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燃え盛るエリム村を一人の少年が歩いていた。
炎に焼かれ崩れ落ちる建物を悠然と見回しながら。
普通の人間であれば浮かべるであろう恐怖や、周囲に渦巻く熱風による苦痛の表情の変わりに、口元には愉悦が浮かんでいた。
少年が何かを見つけ、目を細めた後視線の先に向かう。
そこには崩れ落ちた建物に右足を挟まれ、生まれたばかりのわが子を腕に抱えた母親がいた。
「お願いです、助けてください! この子だけでも!」
母親は目の前に現れた赤毛の少年に懇願する。
見かけた事の無い顔だ。小さい村に住んでいる彼女が見かけた事がないという事は、きっと旅人だろう。
だが、彼女は偶然自分の前に現れた少年以外にすがる者のいない地獄で必死に声を上げる。
「お願いです! お願いです!」
「ああ、分かった」
「ありがとうございます」
彼女は腕に抱いていたわが子を少年に差し出す。
その時少年が、まるでネコ科の獣が獲物をいたぶる時に浮かべる様な表情に気付かずに。
自分に向けられた母親のすがる視線に満足すると、少年は親子に向けて右腕を振るう。
瞬間、少年の視線の先に炎が吹き荒れる。何が起きたか分からずにきょとんとした表情を浮かべた親子を飲み込んで。
荒れ狂う炎が突然消え去ると、そこには炭化した二つの焼死体が残された。
「はははっ! 死にやがった! ひゃはははは!」
狂ったように笑う少年を、少し離れたところから見る二つの人影があった。
「副隊長……」
骸骨の描かれた黒い鎧を身に着け、手には両手持ちの大剣を持った男が隣にいる整った顔立ちをした人物に話しかける。
その瞳には、目の前で起こった惨劇の立役者に対する嫌悪感が見て取れる。
副隊長と呼ばれた人物はそんな男の気持ちに気付かないのか、いつもと変わらない声色で答える。
「実験体という事で心配だったが、問題ないようだな。この分なら予定通りこの村を火の海に出来そうだ」
何の感情もうかがわせない無いその様子に、男は副隊長の二つ名を思い出すと自らを納得させる。
「はい、本国からの指示通りエリム村は今日を持って消滅するでしょう」
副隊長は男の言葉に満足そうに頷く。
「では我々も任務を果たそうか」
そう言うと、実験体である少年が取りこぼした村人達を屠るため、腰の剣を抜くとゆっくりと歩きだす。
男はその後に続く。‘死神’の二つ名を持つ人物に遅れぬよう。
ユリは煙を吸い込まないように口を手で押さえ、燃え盛る村の中を走っていた。
村が異様な炎の囲まれ、いち早く消火に向かった父親を探すため。
「お父さーん!! どこにいるの?!」
燃え盛る炎の音にかき消されながらも、時々足を止めては声を張り上げる。
宿に残ってユリ達の帰りを待つと言った母親の事が脳裏をかすめるが、宿に残っていた客達と逃げたはずだと信じ、走り出す。
「ユリちゃん!」
突然かけられた声に足を止め振り向くと、そこには宿に併設された食堂に毎日通ってくれていた常連の男がいた。
男の服は所々焦げ、顔は煤で薄汚れていたが、瞳には知り合いを見つけた安堵が浮かんでいた。
「おじさん、無事だったんですね。よかった……」
目に涙をためながら自分の無事を喜んでくれる姿に、男は自然と胸が暖かくなる。が、今はそんな時ではないと気を取り直して話しかける。
「ユリちゃん、驚かないで聞いてほしい。お父さんと一緒に火を消すために火元に向かったんだが、そこで黒い鎧に骸骨の紋章が描かれた奴を見つけた」
