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燃え盛るエリム村で、フレイムは軽薄そうな表情を浮かべながら目の前に横たわる獲物を見下ろしていた。
「ひゃははっ! なかなかの演技だっただろ? 右手でしか炎を出せないかと思ったか?」
だが、地面に突っ伏しているクランからの返事はない。
フレイムはお気に入りの玩具が壊れて遊べなくなった子供の様に不満を口にする。
「ちっ! もう死にやがったのか」
クランは炎に包まれる直前、剣を手放し後ろに跳躍した。
だが、完全に避ける事は出来ずに炭化している部分は無いものの半身をⅢ度熱傷、即死してもおかしくない程の火傷を負っていた。
「まあいい、お楽しみはまだ残っているからな! ひゃははっ!」
フレイムは嘲笑を上げながらユリを見る。
彼女は放心したように動かないクランを見ていた。
ルイザの街で聞いた『クランは死んだ』という話を必死で否定していたが、自分を助けるために炎に包まれ動かなくなった彼を見て、彼女の心の中で何かが崩れ落ちていた。
フレイムが目の光を失ったユリを欲情のこもった視線で見ている時、クランはフレイムの笑い声をどこか遠い所の話の様に聞きながら、自分の状態を見極めようとしていた。
皮膚の深いところまで火傷を負い、痛みを感じる神経は焼け死んでいる。
熱風を吸い込んだ肺も火傷を負っているため、呼吸も上手く出来ずに息を吐くだけで激痛が走り意識が遠くなる。
そのまま気を失った方が楽になれると一瞬思うが、サラとリズへの誓いのため死ぬ事は出来ない。
だが、すでに死に体以外の何物でもない状況に、死から逃れる事はできないとクランは悟る。
彼は死に瀕してして思う、自分はこのまま誰かを助ようとして死ぬなどという、ある意味満足した死を迎えるなど許されない。
それでは、復讐にならない。
幼馴染の少女の命を奪った人物には復讐できずとも、もう一人の人物、幼馴染の少女との待ち合わせに遅れ、死の原因を作った憎んでも憎み足りない人物には凄惨な死を与えなければならない。
死んだ少女が感じた以上の理不尽さと苦しみを与え、地面をのた打ち回りながら命乞いをさせ、その瞳に絶望の色を浮かべさせなければならない。
だから、常人であれば指先一つ動かせない状態でも立ち上がる。
焼けた肺は激痛を発し続け、爛れた半身は感覚などなく口からはうめき声しか漏れない。
だがそれは自分自身が望む事。
彼の顔にはいつの間にか、自らの復讐がなる事に笑みが浮かぶ。
ワイバーンに生きたまま食われるという機会は生かせなかった。
しかし、全身を炎に焼かれ苦しみながら死を与える機会は訪れた。
彼は一歩足を踏み出す。
早く灼熱の業火がこの身を焼くことを願いながら。
「お前、なんで立てる?!」
ユリに歩み出そうとしたフレイムは、彼女を庇う様に足を引きずりながら向かって来るクランに声を荒げる。
「お前! 聞こえてるのか?!」
フレイムはうつろな瞳で笑みを浮かべ歩くクランに恐怖し、自分でも気づかずに自然と後ずさる。
足を引きずりつつも歩みを止めないクランに、恐慌状態になったフレイムは半狂乱になりながら両手を振り上げる。
「俺に近づくなーーーー!」
フレイムが叫び声と共に力を振るおうとすると辺りにラッパの音が響き、同時にフレイムに指示が飛ぶ。
「撤退するぞ!」
その声は、副隊長と呼ばれる人物の物だった。
フレイムは反射的に声の主を見る。
「まだだ! まだ決着が付いてねえ!」
「撤退命令だ。聞こえないのか? 我々の任務は貴様の能力の確認とエリム村の壊滅だ。村人の殲滅ではない」
冷ややかな視線で自分を見る副隊長に、恐慌状態から回復しつつあるフレイムが答える。
「……ちっ、分ったよ副隊長さん。次の作戦では生きている者すべてを殺すような命令を期待しているぜ」
