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旅装束に身を包み、木陰亭の前で待ち合わせた三人は、女将に見送られルイザの街に向かって出発した。
エリム村からほとんど出る事の無いユリは、久しぶりの旅という事もありニコニコと楽しそうに歩く。
クランはもちろん、普段あまり感情を表に出さないグレンもなんとなく上機嫌に見える。
「え、干し肉をそのまま食べて済ませたんですか?」
そろそろ昼食の時間と思われる頃に、昨日の昼食に何を食べたかユリが聞いたときの事だ。
クランが慣れない旅に疲れ、グレンはそもそも調理をする気が無かったため、昨日の昼食は干し肉を水で流し込んだだけと話した。
それを聞いたユリは、宿屋の娘の血が騒ぐのか、今日は私が昼食を作りますと意気込む。
歩きながら街道の近くに大きな木を見つけると、時間もちょうどいいこともあり、グレンが昼食にすると決めた。
早速ユリが調理の準備を始めると、クランは燃料となる木の枝等を探し、グレンは竈に使えそうな石を探しに行く。
クランとグレンが戻ると、二人は手際よく簡易的な竈を作り、木の枝を刺したパンを炙り出す。ユリは小さな鍋でお湯を沸かし、小さく切った干し肉と乾燥したハーブを入れスープを作る。
干し肉が十分柔らかくなると、ユリは持ってきた器にスープをよそい、二人に「お口に合うかわかりませんが」と言いながら手渡し、ユリがファムに祈りを捧げた後食事を始めた。
「うまい!」
昨日の雑な昼食とは比べ物にならない食事に、クランが思わず賞賛の声を上げると、ユリはうれしそうに微笑んだ。
グレンは何も言わなかったが、黙々と食べる様子から満足している事がうかがえる。
美味しい食事でお腹を満たすと、鍋と器を片付け火の後始末をしてから街道に戻り歩き出す。
そして、太陽がだいぶ傾いた頃に、今回の旅の目的地であるルイザの街に着いた。
ルイザの街は石壁に囲まれるように作られ、入り口には兵士が立って出入りする人を監視している。
三人は街に入る列に並び、兵士に揉め事は起こすなよと注意され入り口の門をくぐった。
「やっと着いたー」
大きく伸びをしているクランを見たユリが可笑しそうに笑った後、佇まいを正す。
「ここまでありがとうございました」
感謝の言葉と共にユリが二人に頭を下げると、クランは大した事ないよと首を振り、ユリにこの後の予定を尋ねた。
「今日はお母さんの知り合いの宿に泊まって、明日の朝、神殿に礼拝に行きます。その後もう一泊して、明後日帰ろうと思います」
「帰りは誰か一緒に帰る人がいるの?」
心配そうな表情を浮かべているクランにユリが答える。
「帰りは村の方に行く商隊や、乗り合いの馬車を探そうと思います」
「ユリさん一人じゃ帰るの大変だと思うから、僕達も一緒に帰れないかな?」
女の子の一人旅を心配したクランに、グレンが言葉少なく答える。
「好きにしろ」
クランはグレンに礼を言い、ユリは恐縮した様子で何度もお礼を口にする。
帰る時の待ち合わせ場所を相談しているうちに、クラン達が今日泊まる宿を決めてないと聞いたユリが、自分が泊まる予定の宿を紹介するからと案内することになった。
ユリは、歩きながらクランにルイザの街の説明をしてくれた。
ルイザの街は人口3万人程の円形に作られた街で、都市の規模としては中規模になる。周囲は先ほど見た通り石壁に囲まれ、街の東西南北にそれぞれ門が作られている。街の中心に向かってのびる道は、戦争時のことを考慮し所々直角に折れ曲がっていた。
また、街は大まかに4つの区画に分けられ、北西は職人ギルドや工房が多く、南東は市場や店が建ち並び、北東と南西は住宅地になっている。街の中心部には、領主の館や貴族などの富裕層の家が建てられ、中心部に近づくにつれ、煉瓦作りの建物を多く見かけるようになる。他に農業が盛んなこともあり、ファムの神殿なども街の中心部に建てられていた。
しばらく歩くと、街の南東に建てられた、春の草原亭という木造の小さな宿屋に着いた。
店の吊り看板を見れば、その店がどんな店か分かるとユリに説明され、始めてユリに会った時、字も読めないし、看板の見方も知らない事にユリは気付いていたんだ、とクランはちょっと落ち込むことになった。
ちなみに、宿屋の吊り看板にはエールの注がれたジョッキの絵が描かれていた。
「こんにちは」とユリが声をかけ店の中に入ると、黒髪で少々太めな中年の女性が出迎えた。
「久しぶりユリちゃん、今月も来たのね」