「黒い鎧に骸骨って…… おじさんそれって!」
「……ああ、ヘリオン帝国の黒骸騎士団だ」
その言葉にユリは足元が崩れ去るほどの衝撃を受けた。
ヘリオン帝国に三つ有る騎士団の内の一つである黒骸騎士団、その悪行はグランデル公国中に知れ渡っている。
黒骸騎士団の攻撃対象になったら最後、生きる者は一人たりと残らない。
ユリも聞いた事のある話では、エルフ達を虐殺し迷いの森が作られる原因になった。
ドワーフの英雄を謀略にかけ一族もろとも皆殺しにした。
その残虐な行いを聞いた時、まだ小さかったユリは震え上がり一晩中ベッドの中で眠れずに過ごした。
「でもなんでエリム村に…… っ!、おじさん、お父さんは!?」
振るえそうになるのを拳を握りしめ耐えると、悪い予感を振り払うように尋ねる。
「ごめん、ユリちゃん。途中ではぐれてしまったんだ。でもヨーゼフも連中を見て村から逃げ出したと思う。僕達も村から逃げ出そう」
ユリは男の提案に一瞬躊躇するが、もし父親がすでに逃げ出しているとすると一刻も早くこの場所から逃げないと危険だと思い、小さく頷く。
「じゃあ、急ごう!」
男の言葉を切っ掛けに二人は村の外へ向かって走り出す。
炎に焼かれ崩れ落ちる建物に注意しながら、火の粉の舞う村を走る。
だが、あと少しで村の外に出られるという所で男が突然足を止める。
ユリもこの状況で男が立ち止まる事を不審に思いながらも隣に並ぶと、二人の数メートル前方で赤髪の少年が嘲笑を浮かべ村を見回していた。
その姿に不吉なものを感じつつも男が声をかける。
「君はこの村の子じゃないね。もう少しで村の外に出られるから僕たちに付いてきて。大丈夫、無事に村から出られるから」
「大丈夫? ああ、大丈夫さ! ひゃはは! もう大丈夫だよ!」
狂ったように笑う少年に、男は恐怖のあまり錯乱していると思いゆっくり歩み寄る。
「大丈夫だ。さあ、一緒に逃げよう」
少年の前に立った男がそう告げると、
「ああ、もう大丈夫だ! お前はここで死ぬんだからな! ひゃはっは!」
少年が言葉を言い終わらないうちに、男が炎に包まれる。
「ひっ!」
ユリの小さな悲鳴が上がる。
自分の理解の限界を超えた出来事に、ユリがただ立ち尽くす。
火だるまになった男はしばらく地面を転がり回っていたが、やがて動かなくなった。
「どいつもこいつもあっさりくたばりやがって!」
少年が不満そうに炭化した物体を蹴る。
その音に我に返ったユリは、目の前でひつように亡骸を蹴り続ける少年に視線を向ける。
「ん、まだいたのか?」
少年は自分を見ている少女に気付くと、ぼろぼろになった遺体から興味を移す。
「っ!」
その視線にさらされたユリが思わず息を飲むと、新しいおもちゃを見つけた少年の顔が愉悦に歪む。
「ひゃはっ! いいねその表情! そそられるよ! そうだ、お前は足から焼いてやるよ! そのあと、腕を焼く! きっとお前は一思いに殺してと泣き叫ぶ! 素晴らしいと思わないかい!?」
自分の口にした内容に興奮した少年は狂ったように笑う。
ユリは自分に向けられた悪意に怯え、竦む。
獲物の恐怖を湧き立てるようにゆっくり近づいてくる少年に、いやいやをするように首を振りながら後ずさる。
だが、恐怖で思うように足の動かないユリは地面のくぼみに躓き尻餅をつく。
「ひゃは! なんだもう焼いてほしいのか? とんだ売女だな。いいぜ、焼いてやる! せいぜいいい声で鳴いてくれよ!」
少年が右手を振り上げると、ユリはこれから見舞われる苦痛を覚悟して反射的にまぶたを閉じた。