「その時は好きな様にしろ。引くぞ」
副隊長の号令でいつの間にか集まりつつあった騎士達が撤収を開始する。
「お前は俺の手で殺したかったぜ、どうせ助からないだろうがな。女、次ぎ会った時はいい声で鳴かせてやる。楽しみにしていろ。じゃあな、ひゃはははは!」
フレイムは立ったまま動かないクランと、我に返り地面を這うように彼に近づこうとしているユリに言い捨てると騎士達と一緒にこの場を去る。
そして、それを待ちかねたようにクランは崩れ落ちた。
ユリは火傷を負い意識を失ったクランの元に辿り着くと、自分の腕の中に彼の頭を抱く。
「クランさん! しっかりして!」
ユリが必死に呼びかけるが、彼女の腕の中で彼の呼吸は早く小さく、そして途切れがちになる。
「誰か! 助けて! 誰か!!」
自分の腕の中で色濃くなる死相を浮かべるクランを助けるため、燃え盛る炎や崩れ落ちる建物の音に負けぬよう、ユリは声を張り上げ周囲に助けを求める。
しかし、既に難を逃れた村人達はこの地獄から逃出し、彼女の周囲にいるには物言わぬ屍だけだった。
だが、彼女はそれでも諦めずに声を上げ続ける。
自分を守るために火傷を負い、この世から旅立とうとしている彼を助けるために……
「誰か、助けて……」
どれ程の時間彼女は叫び続けたのだろうか?
喉は潰れ、既に耳元でなければ聞き取れない様な声しか出せなくなっても彼女は助けを求め続ける。
『力が欲しいの?』
突然、ユリに女性の声が聞こえた。
彼女はギョっとしながらも、声の主を探そうと視線を周囲に向ける。
見える範囲には生きた人間などいなく、ついに幻聴が聞こえて来たのかなどと思いつつもすがる様に口を開く。
「誰かいるの!?」
ユリの問いに、彼女の頭の中に響く声が答える。
『私はあなた達が‘神’と呼ぶ者』
その言葉にユリは一瞬息を飲んだ後、かすれた声で姿の見えない者に話し掛ける。
「お願い、クランさんを助けて!」
『力が欲しいの? 敵を討つ力が?』
その問い掛けにユリは首を振る。
「違う! そんな力なんかいらない、人を癒す力が欲しいの!」
『そう…… 分かったわ。ならば私に願いなさい、人々を癒す力を、人々を守る力を欲する時は……』
ユリの顔に希望が浮かぶ。
『だけど対価を貰うわ、それは――――――――――――――――――』
その言葉を理解すると、彼女の顔に浮かんだ希望の表情は霧散する。
だが、思いつめたような表情でユリはクランの顔を見た後、意を決したように小さく頷く。
『ここに契約は成ったわ。力を必要とする時には、私に望みなさい。私はあなた達が‘ネイ’と呼ぶ者……』
暗黒の女神と名乗ったものの言葉を聞いたユリは、顔面蒼白になりながら虚空を見つめる。
しばらくそうした後、死相を浮かべるクランの顔を見て意を決して言葉を紡ぐ。
『暗黒の女神ネイよ、この者に癒しの力を!』
ユリは教えられた事の無い神聖語を自然と口にする。
すると、魔力を使った時に感じる脱力感に比例して、クランの焼けただれた傷が治ってゆく。
彼の呼吸が穏やかになり、土気色だった顔が赤みを帯びてきたのを見るとユリは呟く。
「よかった……」
彼女はほっとしたような安堵の表情を浮かべていたが、すぐに大きな黒い瞳に涙が溜まってゆく。
「うっ、うぅぅぅっ……」
自然とあふれ出した自分の嗚咽でクランが目を覚まさぬよう、口元に手のひらを当て声が漏れるのを抑える。
その涙は、クランの命を繋ぎ止めた喜びの涙なのか、それとも、暗黒の女神に魅入られた恐怖からか、死者達の村で彼女は涙が枯れるまで泣き続けた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
これでこの章は終わりです。
次章は8月頃から投稿できたらと思っています。
また、投稿済みの分も少しずつ改定できたらと思います。
今後とも、よろしくお願いいたします。