「はい、今日から宜しくお願いします。それと、ここまで連れて来てくれたグレンさんとクランさんです」
ユリは女性に二人を紹介すると、今日から二泊することを伝える。
女性は頷くと、通常より安い料金を受け取り二階にある部屋に案内した。
ユリと夕食時に食堂で落ち合うことを約束し、クランとグレンは部屋に入る。
もちろんユリとは別の部屋だ。
しばらくベッドに横になり旅の疲れを癒していると、いつの間にか夕食の時間になったためクラン達は一階にある食堂へと向かう。
食堂では先に来ていたユリが、テーブルで宿泊の受付をした女性と話していた。
クラン達が席に着くと女性は厨房に戻り、パンとチーズの入ったカゴ、鶏肉の入ったスープとグレンが頼んだエールを持ってきた。
「ユリちゃんの母親と私は姉妹でね」
そう切り出した女性は、楽しそうにユリの小さい頃の話を始め、それを横で聞くことになったユリは恥ずかしそうに顔を赤くする。
そして、ユリがファムの神殿に礼拝に行くようになった頃の話になった。
それはユリが14歳の時、村にゴブリンの集団が現れたことが始まりだった。
突然村を襲ってきたゴブリンに村の男達が武器を持って立ち向かい、同時にルイザの街に早馬を出し援軍を求めたが、助けがくるまで村は持たないと思われた。
女子供だけでも逃がそうと、村の男達が悲壮な覚悟を決めたとき、丁度村に立ち寄ろうとしていたグレンとカルラが現れた。
グレンは村の男達に女子供を守るように言うと、自身は単身ゴブリンに切り込んでいった。
その戦い方は凄まじく、一人で50匹以上のゴブリンを倒し、ゴブリン達を敗走に追い込んだ。
カルラは女子供を励まし、負傷した男達の手当てをしたが、傷が深く助けられないと諦めた人も何人かいた。
だが、ルイザの街に着いた早馬の話を聞き、いち早くエリム村に向かった人物がいた。
それがファムの神官サラであった。
サラは村に着くなり、カルラ達が助けられないと諦めた人達を神聖魔法で癒していった。
村人達の傷の手当てが済んだことを確認すると、限界まで魔力を使ったサラは気絶してしまう。
普通であれば、神殿にいる神官に癒しの魔法をかけて貰うと、多額の寄付を払わなければならない。そのため、目を覚ましたサラに、村人達はお礼として村中の金目の物を集め渡そうとした。だが、サラは受け取らなかった。
「困っている人がいれば手を差し伸べるのは当たり前のことです。私は、今私に出来る事をしただけに過ぎません。もし、あなた方が今回のことに感謝しているのでしたら、思い出した時でいいのでファムに祈りを捧げてください」それだけ言い残して、サラはルイザの街に帰っていった。
グレンとカルラも村人からのお礼を受け取らなかったため、人里はなれた場所に住みたがっていた二人に、昔ムーラの森の傍に家を建て、すでに引退していた狩りで生計を立てていた村人が家を譲った。
村の復旧もひと段落した頃、村人たちが村にファムの礼拝所を作ると、ユリは毎日礼拝所で祈りを捧げ、それから間もなく月に1度はルイザの街の神殿に礼拝に行くようになった。
話を聞いているクランが、一々ゴブリンや神聖魔法の話のところで大げさに驚くので、話の腰を折られたユリの叔母が話しづらそうにしていたが、それに気付かない振りをしながらクランはユリに話しかける。
「へー、それが切っ掛けでファムを信仰するようになったんだ」
「はい、その時助けてくれたサラさんに憧れて。私はなんの力も無いけれど、少しでも人の力になれればなんて、単純ですよね」
恥ずかしそうに目を伏せながら話すユリにクランが言う。
「そんなこと無いよ、立派だよ。サラさんだって言ってたじゃない『今私に出来る事をした』って、ユリさんも自分が出来る事をやってるんだから、サラさんが聞いたら喜ぶと思うよ」
「そうだな、どこぞの迷子の案内もしてくれたしな。さすがファムを信仰しているだけのことはある」
グレンが続けると、ユリは小さな声で「ありがとう」と呟く。
「そういえば、グレンも活躍したんだね」
クランが言うと、グレンはそっぽを向きながら「たいしたことは無い」と言いながらエールをあおる。
クランとユリの食事が済むと、まだ飲むというグレンを食堂に残して、二人は一緒に二階へ向かう。クランはユリを部屋の前まで送ると、就寝の挨拶をして自分の部屋に入り体を濡れタオルで拭いて眠りにつくのだった。
H25.1.12 ファムの神官セラ → ファムの神官サラに変更させていただきました。