がらみなら二人がいても可笑しくないと思いまして」
廃墟となった村を見ながら答えるクランを、目を細めクリスが見る。
「村人から大体の話は聞いたけど、間違いないの?」
「はい。あの力を僕が間違えるはずはありません」
クリスに向き直り、左頬の傷を触りながらクランが答える。
「……分ったわ、詳しい話はルイザの街に戻ってからにしましょう。無関係な人間もいる事だしね」
「ちょっと、無関係な人間って誰の事よ?」
今まで黙って聞いていたイヴが声を荒げる。
「あら? 言わないと分らないの?」
「あたしはクランを雇ってるから無関係な訳ないし…… わかった! きっとあなたの事ね?」
合点したように掌を合わせたイヴにクリスが答える。
「そんな訳無いでしょ!? あなたの事よ、あ・な・た・の事! 大体クランを雇ったっていくらで雇ったのよ、わたしが違約金つけて返してやるわよ!」
イヴは少し考える仕草をした後、人差し指を頬に当てながら答えた。
「最初に契約した時点で金貨十枚、その後の経費や旅費で金貨五枚位立て替えたと思うから、全部で金貨十五枚位かな」
「あなた馬鹿にしてるの? そんな金額……」
クランが小さくなっているのを見たクリスは途中で口を閉じて視線で問いかける。
彼が小さく頷くのを確認するとクリスは顔をしかめ、イヴは勝ち誇った様に口を開く。
「違約金って一体いくらになるのかしらね、クリスさん?」
「大体倍額を払うのが一般的だな。まあ、今持っている装備を売り払えば用意できるだろう」
クリスより早くレナが答えた。
「えっ?」
予想もしていなかった人物からの答えにイヴが思わず声を漏らす。
「申し訳ないがイヴさん。あなたの目的地はルイザの街だと聞いている。そこまで私達と一緒に来てくれないか? 話した通り今は手持ちが無い、違約金はそこで払わせてもらう」
「ちょっと待って下さい。あたしはそんなつもりじゃ……」
彼女はルイザの街に着いてからもクランと行動を共にしたかった。
街に着く前に彼にその事を相談して、彼の所属するパーティーに入れてもらおうと考えていた。
だが、クランの意識が戻らないうちに彼の仲間に会ってしまい、自分の考えを彼に伝える事が出来なかった。
そのため、彼女の素直にものが言えない性格も災いし、本来自分が望んでいる方向とは違う話の流れになっていた。
困ったイヴは思わずクランに助けを求める。
だが、彼の口から出た言葉は彼女の望んだ答えではなかった。
「すみません、レナさん」
「気にするな、仲間だからな」
クランとレナの話を、イヴは凍りついたように聞いていた。




